第65話目次第67話
カランコロン カランコロン



少し山奥にある温泉街。
温泉旅館が街の至る所にある、大きな温泉街。

街には旅館、公衆浴場、食堂、おみやげ屋などがぎっしり並んでいる。
街の中央には温泉の源泉が湧きあがり、その湯気が街に独特の色を与える。



カランコロン カランコロン


街には旅館の浴衣を着た人がたくさんいる。
温泉街にあるあちこちの温泉を回っている人たちである。

一つの温泉にじっくり入るのもいいが、
色々な温泉を巡っていくのも温泉の楽しみ方の一つ。

さまざまな色の浴衣が街に彩りを与える。



カランコロン カランコロン



そんな街を歩いている一組のカップル。
お揃いの浴衣を着て、下駄をカラコロならして歩いている。

べたべたくっついてる訳でもない。
恥ずかしがっている様子もない。
昔からその距離だったかのような自然なくっつき方をしている。

容姿、雰囲気から言って、たぶん高校生だろう。
しかし、高校生とは思えない幸せいっぱいの表情。
あるいは、子供とは思えない安らぎの表情。
または、そこら辺の大学生よりも大人の表情。

様々な表情を見え隠れさせながら街を歩いている。



カランコロン カランコロン



そんな二人を通り過ぎる人はみんな見てしまう。
そんな不思議な印象をうける二人。

「ねぇ、あなた。最初はあそこに入ろう♪」
「そうだな、どうやら混浴らしいしね」
「やった〜♪」

2年半遅れの新婚旅行を楽しんでいる公二と光だった。

太陽の恵み、光の恵

第14部 春休み温泉編 その2

Written by B
ひびきのから約3時間。
二人は関東の奥地にある有名な温泉街を新婚旅行の場所に選んだ。

若い二人だったらこんな場所でなくてももっと楽しい場所は日本にはたくさんある。
ここには雄大な景色もない、楽しいテーマパークもない、見識を広める博物館・美術館もない。


しかし、公二と光は三泊四日の温泉旅行を選んだ。


楽しい場所ならこれから恵と3人で行けばいい。
折角旅行券をもらって行ける新婚旅行。
なにも見なくていい、ただ二人っきりでゆっくりしたい。

二人はこの激動の1年間の疲れを温泉で癒したかったのだ。



温泉街でも二人は混浴の露天風呂の多い温泉街を選んだ。

確かにこれは正解かもしれない。
二人きりの旅行。一人だけで入ってもあまり楽しくない。
せっかくだから夫婦一緒に入りたい。
ある意味素直な感覚かもしれない。

そして、今日の午前中に旅館に着いた二人は午後から温泉巡りを始めていた。

そして、最初は泊まっている旅館と別の旅館で貸し出している家族風呂を選んだ。
もちろん混浴の露天風呂である。

「うわぁ〜!思ったよりも広いねぇ〜」
「これならゆっくりとお湯につかれるな」

「うん、じゃあさっそく入ろう?」
「ああ」

さっそく二人は温泉に入る。
暖かい温泉の熱が二人の体と心を温める。

「うわ〜、きもちいい〜!」
「やっぱり温泉はいいなぁ〜!」

「あったまるねぇ〜」
「あったまるなぁ〜」

しばらくはゆっくりと温泉の暖かさに浸っていた。



そして二人はこれまでを振り返り始めた。

「本当に1年の疲れがとれそうだね」
「ああ、この1年間いろいろあったからねぇ……」
「そうだよね、あなたと一緒に暮らしてもう1年……」

「あっという間だったよな……」
「あっという間だったよね……」

別にお互いの顔を見ている訳ではない。
二人で隣に座り、まっすぐ外の景色を眺めながら話している。



「あのさあ、私最近になって、思ってることがあるんだぁ……」
「なんだい?」

「もし最初からバラしていればこの1年間どうなってたかなって……」
「それって……」

「どうしてうちらの関係を最初から言わなかったのかなって……」
「だってそれは……」

「わかってる、怖かったの。またイジメられるんじゃないかって……」
「………」

公二が光の方を向く。
光は公二のほうを見ずにまっすぐ向いて真剣な表情で話している。

「でも、それって友達に対して失礼だったんだよね……」

「信頼してるはずなのに、実は疑ってた……」

「だから……結果的に琴子を裏切った……」

光の心にはいまだに琴子の哀しい表情が写っているようだ。



『光……どうしてなの?』
『どうして……どうして、こんな大切なことを教えてくれなかったのよ!』
『それは、本心じゃない……本当は……光、あなたから私に話して欲しかったのよ!』
『光、私達の8年間は何だったの?ねえ教えて!』



