第100話目次第102話
インターハイが近づいてくる。

3年生にとっては最後の大会。
2年生にとっては来年のための大会。
1年生にとっては高校になって初めての大会。

この大会に部活を頑張っている人が大半だと思う。

しかし、大会の前にまた大きな戦いが待っている。
それは大会に出るための部活内のレギュラー争い。

この戦いに勝たないと大会すら出られない。
折角だから出たい。

だからこの時期の2,3年生の練習の熱の入れようは半端ではない。

もしかしたら大会直前よりも力が入っているのかもしれない。

ひびきの高校の運動系部活もそんな時期に入ってきている。

今年もグラウンドや体育館では熱い戦いが行われている。

太陽の恵み、光の恵

第20部 初夏の学校編 その2

Written by B
ひびきの高校のテニスコート

(負けたくない、負けたくない……)

美幸はレギュラーを決める部内のリーグ戦の戦いの場にいた。

テニス部レギュラーは個人戦シングルに2人、ダブルス1組、団体戦でダブルス1組、シングルス2人。
合計8人がレギュラーとなる。
一方女子テニス部の2,3年生の人数は合計15人
それぞれに補欠が必要としても何人かは大会に出られない。

シングルス、ダブルスとどちらかを希望してその中でリーグ戦を行い上位からレギュラーとなる。

今年はダブルスに4組8人、シングルスに7人。
美幸はシングルスを選んだ。
理由は簡単。
「ダブルスだと相手に色々なことで迷惑をかける」という理由だ。



レギュラー入りを目指した7分の4の争い。
しかし美幸は断然不利だった。
実力的には美幸が一番下だからだ。
1年生のときにあまり部活に出ていなかったことが多大に影響をしている。

1年のころは負けてもいいやと思っていた。
しかし、今年は違う。
勝ちたい。絶対に勝ちたい。

手紙ですみれに誓ったことがある。
先週すみれに手紙を書いた。

「すみれちゃんへ

 美幸、来週から部活のレギュラー決めの試合があるの。

 でも、正直に言って勝てる自信がない。
 もしかしたら1勝どころか1セットも取れないかもしれない。

 でも美幸、決めたんだ。

 美幸、絶対に最後まで諦めない。

 最後の最後まで勝つつもりで戦う。

 すみれちゃん、言ってたよね。
 失敗したときのことは考えない。
 いつも成功した時を考えてそれに向かって頑張る、って。

 美幸も勝つことしか考えない。
 そして絶対に勝ちたい。

 また試合が終わったら手紙を出すね」



すぐにすみれから返事が来た。

「美幸さんへ

 お元気ですか?
 今サーカスは少しずつ北に向かって公演を行ってます。

 テニスの試合なんですね。
 私テニスのことはよくわからないですが、頑張ってくださいね。

 諦めずに頑張ればきっと良いことがありますよ。

 ごめんなさい。
 私からはこれぐらいしか書けません。
 でもサーカスから美幸さんが勝つのをお祈りしてます。

 お返事楽しみにしてます」


(美幸は去年の美幸じゃないんだ!)

すみれとの手紙は美幸に常に前を向くことを教えてくれた。
諦めないことを学んだ。
常に頑張ることの大切さを感じた。

すみれと出会ってから部活は毎日でている。
勉強も頑張っている。
運悪くなってしまったクラス委員もなんとかやってきている。

この試合はそんな美幸のこれまでの2ヶ月を総括するような気持ちでいた。

(負けない!絶対に負けない!)

