第85話目次第87話
ドタドタドタドタ……



日曜日。
今日の一文字家は特別に慌ただしい。

「ん?茜、今日はどうしたんだ?」

ほぼ普段着同然の学生服に着替え終わった薫は妹の茜に聞いてみる。

「えっ?昨日聞いてなかった?今日は友達が遊びにくるの?」

茜は家の掃除に動き回っている。

「友達?」
「うん、ボクのクラスメイトで八重花桜梨っていう人なんだ」
「八重……花桜梨……」

「うん、頭が良くて、すっごい美人なんだ」
「ほ、ほう……」

友達が遊びに来ると会って、いつもよりも元気な茜。
一方なぜか驚きの表情が混じっている薫。

「ボク一人じゃ掃除大変だから手伝ってね!」
「あ、ああ……」

いつもは適当に言い訳を付けて断るけど、茜に強引に手伝わされるのがパターンなのだが、
今日の薫は素直に返事をした。

「じゃあ、お兄ちゃん。玄関の掃除お願いね!」
「ああ……」

茜は洗濯物を干しに廊下の奥に行ってしまう。


「八重花桜梨……まさか……」

薫は茜の姿が見えなくなるのを確認すると。
手の指を曲げ始めた。

「俺が高2のときに……だったから……ん?」

薫は何回も同じように指を曲げる。

「1年違う……でもあんな珍しい名前そんなにいるわけがない……どういうことだ……」

薫は一人で悩みながら玄関の掃除の準備を始めた。

太陽の恵み、光の恵

第17部 春の学校編 その5

Written by B
日も高くなってきたころ、花桜梨が一文字邸にやってきた。

(まさかここに来るなんて、あの頃は思っていなかったな……)

花桜梨はなにか感慨深げに門をくぐる。
そして玄関に入る。

「こんにちは……」
「あっ、花桜梨さん、いらっしゃい!」

花桜梨が玄関に入ると、待っていたかのように茜がやってきた。

「花桜梨さん、早くあがって!」
「それじゃあ、おじゃまします」

花桜梨は茜に応接間に案内された。



一文字邸は純和風の家で、中の家具なども全部和風の物ばかり。
部屋は当然畳みで敷き詰められ、応接間の壁には有名な書家と思われる書が飾られている。

そんな応接間には薫が待っていた。
案内された花桜梨は薫に気づいた。

「あっ……」
「紹介するね!ボクのお兄ちゃんで一文字薫って言うんだ」

「ど、どうも、こ、こんにちは……」
「こんにちは……」

丁寧に薫に挨拶する花桜梨。
薫は大きな図体に似合わず、緊張している様子だ。
挨拶もたどたどしい。

「どうしたの、お兄ちゃん?」
「い、いや、なんでもないよ……」

「さては、花桜梨さんに見とれちゃったの?」
「馬鹿!そんなわけないだろ!」

薫と茜のやりとりに思わず微笑んでしまう花桜梨。

「うふふふ、仲の良い兄妹ね」
「そんなことないよ。お兄ちゃんがだらしないだけ」

「茜!お客の前でそんなことを言うんじゃない!」
「うふふふ!」



茜は薫と漫才のようなやりとりをしながら、接待の準備をしていたのだが台所で困っている様子だ。

「あれ?ああっ!お茶が切れてるよ〜」

どうやら偶然にお茶が切れてしまったようだ。
心配になった薫が台所にやってきた。

「どうした?俺が買ってくるか?」
「お兄ちゃんじゃ無理だよ」
「どうしてだ?」
「だって、今日お茶を安く売っているお店なんて知らないでしょ?」
「た、確かにな……」

