第86話目次第88話
朝、1時間目の授業の前。

2年A組の教室ではちょっとした人の塊が出来ていた。

塊の中心は公二の机。

公二が今日から持参してものに周りの視線が集まっている。

「公二、ケータイ買ったんだ」
「ああ、給料がでたからやっと買えたよ」

公二は携帯電話を持ってきていた。

「へぇ〜、ぬしりんの携帯ってちっちゃくてかっこいいね」
「一番新しいのを買ったからね」
「ひかりんも買ったの?」
「ああ、お互いバイトで忙しいから連絡手段が欲しくてね」

公二は美幸に携帯を手渡す。
美幸はその携帯をまじまじと見つめる。


「あのさぁ、美幸にぬしりんの携帯の番号教えてよ〜」

「「「えっ?」」」


美幸の笑顔いっぱいの言葉に周りが一瞬に凍り付いてしまう。

太陽の恵み、光の恵

第17部 春の学校編 その6

Written by B
携帯電話の電話番号を聞くことは意中の異性へのアプローチの第一歩とも言われている。
電話番号がわからなければ接触の機会が激減してしまうからだ。

クラスメイトの家の電話番号は新学年になって作ったクラス名簿に載っている。
だから家の電話番号を知っているのは別になんでもない。

しかし、家の電話よりも身近な携帯電話は名簿には載せていない。
携帯電話はあまりにプライベートなものなので、名簿に載せるのはちょっと問題があるとクラスで決めたことだ。


そんな携帯電話のそれも異性の携帯の番号を聞く。

それがどういうことを意味しているのか?
つまり美幸が公二に対してどう思っているのか?


クラスメイトはその答えを一瞬にして予測して固まってしまったのだ。



そんな気まずい雰囲気を読みとった美幸はすぐさまフォローを入れる。

「な、なにいってるの〜、ぬ、ぬしりんとは友達だから聞いただけだよ〜」

確かに友達の携帯番号を聞くことは別に問題はない。

「そ、そうだよね……」
「そうだよ〜、変なこと言わないでよ〜」
「ごめんごめん」

周りは一斉にほっとした表情を浮かべる。

「じゃあ、今は時間がないから知りたい人はお昼にでも教えるよ」

公二がそう言ったところで1時間目の開始のチャイムが鳴った



(美幸、みんなから変な目でみられちゃったよ〜)

1時間目の授業中。
美幸の頭の半分は朝の出来事でいっぱいだった。

(みんな美幸はぬしりんのことを好きだと思ったのかなぁ?)

美幸はあの一言で完全に疑われてしまったと思った。
事実そうである。
さっきはうまく否定したが疑惑はまだ残っているだろう。

(そんなこと言われても、美幸は……)

しかし美幸は心の中でその疑惑を否定できなかった。



時は流れてその日の最後の授業



ピロピロピロ!



2年E組の教室で突然携帯の音が鳴った。

「えっ?えっ?えっ?」

(うそ!公二以外は番号は知らないはずなのに!)

慌てたのは光。
鳴っていたのは光の携帯電話だったのだ。



鞄の中から携帯を取り出して電話を取り出す。
しかし……

「あれ?……切れてる」

取り出した時には呼び出しは切れていた。

「なんだったんだろ……」

光は携帯の液晶画面をじっと見つめていた。
そんな光は周りの雰囲気が変わっていることに気づく。

「あれ?……」

視線を携帯から外すと、周りがみんな自分に視線が集中しているのに気づいた。
顔の表情からは「うるさい!」という言葉が読みとれる。

「ごめんなさい……」

光はその後先生に怒られたのは言うまでもない。



「あははは、それは災難だったな」
「だって、誰も知らないから何もしなくても大丈夫だと思ったからさぁ」

放課後の2年E組の教室。

公二と光が先程の話で盛り上がっていた。
2人の隣にはほむらも話につき合っている。

「しかし、さっきの電話は誰だったんだ?」
「光、着信履歴を見てみたら?」
「そうだね、え〜と、履歴は確かこうして、こうすると……」

光は慣れない手つきで携帯のボタンを押す。
携帯には先程の呼び出しの発信元の番号が現れる。
そこにはあまり見ない番号があった。

「あれ?05なんとかって、東京じゃないよね?」
「たしかに見かけないよな」
「そんなところからなんで陽ノ下の携帯に?」
「間違い電話なのかなぁ?」
「わからないなぁ」

