第99話目次第101話
5月下旬

春の穏やかな暖かさは過去のものとなり、今は夏への準備段階の暑さという気候。

そんな日の土曜日の早朝。
今日は優しい声がベッドから聞こえてくる。

「ほ〜ら、光。気持ちいいだろう?」



「もっともっと光を気持ちよくしてやるからな」



「光って本当に可愛い声で鳴くんだよな」



「よかったか、光?そうかそうか、そんなによかったか」



「じゃあ、風呂から上がるからな」



「終わったら綺麗に毛並みを整えてから散歩に連れてってやるからな」


(もう……今どんな夢みてるのよ?)


少し早く目を覚ました光は自分を抱いている公二の寝顔をじっと眺めていた。
公二の寝顔は本当に穏やかだ。

太陽の恵み、光の恵

第20部 初夏の学校編 その1

Written by B
「光の前世の前世って俺の飼い犬のような気がする」

公二が最近光にそんな事を口にする。

(う〜ん、自分でもそう思うんだよなぁ)

光もそれは否定しない。

(でも、犬よりはこうやってあなたに抱かれているほうがいいな♪)
(だって、犬だと寄り添うだけで、あなたに尽くせないからね♪)

光は公二に気づかれないように公二の腕の中を抜け出しベッドから降りる。

「今日はあなたのお弁当をつくるから一緒にシャワーを浴びられないの、ごめんね」



チュッ



光は公二に口に軽くキスをしてから、着替えとタオルを持って風呂場に向かった。



シャワーを浴びた後、そのまま台所に向かう。
台所にはすでに母がいた。

「あっ、光さん。おはよう」
「あっ、お母さん。おはようございます」

母と言ってもここは公二の家なので公二の母である。

今の光は公二の両親を躊躇なく「お父さん、お母さん」と呼ぶ。
同居当初は恥ずかしかったが、今では本当の父母と同じように尊敬している。
ちなみに、光は本当の両親のことを「おとん、おかん」と呼んで区別している。

「じゃあ、頑張って朝食とお弁当をつくりましょう」
「はい!」

光と公二の母で朝食と公二のお弁当を作る。
公二の母が朝食を作りながら光のお弁当づくりをサポートする。

公二がバイトでお弁当が必要なときはいつもこんな光景が台所で見られる。



朝食を作りながら二人で話をするのもまた楽しい。
光は公二の母から公二の昔話や自分の体験談を聞くのが朝の楽しみにもなっている。

今日も例外ではない。

「ところで光さん。あんな部屋で3人で本当に大丈夫なの?1年もいて飽きない?」
「それが全く飽きないんですよ」
「不便だと思った事がないの?」
「それが不思議とないんですよ」

公二と光は2階にある唯一の部屋、広さ10畳の部屋で暮らしている。
一人で住めば十分な大きさだが、これが3人だと結構辛い。

公二と光の愛のダブルベッドに恵の小さなベッド。
公二、光、恵の3人分のタンス。
勉強用のテーブルに勉強道具入れに本棚。
押入は布団等を入れているのでスペースはそんなにない。

意外と結構狭いのだ。



でも3人にとっては楽しい部屋。
公二の母はその楽しい理由はよくわかっている。

「やっぱり、3人でいるからかしら?」
「……はい……」

顔を真っ赤にし、うつむきながらフライパンで炒り卵を作る光。

「やっぱり、愛する人と一緒だとどこでも天国よね……私もそうだったわよ」
「えっ?」
「結婚当初は狭いアパート生活だったのよ、最初は辛いとは思わなかったなぁ」
「へぇ〜」
「でもやっぱり生活が大変になってきて、頑張って一軒家を買ったの。それが昔の私たちの家」
「そうだったんですか」

「でも結婚当初のあの緊張感や嬉しさは戻ってこなかった。その代わり、別の嬉しさがあったけどね」
「……」
「愛する人の側にいられるのは幸せなこと。でもそれだけを純粋に感じられるのは最初だけだと思う」
「……」
「光さん。今の幸せを忘れちゃだめよ」
「はい、お母さん」

