第60話目次第62話
ひびきの高校の校門前は異様な雰囲気が漂っていた。

もちろん公二と光が揃って登校しただけだ。

しかし、昨日までとは違う。

昨日までは公二の右腕に光が抱きつく格好だったが、
今日は普通に腕を組んでいる。

昨日までは、周囲が引いてしまうほどラブラブを振りまいていたのだが、
今日は、周囲にラブラブが振りまかれない。
それどころか、なにかやさしい気持ちになるような雰囲気。

いったい、昨日この夫婦に何があったんだろう?

気になるのは当然のことだった。

太陽の恵み、光の恵

第12部 平穏編 その4

Written by B
そして授業。
クラスメイトは硬直しなかった。
その代わりに妙な緊張感が漂う。

昨日までのラブラブな授業態度とは全然違っていた。
普通に授業を受けていたのだ。

たしかに昨日の午後、普通に授業を受けていたのだが、思い起こすとなにか不自然だった。
ところが今日は普通にごく自然に授業を受けていた。

これが本来の姿なのだが、昨日までの二人を見ていると普通でない錯覚を受けてしまう。

昨日いったい何があったのだろう?
なにか問題が起こったのか?

本人達がなにも言わないので、気になってしょうがなかった。
これは先生達も同じだった。

しかし、時間が経つに連れて
「これが普通なんだから、いいか」
ということで、問題にしなくなった。

しかし、これは二人に近くない人が思うこと。
二人の友人はやっぱり気になるもの。



次の日の放課後。
場所はやっぱり茶道部室。
もちろん呼び出したのは琴子。

「ねえ、いったい何があったの?」
「えっ?」

先の試験でお世話になったコタツを挟んで、琴子と公二と光が対峙していた。

「おとといまでは滅茶苦茶ラブラブを振りまいていた馬鹿夫婦が、なんで今は普通なの?」
「それは……」

「噂で聞いたけど、おとといの午後の授業をひとつすっぽかしたそうね」
「うっ……」

「噂だと、体育館倉庫か屋上でとても口にはできない行為をしていたっていうじゃない」
「げっ……」

「それから戻ってきたら、とたんにおかしくなったって話よ」
「……」

「あなたたち、午後どんな行為をしてたの?そんな行動がおかしくなるようなことって何?」
「……」

琴子の疑問は午後のあのアブナイひとときのことであることは明白だった。



琴子に追求されたら、逃れるだけ無駄だ。
そう思った二人は正直に話すことにした。

入り口の影にはこの前の連中はいなさそうだった。
どうやら今晩の謝恩パーティーに備えているらしい。

「あのとき……俺たち屋上にいたんだ……」
「まさか、あなたたち、屋上で発情して……」
「そ、それは違うんだよ……」

「えっ、違う?じゃあ、主人君が発情して光を無理矢理……」
「だから違うって……」

「まさか、光が主人君を押し倒……」
「琴子!話は最後まで聞いてよ!」

琴子は屋上で最後までしてしまっていると思っているようだ。
それだけは必死に否定した二人だった。



「正直に言うよ、あのとき確かに発情寸前だった……」
「じゃあ、やっぱり……」
「いや、発情する直前でとどまったの……」
「えっ?」
「俺たちだって馬鹿じゃない、これ以上進んだらどうなるかわかってるよ」
「はぁ……」

