第84話目次第86話
(うわぁ〜、緊張する……)

真帆はきらめき市のきらめき駅前の某ファーストフードLのきらめき駅前店のレジにいる。

お客としてではなく、従業員としてである。
今日から真帆はここでアルバイトをすることになっている。


(とにかく初日だからね……)

今年から本格的にアルバイトを始めることを決意した真帆。
まずはアルバイトの定番であるファーストフードの従業員を選んだ。

某Lはファーストフード業界では中堅どころだが、きらめき市のここはなかなか繁盛している店である。

先週まで訓練を受けていた真帆はいよいよお店に登場と相成った。


緊張気味の真帆にアルバイトのチーフが声を掛ける。

「白雪さん。緊張してる?」
「はい……少しだけ」

「大丈夫、大丈夫!笑顔で楽しく!これがファーストフードの従業員の基本よん♪」
「そうですよね。楽しくやればいいんですよね」

「そういうこと!じゃあ、開店するから頑張ってね!」
「はい!九段下さん!」

太陽の恵み、光の恵

第17部 春の学校編 その4

Written by B
真帆の元気な声が店内に響く。

「いらっしゃいませ!」

真帆はレジで接客をしている。
接客はこの前の冬に1週間だけ、姉の美帆と一緒に食堂のアルバイトをしているからいくらか慣れている。

「ご注文は?」
「すいません、LバーガーとポテトのMにコーラを一つ」

「Lバーガーがおひとつ。ポテトのSがおひとつにコーラがおひとつですね?」
「はい」
「それならセットがございますがそれでよろしいでしょうか?」
「じゃあ、それで」

「お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりですか?」
「お持ち帰りで」

マニュアルに従って接客する真帆。



お客でここに来た時は「なんでいつも同じ台詞なんだろう?」と疑問に思っていたが今日その理由がわかった。
マニュアル通りだと楽なのだ。
食堂でのアルバイトに比べて余計なことに気を遣わなくてすんでいるのだ。

「先にお会計が525円になります」
「じゃあ千円で」
「お返しが475円になります、少々お待ち下さい」

これは接客を指導する方も指導される方も同じ事。
それにどのお店でも同じレベルのサービスを提供するためにチェーン全体でも必要なことかもしれない。


少しして真帆は注文の品を入れた紙袋を持ってきた。

「お待たせしました。チーズバーガーにポテトのS、それとコーラになります」

真帆はお客さんに紙袋を渡す。
お客は紙袋をもって店から立ち去る。

「ありがとうございました!」

真帆は頭を下げてお客さんを見送った。



緊張感もほぐれて、仕事にも少しだけ慣れたお昼前。
お店に一組のカップルが入ってきた。

「本当に今日はお前のオゴリか?」
「なによ、文句あるの〜?」
「あるわけないだろ。ただ、珍しいなって」
「それじゃあ、あたしがいつも奢られてるみたいじゃない」
「だってそうだろ?」
「ひっど〜い!」
「ひどいのはそっちだろ」

憎まれ口をたたき合っているが、喧嘩をしているわけではない。
がっちりと組まれた腕をみれば、どうみてもアツアツのカップルにしか見えない。


そのカップルはレジの前に立っている真帆をみて驚く。
真帆もそのカップルをみて驚く。

「真帆!どうしてここにいるの!」
「ヒナ!それに好雄君!」

カップルの正体は真帆の友達のヒナこと朝日奈夕子と彼氏の早乙女好雄である。
真帆とこの2人は入学してすぐに知り合ってからの大親友である。

ちなみにこの2人は恋人同士なのだが、絶対に公にしようとしない。
「柄じゃないから」ということらしい。
従って学校でもこの事実は真帆も含めて2,3人しか知らない。



「実は今日からここでバイト始めたの」
「へぇ、結構似合ってるね」
「ありがと。しかし珍しいね、こんな場所でいちゃいちゃしてて」
「えへへ、今日はヨッシーの誕生祝いのデートなんだぁ〜♪」

さっきの怒り口調とは違って、甘えた声になっている夕子

「俺の誕生日は2週間も前だけど、夕子が今日にしてくれっていうから」
「だってぇ、プレゼントが今日にならないと無理だったんだからぁ〜」

夕子はなぜか顔を真っ赤にしている。
そんな夕子をみながら真帆は自分が店員であることを思い出した。

「そうそう、それで注文はなに?」
「あっ、そうだ。うっかりしてた、真帆は店員だったんだね」
「私も忘れかけてたけど」
「あははは!それじゃあねぇ……」

夕子はすでに決まっていたのか、好雄の分まですらすらと注文をする。
真帆が注文の品を持っていくと、2人は二階に上がっていった。



それからしばらくして、2人は腕を組んで降りてきた。
真帆はレジで対応しながら2人の姿を見つけた。

真帆は夕子に目立たないように手を振る。
夕子はそれに気づいたらしく、真帆に向かって手を振る。

(がんばってね、ヒナ)
(サンキュー、真帆)

