第81話目次第83話
新学年になってから半月がたった。

新入生も高校生活に少しだけ慣れてきた頃。
上級生も上級生の自覚を持ち始めてきた頃。

それが特に現れるのが部活動。

この時期は大会への準備もあるが、新人の指導という大切な仕事がある。

よい指導者とよい選手は一致しないが人に教えることは自分にとっても勉強になる。

また新入生と仲良くする絶好の機会である。

新入生にとっても先輩と親しくなる絶好の機会。
この時期は部活にとって大切な時期であることには間違いない。

「先輩!これはいったいどういうことですか!」

「あっ……牧原さん……」

しかし、グラウンドではこんな時期に最悪の出会いをしてしまった二人がいた。

太陽の恵み、光の恵

第17部 春の学校編 その1

Written by B
ホームベースには呆然と立ちつくす楓子。
楓子の足下には金属バット。
グラウンドには無数のボール。
そして、さっきまで地獄のノックを受けて半殺しになっている部員達。

こんな光景を初めて見た人は驚くにきまっている。

「先輩!なんてことしたんですか!」
「そ、それは……」

「確かに『マネージャーは選手の練習のサポートをするの』って言ったのは先輩ですよ」
「……」

「でも、これは選手を苛めてるだけです!」
「……」

友梨子は楓子をにらみつけていた。

無理もない。
友梨子はさっきから地獄絵図を見続けていたのだから。



友梨子が洗濯を終えてグラウンドに出てみると楓子がノックをしていた。
しかし、自分が想像していたのとは遙かに違っていた。

ボールは選手が全力で走ってあと10cm届かない場所にしか打っていない。
休む暇もないようで、選手は全員ヘトヘトでフラフラ。
にも関わらず、楓子はニコニコ微笑んでいて、ノックを終わらせようとしない。
それどころか

「これじゃあ守備は穴だらけだモン♪」

と言って、さらに続ける。
でも突然

「今日はや〜めた!」

と言ってバットを捨ててしまう。
その瞬間楓子がグラウンドを見て青ざめている。

自分がやっておいて何を驚いているんだ。
友梨子は完全に怒っていた。



一方、そのころ武道系部活の共同練習所、通称武道館では



「メーン!」



スパーン!



気持ちのいい音が武道館に響きわたる。

「みんな、よく見たか?面打ちの基本を説明するぞ」

剣道部が1年生に基本動作を教えていた。

剣道部の1年生には2タイプいる。
ひとつは中学校からやっていて高校でも続ける経験者、
もう一つは、高校入学を契機に剣道を始める未経験者。
ひびきの高校の場合は未経験者のほうが圧倒的に多い。

知識も理解度も異なる2タイプを同じ方法で指導するのは無理というもの。
経験者と未経験者とで指導方法を変える必要性がある。

従って経験者は上級生と同じ練習法で、
一方未経験者は剣道具の説明、道着の着る方法、竹刀の持ち方、振り方。
基本を一から丁寧に指導する。もちろんこれは2年生の仕事である。

しかし、経験者も未経験者も一緒に受ける指導がある。
それが実技による基本動作の説明である。
未経験者は文字通り基本を憶えるためであり、
経験者は自分の経験や知識を再確認するために必要である。



そのお手本役の一人が純一郎である。
本当はお手本役は恥ずかしくて嫌だったのだが、

「未経験の女子を手取り足取り指導するのとどっちがいい?」

とキャプテンに迫られ、即座にお手本役を引き受けた経緯がある。

(しかし、試合より緊張するなぁ……)

お手本役の純一郎はとても緊張していた。
試合だと多少崩れても決まればいいのだが、
お手本はそう言うわけにはいかない。
基本通りに綺麗に決めなくてはいかない。
やっぱり相手役の協力があってこそなのだが、綺麗に決める方はそれなりの技術と精神力が要求させる。

(たまには、こういう緊張感も悪くないなぁ……)

綺麗に決まれば後輩から少し尊敬の目で見られる。
いばるほどではないのだが、こういうのも少し嬉しい。

そもそも、自分も基本というものを再確認できるので自分の練習としても悪くない。

(基本に還るって大切だな……)