「あのときの琴子の表情……今も忘れられない……」

光はまっすぐ向いたまま、しかし真剣ながらもどこか悲しそうな表情。
公二はそんな光に語りかける。

「仕方ないよ、最初は俺たちは二人だけだったんだから」
「あなた……」

「俺も光も7年ぶりのひびきの。右も左もわからず、友達も最初はいなかったから……」
「でも琴子は……」

「水無月さんでも3年ぶりだったろ?仕方ないよ、自分たちを理解してくれるかなんてわからないよ……」
「………」

光の表情はさらに寂しくなる。
公二はかまわずに続ける。

「でも……それは俺たちの思い違いだったんだよな」
「えっ……」
「今の俺たちの周りには素敵な友達がたくさんいる……」


二人は何も言わずに目を閉じる。
二人のまぶたの裏には自分たちを支えてくれた友達の姿が次から次へと浮かび上がってくる。



『自信があるからこそ言ってるとは思うけど、俺は公二たちの決意を踏みにじることはしない……』
『なあに気にするな。俺たち全員でサポートしてやるぞ』
『でもね、そんな未来は考えたくない……今は光と一緒にいたいの!一緒に楽しく過ごしたいの!』
『あんなに深い絆で結ばれていたなんて……うらやましいです』
『ねぇ、またボクのところでバイトしない?光さんと一緒に』
『あ〜、テストじゃなければ美幸が不幸の一つぐらい引き受けたっていいのに〜』
『私達……友達でいいよね、こんな私でも友達になってくれるよね?』
『うん、私も負けない……だから、公二さん、光さん、絶対に負けないで……』
『あんたらがどういう気持ちか知らないが、あたしはあたしの正義を貫かせてもらうぜ……』
『主人さん達に協力できて、経験が積めて、姉さんと一緒、一石三鳥で嬉しいぐらいだよ』