2人はそんな会話をしているような仕草をしていた。



お昼過ぎ。
学生やカップルで店は大忙しだ。
真帆も頑張ってレジで注文をさばく。

それからお昼も少し過ぎて、人がまばらになってきた。
そろそろ真帆達がお昼休みをとらなくてはいけない。

(どうしよう、いつ休みにしよう……)

バイトの経験が長い人はタイミングを計って休憩に入っていくが、
バイト初日の真帆はいつ休みに入っていいかわからない。
好きなときでいいとは言われているが迷ってしまう。



そんなときに店に一人の女の子が入ってきた。
その女の子に真帆は見覚えがあった。

「あっ、清川さん!」
「よっ、白雪さんじゃないか。今日はバイトかい?」
「そうなの、今日が初日だけどね」
「そうなんだ、早速だけどダブルバーガーに……」

やや細身の体ながら、ダブルだのLサイズだの注文している女の子。
彼女は真帆と同学年の清川望。
超高校級スイマーで今度の五輪のメダル候補とも言われている。

「お持ち帰り?それともここで食べる?」
「そうだなぁ……」

知り合いなので、ついマニュアルに外れた応対をしてしまう真帆。
それに対してどうするか迷っている望。

「……」

望はちらちらと周りを見る。
よく見ると、周りが自分の方をじっと見ていることに気が付いた。
こっちを見てひそひそ話をしているのもわかる。
彼女は有名人だ、視線が集中するのはよくあることかもしれない。

「持ち帰りにするかなぁ……」

望はそうつぶやいた。
そんな望を真帆は見逃さなかった。

(清川さん、変に注目されるのが嫌なんだろうな……)



(そうだ!)

真帆は何か思いついたようだ。
真帆は早速実行することにする。

「ねぇねぇ、ここで食べてかない?」
「いや、でも……」
「いいからいいから!じゃあちょっと待っててね!」
「お、おい!……」

望の言うことを無視して、注文の品を取りに行く真帆。
しばらくすると真帆は戻ってくる。

「お待たせしました!」
「お、おい、あたしは外で……」
「いいの!二階で待ってて!」
「あ、ああ……」

望は訳がわからず、二階にあがっていく。

それを見た後、真帆は主任のところに行く。


「すいませ〜ん、お昼休みにしますので交代お願いします!」



お店の二階。
二階はテーブルが並んでいて、下で注文した品をすぐに食べられるようになっている。

「あははは!」
「あははは!」

そんなテーブル席の隅で、女の子の普通の会話が交わされていた。
真帆と望である。

真帆は休憩をとるやいなや、その場でハンバーガーを買って二階にやってきたのだ。
望が一人でこの場にいるのは注目を浴びすぎる。
でも自分が一緒ならそれも半減するだろうという考えからだ。

「しかし、ありがとう。一緒にお昼にしてくれるなんて」
「だって、視線を集めていた清川さんがちょっと辛そうだったから」
「やっぱりわかった?」
「うん、表情がかわっちゃうんだもん」

望はオレンジジュースを飲みながら話を続ける。

「ああいう風に視線を集めると、一挙手一投足を見られているようで嫌なんだよ」
「それわかるなぁ」
「だから、いつも買うときは持ち帰りにしてるんだけど……」
「そうだったんだ」
「久しぶりなんだよ、テーブル席で食べるのって」

そんな会話をしている2人に注目する人はいない。
どこにでもいる普通の女の子の会話としか思えない。
そうなると2人の片方が有名人でも気が付かないものである。

それから2人は部活の話題、バイトの話題、学校の話題などで盛り上がった。
30分後。望は真帆にお礼を言って店から出て行った。
真帆もお昼休みの時間が終わるのでバイトに戻った。