ようやく琴子も屋上で自分が想像したことが展開されていなかったことを知る。

「今週はずっと俺たちやりすぎだった、だから発情寸前までいったんだ……」
「だからもう学校でいちゃいちゃするのやめようと思って……」

「そ、そうだったの……残念ね……」

「えっ、いま琴子なんて言ったの?」
「い、いや、なんでもないの」
「はぁ?」

琴子としては、ラブラブな二人をからかうのも楽しかったのでちょっと残念そうだった。



その琴子だがまだ疑問があるようだ。
すぐに二人に聞いてみる。

「ところで、ちょっと聞いていい?」
「なに、琴子?」
「なんで、発情寸前までいちゃいちゃしてたの?」
「へっ?」

「試験前まで普通にしていたのに、試験が終わってこの変貌。あまりに変わり過ぎよ」
「うん、そうだね……」
「どうして、そんなに学校でいちゃいちゃしたかったの?」

琴子が冷静になったときにふと思いついた疑問だった。
今週のらぶらぶぶりは意識してやっているとしか思えない。
自然な二人の行動ではない。
そう感じていたのだ。



「水無月さんの思っている通りだよ、今週は意識していちゃいちゃしていたよ」
「どうしてなの?」
「水無月さん。俺たちのなれそめ……知ってるよね?」

「ええ、知ってるわ。要は長距離恋愛でしょ?」
「そういうこと。引っ越してから、婚約するまで出会ったのは一日しかなかった」
「その一日で一気に進んじゃったんでしょ?」
「まあ、そうだけどね……」

琴子は二人の馴れ初めは病院で全て聞いている。
話があまりにドラマティックなだけに琴子は間違いなく憶えている。

「確かにあの日は幼馴染みから一気に婚約までの道筋を作ってしまったんだよな」
「そういうことになるわね」
「それってどういうことかわかってるだろ?」
「えっ?」

「俺たち、恋人らしいことを何もやってないんだよ」

「あっ……」
「琴子もそれをわかってて、クリスマスは二人きりにさせてくれたんやろ?」
「そうよ……でも……」
「わかるよ、『恋人らしい生活はしなくても、恋人らしいことはしたんじゃないの?』ってことだろ?」
「そ、そう……」
「俺たち、それすらやってないよ」
「そうなの?」

「恋人の期間は手紙だけ。確かにその後に公二が来てくれたけど、そのときはもう夫婦やったから」
「恵もお腹のなかだから、恋人気分でもよかったけど、俺たちの場合「夫婦」という意識が強くて……」
「そうだったの……」
「だから、本当に恋人らしいことって、したことないんだよ」



「恋人らしいこと、あごがれてたんだ……わがままだけどね……」
「恵の前では親としていたい。だから学校でしか恋人らしいことはできない」
「でも賭の事があって、関係がバレれても試験まではそんな気分ではなかった」
「そうね……」

「そして試験が終わって……やっと恋人らしいことができる……嬉しくなっちゃって……」
「俺も浮かれてたんだよな……」
「それで、昨日まで、あんなにいちゃいちゃ……」
「そういうことなんだけど……」

二人は昨日までの自分たちを冷静に見つめていた。
そして昨日までの自分たちについてしっかり話し合っていた。
だからここまで冷静に自分たちの事が言えている。

その話し合った場所が、今朝のベッドの中だということを言わなかったのはもちろん正解である。



「ふうっ……やっぱり馬鹿夫婦ね」

「えっ?」「えっ?」

二人の話を一通り聞いた琴子はため息をつく。

「よく考えてみなさい。恋人が普通あんな事学校でしてると思ったの?」
「そ、それは……」

「この学校にも校内カップルはいるはずよ。でもあなた達みたいな事はだれもしてないわよ」
「た、確かに……」

「やってもせいぜい家の中よ。少なくとも学校ではしないと思うわ」
「……」

確かに自分みたいにいちゃいちゃしているカップルを学校で見たことがない。
せいぜい登下校でそれもたまにしか見たことがない。

「それに、あなたたち何か勘違いしてない?」
「えっ?」

「別に恋人だからとか夫婦だからとか……関係ないんじゃないの?」
「それって?」

「愛情表現に恋人とか夫婦とか関係ないってこと」
「……」

「好きなら二人の関係は何だって問題ないんじゃないの?」
「確かに……」

「まあ、今までずっと関係を隠してきて、何も出来なかったのはわかるけどね……」
「……」
「まあ、二人とも限度がわかったから、もう心配ないと思うわ」

琴子の言うことはもっともだった。
二人は「恋人」という言葉に囚われすぎてしまっていたのかもしれない。



「うちら……両極端の距離しか知らなかったんだね……」
「距離?」

「うん、二人の間の距離って、今までなが〜い距離と、ゼロという距離しか知らなかったんだよ」
「確かに。長い距離がわかるから、余計にゼロの距離でいたいと思うんだよね」
「なるほどね……」