二人は再び目を開ける。
そして現実にまた戻る。

「こんな友達を信頼してなかったなんて……」
「……馬鹿だよね……私たち……」

「でも、今はわかってるけど、あのときはまったくわからなかった……」
「琴子達が気づかせてくれたのかもね……」

「今こうしていられるのも、みんなのおかげ……いくらお礼しても足りないよ……」
「………」

何も言葉が出なかった。
1年間に出会えたかけがえのない友達。二人はその友達の大切さを思い起こしていた。

「なあ……そろそろ出ようか?」
「うん!」

さすがに長時間入ってのぼせそうになったのでお風呂から上がることにした。



一つだけの温泉にゆっくり浸かるのもいいが、たくさんの温泉につかるのもまたたのしい。
公二と光はさっきと別の温泉に入っていた。
これまた混浴である。

「あなた、ここの温泉の効能って美肌なんだって!」
「へぇ、でも俺には関係ないなぁ」
「そんなことないって、男でも美肌はおかしくないのよ」

そういいながら、お湯を自分の腕にかけて効能にあやかろうとしている光。
そんな、女の子らしい行動に公二もほほえましく思う。

「光、まだ16だろ?そんなに肌を気にする年か?」
「まあね、でも私の肌ってボロボロだったから……」

「あっ……」
「確かにあのときはひどかったな……」



思い出すのは4ヶ月前。
恵の誘拐事件。
自分たちの関係がバレてしまうきっかけとなった事件でもある。

「私、あのときの決断、間違ってないと思ってる……」
「俺も……」

公二と光は恵を逃がすために自ら人質となった。
そのために犯人達に鈍器で何十回、何百回と殴られた。
そしてリーダー格の男には銃で何発も撃たれた。

「あのときはもうすぐ死ぬんだって思ってた……」
「うん、あなたと一緒に死ぬんだって……」

二人とも死を覚悟していた。
現実に救出されたときには、完全に力尽きていた。
まさしく死の一歩、いやわずか半歩手前。
それだけ、残酷で過酷だった。

「ひどい怪我だったよな……」
「そうだよね……」

結果、全身に骨折が30カ所以上。退院するのに1ヶ月半もかかった。



「退院したときね……私のからだ……痣だらけだったんだ……」
「そうだと思ったよ……俺もそうだったから……」
「正直に言うとね……この体じゃ愛してもらえない……そう思うほどひどかったんだ……」

退院時、光の体には殴られたときについた痣が無数に残っていた。
よほど自分の姿がショックだったのだろう。

退院した直後は一緒に風呂に入るのも、同じ部屋で着替えるのも嫌がっていた。
公二もその理由はなんとなくわかっていた。
自分の体もそうだったから、きっと光も……そう思うのは当然かもしれない。

「光、でも今は痣は残ってないだろ?」
「うん、おかげで目立たなくなったよ」
「それでも完全には消えないのか……」

「でもいいの」
「えっ!」

意外な光の言葉。
痣が残ってもいい。
それは女として気にする事じゃないのか?
公二の頭は疑問符だらけになった。

「この痣は恵の母としての誇りの傷……目立たないぐらいで残ったほうがいいの」
「でも、普通それは男がそういうことを言うもんだと……」

「うん、でもそういう男の人の気持ち、わかる気がするの……」
「………」

「でも、女として傷物になっちゃったんだよね……」
「………」

光の表情は哀しそうだ。
公二にはそんな光の心が痛いほどよくわかる。



「ねぇ、あなた」
「なんだ?」



ザバッ!



不意に光が立ち上がった。
そして両手を後に組んで、公二の目の前に立つ。

「私の裸……どうかな?」

公二の目の前には何も身につけてない、何も隠してない光の体があった。
光は顔を真っ赤にしながらうつむき加減で公二に問いかけている。

いままで公二は光の痣など気にしていなかった。
それだけ目立っていなかったからだ。
でも、たしかによく見るとかなりの場所に痣がのこっている。
光の言うとおり、たしかに綺麗な肌ではなくなっていた。

「綺麗だよ……光」

しかし、たとえ綺麗ではなくても、公二にとっては最愛の光が持つ肌である。
そんな気持ちを込めて公二が答えた。

「私の体……痣だらけだよ?それでも綺麗って言ってくれるの?」
「ああ、俺にとっては一番綺麗な体だよ」
「ありがと……」

光に笑顔がもどってきた。



光は公二の横に座って湯に浸かる。
公二は横から光の肩を抱く。

「しかし、馬鹿だなぁ。俺が光の肌が汚いなんて言ったことあるか?」
「ないよ。でもね……『綺麗だね』って言われたこともないよ……」
「……ごめん、無神経だった……」
「いいの、あなたが今言ってくれたから……」
「………」

「あなたが言ってくれれば十分……だった私の体はあなただけのものだから……」
「光……」

公二は光を見つめる。
光も公二を見つめる。

二人の体が近づく。
そして二人は自然に唇を重ねる。

「………」
「………」

ほんの数秒後、再び唇が離れる。
それだけで十分。愛の言葉を1時間語るよりも、二人にはこれだけで心が伝わる。

「なんか、熱くなってきたな……別の湯に行こうか?」
「そうだね……」

体が熱いのはなにもお湯のせいだけではないだろう。



熱い湯が続いたので、二人はすこしぬるいお湯を選んで入った。
もちろん混浴である。

「光、ここの効能ってなんだったっけ?」
「え〜と、確か腰痛とか筋肉痛だったはずだけど……」
「まあいいか、俺は心が温まればいい……」
「な〜にかっこつけちゃって」
「いいじゃないか、たまには」

