第58話目次第60話
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ〜!」

「響野食堂」の店内
今日は公二と光のバイトの日。
公二にとっては久しぶりの、光にとっては初めてのバイト。
しかも夫婦揃ってのアルバイト。
二人ともとても張り切っていた。

二人とも注文をとったり、料理を運んだり、
笑顔を絶やさずに仕事をこなしていた。

(がんばってるよね、こうくんも光さんも……)

厨房で料理を作っている茜は二人を見ていてそう思っていた。

(二人でいるとあんなに生き生きとしてるんだ……)
(いいなぁ……)

二人を羨ましそうに眺めていた茜だった。

太陽の恵み、光の恵

第12部 平穏編 その2

Written by B
厨房からカウンターに移動した茜はお客と話をする。
これも茜のお仕事のひとつ。

茜は「響野食堂」の看板娘である。
茜とお話がしたくて来るお客もいるとかいないとか。

今日は常連さん2人がカウンターにいたので歓談をする。

そして、いつのまにか話は公二の話になったらしい。

「茜ちゃん、あの青年、去年ここでいたよな」
「うん、去年の5月ぐらいかなぁ、短かったけどいたよ。よく覚えてるね」
「ああ、あの真剣な目をして働いていたのが印象的だったからね」
「へぇ〜、そんなにインパクトあったんだ」
「そうそう、最近あんな青年みたことないからな」



今度は話が光のことに続く。

「しかし、今週から働いてるあの子は可愛いなぁ」
「うん、ボクだって可愛いと思う……」
「なぁに、茜ちゃんだって可愛いよ」
「そ、そんな……お世辞でも嬉しいな……」

お客は元気に働いている公二と光を眺めながらお酒を飲んでいた。
そして再び茜に話しかける。

「ねぇ、茜ちゃん」
「なんですか?」

「あの子とあの青年……恋人同士なの?」
「えっ?どうして?」

「いやあ、あの二人息がぴったりに動いているような気がしてね」
「それになんか時々目で会話しているようにも見えたから」
「そんなのわかるの?」

「年齢を重ねると、そういうことがよくわかるもんだよ」
「いろいろなカップルを見ているからね」

お客に言われて改めて公二と光の仕事ぶりを見てみる。



確かにこの二人は息がぴったりだった。

公二がテーブルのお皿を片づけると、すぐに光がテーブルを拭くための布巾を持ってくる。

光がお皿を片づければ、今度は公二がすぐに布巾を持ってくる。

公二が来たお客を席に案内しているときには、光はテーブルに水をおいている。

光が料理を運んでいるときは、公二はすぐに注文が取れるように準備をする。

お互いの行動を助けるように二人は行動していたのだ。
こんなことは、仕事慣れしてないと無理。ましてはバイト初体験の光ならなおさら。
まさしく夫婦の力というべきものだろうか。



そして客が言っていた目での会話。

確かにやっていた。

(光、あそこのお客さん、注文があるぞ)
(うん、わかった)

(ねえ、あなた、今できた料理が多いから運んでくれる?)
(わかった、注文を取り終わってから急いで行くよ)

(光、疲れただろ?奥で休んでなよ)
(ありがとう、ちょっと休むね)

(あなた、今度はあなたが休んでいいよ)
(俺は別にいいよ)
(だめ!あなたが倒れちゃったらどうしようもないでしょ!)
(ありがと、じゃあちょっと休むことにするよ)