「24時間二人の間の距離はゼロって無理なんだよね」
「そう、ある程度は離れていないといけないと思う」
「そうよね……」

琴子との話のなかで公二と光は確信した。

別に恋人でなくたって、夫婦だっていいんだ。
無理矢理距離をゼロにしなくたって、愛情表現はできるんだ。
自分たちはあまりに離れていたから、ゼロという距離にこだわりすぎていたかもしれない。



こう考えたとき、ふと光にはある疑問が浮かんだ。
さっそく琴子に聞いてみる。

「ねぇ、琴子。じゃあうちらの最適な距離ってどのくらいかなぁ?」
「そんなこと知らないわよ。自分たちで探しなさい」
「……」

これはさすがに琴子もわからなかったらしい。



そして、その夜。
「響野食堂」にやってきた公二と光と恵。
今日は今までのお礼としてパーティを開く。
招待客はいつもの連中。
従って今日は貸し切り。
費用はもちろん全て二人が負担。
二人ができる精一杯のお礼のつもりだ。

公二達は恵を家から連れてくる関係で遅くなったが、
ほかの招待客は先に「響野食堂」に出かけていた。

しかし、なにか騒がしい。

「なにか……嫌な予感がする……」
「私も……」
「?」

しかし、このまま立っている訳にもいかず入ることにする。

がらがらっ!

「ごめんごめん、遅れまし……えっ……」
「みんなおまたせ……えっ……」

テーブルにはまだ飲み物しかなかった。
もちろんアルコールではないはずだ。
実は琴子が酒を飲もうと言い出したのだが、公二が

「恵の前で醜態をさらして、恵がトラウマになったらどうしてくれるんだ?」

という一言で一蹴した経緯がある。


しかし一カ所だけ日本酒の徳利が転がっていた。



公二が主犯を捜し始めた。

「匠、おまえか?」
「ちがうよ、俺が来たときには……」

「じゃあ、水無月さん?」
「違うわよ!私は坂城君と一緒!あの3人が勝手に飲んでたのよ!」
「えっ?」
「そうなのか?」

「私もみんなと一緒だったの」
「私も……」
「俺もだ……」
「あたしたちはさっき来たばっかりだ」

食堂の奥から茜がやってきた。
すこし気まずそうな顔をしている。

「ごめんね、ボクが目を離した隙に一升瓶を持っていかれて……」
「……」
「ボクも注意してたんだけど……」
「仕方ないよ……」

酒が転がっているテーブルには脳天気な声を挙げる3人。

「あのう、美幸さん、やめてくださいませんか?」
「嫌だなぁ、恥ずかしがらなくてもいいだよ?」
「もう、ゆっき〜ったらいやだ〜!」

真帆、美幸、美帆の3人だった。
どうやら美帆と真帆が主犯らしい。
美幸は一緒に飲まされたと思われる。



光は公二に隠れるように3人を見つめている。

「ねぇ、あなた……何なの、あれ?」
「俺だってさっぱり……」

「えっ、美幸ちゃんが酔ってるの見たことないの?」
「ああ、そもそも寿さんはこの店に来たことがないはずだ」
「……」

3人の豹変ぶりに光はすこし怯えているようだ。

「これが現実なんだ……我慢しろ……」
「お酒って恐ろしいね……」



公二と光、いやみんなが呆れて見ている中で、
3人の陽気なお話?は続く。

どうやら美幸が真帆の体をまさぐろうとしているらしい。

「美幸さん、お願いですから……」
「真帆君のその体を隠しておくのはもったいないよ」
「だから触らないで……」

「できることなら僕だけのものにしたい……」
「いやですわ。だって私たちは……」
「女同士だって言うんだろ?愛に性別はないんだよ?」

そこに無視されている美帆が間に入る。
かなり強引に二人の間に入り込む。

「ちょっと〜、私を無視しないでよ〜!」
「あっ、御姉様……」

「う〜ん、お姉さんもなかなかだな……」
「ゆっき〜!そんなに見つめないでよ!」
「いっそのこと姉妹一緒というのも、美味しいシチュレーションだな……」
「な、なにをおっしゃっているんでしょうか……」