また他愛のない会話がつづく。
こんな会話でも端から見ていればとても幸せそうである。

「誘拐事件で思い出したけど……メイさん、元気かなぁ?」
「そうだな、連絡もないけど、どうしてるかなぁ……」



今二人の頭に浮かんでくるのは、一人の少女。
不器用だけど純粋な小さなお嬢様がそこにはいた。

『わかったのだ……後で助けにいくから、待ってて欲しいのだ……』
『主人様、陽ノ下様、わ、わたくしが身の回りのお世話をするのd……お世話します♪』
『ひどいのだ……メイはずっと待っていたのだ……』
『もし逢えることがあったら……恵ちゃんと遊びたいのだが……いいのか』



あれから3ヶ月、彼女からの連絡はない。
風の噂でも近況はまったく耳に入っていなかった。

「そういえば、メイさん、来月からは高校生なんだよね……」
「ああ、伊集院家ならきらめきに私立があるからそこに入るんじゃないのか?」
「そうだね、じゃあ、また逢えるよね?」
「ああ、逢えるんじゃないのか?」

「また、逢いたいね……」
「ああ、恵と一緒に3人で逢いに行こうな?」
「うん!」



その後、二人はまた別のお湯に入っていた。
今度のお湯の効能は純粋に疲れをとるものらしい。

「しかし、のんびりとお湯に浸かるのもたのしいね」
「ああ、楽しい旅行だな」

「旅行っていうと、夏以来だね」
「ああ、同窓会巡りの旅だったなぁ……」

「みんな元気かなぁ?」
「そういえば、まったく連絡してなかったなぁ……」



夏休みの同窓会。
本当の自分を受け入れてくれた友達がいた。
自分の最愛の人も仲間に入れてくれた友達がいた。

『あ〜あ、うらやましいな〜。じゃあ新婚生活について、取り調べだな〜』
『いや〜、皆で公二の奥さんを見てみたいとおもってさぁ〜、もしかして一緒に来ているのかなぁ〜って思って』
『そんな、悲観的になるなよ。またこんな馬鹿騒ぎやろうよ』
『じゃあな、公二。暇なときには電話してくれよ』

『そうや!生まれたときは毎日連れてきたやないか!恵ちゃんはうちのクラスの一員や!』
『赤ちゃんの世話なんていい経験させてもろた……お礼をいうのはこっちの方や!』
『光ちゃんは、旦那が頑張ったから幸せなんよ!』
『あれだけ世話かけたんや、仲良くやっている証拠を見んと安心できんのや!』

ちょっと柄の悪い連中なのだが、とってもいい友達だと思っている。
でも、同窓会後は自分たちの事で精一杯だったので、連絡をまったくしていなかった。



「光、家に帰ったら近況報告の手紙でもだそうか?」
「そうだね、『今も元気です』って書くだけでもいいかもね」
「俺なら『今も幸せです』って書くけどな」
「えへへへっ、そうだったよね♪」