3時頃。

ちょうどおやつどき。
少しだけお客が増える時間でもある。

お店に一組の若い親子連れがやってきた。

「ふぅ、疲れちゃったね」
「結構歩いたからなぁ」
「やすみたいよぅ」

父親も母親も手に荷物の入った紙袋をいくつも持っていた。
よく見ると黄緑の上着に白のズボンというペアルックの両親。
子供も同じような格好をしている。

どこにでもいるような幸せな親子連れ。
しかし一つだけ普通じゃないところがあった。
それは両親が非常に若すぎるということ。


「あっ、マホおねぇさんだぁ!」
「あっ、真帆さん!」
「えへへ、相変わらずらぶらぶなんですね」
「い、いや、そんな、照れちゃうな……」

親子連れとは公二、光、恵の3人の事。
きらめきのデパートに恵の服を(ついでに自分たちの服も)買いに出かけた帰りらしい。

「今日はバイトなんですか?」
「そうなの。今日が初日なんだけどね」
「気合いが入りすぎて無理しないようにね」
「ありがと、じゃあ注文お願いね!」
「それじゃあ……」

3人はレジのテーブルのメニュー表を見ながら色々と相談している。



「恵はオレンジジュースだけでいいかな?」
「ジュース!ジュース!」
「そうだね、今から食べると晩御飯が食べられないからね」

「あなたは決まったの?」
「ああ、おれはLバーガーセットってやつにする」
「飲み物は?」
「ウーロン茶だな」
「了解了解」

「光は決めたのか?」
「うん、エビバーガーセットに決めた」
「飲み物はオレンジジュースか?」
「あれ?よくわかったね」
「何年一緒に暮らしていると思ってるんだ?光の好みぐらいよ〜くわかってる」
「えへへ、ありがと♪」

(いいなぁ……うらやましいなぁ……)

本当に幸せそうにメニューを選ぶ3人を眺めていると、自分も幸せな気分になっていた真帆だった。



それからして公二が真帆に注文を頼んだ。

「真帆さん、それじゃあこれでお願い」
「はい、全部で1070円になります」
「え〜と、1070円と……あれ?光、千円札ないか?」

自分の財布をみてから、千円札がないことに気が付いた公二は光に聞いてみる。

「ありゃぁ、ごめん、私もちょうど切らせてる……」

どうやら光も千円札をもっていないようだ。

「そうか、じゃあ一万円札でお願いね」

一万円札を受け取った真帆は素早くレジを操作する。

「それでは、一万円いただきます……店長、一万円入りま〜す!」
「はいりま〜す!」
「こら!恵、真似するんじゃないの!」
「あははは、きっと真似したがる年なんだよ」
「なんか可愛いくていいね」

その後3人は二階席でしばらく休んだ後に店から出て行った。
出て行くとき、3人は挨拶代わりに真帆に手を振った。
それを見た真帆も手を振り返したのは言うまでもない。



「ふうっ……疲れたけど、楽しかったなぁ」

午後5時。
朝から働いた真帆のバイトも今日はおしまい。
更衣室で制服から私服に着替えていた。

「あっ、白雪さん、お疲れさま!」
「あっ、九段下さん、お疲れ様でした」

着替えの途中にアルバイトのチーフの舞佳が更衣室にやってきた。
舞佳も仕事が終わりのようで、私服に着替え始める。

「どうだった?初めてのレジは?」
「はい、疲れましたけど、とっても楽しかったです」
「バイトは楽しい?」
「はい!色々が新鮮で面白いです」

2人は着替えながら今日の仕事について話し合っていた。
こういう話し合いも真帆にとっては非常に新鮮だった。



2人とも着替え終わった頃。
舞佳が改めて真帆を誘ってきた。

「ねぇ、白雪さん。もっといろんなバイトをしてみたいと思わない?」
「う〜ん、確かにやってみたいとは思いますけど……」

「じゃあ、もしやりたかったらお姉さんに相談して?いいバイト紹介するから」
「えっ?」

「大丈夫、大丈夫。エッチなバイトはさせないから。ど〜んとお姉さんに任せれくれればいいのよん♪」
「……」

真帆は考えた。
そもそもバイトを始めたきっかけは放課後ただ遊んでいるだけでなく、いろんな経験がしたいから。
お金も重要だけど、それは2番目。

それにバイトを探すのは結構一苦労だ。
自分の条件にあった仕事を探すので苦労して、それからバイトに採用されるためにまた苦労する。

目の前にいるチーフは親切だし、それでいて仕事が早い。
チーフみたいにバイトができればいいなと、すこしだけあこがれも抱いている。
そんなチーフが紹介するバイトなら信頼できるだろう。

