第97話目次第99話
水曜日

「ふうっ……」

琴子はため息混じりに教室にやってくる。



ガラガラッ



「おはよう……」

「「「おはようございま〜す!」」」

ここまではいつもと同じ。
琴子にとっては非常に嫌な毎日。


ところが今日は違っていた。

「おおっ、水無月様。おはようございます!」
「えっ」

「水無月様がひとりで歩くなんて見てられないよ。私が鞄を持ちましょう」
「「「えっ」」」

文月が変に丁重な言葉で、琴子の従者のような態度を取ったのだ。
文月、いやクラスでもそんなことは誰もしたことがなかった。
これにはクラスメイトも唖然としていた。


「うそ……うそでしょ……」

琴子は特に唖然呆然、顔にはショックの色も混じっていた。

太陽の恵み、光の恵

第19部 琴子女王様編 その2

Written by B
「ほらほら、水無月様のお通りだ。どいたどいた!」

文月は琴子の席の周りにいる人を払いのける。

「ささっ、そんなぼぅ〜としているのは水無月様らしくないですよ!」
「……」

文月は琴子に座るようにせかす。
琴子は黙って座る。
そして周りから自分を遠ざけるかのように窓から外をじっと眺める。

「おやおや、そんなに暗い顔して。水無月様には似合いませんよ」

文月の言葉にも琴子はまったく反応しない。
いや、そう見えるだけで、実際は体全体がぴくぴく震えていた。

クラスメイトはそんな二人を周りから眺めているだけ。



そんな朝があって1時間目。
1時間目は体育だった。

琴子は運動は昔から苦手だ。
だから体育ではそんなに活躍しない。

体育はDEFと合同なので、このまえの古文の授業のような状態は起こらない。

体育の場合は、授業後に「今日は調子が悪かったんですか?」と聞かれるぐらい。
ただし、これは琴子の調子が良くても聞かれるのだが。

そんな体育の後、教室に戻ってきた琴子に文月がまたもや話しかける。


「あれ?今日も調子が悪かったんですか?」
「……」

「そうですよね、水無月様が体育で本気なんか出すわけないですよね」
「……」

「次は古文かぁ、期待してますよ、水無月様」
「……」


文月は言いたいことを言って自分の席に戻ってしまった。

「どうして……どうしてなの……」

そんな彼には琴子のつぶやきは聞こえていなかった。
まわりのクラスメイトたちはただそれをみているだけだった。



そして2時間目の古文。

「……え〜と、水無月。この単語の意味は?」
「それはですね……だと思います」

琴子は普通に答えた。

「う〜ん、ちょっと違うな、これは……という意味だが」
「あっ……」

ところがこの答えが間違っていた。
琴子もすぐに気が付いた。

「えええ〜〜〜〜〜っ!」

ところがその対応に異常な反応を見せた人がいた。
文月である。

「水無月さm……水無月さんが間違えるわけないよ〜」
「そ、そんな……」
「先生、本当にそうなんですか?」
「ああ、そうだが……」
「はぁ〜」

なぜか琴子をかばう文月。
しかし先生の一言にあっさり引き下がる。

「しかし珍しいな、体調が悪いのか?まあいい、でこの文章は……」

先生はすぐに授業を続ける。

「……」

琴子の机の下では琴子の右の拳が振る振ると震えていた。

(もう勘弁してくれよ……さすがの俺もすごく良心が痛む……)

それに気づいた文月は複雑な心境だった。
しかし、約束だ。辞めるわけにはいかない。



そんな事もあってお昼休み。

琴子は一人でお弁当を食べていた。
今日はとてもじゃないけど、光達と食べられる気持ちではない。

「あれ?今日はどうしたんですか?」
「……」

そんなときに文月がやってくる。
琴子は無視して食べ続ける。

「誰とも食べないんですか?」
「……」

「じゃあ、俺が近くで食べていいか?」
「!!!……勝手にすれば……」

琴子は驚いた。
実はクラスメイトから「一緒に食べよう」なんて言われたことがなかったのだ。
でも相手が相手。
そんな気分にはとうていなれない。
琴子は突き放した返事をする。

文月は勝手に琴子の横の席から椅子を琴子の机の前に運んで座る。
そして勝手に弁当を食べ始める。

「いやあ、水無月様と一緒に食べられるなんて光栄の極みだなぁ……」
「……」

文月の言葉に琴子は反応しない。
いや、実際は反応していない振りをしているだけ。
琴子の持つ箸が微妙に震えているのがその証拠だ。

(琴子、頼むよ……怒ってくれよ……俺だって辛いんだよ……)

そんな琴子には目の前の男子の心境に気づくわけがなかった。



「……やるんじゃなかった……」

2Fの教室の扉の前。
花桜梨はガラス越しに琴子の様子を見ていた。

実は今日は事あるごとに琴子の様子を観察していた。
教室の外からでも琴子の苦渋の表情が読みとれた。



「……私って最低……」

文月に頼んだこととは、
「今までのクラスメイトの行動を必要以上にオーバーに、しつこく琴子に絡んで琴子を怒らせる」
ということ。

我慢に我慢をする琴子のこと。
しかし、いくら琴子でも限界まで追いつめれば爆発して本音をぶちまけるはず。
そうすればあのクラスメイトでも琴子の気持ちに気づいてくれるはず。
花桜梨はそう思っていた。