話し終わる頃には炒り卵どころが、御飯にかけるそぼろも完成していた。



公二の好みを中心にバイトをこなすためのスタミナたっぷりのお弁当を仕上げながら光は尋ねた。

「お母さん、今も幸せですよね?」
「ええ、あの人と一緒だし、なにより可愛い娘さんもできたからね」
「……おかあさ〜ん!」
「うふふふ!」

顔を真っ赤にして抗議する光。
それをみてにこやかに笑う公二の母。
二人はもう本当の親子のようだった。


ちなみにお昼に炒り卵のハートマークにそぼろで「LOVE」の字が描かれたお弁当を見て顔を真っ赤にすることになる公二はこの時間にようやく目を覚ます。



朝食を食べ終わった公二はさっそくバイトに出かける。
今日は一日道路工事のアルバイト。帰りは夕方になる。
光は玄関でお見送り。

「気を付けてね」
「ああ、怪我だけには気を付けるよ」

「いってらっしゃい」
「いってきます」



チュッ!



短いキス。しかし音が出るぐらいお熱いキス。
二人のお出かけのキスはいつもこんな感じ。
キスが終わると公二はさっさと出かけてしまう。



公二を見送って、暇になった光。
とりあえず居間で恵と一緒にテレビを見ている。

(あ〜あ、料理だけでなくて、洗濯や掃除もやりたいなぁ)

光は恵と「超戦士ドラゴン」の再放送を見ながらそんなことを思っている。

光は洗濯や掃除を頻繁にさせてもらえない。
自分達の部屋の掃除だけは任せてもらえるのだが、それ以外は月に1度ぐらいしかさせてもらえない。

自分も主婦だから当然やるものだと思っているのだが、
「掃除や洗濯のコツはゆっくりと教えるから今は料理の腕を上げなさい」
とそれぞれの母親に言われてさせてもらえない。

実は二人の母親の本当の理由は
「『主婦』はこれからずっとやるのだから今は『高校生』をやってなさい」
という思いやりなのだが、光がそれに気づくのはかなり後になるだろう。



そんなテレビを見ている光に公二の母が呼びかける。

「光さん。ちょっといいかしら?」
「お母さんなんですか?あっ、恵、ここでおとなしくテレビをみててね」
「は〜い!」

光は恵を居間から台所に移動する。
台所には公二の母が待っていた。

「光さん。ちょっと買物頼んでいいかしら?」
「えっ?」

「今日の晩御飯の食材よ、いいでしょ?」
「はい、それで今晩は?」
「光さんの好きなものでいいわ」
「はい?」
「今晩は光さんに任せるから」

「本当ですか!」
「ええ、本当よ」
「やったぁ〜!じゃあ行ってきま〜す!」

晩御飯を任せてもらえると言うことで嬉しくなってしまう光。
さっそく出かけようとするが、公二の母が慌てて止める。

「光さん。慌てなくてもまだ時間はたっぷりあるわよ」
「そ、そうですね、あはははは」

ちなみに今は午前11時である。

「お昼を食べてからゆっくりとでかければいいのよ」
「そうですね、午後に恵と一緒に出かけます」
「そうそう、じゃあ今日は特別に……公二にはナイショよ」

そう言って公二の母が光の手に持たせたものは一枚の紙切れ。
新渡戸稲造の肖像画が印刷されているちょっと特別な紙切れである。

「えっ……いいんですか?」
「ええ、恵ちゃんと一緒にあそんでらっしゃい」
「ありがとうございます!」



午後。
ひびきの駅前。

「ちゃんとママの手を握ってるのよ」
「は〜い、ママ!」

光は公二の母からお小遣いを手に恵と一緒にお出かけ。
折角なので恵の好きそうなアニメの映画を見ることにした。

「最近は色々なアニメがあるんだよね……」

光が小さい頃と違って今はアニメが豊富である。
光が小さい頃のアニメ映画はネ○型ロボットや宇宙○艦や機○戦士のようなメジャー級しかなかったが、
今は3A級や2A級のも頻繁に公開されている。
量が多いとアカデミー賞を受賞するような作品が登場する反面、レベルの低い作品も当然多くなる。
選択肢が多いのはありがたいが、逆に失敗するとキツイものもある。

光はあちこちにある看板絵を眺めながら迷っていた。

「ねぇ、恵。どれがいい?」
「……」
「恵?」

恵は一つの絵をじっと見つめていた。

「あれ?……あれかぁ、今話題だね……」

その看板絵は今、世界中のアニメの賞を総なめしている話題のアニメの看板絵だった。

「じゃあ、あれを見ようか?」
「やった〜!」
「恵ってなかなかセンスがいいわね……やっぱり私似だね♪」

こういうときには恵には公二の遺伝子が半分入っていることを忘れてる光だった。



「おもしろかった?」
「おもしろかった〜!」
「そう、それはよかったね」
「うん!」

選んだアニメは大正解だった。
少々文学的なところもあるがアニメは綺麗でそれを眺めているだけでも満足するほどだった。
恵の笑顔をみれば大満足だったことは一目でわかる。

