第83話目次第85話
今日は公二は当番のために朝早くに一人で登校している。

「あっ、美幸ちゃん!」

ふと道路の向こうを見ると美幸が走ってきた。

「あっ、ぬしりん!やっほ〜!」

美幸が公二に気が付いたようだ。
手を振りながら笑顔で道路を横切る。


「あっ、あぶない!」



キキーッ!
ドンッ!



美幸はいつものように車に跳ねられてしまった。
しかも跳ねられた美幸の体が公二の方向に向かってきた。

「うわぁっ!」



ドンッ!



しかし気づいた瞬間には公二は美幸とぶつかってしまった。
公二は後に倒れて軽く頭も地面にぶつけてしまう。



「いててて……だ、大丈夫、美幸ちゃん?」

「はにゃ〜、だいじょうび、だいじょうび〜」

美幸も気が付いたようだ。

「ん?……」

頭をさすりながら、現在の状況を確認する。
よく見ると公二の顔が目の前にある。

「はにゃぁ〜〜〜〜〜!」

太陽の恵み、光の恵

第17部 春の学校編 その3

Written by B
美幸は公二に馬乗りの格好になっていた。
しかも倒れて起きあがる途中だから、公二と美幸の顔が至近距離に位置していた。

美幸は今の状況にビックリ仰天する。

「はにゃはにゃはにゃはにゃ……」

美幸は顔を真っ赤にして慌てている。


「み、美幸ちゃん。そんなに慌てなくても……」

「ご、ごめん!」

「あっ、美幸ちゃん……」

美幸は猛ダッシュで学校に向かって走り去ってしまった。



「ぬしりん。今朝はごめんね……」
「いいって、いいって、俺も不注意だったし」
「ありがとう……」

2年A組の教室。
教室の一番前の席で公二と美幸が話し合っていた。

ちなみに二人の席が隣。
くじ引きで席を決めた結果である。

ちなみに美幸はこうなることは大体予測していたのでそれほどショックは無かったようだ。



「さて、1時間目はと……あれ?」

美幸は教科書を取り出そうと鞄を開いていたのだが様子がおかしい。

「あれ?あれ?えっ?……うそぉ!」
「どうしたの?」
「間違えて明日の授業の教科書持って来ちゃったよ〜」

1時間目の現代国語の授業は明日はない。

「ど、どうしよう。もう他のクラスから教科書借りる時間もないし……」

おろおろしている美幸。
そんな美幸に公二が解決策を示す。



「隣だから俺と一緒に見る?」

「えっ?えっ?えっ〜〜〜〜!」



いきなり大声を出す美幸。
予想外の大声に驚く公二。

「ちょ、ちょっと、そんなに大声出さなくても……」
「ご、ごめん。でもそんなこと……」
「時間が無いし、しょうがないよ」
「そうだよね。そうなんだよね……じゃあお願いね」
「いいよ一緒にみようよ」

ということで、美幸は公二の教科書を一緒に見ることになった。



授業が始まった。

公二と美幸の机をくっつけて、真ん中に公二の教科書を置く。
そしてそれぞれの机でノートをとる。

公二はまっすぐ前を見て真面目にノートを取っている。
美幸のことはあまり気にならないようだ。

ところが美幸はまったく授業どころではなかった。


(ぬしりんがこんなに近くにいる……)

隣の公二のことが気になってしょうがない。


(やだぁ、手が触れるだけで、こんなにドキドキする……)

教科書をめくるときに手が触れてしまうことがあったが、
公二は気にしていないのに大して、美幸は非常に緊張している。


(ちょっと近づいただけで、どうしてこんなに緊張するの……)

美幸はずっとドキドキしっぱなしだった。
とても授業なんか耳に入らない。



キーンコーンカーンコーン



ようやく美幸にとって長い1時間目が終わった。

「あっ、ぬしりん。ありがとう……」
「どういたしまして……って、美幸ちゃん顔真っ赤だけど大丈夫?」
「あっ?えっ?だ、大丈夫だよ〜!」

美幸の顔は真っ赤になっていた。
それを公二に指摘されて慌てる美幸だった。

「そ、そうか?でも早く次の時間の教科書借りないと」
「あっ、そうだ!美帆ぴょんに借りないと!」



ドタドタドタドタ……



美幸は教室を飛び出して、教科書を借りに行ってしまった。



次の時間は古文。

「え〜と、今日は『枕草子』ですね。これは清少納言が……」

なんてことはない、普通の授業。

1時間目はまったく授業にならなかった美幸も今回はしっかりと聞いている。
席が一番前なので嫌でも真面目に授業を受けないと先生に見つかってしまう。
自然と授業の内容が頭に入る。

席が前なのも悪くないな、と最近美幸も思うようになった。



「それじゃあ、この文章を……寿」
「はい?」
「このページの文章を読んでください」
「は〜い」
「他の人は静かに聞いてください。昔の文章にはリズムがあるからそれを耳で感じてみてください」