「でも僕は真帆君を美味しく堪能したいな……」
「やめて……」
「大丈夫、僕に任せればいいんだ、そうすれば真帆君は素晴らしい世界へ……」

嫌がる真帆の体に美幸が触ろうとしている。
はっきり言って美帆の言うことを聞いていない。

「だ〜か〜ら〜!真帆になにするのよ!」
「強情なのも好きだな。でも今はこっちが先。あとで味わってあげるよ……」
「うっ……」
「御姉様、助けて……」
「お姉さんも嫌がってないよ、さぁ、こっちを向いて……」

「嫌です!私の初めては御姉様にって決めてるんです!」
「そういうとますます手に入れたくなるんだな、これが……」
「や、やめて……」

酔った美幸は酔った真帆を口説いているみたいだ。
酔った美帆も注意するが、酔った美幸の口説き?に何も言えなくなってしまったらしい。



とうとう琴子が我慢しきれなくなった。

「ちょっと、妖精さん!お宅の御主人をなんとかしなさいよ!」
「水無月さん、それはやめたほうが……」
「大丈夫よ!どうせ覚えてないわよ!好きにやってちょうだい!」
「ど、どうやって……」

美帆の妖精さんになんとかしてもらおうとする琴子。
それをなだめる匠。

「いくらなんでも、どうやって酔いを止めるんだ……あれ?」
「ほら、いった通りでしょ?」

そうしているうちに、3人の上になにか物体が。
そしてそれは3人の頭に急降下!



ばこん!ばこん!ばこん!

「うげっ!」「ぐはっ!」「はにゃ!」



落ちてきたのは大きな鍋だった。
それが見事に美帆、真帆、美幸の後頭部を直撃。
3人は気を失ってしまった。

「ところで今の刑はなんて名前なんだろうな?」
「さぁ?」
「だいたい『ドリフの刑』とかじゃないのか?」
「そうかもしれないね……」

「まあ、とにかく3人が目を覚ます前に準備をすまそうよ!」
「そうだね!みんなも手伝って!」
「うん、頑張って手伝うモン♪」
「こういうのって、楽しいよね……」
「早くしないと飯にありつけないからな」
「じゃあ、俺は酒を片づけておくよ」
「ちょうど鍋がいい感じだから運んで!」

ちょっと遅くなったが、パーティーの準備が始まった。

そして、しばらくして酔いどれの3人も酔いが覚めた状態で目を覚ました。



乾杯の前に公二と光が今までの感謝の言葉を述べる。

「今日ここにいるのはみんなのおかげです、本当にありがとう」
「みんなに迷惑ばかり掛けちゃって、ごめんね」
「おかげで、4月にはみんなと一緒に2年生になれそうです」
「今年度は本当にありがとう、4月からもよろしくね♪」

「今日は俺と光からのささやかなお礼です」
「お代はうちら持ちだから、た〜くさん食べてね」
「それじゃあ……さっ、恵」

「かんぱ〜い!」
「「「かんぱ〜い!」」」

恵の音頭で乾杯が行われて、謝恩パーティーが始まった。

公二と光が企画したのは鍋パーティー。

テーブルには石狩鍋、ぼたん鍋、チゲ鍋、湯豆腐、ちゃんこ鍋等鍋ばかり、
ほとんどは通常の営業でも食べられるのだが、今日のために特別に作ってもらった鍋もある。

茜が腕によりを掛けて作ったものばかりで味も抜群だった。



美味しい鍋に舌鼓を打ちながら会話が弾む。
話の話題は学校のこと、家の事、プライベートの事とにかく色々だった。

「そういえば、赤井さんはなんで生徒会長なの?」
「ああ、入学式のときに遅刻しちまってなぁ、罰としてなっちまったんだよ」
「えっ、嘘だと思ってたら本当だったの?」
「ああ、まったく和美ちゃんもひどいことをするぜ」
「すごい校長だね……」


「そういえば、辞めたいと思ったことはないの?」
「最初は思ったけど、今じゃこの稼業も楽しいもんだぜ」
「へぇ〜!」
「まあ、最初は嫌だと思っても、続けてみることが大切ってことだな」
「ほむらにしてはしっかりした事言うね」
「余計なお世話だ」