純一郎はまた成長できたようだ。



ホームベース上では友梨子が楓子を糾弾していた。

「そんなに青ざめていたなら、やめたらいいじゃないですか!」
「……」

責められている楓子はうつむいたまま友梨子の話を聞いている。

「それなのに。ニコニコしてノックしているって、どういう神経してるんですか!」
「……」

マネージャー同士のいざこざ。
本来は部員が止める必要があるのだが、地獄のノックで体が疲れ切っていて動くことが出来ない。
心配しながらも、早く終わるのを倒れている状態で見守るしかなかった。

「私、先輩のやっていることが信じられません!」
「……」

「先輩、マネージャーとして最低ですよ!」
「……」

「何か言って下さいよ、先輩!」
「……ごめんなさい……」

楓子は今にも泣きそうな表情を浮かべながら部室に駆け込んでしまった。



またまたそのころ体育館では。

「じゃあ、ボールを投げるからレシーブしてみて」
「はい、先輩!」

バレー部の練習の中で花桜梨が1年生にレシーブを教えていた。
バレー部は経験者が多いのだが、なかには未経験者も何人かいる。
しかしそれほど多くはないので個人指導の形をとっている。

未経験者の指導を主にやっているのが花桜梨である。
2年生が一通りやってみて一番教え方がうまかったのが花桜梨だったからである。
花桜梨自身の練習もあるので指導は交代で行っているが、3回に1回は花桜梨がやっている。
花桜梨も嫌がらずに引き受けている。



バンッ!



どうやらレシーブがお門違いの方向にいったらしい。

「あっ、失敗しちゃった……」
「う〜ん、焦っちゃったのかな?」
「……」

さっきの失敗に意気消沈している後輩。
そんな後輩に花桜梨は優しく慰める。

「大丈夫。私も昔は何度もこんな失敗したわよ」
「そうなんですか?先輩がするなんてなんか信じられません」
「その後頑張って練習したからしないだけ。練習すればそれだけ確実に身に付くから」
「じゃあ私も練習します!」
「その心意気よ」

後輩はまた元気を取り戻して練習を続けた。



花桜梨は後輩の指導をしながら、ちらちらとコートを見ている。

(先輩……)

コートでは3年生が実践形式の練習を真剣にやっている。
今度のインターハイが最後。
だから絶対に勝ちたい。できるだけ上まで行きたい。
だから練習にも力が入る。

(本当は私も今年で最後……)

花桜梨は2年生、しかし実は1年留年している。
本当だったら花桜梨は3年生、つまり最後の年。
真剣な表情で練習している先輩と同じようにしていなくてはいけないのだ。

(先輩のためにも……)

花桜梨としては1年余計にバレーをプレーすることが、先輩に対して申し訳ないような気がしてる。
でも、花桜梨にできることは、自分自身の練習と、後輩を育てて先輩を安心させることだけ。

自分は自分のできることをやる。
それが花桜梨の今の思いだった。



「ぐすん……ぐすん……」

楓子は部室で泣いていた。

「牧原さんに嫌われちゃった……」

楓子は部室に駆け込んでからずっと部室で泣いていた。

「やっぱり、私って最低なんだ……」

友梨子に言われていることは自分でもわかっている。
でも直接口に言われるとさすがにショックは大きかった。

「ぐすん……ぐすん……」

しかし反論はできず、ただ泣くしかなかった。


バタン!


「……?」

「先輩……」

突然ドアが開いたので振り向くとそこには友梨子が立っていた。
友梨子は申し訳なさそうな顔をしている。

「先輩……ごめんなさい……」
「えっ?」

楓子は驚いた。
友梨子に真っ先に罵倒されるのかと思ったからだ。

「先輩、話は部員の先輩方から聞きました……」
「……」

「先輩、そういう体質だったんですね……」
「うん……」

「そうならそうと最初からいってくれればよかったのに」
「だって……」

「ごめんなさい、私も言い過ぎました……」
「そんなことないよ……」

友梨子は謝っていた。
あれから事情を知った友梨子は言い過ぎだと部員達に怒られたのだ。

「確かに地獄だけど、おかげで守備には絶対の自信を持てるようになったからな」

キャプテンの言葉に友梨子ははっとした。
確かにそうだ。もしノックが嫌だったら、楓子をクビにしているはずだから。
そうでないのだから、こうして今もやっているのだ。

そしてすぐに楓子が出てこない部室に向かっていったのだ。

「先輩、詳しい事情を話してくれませんか?」
「……誰にも言わない?」
「もちろんですよ」
「あのね……実はね……長くなるけど……」

楓子はひびきのでは公二しか知らない真実を友梨子に話し始めた。



そんな野球部室から少し離れたテニスコートでは。

「ねぇ、ゆっき〜。ちょっとシングルの試合しない?」
「うん、いいよ〜」

部活の練習の時間が終わって、帰ろうとしたときに試合に誘われた。
2年生は1年生の指導があって、いつもより練習の時間が取れない。
特に試合形式の練習はあまりできない。
だから時間が過ぎて自主トレをするようにしている。

