第98話目次第100話
放課後の保健室

ベッドには両頬を真っ赤に腫上がらせた文月が眠っている。

ベッドの横の椅子には琴子と花桜梨が座っていた。

「ごめんね文月くん……私のことを思ってやってたなんて……」
「琴子さんが謝ることはないの。文月くんに謝るべきなのは私だから……」

まだ意識を取り戻してない文月に謝る琴子。
それを止める花桜梨。

文月が倒れた後、クラス全員で彼を保健室に運んだ。
そして今は琴子と花桜梨だけ。
二人とも部活に出られる心境ではなかった。
それぞれ思いは違うが共通しているのは文月への謝罪と感謝の気持ちだった。

もう太陽も沈み掛けてきた。

「う、う〜ん……あれ?ここは?」

文月が目を覚ます。

「文月くん……」
「よかった……」

目を覚ましてほっと一息ついて安心する二人だった。

太陽の恵み、光の恵

第19部 琴子女王様編 その3

Written by B
「ごめんなさい、あんなひどい目に遭わせてしまって……」
「ごめんなさい、あんなにぶってしまって……」
「いいって、いいって。すんだことだし」

琴子も花桜梨も何度も謝った。
何度も頭を下げて謝った。
文月も怒ってはいなさそうだ。時々笑みも見えている。

「しかし、これでなんとかなるかな?」
「そうだといいんだけど……」
「……ごめんなさい……」

琴子は落ち込んでいた。
それはそうだ、この騒動のそもそもの原因は琴子だから。
結果的にベッドの男子は両頬が真っ赤に腫上がってしまったのだから。



「八重さん。これから水無月さんと話をしたいけどいいかな?」
「わかったわ、私はこれでお邪魔させていただくわ」

文月の言葉に花桜梨は立ち上がる。

「八重さん、本当にごめんなさい……」
「悪いのはお互い様よ、そんなに謝らないで……」

花桜梨はゆっくりと保健室の扉に向かって歩き出す。

「文月君、本当に迷惑かけてごめんなさい……」
「おいおい、八重さんだって謝りすぎだよ」
「そうね。じゃあ今日はさよなら……」



ピシャ!



花桜梨は保健室から出て行った。



「ふうっ……」

保健室から出た花桜梨は大きなため息をついた。

「二人に大きな貸しをつくっちゃったな……」

花桜梨はゆっくりゆっくりと廊下を歩いていく。

「絶対返さなきゃ……絶対に……」

ただの貸しではない。
自分の一番嫌なことを琴子にしてしまった事への償いでもある。

もうこんなことはしたくない。
新たに決意した花桜梨だった。



そして保健室。
ベッドに寝ている文月と、そばの椅子に座っている琴子。

「さてと……お説教するかな……」

文月の声がすこし重くなる。
琴子は顔をうつむかせ、これから聞かされるであろう説教を待っている。

「そもそも悪いのは水無月さんだぜ……」
「……」

「始業式から黙っててさ……まあなんでかは聞かないけどさ……」
「……」

「まああいつらをかばう積もりは毛頭無いけど、何も言わない水無月さんも問題だぞ」
「……」

「大体、早い時期に否定すればこんなことにはならなかったはずだし」
「……」

「水無月さんは我慢のしすぎ。我慢のしすぎも良くないと思うぜ」
「……」

ベッドに寝たまま強い口調で琴子に説教する文月。
琴子はうつむいたまま黙って聞いている。



「だから水無月さんもあいつらと同じ、だから明日絶対に謝れよ」
「うん、謝る……私も悪いから……」

琴子は自分の立場を痛感していた。
文月に狂ったように平手打ちをしていたときは悪いのは自分だけだと思っていた。

しかし、今冷静に考えるとそんなことではなかった。

振り返れば、始業式に一人でいたことが発端だから。
あのとき、どういう理由であれ、クラスメイトと親しくすればこんな事にならなかったのだ。



「とりあえず、今日はもう家に帰ったら?俺は大丈夫だから」
「……そうね、そうさせてもらうわ……」
「じゃあ、明日からまたよろしくな」
「ええ、今日は本当にありがとう……」

