第76話目次第78話
「ここも、久しぶりだなぁ」
「1ヶ月ぶりですもの、パパ」
「さて、荷物を整理してから体を休めよう」
「はい、パパ」

ここは野咲家の自宅。
すみれは毎日旅生活をしていると言うわけではない。
1ヶ月に2,3日自宅に戻っている。

旅でもらったものの整理をしたり、
今後のサーカスの公演の日程を決めたり、
サーカスの新しい出し物を考えたり、
やることはたくさんあるので、家でくつろぐという感じではないのだが。

一通りの荷物の整理が終わったすみれは自分の部屋に1ヶ月ぶりに戻った。

すみれの部屋には少し大きめの小包がテーブルの上に置いてある。
たぶんすみれのパパが置いておいたのだろう。
すみれは中身を見る前に送り主の名前を探してみる。

「あっ……美幸さんからだ!」

送り主の名前には「寿 美幸」という名前が書いてあった。

太陽の恵み、光の恵

第15部 新学年編 その7

Written by B
「美幸さん、何を送ってくれたのだろう……」

すみれは急いで中身を開けてみる。

「あれ?……なんでしょうか?」

小包の中身は官製はがきが20枚、茶封筒が20枚、切手が40枚。
そして一通の手紙。

「これは美幸さんの手紙でしょうか……」

すみれは手紙を読み始める。



「拝啓 野咲すみれ様
 お元気ですか?
 ひびきのですみれさんと遊園地に行った寿 美幸です。
 憶えていますか?                」


「忘れるわけがないじゃないですか……すてきな時間をいただいた方ですから」


「今はどこでサーカスをやっているのでしょうか?
 どこにいるのかわからないので、サーカスの事務所に小包を送りました」


「うふふ。うちの家は事務所と一緒なんて思っていなかったかな?」


「すみれさんは大好きなブランコは楽しくやってますか?」


「ええ!もちろん楽しくやってますよ」


「サーカスにはお客さんは入っていますか?」


「……」


「美幸はとても心配です。
 でも、すみれさんの空中ブランコがあればきっとお客さんも増えると思います」


「そんな、大げさですよ……でも嬉しい……」

すみれの美幸の手紙をよむ表情はとても楽しかった。
内容はそれほど特殊というわけではない。
ただ、ここまで心配してくれるのがとても嬉しかった。



「美幸は高校2年生になりました。」


「高校かぁ……」

すみれは今15歳。
高校1年生の年齢である。
中学校でさえまともに通えなかったすみれには高校に進学するなどという選択肢はなかった。

しかしすみれも普通の女の子。
高校に対するあこがれはもちろんある。

そんなすみれにとって、高校2年生の美幸はとても羨ましかった。

「高校も楽ばかりではありません。」


「えっ!」


「勉強も大変だし、部活もハードです。楽しいこともあるけど、疲れることもよくあります」


「やっぱりどこでも大変なんですよね……」


「何より好きなことばかりしているわけにはいかないのが辛いです」


「それって……どういうことでしょうか?」


「好きなブランコを頑張ってやっている、すみれさんを羨ましく思うことがあります」


「私を……ですか?」


「サーカスは大変だと思います。でも好きなことが仕事になるって幸せだと思うんです」


「そうですか?……私、幸せですか?」

確かに好きな空中ブランコをしてるのは楽しい。
しかし、サーカスというのは楽な仕事ではない。
旅から旅への生活は何年やっていても楽ではない。
サーカス自体もお客が少なくなっている。