美幸の戦いが始まろうとしている。



そのころ体育館では。

「じゃあ、これからレギュラーと控えで練習試合をするから準備して」
「「「はい!」」」

女子バレー部が紅白戦を行おうとしていた。

団体競技の場合は、チームのコンビネーションが重要になる。
従ってテニスのような個人競技とは違ってある程度早めにレギュラーが決まる。

しかし、逆に団体競技はそれで全てが決まるわけではない。
調子が悪ければスタメンから控えに落ちてしまうこともある。
エントリー直前でも、急成長すればレギュラー入りのチャンスが残っている。

可能性は小さいがわずかな可能性に賭けて頑張る人がいる。
それが自分たちの地位が安泰ではないことをレギュラー陣に教えてくれる。

(絶対に負けない……)

花桜梨は控えのセッターの地位を確保していた。
だからこのままいけば大会ではベンチ入りはできる。

しかし、それで満足する花桜梨ではない。
どうせならスタメンで出たい。難しいのはわかってる、しかしそのぐらいの気持ちでいたい。
だからレギュラー発表のあとも特に試合では張り切っている。

(出たい、絶対に試合に出たい……)

今日も花桜梨はボールを一心不乱に追う。



団体競技と言えば武道系も団体戦がある。
剣道や柔道は5人もしくは7人の団体戦がある。

こちらはコンビネーションとかは関係ない。
完全な実力勝負。
強い人がレギュラーの座を手に入れる。

当確線上の人は調子のいい人を選ぶこともありえる。
だからこちらもエントリー直前まで練習に力が入る。

ここで問題が一つある。
レギュラー当確、実力がある人が調子が悪い場合がある。
調子と実力、どちらをとるのか。
監督の決断のしどころになる。

ひびきの高校の男子剣道部でもそんな問題に直面していた。

「おい、いったいどうしたんだ?」
「……」

実は純一郎は2年になってからスランプに陥っていたのだ。



子供の頃から剣道に打ち込んできた純一郎の実力は部内でも有数だ。
早くからレギュラーが当確していた3人のうちの一人だ。

その純一郎が勝てない。

技術は申し分ない。
怪我は全くしていない。
病気でもない。

でも勝てない。

具体的に何がおかしいかはわからない。
しかし試合を見ているとどうもなにかがずれている。

練習試合でもまったくうまくいかない。

技は鋭いように見える。
スピードも早いように見える。
タイミングも問題無いような気がする。
力も力強そうだ。

しかし一本が決まらない。



「どうした?調子が悪いのか?」
「そんなはずはないのですが……」

自分でもなぜ勝てないのかわからないのでどうしようもない。
こうなると原因探しは普段は滅多に入らない精神論の範疇にまで及んでしまう。

「とにかく今日は休め。頭を冷静にさせた方がいいかもしれないな」
「……すいません……」
「まあいい、誰でも経験することだ……」

結局この日は純一郎はコーチの進言もあり早めに部活を切り上げた。



「時間がないな……」

純一郎がいなくなった後、コーチがつぶやいた。

「エントリーまであと少し、そこまでに直らないと……う〜ん」

このままでは本番では勝てないかもしれない。
しかし、実力者だけに本番ではなんとかなるかもしれない。
そこは試合になってみないとわからない。

入れるべきか入れないべきか。

コーチの悩みはしばらく続く。



「さあて、今日も頑張るぞぉ!」
「せ、先輩、もうなんですか……」
「何か言った?」
「い、いえ、なんでもありません……」

野球部が練習しているグラウンド。

今日も楓子による小悪魔のノックが始まる。

「いくよ〜♪」
「「おおっ〜!」」

部員達の気合い半分諦め半分の声が挙がる。

カキーン!カキーン!カキーン!

楓子の電光石火のノックが始まる。

スピードが速い。回転が鋭い、距離が届かない。
誰もボールを取れる人がいない。

「みんな小学生以下だよ〜♪」
「「おおっ〜……」」

楓子の罵倒に誰も反論できない。
しようものなら、急所への一撃を覚悟しなければいけないからだ。
しばらく楓子の独壇場になっている。



さて、後輩マネージャーの友梨子はというと、
なんと楓子の補助をしている。

「先輩、はいボール」
「ありがとう♪」

ボールを渡したり、戻ってきたボールを集めたり。
至って真面目に手伝っている。


しかしひとつだけ特殊なところがある。

「ちょうど1時間ね……」

友梨子は時計を見てノックの時間を計っていた。

「さてと……終わりにしますか……」

1時間経っていることを確認すると友梨子は楓子に近づく。



「先輩」
「な〜に?」


「あそこに空飛ぶカメレオンが!」


「えっ?えっ?えっ?どこどこ?」


友梨子が空を指差す。
楓子は辺りを探し出す。

その隙を狙って、友梨子はすかさずポケットから黒い物体を取り出す。



バチバチバチバチバチバチバチバチ!