文月の言葉に琴子はゆっくりと立ち上がる。
そして、扉へと向かう。

「水無月さん」
「なに?」

「お礼は今度の日曜日にな」
「えっ?」


「ショッピング街……楽しみにしてますよ」
「ええ……そのときにお礼させてもらうわ」

琴子は穏やかな笑みを文月に見せて保健室から出た。



そして次の日の朝。

琴子が教室に来たときには文月以外のクラスメイトが全員集まっていた。

琴子のクラスメイトは全員で琴子に謝ろうとした。
しかし、その前に琴子がそれを止めてしまった。

周りの言うことを無視して教壇に向かう。

「そもそも私が何も言わなかったからこんな事になったの。本当は私が悪いの」

「よくよく考えたら、私もみんなのことをよく知らない。だから人のこと言えない」

「変に謝られたら私たちの間がずっとギクシャクしそうで嫌。もうこのことは水に流しましょ?」

「今まで本当にごめんなさい」

「今からでも遅くないと思う。これから1年間、一緒に頑張りましょう。お願いします」

琴子は深々と頭を下げる。

パチパチパチパチパチ……

琴子の周りから拍手が湧きあがる。
それは今までの勝手な尊敬の拍手ではない。
本当の意味で尊敬の拍手だった。

実は琴子の言葉にどう反応していいかわからなかった人が拍手をしてそれにみんなのったのだが、
気持ちは十分に琴子に伝わっただろう。

この瞬間、琴子は2Fの女王様ではなくなった。
本当の意味で2Fの中心にいる普通の女の子になった。



その日の昼休み。

2Eの教室。

光はほむらと一緒にお弁当を食べていた。

「……」
「……」

光は複雑な表情をしていた。
ほむらも同じように表情は暗い。

それには原因がある。

「なんで気づかなかったんだろう……」
「確かに、あたしも不覚だった……」

それは今まで琴子がクラスで孤立していたことにまったく気づいていなかったこと。
そもそも二人ともそんなに悩んでいるとは思わなかったから。

「確かに言ってたんだよね『いつの間にかクラス委員にならされた』って」
「ああ、でももうそんな事はないと思ってた……」

昨日の放課後、2Fで起きた騒動。
隣の2Eにもすぐに広まった。
光もほむらもそこで初めて琴子の状況を知ることになった。

「あんなに一緒にお弁当食べていたのに……」
「なさけねぇ……」



無理もない。

二人の目の前の琴子は二人が知っている本当の琴子だったから。


2Fで女王様だった琴子も2Eに来れば普通の女の子。
普段のストレスもあり、光達とのお弁当ではとにかくはしゃいでいた。

そのはしゃぎっぷりに、逆に琴子は2Fで楽しくやっていると思ってしまう程だった。


放課後でも光はバイトや家事、ほむらは生徒会室で遊ぶためにすぐに教室から離れてしまう。
だから放課後琴子が教室で一人寂しくいたことなどを知る訳がなかった。


それに琴子自身が辛い思いを表に出すまいと、
特に友達の光達に余計な心配は掛けたくないと、辛い思いを隠しに隠していた。
それ故、琴子の辛い思いに光達は気づかなかったのだ。


それだけ自分たちのことを思ってくれただけに光とほむらにとっては悔やんでも悔やみきれない。

「悔しいね……」
「ものすごく悔しい……」

「私がもっと早く気づいていれば……」
「あたしも同じ気持ちだ……」

「……」
「……」

二人にとって今日のお弁当はほろ苦いものになった。



次の日曜日
ショッピング街に二人の男女が歩いていた。

「今日はありがとう」
「いえいえ、今日も楽しかったよ」
「また機会があったらみんなで行こうね♪」

「えっ?来週も?」
「そんなこと言ってないよ〜」
「あははは、ごめんごめん」

純一郎と楓子だった。
クラスメイトを誘ってみんなで遊園地に出かけた帰り道。
二人ともショッピング街に用事があるということで一緒に歩いていた。

今日も楽しく遊べたらしく二人とも表情が明るい。
会話も結構弾んでいるようだ。



そんななか楓子が何かを見つけたらしく一方向をじっと見ている。
そしてなにかを確認したらしい。

「あれ?あそこにいるの水無月さんじゃぁ……ねぇねぇ純くん!」
「な、なんだ?いきなり大声出して?」


「水無月さんがデートしてるの!」
「え?え?え?本当か?」


「ほらほら。あそこの甘味処にいるでしょ?」
「おおっ、本当だ。これはびっくりだ」



その甘味処の中。

琴子と文月があんみつを食べていた。
もちろん琴子の奢りだ。

先週の約束に加えてこの前のお礼も兼ねて琴子が文月に街を案内していたのだ。
ショッピング街で琴子が知っているお勧めのお店は全部紹介した。

とにかく今日の琴子は機嫌が非常に良かった。
2年になってから苦しめられていた悩みが解決したからだ。

それも目の前であんみつ大盛りを一心に食べている男のおかげ。
彼が体を張ったおかげで自分が救われたのだ。
感謝してもしたりないぐらいだ。



その文月が顔をあげて琴子に話しかける。

「さすが水無月さんお勧めの店だけに美味しいけど、俺、甘いもの少し苦手なんだよなぁ」
「じゃあ、なぜ大盛りなんてたのんだの?」
「だって奢りだから、もったいないだろ?」