出所がわからない発信元に3人は困ってしまう。



しばらくして光は携帯のボタンを押し始める。

「間違い電話だったら相手も困るだろうから、こっちからかけてみるね」
「それがいいな」

そういって光がリダイヤルをしようとしたそのとき。


「うわぁぁぁ!かけてはいけないのだ!」


突然、メイの声が飛び出した。
そしてメイは光の携帯を奪い取った。
そして素早く発信を切ってしまう。



「メ、メイさん!」
「び、びっくりした……」
「てめぇ、なに邪魔をしに来た!」

驚く光と公二、怒るほむら。

しかしメイはほむらを無視して光に携帯を返しながら言う。

「こういうのは絶対にリダイヤルしてはいけないのだ」
「えっ?」

「『ワン切り』と言って、リダイヤルしたら高額の通話料を請求するあくどいものなのだ」
「えっ、これがあの『ワン切り』?」
「そうなのだ。だから、知らないところからかかってきたのは無視するのに限るのだ」
「そうなんだ、俺も気を付けないとな」

光と公二は危うく引っかかってしまうところだったが、助かってほっとしていた。

「ああ、あぶなかったぁ、メイさんありがとう!」
「いやあ、お礼をいう程ではないのだ」

メイはお礼を言われてちょっと自慢げになっている。



しかしその間ほむらは苦々しい表情のままだった。

「おい、お前いったい誰になんの用でここに来たんだ?」

その質問にふと思い出したような顔をするメイ。

「そうだそうだ、貴様に用事があったのだ」
「えっ?あたし?」

自分を指差し驚くほむら。

「昨日の放課後に例の月夜見殿からメールがまた返ってきたのだ」
「それを早く言え!さっそく見に行くぞ!」
「うわぁ!とっとといくでないのだ!」

メイの言葉に一人でどんどんと電脳部部室に向かって歩くほむら。
それを必死に追いかけるメイ。

公二と光はそれを後からじっと眺めている。


「なあ、返事はどうだったんだ?」
「月夜見殿は『アニメソングはわからないの……』って困ってたぞ」
「アニメソングも名曲が多いんだけどなぁ」
「貴様は相手に合わせると言うことを知らないのだ」
「う〜ん、あたしはクラシックってよくわからないからなぁ」
「……」