どうやら薫が買い物をするわけにはいかないらしい。
そもそも薫は自分の物以外の買い物は滅多にしないのでよくわかっていない。

「お兄ちゃん。お願いだけど、ちょっとだけ花桜梨さんの相手をしてくれない」
「お、俺が?」

自分を指差し驚く薫。

「そうだよ。15分ぐらいかかるけどお願いね」
「あ、ああ……」

すこし困ったような薫。
そんな表情に気づいていない茜は薫に注意する。

「襲っちゃだめだからね!」
「わかってる!」
「もし襲ったら……家でヤケ酒飲むからね……」

薫をにらみつける茜。
一方「ヤケ酒」と聞いて怯える薫。

「絶対にしない……本当にしないから……だから早く行ってこい……」

本当に茜の酔いどれ姿が怖いらしい。


「花桜梨さん、ごめんね。しばらくお兄ちゃんと話してて」
「ええ。茜さんも気を付けて」
「うん。じゃあ行ってくるね!」

茜はお茶を買いに家から飛び出していった。



「……」
「……」

応接間には薫と花桜梨が対峙している。
沈黙が続く。

花桜梨は落ち着いた様子で時々笑顔を見せている。
一方薫は緊張を隠せない。初めてのお見合いという印象をうける。



沈黙を破ったのは花桜梨だった。

「お久しぶりです……」

花桜梨が頭を下げる

「本当に、八重花桜梨なのか……」
「ええ、正真正銘の八重花桜梨です……」

「おまえ確か、茜の1年上……」
「ダブったんです」
「えっ!」
「ちょっと色々ありまして……高1を留年したんです」

「まさか、また……」
「いいえ、全く別件です……」
「そうか……」

自分の過去を丁寧に話す花桜梨。
一方、薫はそんな花桜梨に驚きを隠せない。



「しかし、また会うとは思わなかったな」
「あのときはすいません……」
「あのときの話はもう過去の話だ……」
「……」

ゆっくりと少しずつ二人の会話が流れていく。

「しかし、今では茜のクラスメイトとは、これも運命なのかな……」
「そうかもしれませんね……」

薫は最初の緊張感もなくなり、普通に花桜梨に会話をしている。

「ところで茜はお前のことは知ってるのか?」
「いいえ。留年していることも知らないと思います」


「そうか……よかった……」

「えっ?」

少し驚く花桜梨。


「お願いだ、茜には過去の話は絶対にするなよ」
「どうして?」

「俺も茜にはお前のことは一言も話してない」
「えっ……」

「もし俺とお前の関係がバレたら……茜のことだ……何をしでかすかわからない……」
「……」

二人の間に少しだけ緊張感が走る。

「約束してくれるな?」
「はい、約束します」
「頼むな」

二人は目の前のお茶菓子を食べながら会話をしている。
お茶がないので食べづらいがそこは我慢をしている。



「ところで九段下さんはお元気ですか?」
「舞佳か?あれ?まだ会ったことがないのか?」
「ええ……」

せんべいを口に含んだまま驚く薫。
そのまま話を続ける。

「舞佳なら、よく駅前でバイトしているから探せば簡単に会えるぞ」
「そうだったんですか?私、騒がしいところが苦手だから……」
「なるほどな、まあ会ってやれよ。舞佳も喜ぶはずだから」
「じゃあ、今度会ってみます」

2人はそれっきり黙ってお茶菓子をぼりぼり食べていた。



「ただいま〜」

そうしているうちに茜が戻ってきた。
帰ってきた茜はお茶を入れて応接間に戻ってきた。

「花桜梨さん、ごめんね遅れちゃって」
「大丈夫、お兄さんと世間話してたから」
「えっ?お兄ちゃん、世間話ができたの?」

「茜、俺はそこまで信用できないのか?」
「うん!」
「自信持って言うな!」
「うふふふ!」

なんだかんだ言って仲の良い兄妹につい微笑んでしまう花桜梨だった。



茜が戻ってからしばらくして薫が「遊びに行く」と言って出かけてしまったので家には2人だけ。
茜は花桜梨の頼みで家のあちこちを案内していた。

「どうしてボクの家に興味があるの?」
「私の家ってマンションだからこういう大きな家って興味あったから……」
「見てもわかるけど、ボクの家なんかな〜んにもないよ」
「そんなことないって。例えばこの部屋なんか……」

茜はそう花桜梨に話しかけながらなりげなく目の前の扉を開ける。



がらがらっ!