「なあ八重」
「なんですか赤井さん」
「おまえ、バレー以外になにかやってたのか?」
「えっ?」
「部活の見回りであんたを見たんだが、あの動きの良さはバレーだけでは生まれないぞ」
「そうなのか?俺も時々八重さんを見るけど、そこまでは気が付かなかったな」
「動きが俊敏で鋭かったぞ。あんな早さはバレーだけじゃできねぇな」
「そ、そうかしら?バレーの練習の成果よ」
「へぇ〜、そうなんだ。すげ〜なぁ〜!」
「俺もそう思うな」
「うん……」


「あたしもあんな素早い動きができれば正義のヒロインになれるのになぁ」
「ヒロインか……」
「八重はなりたいと思ったことないか?あたしは今でもあるぞ」
「私も……なれるといいなぁ……」
「なれなくてもあたしの心は正義のヒロインだ!」
「うふふふ……」



「そういえば白雪さん、先月の演劇部の定期公演会。見せてもらいましたよ」
「そうですか、とても嬉しいです」
「あの劇は白雪さんが脚本ですって?」
「はい、前からファンタジー劇に興味があって、シナリオを書いていたんです」
「ハラハラドキドキでおもしろかったわ……でも」
「でも?」
「あのお話。モデルがいるんじゃないの?」
「えっ?」


「確か、敵同士の国の王子と王女が伝書鳩で愛を語り合って、最後は戦場のど真ん中で再会するラブストーリーでしょ?」
「え、ええ、そうよ……」
「どこかで聞いたような話だと思うんだけどな〜♪」
「……バレちゃいました?」
「ええ、バレバレ」
「まさか、あの二人?姉さんもそんな話を書くとはねぇ……」
「だってぇ……主人さんと光さんの話ってドラマチックでしょ?」
「事実は小説よりも奇なりってことだね」



「光さん、さっきはごめんなさい」
「いいって、いいって」
「あっ、ミホおねぇちゃんだぁ!」
「恵ちゃんはお利口ですね。私と真帆の区別がつくんですから」
「マホおねぇちゃんはあっち!ミホおねぇちゃんはここ!」
「子供は純粋な目で見てるから簡単に区別がつくのかもしれませんね」
「子供って純粋で素直ですよね……」
「うん、恵を見ていてそう思うんだ……」
「めぐみんって、本当に素直だよね〜」


「光さん、子育てって楽しいですか?」
「辛いことはいっぱいあったなぁ、でも恵の笑顔を見てると忘れちゃうんだよね」
「そうなんだぁ〜」
「へぇ〜」
「恵を見ていると自分まで素直で純粋になれる気がするんだ……」
「羨ましいなぁ……」



「坂城君。入学式に目標で宣言していた、A組全員の女の子とデートは成功したの?」
「残念ながらダメだったよ」
「どうして?」
「さすがに光ちゃんはどうやっても無理だよ」
「あっ、そりゃそうだね」
「でも、光ちゃん以外とは全員デートしたけどね」
「で、いい子はいたのか?」
「A組にはいなかったね。僕をキュンとさせるような女の子は」


「ふ〜ん、じゃあ他のクラスにはいたの?」
「そ、それはいないよ……」
「へぇ〜、怪しいなぁ」
「アヤシイナァ〜」
「ホントだよ!本当にいないんだって!」
「まあ、そういうことにしておきますか……」
「……」



「茜ちゃん!」
「な〜に?」
「たまたま茜ちゃんの家の近くを通ったんだけど、でっかい家なんだね」
「うん、二人で住むのには広すぎて」
「お客さんとかは来ないの?」
「うん、お兄ちゃんの友達がよく来るけど騒いでるだけだから」


「確か、両親は武者修行だよね?」
「そうなんだ。連絡はないし。お金は少ししか振り込んでくれないし」
「武者修行だもん。大変なんだよ」
「でも連絡ぐらい……」
「悪い連絡よりはマシだろ?『便りのないのはよい便り』っていうだろ?」
「そうだよね!そうなんだよね!」
「そうそう。でも子供置いて旅なんてすごい親だなぁ」
「『かわいい子には旅をさせよ』ってことかぁ?」
「旅に出ているのは親のほうだよ」
「あっ、そうかぁ!逆だな!にゃははは!」
「あははは!」