初老の先生の言葉に教室は静かになる。

(うわぁ……緊張しちゃうよ〜……どうしよう)

いつもと違う雰囲気に戸惑いながら美幸は椅子から立ち上がる。



「んんっ!」

美幸は咳払いをしてのどを整えて、教科書を読み始める。


「春はあけぼの。

 ようよう白くなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

 夏は夜。

 月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。

 秋は……」


クラスメイトはじっと耳を傾けていた。

ところが美幸が文章を読むにつれて教室の雰囲気が少しずつ変わっていく。

最初は言葉の一つ一つを聞いていたのだが、
後半は美幸の声自体を聞いていた。

(美幸ちゃん……声がこんなに綺麗だったとは……)



実は美幸は美声の持ち主だったのだ。

いつもは甲高い超音波ボイスの美幸なのだが、
落ち着いた状態で話すと、澄み切った綺麗な声なのだ。

ただ美幸はいつも元気いっぱいで落ち着くと言うことがまったくなかったので、誰も聞いたことがなかったのだ。



ところが当の本人はそんな周りの状況にまったく気づいていない。

「……あれ?」

気づいたのは先生から言われた範囲を読み終えた後のこと。
クラスメイトどころか先生までもが声に聞き惚れていた。

「ねぇ?みんなどうしたの?」
「……」
「美幸、なにか失敗しちゃったの〜?」
「いや、そんなことはないよ」
「???」

授業はそのまま、何事もなかったかのように執り行われた。



そして授業終了後。
美幸の周りに一斉に人が集まる。

「ちょっと美幸ちゃん!あれはどういうこと?」
「はにゃ?」

「美幸ちゃんあんなに綺麗な声だったなんて知らなかったわよ!」
「ええ〜、そんなことないよ〜!」

「自信もっていいのよ。みんな聞き惚れちゃった」
「えへへ〜、照れちゃうな〜」

周りから一種の尊敬の目で見られる美幸。
思いがけない反応で照れてしまう美幸。



「そういうわけで、演劇部に入らない?」

「へ?」



演劇部に所属しているクラスメイトから思わぬ勧誘を受ける美幸。
突然だったので、変な反応をしてしまう。

「あなたの美声なら十分やっていけるわよ!」
「ちょっと〜!それは関係ないよ〜!」
「大丈夫よ!多少の演技ぐらい!」
「それは無茶だよ〜」

このあと3時間目が始まるまで演劇部の勧誘を受ける美幸だった。
結局、演劇部のクラスメイトは諦めたようだ。



そしてそれからお昼休み。

美幸は自分の教室で美帆と一緒にお弁当を食べている。
ちなみに公二は匠と純一郎と一緒に食べるために隣の教室に移動している。

「あ〜あ、災難だったよ〜」
「うふふふ、ごめんなさいね」

話題は2時間目の騒ぎの話になっていた。

「でも、美幸ちゃんの声の事を知っている人なんてほとんどいないんじゃないですか?」
「まあね」

それぞれ可愛いお弁当箱の御飯をつまんではもぐもぐ食べている。
美帆の話は続く。



「ましてや美幸ちゃんが小学校の頃に有名な歌のレッスン場に通っていたなんて……」

「うわ〜、それいっちゃだめ〜!」



美帆の言葉を大声をだして他人に聞こえないようにする美幸。

「え?どうしてですか?」
「だって〜、恥ずかしいから……」

美幸は顔を真っ赤にしてうつむいたままお弁当を食べている。

実は美幸は子供の頃、本気でアイドル志望で、本気で歌のレッスンに通っていたのだ。
でもなかなか上達せずに辞めてしまったのだ。
美幸の美声の原点はこういうところにある。

この事実は本当に親しい人にしか話していない。
今美幸の周りで知っているのはたぶん美帆と真帆ぐらいだろう。



「でも、美幸ちゃんの話題はじきに広まると思いますけどね」
「そこなんだよね〜。変な噂が立たなければいいけど〜」

「大丈夫です、もしそのときは妖精さんになんとかしてもらいますから」
「よ、妖精さんって……」

「妖精さん」の単語に反応して冷や汗が少しだけ流れる美幸。
一方美帆はいつものようにニコニコ顔。
こういう顔をしているときに限って、顔に似合わぬ残酷なことを考えていることは美幸はよくわかっている。


「そうですね。図書館の本の下敷きにでもなってもらいましょうか?」
「げっ……」
「『本の呪い』ということにすれば大丈夫ですよ」

(全然だいじょうぶじゃないよ〜)