しかし、そんな花桜梨の作戦に痛恨のミスがあった。


それは怒らせるまでに琴子を徹底的に傷つけてしまうということ。



花桜梨は琴子の表情をみて初めてこのミスに気づいた。

「私が一番嫌なことなのに……」

人を傷つけることが一番嫌だった自分が他人を傷つけている。
そう思うだけで、花桜梨の心がギリギリと痛む。

「琴子さん……お願い……失敗したら、私もうあなたに顔向けできない……」

花桜梨も苦痛の思いで午後の授業のために教室に戻った。



午後の授業も文月のオーバーな態度が続く。

英語の授業では琴子の解答に文月は拍手までする。
しかもそれにつられて他のクラスメイトも拍手する始末。

さすがの琴子も少しずつ苦痛の表情を見せる。

文月も懸命に琴子をヨイショする。
徹底的に褒めあげる。

「それでこそ、水無月様ですよ!」

そんなセリフを遠慮無しに話しかける。
クラスメイトも彼をまったく止めようとしない。



そしてとうとう放課後。

部活に向かう準備をする人、これからの遊ぶ場所を話し合う人。
それぞれ放課後の予定についてそれぞれが考えようとしたとき。

「みんなちょっと席に座ってくれ!」

教壇にいたクラス委員の文月の一言に全員が渋々座る。
帰ろうとした琴子もなにがなんだかわからず座る。

「実はゴミ箱にこんなのが見つかったんだ」

そう言ってクラス全員に見せたのはいわゆるエロ本、それも結構キツめのもの。
文月はクラス全員に怒鳴りつける。

「こんなの学校に持ってくるなよ!水無月様が迷惑だろ!」
「!!!」

「容姿端麗、才色兼備、高貴で完璧な水無月様のクラスでこんな下品なもの持ってくるな!」
「……」

「ここのクラスではもっと高貴な話をしろよ!水無月様の耳の毒だ!」
「……」

「水無月様がどういう人かよく考えて行動しろ!わかってるのか!」
「……」



ガタッ!



琴子が突然立ち上がった。
クラス全員の視線が集まる。

「……文月くん……」

そうつぶやくと、ゆっくりゆっくりと文月のいる教壇に向かっていく。

「あれ?どうしました?」
「あなただけは……あなただけはわかってくれると思ってたのに……」
「……」

文月は琴子の表情をみてすこし驚いた。

琴子の体がフルフルと震えていた。
琴子の瞳からは涙が流れていた。
両手は拳が強く握られていた。

あまりの様子に文月は動けない。

「それなのに……それなのに……」
「水無月さん……」

いつの間にか琴子は文月の前に立つ。
そして文月の胸ぐらを掴む。


「私は……私は完璧なんかじゃない!」



ガラガラガラガツン!



いきなり琴子は文月を教壇から机に向かって投げ飛ばした。
文月はいくつもの机の上に投げ飛ばされた。

「……」

文月はあまりの行動に痛みと驚きで床に仰向けになったまま動けない。
クラスメイトも驚きでまったく動けない。



「私は……私は……」

琴子は怒りの表情で仰向けの文月に馬乗りになる。
自分の足で腕を押さえて身動きが取れないようにする。

「私は……私は普通の女の子よ!」



バチン!



琴子の今までの怒りがこもった平手打ちが文月の左頬に炸裂する。



「私は勉強ができるわけじゃない!テストだって40番台よ!」



バチン!



「運動なんて昔からできないわよ!体育なんて嫌いよ!」



バチン!



「私だって人間だから調子の悪いときだってあるわよ!」



バチン!



「私なんて美人じゃないわよ!もっと美人はたくさんいるわよ!」



バチン!



「私だって流行や俗な話だって興味あるわよ!」



バチン!



「エッチな話もエッチなことも大好きよ!」



バチン!



「私は特別じゃない!私は完璧じゃない!私は普通の女の子!」



バチン!



「それなのに……それなのに……あなたならわかってくれると思ったのに……」



バチン!



「許さない……絶対に許さない!」



バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!



「うわ〜〜〜〜〜っ!」


琴子は何発も何発も平手打ちを文月に喰らわせる。
泣きながら、泣きながら、琴子の顔がグシャグシャになっても気にしない。
文月はかなり苦痛で叫び声もあげているが琴子には聞こえてこない。
最後は自分でもわからないぐらい乱発していた。