「ねぇねぇ、穂刈くん」
「どうしたの一文字さん?」
「穂刈君の家ってお花屋なんだよね」
「ああ、そうだけど?」
「手伝いとかしてるの?」
「まあ、休みの日に無理矢理させられる程度だけどな」
「ねぇ?ボクを雇ってくれない?」
「へっ?」
「月一でバイトしてた本屋がつぶれちゃって、仕事探してたんだ」
「それはありがたいな……でも断るよ」
「どうして?」


「俺の紹介で女の子を店に連れてきたものなら……」
「どうなるの?」
「姉さん達にこっぴどくからかわれる……」
「そ、そうなの?」
「純の姉さんって、そういうの好きそうだからな……」
「ああ、たぶん1ヶ月はそのネタで……」
「そ、そんなに……」
「クラスの連絡網で女の子から電話が来ただけで1週間は持ったからな……」
「茜ちゃんが来たら純の神経が持たないよ、たぶんね」
「お気の毒だね……残念だけど諦めるよ……」
「頼む、そうしてくれ……」



「寿さん。おとといは大丈夫だったの?」
「へっ?おとといって?」
「なんかすごい車にはねられてたみたいだけど」
「うん、あれは〜、たしか〜、スーパーZだったよね〜」
「スーパーZ?なんだその車?」
「うん、形はフェアレディZなんだけどね〜」


「えっ?スーパーZ?」
「水無月さん知ってるの?」
「ねぇ、美幸さん。そこにどんな人が乗ってたの?」
「うん、眼鏡を掛けた渋いおじさんが乗っててねぇ〜」
「?」
「そうそう、隣のかっこいいおじさんが『大門さん、大門さん』って言ってたぁ〜」
「水無月さん、もしかして……」
「美幸さんすごい車にはねられたものね……」
「うん、あれは強烈だったなぁ〜」
「……」



「真帆ぴょん、真帆ぴょん」
「美幸ちゃん」
「さっきはごめんね、本当にごめんね」
「いいのよ、私も油断してたから」
「まさか、真帆ぴょんを口説いちゃうなんて……」
「私もビックリしたよ」
「あれ?真帆さんは学校であんな風に口説かれないんですか?」
「な、なんであんな風に……」
「それは冗談だけど、きらめきじゃあ真帆さんならモテモテじゃないんですか?」
「あたしはそんなに美人じゃないし……それにねぇ……」
「それに?」


「きらめきって美人が多くて男の子はみ〜んなそっちばっかりに目がいって、私にはおこぼれもないの」
「へぇ〜、そんなに美人が多いんだ」
「酔った美幸ちゃんがきらめきに行ったら大喜びじゃないの?」
「真帆ぴょん!もう言わないでよ〜」
「ごめんごめん。でも冗談じゃなくてそんな感じ。だから私、学校でラブレターももらったことがないの」
「ええっ!」
「だから恋している人みると、嫉妬よりも羨ましくってね……」
「ふ〜ん、そうなんだぁ〜」
「あたしも恋してみたいなぁ……」
「美幸も……」



「こ〜と〜こ〜さん!」
「あら、真帆さん、どうしたの?」
「琴子さんのそのかんざし、綺麗だよね〜」
「あら、そういってくれるとうれしいわ」
「こういうのって琴子さんって似合ってて羨ましいなぁ〜」
「そうかしら。真帆さんも似合うわよ」
「じゃあ、今度それ売ってるお店を紹介して」
「あら残念ね、このかんざしは頂き物なの。だからお店はわからないの」
「そうなんだ、ざ〜んねんだなぁ〜」
「でも、こういう物を売ってるお店はたくさん知ってるから教えてあげるわね」
「ラッキ〜!じゃあ来週一緒に行きませんか?」
「ええ、いいわよ」
「やったぁ〜!」