「九段下さん、新しいバイトもお願いします」

真帆は深々と頭を下げる。

「よし!お姉さんがとっておきのバイトを紹介して上げるからね」
「はい、お願いします」

こうして、真帆は舞佳にバイトの紹介をしてもらうことになった。



真帆は気分良く家に帰ってきた。

「ただいま〜♪」
「おかえりなさい」

部屋では美帆が待っていた。

「どうでした?」
「あのね、姉さん。今日はね……」

充実していた真帆は今日の事を楽しく美帆に話した。
美帆はそれを楽しそうに聞いていた。

「それでお給料はどうなんですか?」
「まだ新人のペーペーだから安いけど1ヶ月にすれば大きいよ」
「そうですか、それは良かった」
「?」

訳のわからない真帆。
美帆はニコニコしながらある物を真帆の前に差し出した。

「実はこういうのを作ったんです」
「な……なにこれ?」

美帆が持ってきたのは小さなアルバム。
その表紙には



「一杯は人、酒を飲む。
 二杯は酒、酒を飲む。
 三杯は酒、人を飲む。」



と綺麗な筆文字で書かれていた。



「琴子さんの直筆なんですよ」
「もしかして、この中身って……」

恐る恐る中を見る真帆。

「げげっ!」

アルバムの中身はこの前のお花見での痴態のデジカメ写真のオンパレードだった。
しかも真帆が写っている写真を中心に厳選されている。

真帆が美帆の腕をがっちり掴んでいたり。
真帆が美帆に抱かれてウットリしていたり、
はたまた、真帆が美帆にキスしようとしてかわされ、
その間に美幸が割り込もうとしたが真帆が美幸を突き飛ばす等々。

思い出したくない迷場面の数々が残されていた。

「それは真帆用のアルバムなんですよ」
「じゃあ……」
「私のもあるんですよ」

そう言って美帆は同じデザインのアルバムを自分の前に出した。
こちらの写真は美帆の痴態を中心に厳選されている。



「な、なんのためにこれを……」
「お酒に気を付けましょうという自戒の意味を込めて記念に作ったんですよ」
「き、記念って……」

(こんな記念いやだぁ……)

冷や汗タラタラの真帆。

「私だって嫌だったんですけど。反省しないといけないのは確かですから」
「だって、あれは琴子さんが……」
「断れなかった私たちも悪いんですよ」
「確かに……」

美帆の言葉に反論できない真帆。
確かに断わることも大切なのだ。

「それで、この作成費用なんですけど、真帆には多く払ってもらいますから」

「えっ?どうして?」



「真帆、私たちが1週間トイレ掃除の罰を受けたのは知ってますね?」
「うん、琴子さんだけのをみんなでやったんでしょ?」

ひびきの高校での顛末は真帆は美帆から聞いている。

「トイレ掃除って結構たいへんなんですよ」
「そうだね」
「男子トイレの掃除なんて非常に苦痛でした。男の子の人も女子トイレの掃除は嫌だっていってました」
「それわかるなぁ」

美帆の表情が少しずつ真剣になる。

「みんな、あえてその精神的苦痛を受け入れたんですよ?」
「……」
「まさか、真帆だけ何もしないってことはないですよね?」
「……」

美帆の表情は険しいものに変わっている。
真帆の表情は弱々しい。

「お願いです。私たちと痛みを分かちあってくれませんか?」
「姉さん……」
「姉の私から言うのもなんですけど……お願いします……」

美帆が頭を下げる。
カーペットに座って頭を下げたので土下座のような格好になっている。

確かに自分だけ何もしないことに少し罪悪感を持っていた真帆。
さらに美帆にこれだけ頼まれては断るわけにはいかなかった。

「いいよ、姉さん……」
「ありがとう……真帆……」
「まあ、トイレ掃除の代わりと思えば楽なもんよ」
「ごめんね……真帆……」
「まあ、このアルバムも楽しい思い出になるかもね」

結局今月のバイト料の半分はアルバム代に消えてしまうことになった。
それでも有意義な?使い方ができるからいいかな、と真帆は感じていた。



「でも姉さん。バイト初日に出費の話はやめてほしかったなぁ〜」
「うふふ、ごめんなさいね」
「なんか、借金返済のために働いてる感じでイヤなんだけどなぁ〜」
「今月だけは我慢してくださいね」
「は〜い」
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回は真帆メインのお話です
真帆のバイトのお話です。
今回は誰をゲストに出そうかずいぶん迷いました。

結局、夕子&好雄、清川さん、そして主役3人ということになりました。
はっきり言って、もっと出したい人がいるんです。
ということで、真帆のハンバーガーショップは何回かありそうです。

ちなみに真帆は舞佳の3番弟子ではないのであしからず。

そして結構長くなってしまった、宴会の真帆の後始末。
精神的苦痛の代わりに金銭的苦痛を受けることになりました。
まあ、これが最善の方法かは難しいところですけどね。

次回は花桜梨の謎について少し深く突っ込みます。
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