琴子は2年になってからずっとたまっていた怒りを爆発させていた。

本当の自分をみてくれない、そんな怒りがとうとうこの瞬間爆発していた。

クラスメイト全員に対しての怒りを全部まとめて目の前の彼にぶつけていた。


怒りの元凶のクラスメイト達はあまりの惨劇に顔が青ざめている。

「もう……こんなクラス……嫌いよ!」

琴子は教室を飛び出してしまった。
クラスメイトは誰も琴子を呼び止めようとしない。
いや呼び止めるほど冷静な人は誰もいなかった。



「もう嫌!」

教室を出た琴子は泣きながら廊下を走ろうとした。

「!」

しかし突然琴子は横に引っ張られるのを感じた。
琴子は引っ張られるままに誰もいない2Eの教室に引き込まれる。
そして誰かに抱きしめられる。

「誰よ!離して!……えっ!」

琴子は抵抗しようとしたが相手の顔をみて動きを止めた。

「花桜梨さん……」
「ごめんなさい……」

抱いていたのは花桜梨だった。

花桜梨は泣いていた。

花桜梨の涙をみて琴子はようやく冷静になれる。



「どうして花桜梨さんが……」

「ごめんなさい……文月くんをあんな事させたの……私なの……」

「……うそ……」

花桜梨は涙ながらに自白する。
まさか花桜梨が主犯とは思っていなかった琴子は絶句してしまう。

「琴子さんを怒らせればきっと本音を言ってくれる、クラスメイトに知ってもらえると思った……」
「……」

「でも……でも……ごめんなさい!」
「……」

「私は琴子さんを傷つけた……琴子さんを悲しませた……取り返しのつかないことをした……」
「花桜梨さん……」

「謝って許してくれるとは思ってないけど……ごめんなさい!ごめんなさい!……」
「……」



花桜梨はさっきから隣のここ2Eの教室からこっそりと琴子の様子を見ていた。

琴子はズタズタに傷ついていた。
そして琴子の涙が花桜梨の心にグサリと突き刺さった。
花桜梨は強烈な罪悪感でいっぱいになった。

もう耐えられなかった。
花桜梨は必死に謝っていた。



「もういいのよ……花桜梨さん……もういいのよ……」

琴子も花桜梨が必死に謝るのを見ていたらいつのまにか怒りや恨みが無くなっていた。
花桜梨の自分の事を思う気持ちが痛いほど伝わってきたからだ。

琴子の言葉でようやく花桜梨の抱きしめる力が緩む。

「許して……くれるの……?」
「花桜梨さんは悪くない……悪くない……」
「ほんとう?」
「ほんとうよ」
「ありがとう……」

花桜梨にも琴子にもわずかに笑顔がこぼれる。



「わかったか!」

突然となりの2Fの教室から怒鳴り声が聞こえてきた。

「今の……文月くん?」
「私、これ以上は何も頼んでないけど……」

二人は恐る恐る2Fの教室を覗いてみる。



「今の琴子を見ただろ!」

琴子が去ってから、しばらくしてクラスメイトの世話もありようやく文月が我に返る。
文月はふらふらと教壇に戻る。
琴子の平手打ちの連発で文月は半分グロッキー状態だ。

それでも文月は教壇に寄りかかりながら呆然とするクラスメイトに向かって怒鳴った。

「俺の今日の行動はお前達のこれまでの行動をまとめたものだ!」
「……」

「俺がやったことを誰も止めなかったということは、みんな俺の行動に文句がないということだろ」
「!!!」

「そんな行動で琴子がどれだけ傷ついていたか、どれだけ哀しかったかわかっただろ!」
「……」

「琴子はみんなと同じ普通の女の子だ、琴子もそう扱って欲しいんだよ!」
「……」

「なあ、みんなで琴子の友達になろうよ……もっと琴子の事を知ってあげようよ……」

文月の想いをクラスメイトにぶちまけていた。

実は文月も今朝の時点ではこんなことを言うつもりがなかった。
しかし今日ずっと近くで琴子の表情を見ていたら言わずにはいられなかった。
ここまで琴子が悩んでいたとは思わなかった自分への戒めの意味も込めて。


クラスメイトは誰もかれも青ざめている。
ようやく自分たちのしでかしたことを実感したみたいだ。
自分が琴子のことを見ていなかった事にやっと気が付いたようだ。

クラスメイト達は文月の言葉にただ頷くしかなかった。



「……お願いだから……」

文月は全てを言い終わったとたんにふらっと体が揺れた。

バタン!

文月は倒れてしまった。
気が抜けたとたん、琴子の平手打ちの痛みに耐えられなくなったのかもしれない。

「文月くん!」

文月は扉から飛び込んできた琴子の姿を見て意識を失ってしまった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第19部のもうヤマ場です(笑)

ついに琴子がキレました。
クラスで唯一普通の反応していた文月がヨイショをし始めたことによりとうとう追い込まれたようです。

それでも我慢に我慢を重ねた琴子。
花桜梨はそれをみて自分のしてしまったことを悟ったようです。

さすがの花桜梨も琴子のことを心配するあまりに大事なことを見失っていたようです。
花桜梨がそんなミスをしそうに思えませんが、彼女だって完璧ではありません。こんな事だってあると思います。
ただもう花桜梨はこんな事はしないでしょう。それが成長だと思うんだよなぁ。

まあ、書いてて「花桜梨はこんなこと平気でするわけない」と気づいてしまったのがそもそもですけど。

次回でもう最後です。
早いなぁ(汗
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