「さぁ〜て、今晩は美味しいものを作ってあげるからね♪」
「わ〜い!」

恵は大満足。光も気分が良く、気合いが入っていた。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

ここで突然光の携帯電話が鳴った。
その着信メロディーを聴いて慌てる光。

「恵、ここでおとなしくしていて!」
「うん」

急いでバックから携帯を取り出す。

「もしもし、あなた?」

それだけ急ぐ理由。
今鳴った着信メロディーは公二からの電話を意味しているものだからだ。

「あっ、光。今どこにいる?」
「うん、今恵と一緒でこれから晩御飯の買物なの」


「光……ごめん!」
「えっ?」


「今日晩御飯いらなくなった」
「ええっ〜〜〜〜〜〜!」

突然の悪い知らせに驚く光。



「実は今日で工事が終わるんだけど、その打ち上げに誘われちゃって……」
「それ……断れなかったの?」

「高校生の俺を無理して雇ってくれた恩もあるから、断りに断れなくて……」
「……」

「ごめん……家に電話したら晩御飯の買物に出かけてるって聞いたから、電話したんだけど……」
「……」

「本当にごめん!」
「……しょうがないね、飲み過ぎには気を付けてね」
「ああ、じゃあ帰りは遅くなるから……」
「本当に気を付けて帰って来てね……それじゃあ」



ピッ!



光は携帯を切った。

「……馬鹿……」

光の表情はさっきとは一転して暗くなってしまった。



そして夜。

「いただきま〜す!」
「……いただきます……」

元気の良い恵の声とは対照的に光の声は暗い。


あれから気合いを入れ直して晩御飯の材料を買ってきて作ったものの、
やっぱり公二に食べて欲しかった光はどうしても気分が落ち込みがちになってしまう。

今日の晩御飯はコロッケと大根の煮物。
どちらも前から作ってみたかった初挑戦の料理。
公二の母にはやり方だけを教えてもらって全て自分で作った。
形はいびつになったが味は合格点を上げられるものになった。

ちなみに公二の父は中学校の同窓会ということでやっぱりいない。
公二の母と恵と3人での晩御飯になった。



光の表情から光の気持ちを感じ取った公二の母が光を慰める。

「光さん、公二を恨んじゃ駄目よ」
「えっ……」

「社会でのつき合いって大変よ。家庭があっても断れない事だってあるわ……」
「……」

「家庭を優先して欲しい気持ちはとてもよくわかる。でもそれで公二に負担をかけたくないでしょ?」
「……うん……」

「だからってあなただけが我慢してもだめ、お互いが少しずつ我慢することが大切だと思うの」
「そうですよね……」

確かに公二の母の言うとおりだ。
高校卒業して社会にでればこんな事がもっとあるだろう。
そのたびに不機嫌になっては精神的にもたない。
公二も自分たちのために頑張ってるし、そのためのつき合いでもある。
自分もそういう公二の立場・心境を理解しないといけない。

光はおぼろげにそんなことを感じていた。
しかしあくまでおぼろげ、本当に理解するのはまだまだ先のことだろう。



「ママ〜、コロッケもういっこ!」
「えっ!」
「えっ!」

恵がコロッケをねだった。
光はもちろん公二の母も驚いた。
恵には事前に食べる分を配ってある。
その上で恵がおかわりをするのは初めてだったのだ。

「そんなに美味しいの?」
「うん!おいしい!」
「ありがとう……うれしいな……」

笑顔いっぱいの恵。
それを見ておもわずちょっと涙ぐんでしまう光。

「自分が作った料理が『おいしい』って言われるのって何度言われても嬉しいものよね」
「恵がこんなに『美味しい』って言ってくれて……うれしい……」

はじめてのおかわりで光はちょっとした感動を受けていた。
これで涙ぐんでしまうのはやっぱり光の泣き虫が残っているせいかもしれない。

さっきの光の暗さはまったく無くなってしまっていた。

恵の笑顔が光を元気づけていた。

そう、それは光の笑顔が公二を元気づけるかのように。



そして晩御飯が終わった。
恵は一人でおとなしくテーブルに座って光の後片付けが終わるのを待っている。

光は公二の母と一緒に食器洗い。
昔に比べればだいぶ慣れてきた。
時間も短くなったし、さらに綺麗に洗えるようになってきている。

「光さん。公二が帰ってきたら思いっきり甘えちゃいなさい」
「えっ?」
「いつものように『寂しかった〜』とか言って抱きつけば、公二もわかってくれるわ」
「……はい……そのつもりでした……」