「うぐぅ……」

楓子は突然倒れてしまう。

「ふうっ……無事に……終わったのかなぁ……」

友梨子は倒れた楓子を見ながら冷や汗を拭いていた。



彼女の右手に持っているのはスタンガン。

前に楓子が友梨子に頼んだこと。それは、
「スタンガンでも何でもいいから、頃合いを見て私を止めて欲しい」
というものだった。

さすがに最初は友梨子も断った。
しかし次の日に楓子にスタンガンを持参して頼まれてしまい断れなくなってしまった。

これはかなり命がけ。
タイミングを外すと自分が楓子のノックの餌食になってしまうからだ。
現に最初は楓子にボコボコにされてばっかり。
しかし、友梨子が楓子の気を紛らわす方法を見つけてからは、10回に9回はうまくいっている。

(ほんと、先輩って爬虫類とお菓子の話題に弱いんだよね……)



「お〜い、はやく片づけてバッティング練習の準備よ〜!」

友梨子はノックの疲れで倒れている部員達を叱咤する。

「先輩が体張って頑張ってるんだから、自分たちは死ぬ気で練習しなさいよ!」

友梨子はメガホンで怒鳴り散らす。
部員達はへろへろに立ち上がりながら友梨子に言われるままに準備を始める。

他の部と違い、甲子園の予選はまだ先。
今はいつもと変わらない練習風景がここにはあった。



「う、う〜ん……」

楓子は部室の中で目を覚ます。
ようやくスタンガンの衝撃から立ち直ったようだ。

楓子がいない間は友梨子が部を強引に仕切っているので心配はしていない。
自分が気を失うことを想定して友梨子に指示を与えているからだ。

「さて、グラウンドに行かなきゃ……」

楓子は部室を出てグラウンドに出る。
グラウンドではいつもの練習風景。

「今日も頑張ってるな……あれ?」

楓子はそんな練習風景にいつもにはいない人を見つけた。

「えっ?純くん?どうしたんだろう?……行ってみよう……」



「はぁ……」

純一郎はグラウンドのをじっと眺めていた。
部活を切り上げたのだが、そのまま家に帰る気分にはとてもなれない。
そこで、目についた野球部の練習をじっと見ていたのだ。

「純くん?」
「あっ……佐倉さん……」

そんな純一郎の背中から楓子が声をかける。
振り向いた純一郎の表情は明らかに暗かった。

「ねぇ、部活は?どうしたの?」
「……おかしいんだよ……」
「えっ?」
「何をやっても、どれだけ練習しても結果が出ないんだよ……何でそうなるかわからないんだよ……」
「……」
「俺、どうしたらいいんだろ……」

楓子も純一郎がスランプになっていることがなんとなくわかった。
それなら純一郎の落ち込みようも納得できる。

楓子は自分なりのアドバイスを送る。

「う〜ん、まずは頭の中から剣道を消したら?」
「えっ?」
「もしかしたら頭の中が剣道でこんがらかっちゃったんじゃないかなぁ?」
「……」
「そして、もう一度最初に立ち返っ「無理だよ」」
「えっ?」

楓子の話を純一郎がすぐに遮った。

「俺、小学校に入ってすぐに剣道を始めたんだ……もう11年目だ……」
「そんなに……」
「小学校、中学校と剣道に夢中だった、楽しくてしょうがなかった……」
「そうなんだ……」
「そんな剣道を一時的とはいえ、頭から消すことなんて……できないよ……」
「……」
「……」