その後、美幸の噂はそれほど広まらなかったため、
この件に関して美帆の妖精さんの餌食になる人はいなかったそうだ。



午後の授業が始まった。

午後の授業は英語。


「……美幸ちゃん……」

「……す〜……」


「……起きて、美幸ちゃん……」

「……す〜、す〜……」


美幸は机に突っ伏して寝ている。
席が一番前にもかかわらず。

どうやらお腹いっぱいに加えて、暖かい陽気によって、睡魔に襲われたのだろう。
そして美幸はその睡魔に無条件降伏して眠ってしまったのだろう。

隣の公二が小声で美幸を起こそうとしているが、美幸はまったく反応なし。



公二の努力もむなしく、美幸は見つかってしまう。

「こらっ!寿!」

「う〜ん……はっ!」

先生にどなられ、ようやく目が覚める。
そして自分がどういう立場なのか気づく。

「寿、寝ていたな?」
「すいませ〜ん……」

先生の静かな口調での追求に素直に反省する美幸。

「じゃあ、罰として明日の授業で次の章を訳して発表してもらこうか?」
「えっ、えっ?」
「なにか反論があるのか?」
「ありませ〜ん……」
「ならいい」


「「あははは!」」

先生と美幸の微妙なやりとりにクラスメイトから一斉に笑い声があがる。



「えへへへ……やっちゃった〜」

自分で頭をコツンと叩いて照れ隠しする美幸。

これだけ笑い声がおこるのも美幸がクラスの中心にいるからだろう。
クラスの中心にいない人が同じ状況でもこんな反応は起こらない。
それだけクラスから注目されているからだ。

別に頭がいいわけではない。
別に運動が出来るわけではない。
ルックスは美少女の部類にはいるけど、非常に目立つ程ではない。
だけどクラスの注目の的。

それは単に美幸が不幸で変わっているから、というわけではない。
美幸がいつも元気で明るくて誰にでも好かれる性格であるからだろう。

今年は特にクラスのために積極的に頑張っているのが大きいかもしれない。

だから少々失敗してもクヨクヨしない。
クラスメイトがみんな暖かく見ていてくれるから、多少のことではへこたれなくなっていた。

少なくとも去年の美幸だったら、いくら美幸でもこんな返し方は絶対にできなかったはずだ。



その夜。
美幸はそんなことを遠くの友達への手紙にしたためていた。

「すみれちゃんへ
 
 だいぶ暖かくなってきたね。
 すみれちゃんは花粉症は大丈夫だったのかな?
 美幸は大丈夫だけど、パパが大変なんだよ〜。

 前に美幸がクラス委員をやっているってことは書いたよね?

 美幸、クラス委員をやってよかったな、って思ってる。

 本当はね、と〜っても嫌だったの。
 でも、やるからには頑張らないと思って頑張ってる。
 すみれちゃんのブランコに負けないようにね♪

 そうしたら、美幸が頑張るほどクラスメイトが協力してくれるんだ。
 クラスの行事でもなくても美幸のことを頼ってくれるの。

 美幸のやることに反応してくれるのが、ちょっと嬉しい。
 みんな、美幸の事をみてくれるんだなぁ、って。
 すみれちゃんのブランコもそんな感じなのかなぁ?
 
 それじゃあ、また頑張ってね!」



1週間後。
すみれからの返事が美幸から届いた。

「美幸さんへ
 お手紙ありがとうございます。
 
 やっぱりみんなが私のブランコに拍手を送ってくれるのが嬉しいですね。
 お客さんが喜んでくれたのもあるんですけど、
 自分が頑張ったから喜んでくれたから、そんな達成感みたいなのもありますね。
 それがあるからこれからも頑張ろうって思えるんです。

 自分でいうのもなんだけど、ブランコの練習は大変です。
 失敗もするし、小さな怪我だってよくします。
 でも、お客さんの喜んでくれる顔が見たいから、これぐらいは平気です。

 小さいときはどうしてこんな大変なことをするのかな?って思っていましたけどね。
 不思議ですよね。今も同じように大変なのに平気なんですから。
 
 では、これからブランコの練習に行ってきます。
 美幸さんも頑張って下さいね。」



「そうだよね、すみれちゃんも大変なんだけど、それだけ喜びも大きいんだよね……」

夜、すみれからの手紙を読んでいた美幸。

「すみれちゃんの手紙を読むと美幸も明日から頑張れる気がするんだよね……」

そういって、すみれの手紙を机に丁寧にしまう。

「さあて、明日もがんばるぞ〜……っとそのまえに、英語やらなきゃ!」

寝ようとした美幸だが、宿題を思い出して机に向かうのだった。



「え〜ん!なんでこの章だけ難しいの〜」
To be continued
後書き 兼 言い訳
タイトル通りの2年A組の様子です。
A組は公二と美幸なので当然この話の主役はゆっき〜です。

美幸の裏設定が少し現れてますね。
っていうかそれだけという感じもしますが(汗

まあ今回は大きな波乱があるわけではありませんけどね。
お察しだと思いますが、B組からF組の様子も書く予定です。
すぐとは言いませんけどね。

美幸とすみれの文通は少しずつ挟んでいければと思ってます。

次回は真帆ぴょん初主演のお話。
真帆ぴょんの初バイトの話を予定してます。
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