琴子は文月の顔をじっと見つめる。
文月も琴子をじっとみつめる。


「……それだけ?」
「……それだけ」


静寂が数秒。


「あははははは!」
「……水無月さん?」


琴子が突然笑い出す。
不思議そうに見つめる琴子。

「あなたって、おもしろいわねぇ!」
「そうか?」
「そうよ。苦手なら大盛りなんてしなくていいのよ、あはははは!」
「……あはははは!」

口を手で隠しながらも大きな声で笑う琴子。
それにつられて文月も笑い出す。
このとき、まさか楓子と純一郎が見ているとまったく考えていないはずだろう。



その楓子と純一郎は道路の向かい側でその様子をこっそりと見ていた。

「なんか楽しそうだね」
「そうだな」

「ねぇ、相手の男の人、誰だかわかる?」
「う〜ん、名前は知らないけど2Fのクラス委員だった気がする」
「へぇ〜、クラス委員同士でデートかぁ」

「なんか先週2Fでいろいろあったみたいだから、それもあるんじゃない?」
「そういえばそうだったよね」

2Fの事情をよく知らない二人は琴子のデートを単純に捉えていた。



じっと見ていてもしょうがないので、純一郎と楓子は視線を外す。

「しかし珍しいな」
「えっ?どうしたの?」

「俺、1年のときは水無月さんと同じクラスだったけど、あんな笑顔見たことないよ」
「そうなの?」
「ああ、水無月さんって意外と感情を表に出すけど、笑顔ってなかなかみせないんだよ」
「そういえば、あんなに笑ったのって初めて見た」

二人は再び街を歩き出した。

「あのさぁ……もしかして」
「もしかして?」
「水無月さん……あの彼に……惚れてる?」
「それはどうだろう……そんなに急に惚れるとは思えないけどな」
「確かにそうだよね」

二人の琴子に関する話はそれで終わった。
それから二人はそれぞれ買物があるので別れたそうだ。
今の二人の様子だと本格的にデートになるのは近いかもしれない。



それから少し経った夕方。
ショッピング街の入り口に琴子と文月がいた。

「今日はありがとう」
「あら、それは私の台詞よ」
「それは俺も嬉しいな」

午後ずっと一緒にいて、これでお開きにするところだ。

「なあ、また機会があったらまたいいかな?」
「えっ?」
「もっと街の事をしりたいから、また紹介してよ」
「……」

琴子は一瞬驚いた。
明らかに次回のデートのお誘いだからだ。
しかし今の琴子の答えは一つだった。

「……いいわよ」
「本当?」
「ええ、こんな私でよろしければ」
「じゃあまた近いうちに誘ってみるかなぁ」
「楽しみにしてるわ」



近いうちのデートの約束をして今日はおしまいとなった二人。

これが二人にとって始まりなのかそうではないのか。
それは誰にもわからない。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第19部がもう終わりです(笑)

2Fもなんとか普通のクラスへと変わっていきそうです。

琴子も反省したようで、これからは琴子も積極的に関わるようになるでしょう。
それと文月くんとの関係も……。

取り上げたはいいものの、予想以上に重いテーマでどう終わらせようか迷って今回遅くなりました。
こういう場合、一番良い方法ってなんだろう?
私の頭ではさっぱりだったのでこんなストーリーになってしまったのですが。
実は別の方法もあったのですが、こっちもかなり強引だったので辞めました(汗)
今後使うかは微妙です(笑)

次回は初夏の学校編です。
今のところ書く予定があるのは以下のお話。
・100話記念。もちろん光メイン。
・匠の汚名返上を賭けた美帆とのデート
・インターハイ目前の部活の様子。
・それからの2Fと琴子
・花桜梨の18歳の誕生日に関連したお話。
・学校にやってきた恵とほむらのお話。
あと、真帆のバイト話、最近全く登場していない茜ちんの話、美幸とすみれの文通とかアイデアがまとまれば書こうかな?

とにかく次回は100話記念。幼妻の光の日常でも書こうかな。
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