楓子はそれ以上何も言えなかった。

結局楓子は何も言えず、純一郎も何も言えず沈黙が続いた後、
そのまま別れてしまった。



「ふうっ……さっぱりした」

花桜梨がシャワールームから出てきた。
Tシャツにジャージ、頭にバスタオルを巻いてリラックスしている。

「あっ、花桜梨さんおつかれ〜」
「キャプテン、お疲れ様です」

花桜梨の後からキャプテンがシャワールームから出てきた。
キャプテンのポジションはセッターで花桜梨と同じだ。

「いやあ、今日は危なかったわよ、下手したら負けてたわよ」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」

練習試合は3−1でレギュラー組の勝ち。
スコアでは見えないがどのセットも接戦だった。

今日の試合でキャプテンは控えがかなり強いというのを感じていた。
花桜梨はいくら競った試合でも結局最後は勝てない、レギュラーとの差があるのを感じていた。


「でも花桜梨さんのトスに何度も惑わされちゃったわ」
「いえ、キャプテンみたいに精度が良くないですから……」

花桜梨が入部してから、キャプテンには何かと親切にしてもらった。
ポジションが同じということもあるのだが、仲がよいしアドバイスもたくさん受けた。
1年の秋という非常に遅い時期に入部した花桜梨がここまでこれたのもキャプテンのおかげと思っている。

「花桜梨さん、大会ではいざというときお願いね」
「私が出なくてもキャプテンなら大丈夫ですよ」
「うふふ、ありがとう」

笑顔でかわす二人。
こちらはいつでも準備万端といった雰囲気だ。



それから2日後の放課後。

「……ぐすっ……ぐすっ……」

練習が終わった、女子テニス部の部室内。
薄暗い部室で美幸が一人、ひっそりと泣いていた。

「……くやしいよぉ〜……」

試合の結果は6戦全敗。
奪ったセットも2セットしかない。まさに完敗の連続だった。

負けた直後は仕方がないと思っていた。
自分の実力は十二分にわかっているつもりだったから。

しかし、部室に戻って着替えたりして時間が経つに連れて悔しさが段々と沸いてきた。
ついには耐えきれずに泣き出してしまった。

「……美幸、みっともないよぉ……」

こんなに悔しい思いをしたのは初めてだった。
悔しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。

「……美幸、強くなるんだぁ……次はきっと……」

美幸はまた明日からの成長を誓っていた。



そしてその晩、
美幸はすみれに手紙を書いた。



「すみれちゃんへ。

 試合が終わりました。
 結果は……駄目だった。

 美幸は諦めなかったよ。
 最後の最後まで頑張ったよ。

 簡単には勝てないことはわかってた。
 でも悔しい。
 すごく悔しい。
 悔しくて部室で泣いちゃった。

 次は絶対に勝つんだ。
 もうこんなにみじめな思いはしたくないの。

 頑張る。
 すみれちゃんに負けないように頑張る。

 美幸はテニス。
 すみれちゃんはサーカス。
 やってることは全然違うけど一緒に頑張ろうね!」



美幸のインターハイは大会前に終わってしまったが、もう次の大会に向かって走り出していた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
実質第20部の最初のお話は、3回目の運動系部活のお話です。

本編と違い光が帰宅部なので、純一郎、美幸、花桜梨、楓子の4人がメインです。

私は文化系部活でしたので、インターハイのことはよくわからないのですが、
インターハイ目前(正確にはエントリー目前)の部活ってこんなもんかな?って書いてみました。

ちなみに純一郎のスランプは72話にちょこっと書いてあったりして(汗
あと最後の美幸の手紙のすみれからの返事はあえて書きませんでした。
お好きに想像して下さい。

さて、次は琴子の2Fの話か、恵とほむらの話か。
できた方を先にUPしようかな。
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