それでも自分のことを幸せだといってくれた。
半分驚きながらも、半分嬉しいすみれだった。



「美幸はブランコで頑張っているすみれさんを思い出すたびに、美幸も頑張らないとと自分を励ましてます」

「私は、そんなに凄いことはしてませんよ」



「すみれさん。美幸もすみれさんの力にはなれませんか?」



「えっ?」

「はがきと封筒と切手を同封してあります。なんでもかまいません。美幸に教えて下さい」

「それでこの手紙を……」

「美幸の住所はもう書いてあるので大丈夫です」

「もう書いてあるって……あら?」

よく見ると、はがきも封筒にも美幸の名前と住所が既に書いてある。
これなら、住所を憶える必要もない。
本文を書いて出すだけでいいのだ。


「どんなことでもいいんです。美幸はすみれさんの事がもっと知りたいです」

「私の事……」

「すみれさんは美幸の大切な友達です。」

「友達……」

「本当は逢って話したいけど、逢えるのは来年まで。美幸はそれまで待てません」

「私もです……」

「すみれさんが嫌でなければ、返事を下さい。お願いします」

「……」

「体に気を付けてサーカス頑張って下さい。」

「……美幸さん……」

美幸の手紙はそこで終わっていた。



「……嬉しい……」

すみれは手紙を持ったまま動けなかった。

すみれは泣いていた。
涙を拭こうとせず、ただひたすらに泣いていた。


すみれは嬉しかった。


旅から旅への生活で、すみれはたくさんの人と出会った。
転校に次ぐ転校で、たくさんの同級生とも出会った。
しかし、出会っただけで友達にまでにはなれなかった。

親しくした人は何人もいた。
しかし、転校してしまった後は音沙汰なし。
消息も友情も自然消滅してしまった。



しかし美幸は違っていた。

別れた後も、自分の事を心配してくれた。
友達だと言ってくれた。

こんなことを言ってくれたのも、してくれたのも美幸が初めてだった。

「美幸さん……私、本当に嬉しい……」

すみれは本当の友達に出会えた気がした。
いや、そうであって欲しいと思った。
そうではない、本当の友達だと確信していた。



それから3日後。

「はぁ……返事くれるかなぁ……」

美幸は家への帰り道。
すみれからの返事がくるのを心配していた。

「すみれちゃん……大丈夫かなぁ……」

美幸が心配していること。

サーカスのこともあるが、それよりも心配なことがあった。



それはすみれがひとりぼっちじゃないかということ。



すみれは旅から旅への生活。
転校ばかりで、折角出来た友達もすぐにお別れなのだろう。

去年までは中学生だったので、それでもクラスメイトはいた。
しかし今はもう義務教育が終わっている。

もしかしたらすみれは同じ年頃の人とは一緒でないかもしれない。
少なくともサーカスを見たときには、団員の中にはいなかった。

それに一緒に遊んだ後、自分を見送ってくれたときにすみれの表情がとても寂しかった。
美幸はそれが頭の片隅にずっと残っていた。



そんなすみれちゃんに自分ができることはないだろうか?

その結論が文通という手段だったのだ。

「う〜ん、気になるなぁ……」

小包を出してから返事を待っているのだが、すぐに返事は来ない。
もしかしたら余計なお世話なのかもしれない。
すぐには来ないとはわかってはいるものの、気になってしょうがない。



そして美幸は家に帰って、自分の部屋に戻る。

「やっと戻ってきたよぉ……あれ?」

よく見ると机に一枚のはがきがあった。
美幸はそのはがきを手に持ち、宛名を見てみる。

「これは……!!!」

それは確かに自分の宛名が、それも自分で書いた手書きの文字。

「じゃあ……!!!」

送り主の名前を探す。
はがきの表面の左下に「野咲 すみれ」と書いてあった。

「すみれちゃん……返事くれたんだ……」



「美幸さんへ
 お手紙ありがとうございました。
 美幸さんの手紙、本当に嬉しかったです。
 
 私、こんな手紙をもらうのは初めてなんです。
 サーカスの感想の手紙はもらったことはあります。
 でも、友達からの手紙は無かったんです。
 
 本当に嬉しかったです。
 おもわず涙がでちゃいました。
 
 美幸さん、本当にいいのですか?
 美幸さんがよろしいのなら、これから少しずつ手紙を書きますね。
 
 タケヒロサーカスは今は関東を回ってます。
 夏になったら東北から北海道へ、
 秋になると北陸から関西を回って、
 冬は九州と四国を回って、
 春にはひびきのにまた行きます。
 
 なにか出来事があったらお手紙します。
 美幸さんもいろいろ教えて下さいね。
 
 部活に勉強に頑張って下さい。
 私はお客さんに喜んでもらえるようにブランコを頑張ります。」



綺麗で優しい文字がはがきの裏にはつづられていた。

「思い切って出してよかった……」

美幸には満面の笑顔がこぼれていた。

「じゃあ、さっそくなに書こうかなぁ〜?」

さっそくすみれに手紙を書こうとする美幸だった。



それから数日後の朝。

美幸は美帆と一緒に学校に向かっていた。
いつものようにとりとめのない話で盛り上がっていたのだが。

「美幸ちゃん」
「な〜に、美帆ぴょん?」

「最近、何か嬉しいことがありましたか?」
「えっ?」

美帆に予想外の事を言われて驚く美幸。
美幸自身は、そんなに嬉しそうな顔はしてないと思っていたのでなおさらだ。

「最近の美幸ちゃん、いつも嬉しそうな顔をしてるから」
「そうかなぁ〜、そんなに嬉しそうかなぁ〜?」
「ええ、そうですよ」

(やっぱり、美幸も嬉しいんだな……)

たしかにすみれちゃんとの文通は嬉しいが、顔に出るほど嬉しいとは思ってもいなかった。

先日すみれちゃんに手紙を出した。
今は返事を首を長くして待っているところなのだ。

(今日もすみれちゃんに負けないように頑張ろう!)

今日の美幸の帰り道は早足になりそうだ。



春には様々な始まりがある。
ひびきの高校2年生の彼らにも色々な始まりがある。

来年の春、その始まりがどう花咲いているのか?
それは誰もわからない。
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回は新しい展開。
美幸とすみれのお話の序説です。

春に二人は出会ってます。
本編だとこのまま一年間なにもなしです。

ところが感想を読んでいるウチにふと思いついたこと。

「すみれちゃんはいい子だから転校する学校で親しい人はいるはず」

「でも、そこから転校すると音沙汰なしで疎遠になってしまう」

「どんなに親しい人でも例外ではない」

「ちょっと待て、美幸も例外じゃないぞ!」

ということで、再会までの1年間、友情を保つ必要があると思ったのです。

そこでこういう展開と相成りました。
今後節目節目に二人の文通のお話が書ければと思ってます。

いやあ、すみれちゃんは旅生活なので春以外で登場させるのが難しい(汗


え〜と、第15部はこれにておしまいです。
年度初めはこれから一年間のネタ振り的要素が大きいです。
幾つもネタは振りました。
これらが同時並行で進みます。
すこし混乱するとは思いますが、少しずつ整理していただければと思います。

次回は第16部。
皆様お待ちかねのお花見です。
お花見でどうなるかって?
それは皆様のご想像の通りだと思いますのでお楽しみ(爆)
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