目を合わせ、ちょっと首を動かすだけでこんな会話ができてしまう。
婚約して2年半、一緒に暮らして1年の二人だから出来てしまう芸当だ。



「で、あの二人は茜ちゃんの推薦でしょ?どういう関係なの?」
「う〜ん……」
「そんなに言いたくない関係なら聞かないけど」
「……本人に聞いた方が早いとおもうな」

さすがに「あの二人は夫婦なんだ」とは言いにくい。
言っても素直に信じてもらえないだろう。
本人達ならいい言葉を知っていると思ったからだ。

「じゃあ聞いてみるかな、お〜い、そこの店員さん!」
「はい!何でしょうか?」

お客はさっそく公二に声をかけた。



お客の声にさっそくやってくる公二。
お客は公二に質問する。

「君って最近、あの子と一緒に働いているんだろ?」
「はい、そうですが」

「あの子は君の恋人なんかかい?」
「いいえ、恋人ではありませんよ」
「えっ?」

茜は驚いた。あっさり否定するとは思わなかったからだ。

「じゃあなんだい?」
「彼女は俺の一番大切にしたいと思う人です」
「……というと?」


「俺の妻です」


「えっ!」

茜はまた驚いた。堂々と正直に話すとも思わなかったのだ。

「えっ!君って茜ちゃんの……」
「はい、茜ちゃんの同級生です」

「じゃあ、いま16……」
「はい、でも気持ちは大人には負けないつもりです」

「そうか……若いの、これから大変だけどがんばりなさい」
「はい、頑張ります」

「じゃあ、ついでに豚キムチと枝豆とビール2本お願いね」
「はい!」

公二は元気よく返事をした後、さっそく調理場に注文を知らせに行った。



再びテーブルの間を動き回る公二を見ながら話が進む。

「……彼はすごいね」
「うん、ボクもそう思う」

「あんな彼なら彼女も幸せだろうね」
「見ればわかるけど幸せいっぱいっていうのが伝わるんだよね」

光の笑顔はまさに幸せいっぱいといった表情だった。

「うらやましい?」
「うん、ちょっと嫉妬しちゃうぐらいにね」

「そうか……茜ちゃん、そのおでんの中の大根とこんにゃくをお願い」
「はい!ちょっと待っててね」

茜も自分の仕事に取りかかる。



そんなこんなで午後10時、二人のバイトの時間が終わる。
店はやっているので、二人はそのままここで遅い晩御飯をいただく。
食費は店持ちだ。
やはり料理が自慢の店だけにとても美味しい。

「ここの料理はどれも美味しいなぁ」
「光の料理もいいけどな」
「そ、そんな……照れちゃうじゃない……」

「でもここの料理は参考になるだろ?」
「そうだね、家庭的な料理でこんな料理が出来ればいいなぁって思うな」

「いつかは家でもつくってくれるかな?」
「うふふ、楽しみにしてね♪」

笑顔で食事をとる二人。
こういう時でも幸せを感じているのかもしれない。



そんな二人に晩御飯を作った茜が現れる。

「こうくん、光さん。どうですか?」
「美味しくいただいてるよ」
「悔しいな……茜さんには勝てないな……」
「ありがとう」

茜は嬉しそうだ。
やはり自分の料理が美味しいと言われると嬉しくなるものだ。

「ところで光さん。恵ちゃんはいいの?」
「うん、おかんが面倒みてくれるし……それに……」
「それに?」
「卒業して働き始めたら……毎日おかんに頼まなければいけなくなるし……」
「そうだね……」

常に働いている茜には光の言葉はとても理解できた。

「恵もうちに逢えなくて寂しいだろうけど、帰ったらたっぷり私に甘えさせてやろうって思う」
「なんか、恵も光に似て甘えん坊の犬娘になりそうだな……」
「ぶ〜!」

「あははは!」
「あははは!」
「ぶ〜!」

拗ねた光に公二と茜は笑い出してしまう。
光も本気で怒っているわけではなさそうだ。
なぜなら光の目が笑っているからだ。

「まあ、冗談はさておき、やっぱり家に恵が待ってると思うと頑張れるんだよな」
「そう、働いてまた恵に対する愛情っていうのが湧いてきた気がするの」
「へぇ〜、そうなんだ……」



「ところで、茜ちゃんは家でお兄さんは待ってるの?」
「ううん、たぶんどこかに出かけてる」

総番長こと茜の兄は大学には通っていない。

「アルバイト?」
「まさか!たぶん遊んでると思うけど、お兄ちゃん、何も話してくれないの」
「そうなんだ」

どうやら茜も何をやっているのかわかっていないらしい。
まあ兄が何も語らないのだからしょうがないのかもしれないが。

「『家にお兄ちゃんが待ってる』なんて考えたら、やる気がなくなっちゃったりして」
「それじゃあ、お兄さんがかわいそうだよ」
「いいんだよ。そのぐらいしないと真面目にならないから」