今二人が入っている温泉はカップルも多くいる。
そのカップルの多くが公二と光を注目していた。

別に特別な行為をしているわけではない。
特殊な会話をしているからでもない。
二人が高校生ぐらいの若さに見えたからでもない。

寄り添って語り合う二人がとても幸せいっぱいに見えたからである。



そして本日最後の湯。

ここでは有名な混浴露天風呂で、恋の病に効くという伝説がある温泉らしい。
光もこの有名な温泉に入ってみたかったのが、ここの温泉街を選んだ理由の一つらしい。

「ああ〜っ!きもちいい〜!」
「しかし、恋の病なんて効くのかなぁ?」
「効くんじゃないの?」

「少なくとも光は恋の病なんて関係ないだろ?」
「そんなことないよ」
「はぁ?」

「毎日あなたに愛されて……幸せすぎて怖いの……だから病気なの」

半分冗談半分本気で話す光をみて、思わず笑うのをこらえてしまう公二。
公二もしばらくしてから光に微笑みながら話し始めた。

「あはは、そんな病気なら直さなくてもいいよ」
「どうして?」
「それはね……それは光が幸せになれる病気だから」

「うふふふ!」
「あははは!」

もうこの二人には恋の病とは無縁なのかもしれない。



ひとしきり笑った後。
光が穏やかな表情で話し始める。

「でも、私たちって最高に幸せかもね……」
「どうして?」

「だって、初恋の人をそのまま一生愛せるから……」
「そうだよな、たった一人だけを愛し続けるって、人生が何回あってもできるかわからないもんな」

「それだけでも、世界一幸せなんだよね」
「そうだな……」

確かに障害はたくさんあった。
しかし手に入れた幸せは最高の幸せ。

「私たち、失恋の痛みを知らなくてすんだんだよね……」
「でも、恋の痛さは身にしみてわかってるけどな……」
「そうだよね、あのころは辛かった……」

それは公二と光が中学に入る少し前のこと。
それは、ずっと一緒だと思って続けていた文通が苦痛だけになってしまったとき。
あまりに離れた距離を感じ、痛み、苦しみ、切ない思いをし続けたあのころ。

「俺、あのときあんなに光に恋してたなんて気づいてなかったから……」
「私もそう、理由もわからず苦しんでたからね……」

「でも、あれがあったから、光への想いがどんどん強くなっていったんだと、今振り返ると感じるな……」
「そうだね、離れた距離を近づけようと必死だったから……」

離れた距離を取り戻したい。
その思いが日に日に強くなり、5年半ぶりに再会した日に大爆発を起こした。
あの苦しみが二人の絆の強さをつくっていたのかもしれない。

「今となってはいい思い出だな……」
「うん。でも、今こうして結ばれてるからいい思い出なんだけどね……」

「………」
「………」

二人はそれっきり黙ってしまう。



「光、実は最近俺も最初からバラしていればって思うことがあるんだ……」
「えっ?」

「ただ光と違う理由でな……」
「それって、もしかして……」

「ああ、最初からバラしていれば、俺は女の子を二人も振らなくてすんだのになって……」
「………」



この1年で、公二は二人の女の子に告白された。

『でも、聞いて……ボクだって、一度はあきらめた、それも仕方がないって……でも、駄目だった……』
『ボクは……ボクはキミのこと大好きだ!ずっとずっと一緒にいたいんだ!』

『そっか……公ちゃん変わってないね……優しくて、純粋で、一直線で……』
『優しいんだね……私、そんな公ちゃんが好き』

公二はただ謝るしかなかった。



告白した女の子は今は大切な友達。
しかし、二人に告白させなければもっと純粋につきあえたのに。
公二が最近考えていたことだ。

「でも、バラしていたら、心の中で閉じこめて苦しめるだけだったかもしれないよ」
「………」

「二人とも私にこう言ってくれた『辛かったけど、告白してすっきりした』って」
「………」

「本当にそうなのかはわからない、でも二人は満足してるよ。振られちゃったけどね」
「………」

「私、振られたことがないからわからないけど、あれでよかったと思うよ」
「そうだよな、よかったと思わないと、二人をまた苦しめるだけになるからな……」

「そうだよ。玉砕覚悟の告白だったんでしょ?それを後悔させちゃいけないと思う」
「そうだよな、あれでよかったんだよな……」

光に言われて、なにか安心した表情を浮かべる公二だった。



「俺たちの1年って、傷つけて、迷惑かけて、泣かせて……友達にひどい仕打ちばかりだな……」
「そうだね、迷惑ばっかりで、それでいて、なにも返してない……」

「光、来年はみんなにお返しをしていかないか?」
「うん、みんなからもらった暖かい気持ち、今度は私たちが送る番だよね」

「ああ、俺たちが苦しんでるときに手をさしのべてくれた……だから今度は俺たちが……」
「そうできるといいね」
「ああ」

今まで、迷惑を掛けてばかりだったのに手をさしのべてくれた暖かい友達。
これからは自分たちから手をさしのべたい。
もしかしたら、また助けてもらうかもしれない。
それでも、今度は助けてもらうだけではない、助け合っていきたい。