「そういえば、琴子さんの頂き物ものって誰からもらったんですか?」
「えっ?」
「も、もしかして彼氏から?」
「そ、そんなわけないでしょ!誕生日プレゼントにお母さんからもらったのよ!」
「ふ〜ん、そうなんだ。素敵なお母さんですね」
「そうね、お母さんって綺麗で私の目標なのよ」



「主人君」
「水無月さん、楽しんでる?」
「ええ、とっても楽しいわ」
「そういってくれると嬉しいよ」
「ほんと、あなたたちってすごいわね」
「そんなことないよ」
「ううん、こんな楽しいパーティー企画して、感心するわ」
「このぐらいしないと、俺たちの感謝の気持ちが表せないからね」


「最近光を見ていて思うことがあるの」
「光を?」
「ええ、入学したときは本当に子犬みたいだったけど、今は本当にしっかりしてるなって」
「そんなに光は変わったのか?」
「そうよ、もしかしたらあたしよりも、しっかりしてるわよ」
「水無月さんよりも?」
「うん。あなた達この1年間色々あったんでしょ?きっとそれで成長したのよ」
「俺から見ると子犬のままなんだけどなぁ」
「近くにいるからわからないだけよ。光は本当に変わったわよ」


「ちょっと、私が子犬だって!」
「ああ、光はずっと可愛い子犬のままだよ」
「可愛いって……」
「そっ!俺たちも成長したけど、やっぱり子犬の光も大好きだな」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。俺の可愛い子犬ちゃん♪」
「あう〜ん♪」
「ふうっ……やっぱり馬鹿夫婦ね……」
「あう〜ん♪」
「あ〜あ、恵ちゃんにも移っちゃったわよ」
「……」



「楓子ちゃん」
「あっ、公ちゃん」
「頼むから『公ちゃん』ってやめてよ……」
「ふ〜ん、じゃあ『あなた』って呼ぶことにするね♪」
「楓子ちゃん。光に殺されたいか?」
「こ、公ちゃん、じょ、冗談よ……」


「楓子ちゃんも今年は色々あったね」
「うん、公ちゃんと再会して、ひびきのに転校して、花桜梨さんとまた出会って……」
「本当に色々あったね……」
「公ちゃんには迷惑かけちゃたね……」
「気にしなくていいよ。俺も気にしてないから」
「えっ?公ちゃんは気にしてほしいな……」
「えっ……」
「だって私のファーストキスを奪ったの公ちゃんだよ……」
「うげっ……」
「ちょっとは責任とって欲しいな……」
「せ、責任って……」
「うふふふ、冗談よ♪」


「主人君ってひどい。光さんがいながら楓子ちゃんも……」
「ま、待てよ、そもそもそれ以上の関係を迫ったのは楓子ちゃんだろ?」
「えっ!楓子ちゃんが?」
「そうだよ、楓子ちゃんを納得させるためにはしょうがなかったんだよ」
「……えへへ、そうなんだよね♪」
「意外……楓子ちゃんがそんなことするなんて……」
「わ、私だって恥ずかしかったんだモン」
「勘弁してくれよ、光は今でも根に持ってるんだから……」



みんなと楽しく会話をすれば当然お腹が減る。
そうなると若い高校生のこと、当然奪い合いになる。

「あっ、このお肉いただき!」
「ちょっとそれは俺が目を付けていた肉だぞ」
「うわ〜ん、湯豆腐が崩れちゃたよ〜」
「ちょっと誰よ。私の皿にチゲ鍋の中身を盛ったのは!」
「野菜、野菜、野菜はどこかに残ってない〜?」
「猪っておいしいですよね。妖精さん♪」
「妖精さんと話したら鍋の具がなくなっちゃうよ。あっ、その魚は私の!」
「弱肉強食の世界ね……あっ、そのお肉いただき……」
「まったく、ゆっくり食べられないのかね……」
「そういうお前は具を拾うのが早すぎるぞ。え〜と、白菜はどこだ〜」
「ママ、なべものってたのしいね♪」
「そうだね、恵。みんなと食べると楽しいね……ああっ、そのお肉は取らないで!」
「具はいっぱいあるから急がなくていいんだよ!」