「あははは!」
「あははは!」
「あははは!」

思わず大笑いしてしまう3人だった。



このとき茜の兄、一文字 薫は某所でこんな会話がなされているとはまったく想像してなかった。

「はっくしょん!」
「どうしたの、ダーリン?」
「なんか……誰か俺の噂をしたような……」

薫の隣には美人の女性がいた。
いきなりくしゃみをした薫を心配しているらしい。

「もしかしたら茜ちゃんだったりして?」
「まさか、茜は今バイト中だぞ」
「バイト中に『お兄ちゃんの馬鹿』って思ったりして」
「あ、茜に限って、そ、そんなことはないだろ」

慌てる薫。
それをみて隣の女性は微笑んでいる。

「うふふふ、冗談冗談、さあ、仕事の続きをするわよ!」
「そうだな!真面目に頑張るか!」

このとき薫はこのあと家で茜に訳もなくボコボコにされるとは思っていなかった。
原因は……言うまでもないだろう。



そして公二と光は食堂を出て家に帰っている。
今、公園を歩いているところだ。

「光、疲れただろ?」
「うん、ちょっとね」
「宿題もないから先にお風呂に入って休んだ方がいいぞ」
「ありがとう」

二人は近くのベンチに座る。
そして空をじっと見つめている。
空は星が綺麗に光っている。

「これからもバイトやっていけるか?」
「うん、毎週火曜と金曜の2日だけだからなんとかなると思う」
「そうか、じゃあ俺も頑張らないといけないな」
「頼りにしてますよ、あ・な・た」
「頼りにしろよ、光」



「ところであなた、別のバイトを探しているの?」
「ああ、もう少し割のいいバイトを探しているところだ」
「……」

公二の言葉に少し不安な表情を見せる光。
それに気が付いた公二はすかさずフォローを入れる。

「なに心配してるんだ?火曜と金曜はバイト先は変えないぞ」
「えっ?」

「愛しい光を夜中一人で帰らせるのは、夫として心配だからな」
「ありがとう……」

「それに最近、高校生ばかりが暴行されてる事件が起こってる聞いているからな」
「そこまで心配してくれるんだ……嬉しい……」

やはり自分の事を心配してくれているというのは嬉しくなってしまう。

「それに、俺だって……光と一緒にいたいから……」
「あなた……」
「俺も光の側にいたいから……時間が許す限りな……」
「……ありがとう……」

二人はそれからじっと星空を見つめている。
星空は二人の心を和ませているように光っている。



しばらく星を見ていたが、光が公二に語りかける。

「ねぇ、あなた」
「なんだい?」
「ちょっといいかなぁ?」
「いいよ」

光は公二の手を取って立ち上がる。
光と公二が向かい合う格好になる。

「じゃあ……お願い……」

光は公二のほうを向いて目を閉じ、唇を少し突き出す。
光のお願いは公二にはすぐに理解できた。

「光……ここでか?」
「うん……そうだよ」
「あのな……」

「一回してみたかったんだ……満天の星空の下でのキス……」

光の乙女チックなおねだりに公二は思わず笑みがこぼれる。

「本当に光はキスが好きだな」
「あなただって……」
「ああ、俺だって光とのキスは大好きだ」

「……ぷっ!あははは!」
「あははは!」

二人のあまりに正直すぎる会話に思わず笑ってしまう。

「もう!こういうときはムードを出すもんだよ!」
「ごめんごめん」
「ぶ〜!」



「じゃあ……」

そう言うと、公二は光に真剣な眼差しをむける。

「光」
「えっ」

公二は光をじっと見つめる。

光も公二を見つめ返す。

二人の視線が重なる。

「愛してるよ……」
「私も愛してる……」

公二の両手が光の背中に回る。

光の両手が公二の首の後に回る。

そして光は少しつま先立ちになる。

お互いに強く抱きしめあう。

「んんっ……」
「んっ……」

公二と光はどちらからともなく唇を重ねる。


満天の星空の下。
二人は改めて愛する人と一緒にいること、愛する人が側にいることの幸せを体全体で感じていた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
前回の暴走ラブラブとはちがって、ほのぼのらぶらぶという感じで書いてみました。
二人のアルバイトでのお話です。

いろいろありましたが、1年も一緒に暮らしてます。
言葉では言わないけどわかることだってあると思います。

二人だけがわかる世界。
今回書いてみたのはこんなお話です。

羨ましく思うか、ほほえましく思うかそれは読む人それぞれだと思います。

次回は大暴走ラブラブを予定してます。
自分でも書けるのか不安です(汗
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