2人は言い合いながら歩いていった。



「あいかわらずだね……」
「まったくだ……」

メイとほむらを見送った公二と光、ふと自分たちの携帯を見つめる。

2人の携帯は同じ種類で色違い。
公二はシルバー、光はピンク。

光は色もお揃いにしたかったようだが、公二の「色も同じだとどっちがどっちだかわからなくなる」の一言で諦めた。
その代わりにストラップは2人で同じ物をつけている。

携帯の電話代は自分達のバイト代から出す。
家族割引が効かないのが辛いところだが仕方がない。


「メールといえば携帯でもメールができるんだよね」
「電話に出られないときとかは便利そうだな」

「あなたがバイトで忙しいときはメールにすればいいよね」
「ああ、でも携帯でメールを打つのは難しそうだけど勉強しないとな」

「ねぇ、今晩2人で試してみない?」
「そうだな」

この2人が携帯電話を使いこなすには少し時間がかかるだろう。
でも使いこなせば2人にとっては非常に便利な道具になることは間違いないだろう。



次の日の放課後。

生徒会室にほむらがいる。
机を挟んで吹雪と夏海がいる。

「なぁ、授業中の携帯ってどう思う?」
「どう思うって?」

「なんて真面目な質問をするの!」と言いたげな驚いた表情をする吹雪。
確かにほむらの表情はいつもよりも少し真面目だ。

「昨日ワン切りって奴がかかってきたんだけど、その後の授業はみんな集中が切れたようでだらけたんだ」
「授業中の携帯音って迷惑ッス」

ほむらの言葉に同意する夏海。
どうやらどのクラスも同じ問題があるようだ。



「私のクラスでも携帯が鳴ったばかりかしばらく話していた無法者がいたの」
「……で、吹雪はそいつをどうしたんだ?」
「後で首をクィッっと締めてやったわ」

そう言いながら普段と変わらない表情で首を締め上げる真似をする吹雪。
それを見たほむらの頬に冷や汗が流れる。
普通の表情というのが恐怖感を増大させている。

「お前は本当に残酷だな……」
「あら、ただのお仕置きよ」
「お仕置きねぇ……」
「授業中に携帯にかける方も馬鹿だけど、受けて話す方はもっと馬鹿よ」
「……」

吹雪は外見とは裏腹に以外と武闘派である。



「しかし、緊急連絡だってあるだろうから、電源を切れとは言えないんだよなぁ」
「それに持ち込み禁止とは言いにくいっす」
「困ったものねぇ……」
「どうしたものやら……」

時代の進歩はそれまで想像していなかったケースをたくさん作り上げる。
携帯電話の対処もその一つ。
参考になる前例がなにもないからゼロから考えなければいけない。

「なんか不満だけどこれしかないか……」
「そうっすね……」
「まあ、とりあえずはこれで様子をみるしかないわね……」


その結果、次の日から



「授業中、携帯電話はマナーモードにするべし!」



という教室だか電車だかわからないスローガンのポスターがあちこちの廊下に張られることになった。
これがこの3人で考えられる最善の手段らしい。



「ただいま……」

その夜。

琴子は自宅の自分の部屋に帰ってきた。
鞄をいつもの場所に置いた琴子はポケットから1枚の紙切れを取り出す。

「携帯ね……」

そこには「よかったら電話して♪」という言葉と一緒に渡された11桁の番号
光の携帯電話の番号である。

「……」

琴子は黙ってそれを机の上に置く。

そしておもむろに引き出しを開ける。
そしてなにか小さな物体を取り出す。

「ようやく普通に使えそうね……」

それは2モデル前の携帯電話だった。



琴子ではちょっと似合ってなさそうなピンクの携帯電話。
琴子はその携帯を慣れた手つきで操作する。

「……まだあったのね……」

琴子は液晶画面に映っている番号をじっと見つめている。
メモリーの番号は「002」
自宅の次に記憶した番号だ。



琴子の表情は寂しいものになっている。

「……もう……いらないわね……」



ピッ!



琴子は震える指でそのメモリーの番号を消す。



「……」



琴子の頬にはいつの間にか熱い物が流れていた。



「メモリーは消えても……想い出は消えないのね……」



琴子はじっと「メモリーは消去しました」という液晶画面をじっと見つめていた。



「……泣いててもしょうがないわね……」

涙も止まった琴子は今度は消したメモリーのところに一番の親友の番号を新たに登録する。

「こんなことだと光に笑われちゃうわね……」


そしてさっそくその大親友に電話する。


「もしもし?私。琴子だけど」

「なによ。そんなに驚くことはないじゃない」

「わ、私だって携帯もってるわよ……」

「えっ?どうして持ってるかって?それは……」

「……」

「……光、休日で暇な日ある?……」

「久しぶりに光とじっくり話したいなと思って……」

「電話でもいいって?電話もいいけど、会って話すのが一番よ」

「そうそう、会わないと伝わらないことだってあるのよ……本当に……」


今晩の琴子は長電話になりそうだ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
新年一発目は第17部最終話、携帯電話あれこれです。

私自身は携帯電話を使いこなすほど色々やっていません。
本当に家との電話ぐらいしか使っていません(汗

だから携帯のある学校というのはあまり想像がつきません。
従ってちょっとズレているかもしれませんが、そこらへんはご了承を。

さて、ようやく第17部が終わって、次回から第18部に突入します。
第18部はGWでのお話です。
もちろんあのイベントが中心になります。
目次へ
第86話へ戻る  < ページ先頭に戻る  > 第88話へ進む