それが2年生でのとりあえずの目標だ。



お湯からあがった二人はこれから泊まる旅館の自分たちの部屋に戻ってきた。

「う〜ん、ここからの景色も風情があっていいね」
「上から見る温泉街っていうのもいいね」
「そうだね」

旅館は和風の老舗旅館。
部屋からの街の眺めも良く、温泉旅行気分を味わうには最高の宿を選んだ。

「こういう落ち着いた旅館っていうのもいいね」
「下手にホテルに泊まるよりものびのびとできるね」

たった一度だけの二人きりの旅行。それも新婚旅行。
二人ともバイト代を前借りしてまでして奮発した旅館である。

「いい部屋にしてよかったね」
「せっかくの新婚旅行だからな。このぐらいしないと。でもよかったな」
「うん」



奮発したから料理も豪華である。

「うわぁ〜、なんかパンフレットに出ている料理みたい!」
「そうだな、しかし本当に美味しそうだ」
「でも、これだけお金を出さないとパンフレットの料理は出てこないってことだよね」
「そういうこと。少し勉強になったな」
「そうだね。じゃあさっそく食べよ♪」

さっそく二人は料理をいただくことにする。
料理は温泉旅館の料理でイメージできる定番の料理である。
山の幸となぜかある海の幸が満載な料理がたくさんある豪華な料理である。

「美味しいね〜♪」
「ホント、美味しいな♪」

今日は二人は食べさせっこなんてしてない。
普通に料理に舌鼓を打っている。

「やっぱり旅行といったら料理だよね♪」
「本当、料理って大して重要じゃないと思ってたけど、料理も旅では重要だね」
「奮発してよかった♪」

公二と光は新婚旅行、いや旅というものを満喫しているのかもしれない。



そして夜。
部屋の明かりは少し前に消した。
そろそろ寝床につく時間。

「………」
「………」

しかし二人はいつになく緊張している。

「わかってはいたものの……」
「恥ずかしいね……」

二人は正座して顔を真っ赤にしてうつむいている。
二人の間には一枚の布団に2個の枕。

たぶん旅館の人が気を利かせてくれたのだろう

「ちょっと緊張するな……」
「ドキドキしてる……」

いつも一つのベッドで寝ている公二と光なのだが、
なぜか緊張している。

それは旅先といういつもと違った環境だからか、
それとも新婚旅行という特殊な旅行という意識が強いのか。

少なくとも二人の態度はまるで新婚初夜の二人である。



「なんか初めて一緒に寝るときみたいだな……」
「私も……こんなにドキドキするなんて久しぶり……」

そう言いながら、正座したまま少しずつ前に体を進める二人。
そして、二人の膝と膝がぶつかり合う距離まで縮める。

「光」
「なに?」

「今まで本当にありがとう、これからもよろしくな」
「うん、私も今まで本当にありがとう、これからもよろしくね」

「これからもずっと幸せに暮らそうな」
「うん、死ぬまで一緒に幸せでいようね」

「愛してる」
「愛してる」

「………」
「………」

二人の唇が重なる。

公二が光を抱きしめる。

光は自分の体を公二に預ける。

そのまま二人は布団に倒れ込む。

そして二人だけの世界へ……
To be continued
後書き 兼 言い訳
第14部のメインに突入です。
今回は二人に1年間を振り返ってもらいました。
かなり急ピッチで振り返らせましたが、二人の1年間はこんな感じなのではないでしょうか?

二人が出かけた温泉街ですが、とくにモデルはありません。
だいたい、あんなに混浴がある温泉街って聞いたことがないし。
一応、草津温泉をイメージしながら書いてます。

当然、泊まっている旅館のモデルなんてありません。
でも、某チャンネルでよくやっている旅番組で温泉特集なんてやってますから、それでイメージはできました。

回想での台詞ですが特に名言を集めたというわけではありません。
なるべく、たくさんの話から引用したかったということがありましたので。
あと、同窓会シーンでの友人の台詞の色は手抜きしました(汗
いや色を付けると見にくいかなと思って(言い訳)

次回は新婚旅行2日目。すこし内容が変わってきます。
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