「あれ?1年生が見てるよ?」

よく見ると、制服に着替えた1年生が金網の外で試合を見学しようとしている。

「うわぁ〜、ギャラリーがたくさん!」
「ちょっとしたプロみたいだね♪」

「じゃあ、気合い入れてやりますか!」
「おお〜!」



そういうわけで試合が始まった。



パコン!



時間がそんなにあるわけではないので、3セットだけ行う。
それでも試合は真剣そのもの。



パコン!



美幸も相手の女の子も日常では見せない真剣な顔でボールを追う。
1年生もそんな先輩の表情をみて、自分たちも真剣な表情でボールを追う。



パコン!



お互い1セットずつとって3セット目。
やっぱり練習でも勝ちたい。
長いラリーが続いている。
もはや二人にはギャラリーのことは頭に入ってなかった。



パコン!



そんな好勝負もあっけなく幕切れを迎える。



バコッ!



相手のスマッシュが美幸の顔面を直撃したのだ。
相手の子がすぐに美幸にかけつける。

「大丈夫、ゆっき〜?」
「はにゃ〜、やっちゃったよ〜」

美幸は顔面をさすっている。

「ごめん、まさか直撃するとは……」
「やっぱり真剣勝負でも美幸は美幸なんだよね……」

それでも少し気落ちしてしまう美幸。
そんな美幸を相手の子が慰める。

「そんなこと言っちゃダメだって!」
「あはははは!そうだよね!」

「ゆっき〜もいつもと違って格好良かったよ」
「いつもと違うって、ひどいなぁ〜」

「あはははは!」
「あはははは!」

試合は途中だが、結局これで終わってしまった。
この状態からさっきの真剣な状況に戻るのは無理だと思ったのだろう。

「先輩達の試合、凄かったねぇ」
「うんうん。特に寿さんの表情が格好良かったぁ」
「試合って、あんなに真剣になれるんだねぇ」

1年生も試合内容はともかくとして、先輩達の真剣な表情は印象に残ったようだ。
1年生にとってはそれも一つの勉強かもしれない。



そんな明るいテニスコートとは違って、野球部室は重苦しい雰囲気が続いていた。

「そういうわけなんだけど……」
「……」
「やっぱり、信じてくれないよね……」
「そ、そんなことないですよ……」

楓子は真実を全て話し終えた。
友梨子は呆然とした表情になっている。
かなりショックが大きかったようだ。

「えっ?信じてくれるの?」
「そんなの、信じるしかないじゃないですか……」
「ありがとう……」

楓子は涙でぐしょぐしょになった顔を笑顔に変えていた。

そんな楓子に友梨子が言葉を返す。

「先輩、私は何かできませんか?」
「えっ?」

「先輩を止めることは無理かもしれませんけど……」
「そんなぁ、牧原さんが無理しなくても……」

「先輩ばかり苦労させられません!」
「しょうがないね……じゃあね……」

友梨子の言葉に諦めて、頼み事をする楓子。
楓子の表情は迷惑そうだ。
しかし、自分の事を理解してくれる人が現れて嬉しいのかその表情はとても嬉しそうだった。

これからの地獄のノックは少しは楽になりそうだ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
本当にお待たせしました。
約1ヶ月ぶりの新作です。

予測通り第17部は学校の様子を色々書く予定です。
そういうわけで、最初は新人指導のお話運動部編。
本当は全部の部を1話で書く予定でしたが、話が長くなってしまって2話に分けました。

運動部編は楓子がメインです。
他の3人はおまけという感じですな(汗

みなさんおまちかね?の友梨子の地獄のノックとの遭遇のお話です。
まあ友梨子の反応は当然かもしれませんな(汗

さて、楓子の小悪魔変貌の理由。
まったく謎にしてます。
今後これも楓子ルートでは重要になる予定です。

次回は文化部のお話です。
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