顔をまたもや真っ赤っかにしてしまう光。
やっていることは大胆極まりないが、人に言われるとやっぱり恥ずかしくなってしまう。

「でも今日はそれだけよ」
「えっ?」

「公二はいつも以上に疲れてるはずよ。だから夜は休ませてあげなきゃ」
「それって……」

「いくら甘えたくても、今晩、誘惑なんかしちゃだめってこと」
「な、なんで気が付いちゃったの……」
「女の勘よ」
「……」

「駄目よ、公二は疲れてるんだから。そういうことは明日にしなさい」
「……は〜い……」

公二の母は光の母同様に光のことはお見通しになっていた。
もしかしたら光の行動パターンは意外とわかりやすいのかもしれない。



そして夜9時

「ただいまぁ〜……」

公二が帰ってきた。
顔はほんのり紅い。
どうやらお酒を飲まされたようだ。
でも言葉は普通なところから、酔いどれる前にお酒をセーブできたらしい。

「おかえりなさ〜い!」

光は急いで玄関に走って行く。

「ごめんな、晩御飯キャンセルしてって……うわぁ!」
「え〜ん、寂しかったよ〜」

光は公二に思いっきり飛びつく。
そして顔を公二の胸に埋め込んで思いっきり抱きしめる。

「お、おい!今日はどうしたんだよ」
「だって、だって、だってぇ……」

ちょっとだけオーバーに甘える光。
これも公二の母のアドバイス。

「ごめん……でもこれだって必要なんだぞ」
「わかってるけど……」

「でもかなり寂しがらせちゃったな……今日の埋め合わせに来週デートでもするか?」
「えっ!」

「恋愛映画でもみて、帰りに光の手料理の材料の買物……いいだろ?」
「うんうん!」
「そんなんで許してくれるかな?」
「もちろんだよ!」

光は満面の笑顔だ。
公二もその笑顔をみてようやく安心した表情をみせる。



光は公二の体から離れる。

「あなた、今日は疲れたでしょ?お風呂に入って寝たら?」
「そうだな……お風呂に入ったら寝るかな……光と」

公二は光の腕を掴み自分のところに引き寄せる。
そして今度は公二が光を抱きしめる。

「えっ……それって……」
「今晩……いいだろ?」

公二は光の耳元でそっとささやく。

「でも疲れてるんじゃ……無理しなくて」
「な〜に、光の笑顔を見たら疲れなんて吹っ飛んだ……」

光の顔がみるみる紅くなる。

「もう、調子にのっちゃってぇ……」
「旦那の帰りが少し遅いぐらいで寂しくなる甘えんぼさんが寂しくならないようにしないとな」

「じゃあ、思いっきり甘えちゃうよ……覚悟してね♪」
「ああ、おもいっきり甘えていいからな」

色気を含んだ声で会話をする二人。
そして腕をがっちりと組んで自分たちの愛の巣へと向かう二人。

どうやら姑のアドバイスは効果を発揮しすぎてしまったようだ。
いや、いくら姑でも二人の愛情の深さは予測できなかったかもしれない。


そしてこの晩の二人は…………手の施しようがないとだけ書いておきましょう。
To be continued
後書き 兼 言い訳
第20部初夏の学校を中心に書く予定です。

記念すべき100話なのですが……
なんでこんなに煩な話なんだぁ?
甘い話を書こうとおもったらなにか変な展開に(汗
まあいいや(こら

今回は光を中心に書いてみました。
しかし久々に登場の公二の母、いわば光の姑。
変にものわかりがいい気がするがそこはご愛敬ということで。

とにかくおかげさまで話数が3桁に突入してしまいました。
これも皆様のおかげだと思っています。
今後どれだけ書けるか保証はできませんが、頑張って書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

次回はまだ不明です。
展開上どんな話でもOKなので書けたらすぐに公開する予定です。
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