「ああっ!しまった!」
「?」

声をあげてしまう茜。
最初はよくわからなかった花桜梨だが部屋をみて原因がわかった。
その部屋は畳部屋なのに隅にはにはサンドバッグがあった。



「ここは?」
「あの〜……その〜……」

うつむいて声も小さくなる茜。

「トレーニング場?」
「まあ、そんなところかな……」

確かにサンドバッグの他に、大きな鏡や、人型の人形、鉄アレイ等々。
一見武道系の小さな練習場みたいだが、打撃練習用の器具がなぜかある。

興味津々で見ている花桜梨。
うつむいたままの茜にはそんな花桜梨の様子には気づいていない。



部屋の中に入って器具に触ってみる

「これはお兄さんが使ってるの?」
「そ、そうなんだ……」
「お兄さんって強いからね」
「そうなんだよ!ボクのお兄ちゃんって強いんだよ!」

ようやく明るい声になる茜

「お兄ちゃんって、関東で一番強い番長なんだよ!」
「そう……」
「でもね……」

明るいと思ったらすぐに沈んでしまう茜。
一方花桜梨もあまり話そうとしない。

「一番強かったのは4年前……それも3日間だけ……」

「……」

「『関東制圧だぁ!』って喜んでた3日後には病院送りにされてた……」

「……」

茜はまたもや悲しそうにうつむいてしまう。



「ボク、ショックだった……一番強いと思ってたお兄ちゃんがあんな目に……」
「……」

「お兄ちゃんは悪いことはなにもしたことはないんだよ……ただ、遊んで喧嘩するだけなのに」
「……」

「それなのに……それなのに……」
「……」



「ボク、絶対に許せない!」



ボスゥゥゥゥゥン!



「!!!」

いつの間にか茜はサンドバッグの前に立っていた。
そしてサンドバッグに向かって拳をぶつけていた。

「茜さん……」



顔はうつむいたまま、その表情は悲しいように見える。
サンドバッグに拳を突きつけたまま茜の話が続く。

「花桜梨さん。この部屋は確かに昔はお兄ちゃんが使ってたけど……今はボクのほうが使ってる……」
「えっ……」

「お兄ちゃんが病院送りにされてから、ボク、この部屋でトレーニングするようになったんだ……」
「……」

「ボクの両親が格闘家だから基本的なことは子供の頃に教えてもらったけど、練習を始めたのはその頃からかな……」
「……」

「『お兄ちゃんの敵はボクがとる!』あの頃はそんなことを毎日考えてた……」
「……」

「おかしいよね。お兄ちゃんの敵が誰だか知らないし、お兄ちゃんや周りに聞いても教えてくれないのにね……」
「茜さん……」



茜は拳をサンドバッグから離す。
そして少し笑顔に戻った茜が花桜梨にほほえみかける。

「だから、敵討ちなんて今はどうでもよくなっちゃった」
「えっ?」

「今は別の理由でここを使ってるんだ……」
「どういう理由で……」

「辛いとき、悲しいとき、怒っているとき……自分では抑えきれなくなったときはここに来てる」
「……」

「サンドバッグに感情を思いっきりぶつけるの……そうするとすっきりするんだ……」
「そうなんだ……」

「もっといろんなやり方があると思うんだけど、これがボクのやり方……」
「……」

再び沈黙が走る。
これ以上ここにいても沈黙だけだと思った2人は何も言わずに部屋から出た。



その後は、そんなこともすっかり忘れ方のように茜の部屋で楽しく過ごしていた2人。
お昼が近くなって、花桜梨は部活、茜はバイトの時間が近づいているので、花桜梨は帰ることにした。

茜は玄関の先の門まで花桜梨を見送ることにした。

「また遊びに来てね!」
「ええ、喜んで」
「じゃあ、部活頑張ってね!」
「茜さんもバイト頑張って」
「うん!」

花桜梨は茜に手を振って自宅に戻っていった。
茜も花桜梨の姿が見えなくなるまで手を振っていた。



「ふうっ……」

茜の姿が見えなくなるまで歩いた花桜梨は大きくため息をつく。
そして茜の家の方向をじっと見つめる。

「ごめんなさい、茜さん……」

花桜梨は小さくそうつぶやいた。
そして再び自宅に向かって足を進めた。
その表情はとても哀しかった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回は花桜梨と茜のお話です。

花桜梨の謎の核心に近いお話です。
まあここまで話と過去のネタ振りをみれば花桜梨の謎がわかると思われます。
もちろんその理由等はまだまだ謎ですけどね。

今回で17部を終わる予定でしたが、もう1話短い話を入れることにしました。
久々に公二&光がメインになりそうです。

そういうわけで、17部が終わらないまま年越しです(汗
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