騒がしいながらも、楽しい、若い人にしか出来ないパーティーはこうして進んでいった。
結局4時間ほど、おしゃべりと料理を楽しんでパーティーは幕を閉じた。

その後、みんなのあまりの食べっぷりに
幹事の公二と光は今後のお金のやりくりに頭を抱えることになるのだが、
その夜はそんなことは全く頭になかった。
素晴らしい友達と楽しい時間が過ごせた充実感でいっぱいだった。



次の日、日曜日の朝。
公二と光は公二の母に聞いてみた。

「ねぇ母さん。俺と光の一番いい距離ってどのくらいかなぁ?」
「えっ?」
「実は……」

公二と光は昨日琴子と話し合ったことをそのまま話した。
公二の母は半ば呆れた表情になった。


「あなた達、そんなのも知らないの……まあ普通は気にしないからね」
「?」「?」


言っている意味がわからない二人。
それをみて公二の母はため息をひとつつく。


「二人とも、お互いの場所を見なさい」
「?」「?」


公二と光はお互いに見つめ合う。


「それが二人にとって一番いい距離よ」
「えっ?」「えっ?」


「あなた達、10年以上のつき合いでしょ?いい距離なんて自然に作ってるわよ」
「自然に?」
「そう?お互いを知れば知るほど、そういう距離も自然にいい距離になるのよ」

「そういうものなの?」
「そうよ。若いときはそういう距離がわからないから、色々トラブルが起こるの」
「ふ〜ん……」
「あなた達は小さい頃からのつき合い、しかも今は夫婦。気にしなくたって大丈夫よ」
「そうなんだ、よかった……」

ようやく自分たちの距離が間違っていないことがわかりほっとする二人。

「もう少し、お互いを信じなさい。そうすればずっといい距離を保てるわ」
「わかった、ありがとう母さん」
「そういうことだったら、いつでも相談に乗るわよ。これでも何十年夫婦やってるんだから」



公二と光。
果てしなく短い距離と果てしなく長い距離を経験していた二人。
子供の頃はその距離感にとまどい、悩み、苦しみ、泣いた。
想いが募り、2年半前についに距離感を越えた絆を手に入れた。

そして、1年前に再び短い距離になった二人。
それから1年。
公二と光はそれでもお互いの距離を埋めようと懸命だったのだろう。
それ故に、色々なトラブルに巻き込まれた。

しかし、1年間揺れに揺れた二人の距離もようやく安定した。
もう動かない。
もう揺れることはない。
公二と光の間の距離。

もしかしたら、二人はやっと夫婦として一人前になったのかもしれない。
To be continued
後書き 兼 言い訳
平穏編。これにて完結です。

ああ、疲れた。

前話で更新した、シリーズ最長記録をあっさりと更新しました。
いや、本当につめこみすぎた(汗

今回は書くのが大変でした。
理由は2カ所で悩んでいたからです。

一つ目は、今までのラブラブ暴走の後始末。
なんで暴走したのか。どうして暴走をやめたのか。
これをはっきりさせなければいけなかったので大変でした。
具体的に言うと琴子との会話部分です。

暴走した理由とは、
「恋人」という過程を一気に飛ばして「夫婦」になってしまったから、恋人らしいことをやってみたかった。
ということです。これは平穏編の最初から考えていたことです。
でも本当は恋人気分になりたかっただけなのかもしれません。

迷った2つ目は、酔いどれです。
本当は楓子を酔わせたかったのですが、
酔いどれモードがいまいちしっくりいかず、ずっと迷っていました。
しかたなく楓子は諦めて「プレーボーイゆっき〜」再登場とあいなりました。

全体の3分の1以上を占めているパーティーでの会話はそれほどでもありませんでした。
一応、それぞれ「聞く人」「答える人」「第3者」という構成にして、
12人全員全部担当するようにしてます。

ちなみにゆっき〜が跳ねられた車はパトカーなのはわかりますよね(古

次回からは第13部、すみれちゃんの登場です。
ほとんど本編に忠実だと思います(汗
でも決定的に違うことがあります、それは何か?それは次回を見てのお楽しみです。

(おまけ)お察しだと思いますがパーティーの会話部分で何人かは嘘をついてますよ。
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