第101話目次第103話
「ん?最近水無月は目立ってないな?どうしたんだ?」

「……」

クラス担任でもある先生の古文の授業
最近クラスメイトから賞賛の声が聞こえない琴子を差してこういった。

「もしかして調子悪いのか?」

「そんなことないです……それで問題は?」

しかし琴子はそんな担任の言葉を冷たく突き放す。

「あ、ああ。次のページの漢文の読む順番を黒板に……」

「はい……」

我に返った担任は問題を当てる。
琴子はそれに対して普通に答える。

(水無月さん……もしかして……怒ってる?)

そんな琴子を隣で見ていた文月はそんなことを感じていた。

(水無月さん……いらだってるのかなぁ?)

太陽の恵み、光の恵

第20部 初夏の学校編 その3

Written by B
あの事件以来、琴子を変な尊敬の眼差しで見ている人はいなくなった。

しかし、まだ琴子がクラスにとけ込んでいるように見えなかった。

あれからはいつもクラスメイトと一緒にお昼を食べている。
あれからはクラスメイトの話の中に入ろうとしている。

しかし、まだなにか壁のようなものが琴子との間にあるような雰囲気がある。

そりゃそうだろう。
ついこの前まではある意味ベルリンの壁以上の厚さの壁があったというのに、
それがなくなったとたんに急に仲良くなることなんてそうあるわけではない。



そもそも琴子がそんなに積極的な性格ではないことも大きい。

(まあ、性格的に無理もないとは思うけどなぁ)

そこで間に入っているのが文月である。
文月は琴子が話しやすいように話題を変えたり、話を振ったり気を遣っている。

琴子もその気遣いがわかっているようで、そこでうまく流れに乗ろうとしている。

(話が合わないのは俺でもどうしようもないな……)

しかし、クラスメイトとの話がうまくかみ合わない。

そもそも琴子はクラスでの話の中心となる流行の話題にまったく興味がない。
それだけ自分を確立しているのだからそれはいいのだが、会話となるとちと問題がある。
それが原因で話の内容についていけないのだから。



「なにかいい方法はないかしら……」
「そうね、あまり意識しない方がいいんじゃない?」
「えっ?」

そんな琴子は最近花桜梨に相談ごとを持ち込むようになった。
この日のお昼休みもクラスメイトとのお昼のあとに、琴子が花桜梨を誘って屋上にいた。

「わからない話は無理して話さなくていいのよ」
「えっ?でも、それじゃあ……」
「誰もが全部の話がわかるわけじゃないわ、不得意な話題なんて誰だってあるわよ」
「そうよね……」

最近は光よりも話す回数が多いかも?琴子はそんなことすら思うほど花桜梨と話をしている。

「私も苦手な話は無理に話さずに聞き手に回ってるわ」
「そんなのでいいの?」
「ええ、途中で相づちをいれるぐらいでいいと思う」
「相づちねぇ……」
「それで相手も聞いてくれてるって安心するから」
「なるほど……」
「話す人と聞く人がいて会話が成り立つから。聞くことって結構大事だと思う」
「ありがとう、今度からそうして見るわ」

去年の光との一件、そしてこの前の出来事。
琴子は本当に花桜梨に助けられた。
そのたびに花桜梨への信頼がさらに強まっている。
ただ琴子としては、あまりに頼りっぱなしだと痛感はしているのだが。



気持ちが楽になった琴子はお昼休みも残り1/4ぐらいの時間に教室に戻ってきた。
戻ってきた琴子にクラスの女の子が近づいてきた。

「水無月さん、ちょっといいかしら?」
「ええ、いいわよ。どうしたの?」
「いま、花瓶に花を入れて教室に飾ろうと思うんだけど、見てくれない?」
「良いわよ。これがそれね?」
「うん、私がやったんだけど、なんかうまくいかなくて」

教室の後方の低いロッカーの上に花瓶が置いてあった。
どうやら学校の花壇から花をもらってきたらしい。
色々な花が賑やかに咲いている。

「そうねえ……これなんてどうかしら?」

琴子は花瓶の前ですこし思案した後、花の配置を変え始めた。
慣れた手つきで花がさっきよりも綺麗に見えるようになっていく。

「ふ〜ん、こうするといいんだ……」
「花ってバランスが大事なのよ。でも難しいのよね……」
「水無月さんって、茶道だけじゃなくて華道もやってたの?」
「ち、ちょっとだけよ。かじった程度だけど」

「へぇ〜、やっぱりそうか〜」
「えっ?」
「だって、水無月さん、手つきが慣れてるからもしかしたらって思ってたんだ」
「そうかしら?」
「そうよ。さっき私がやったけど、こんなにテキパキとできなかったわよ」

こうして琴子が配置した花瓶の花はしばらくは教室の後に飾られることとなる。



「おっ?うしろにある花瓶は綺麗だな。ああいうのがあると教室も華やぐな」

午後の最初の授業は英語。
その英語の先生がさっそく琴子作の花瓶に気が付いた。

(……悪くないわね、こういうのも……)

さすがに誰が作ったのかは聞かなかったが、言われた琴子も悪い気がしない。

「じゃあ、昨日の続きを進めよう。さっそくだけど水無月さん」
「えっ?私ですか?」
「そう。昨日の続きのところの訳を言ってみて」

こういうときに限って当の本人が当たるものである。

「え〜と、『マイクは昨日までは元気に野球をしていたが、今日は元気がなく……』」

自分の予習ノートをみて訳をすらすら答える。
ところどころに表現違いがあるものの、ほぼ正しいといえるものだ。

「うむ、ほぼ正しいな。じゃあ、一つずつ解説していくぞ、まず最初に……」

先生は黒板に文章を書いて解説を始めた。

(……ようやく普通にできるのね……)

琴子は正しい答えだったがもう変な賞賛の声は挙がらない。
あの嫌な思いをもうしなくてすむ。

あれからもう何日も経っているが自分が授業で答えたときはそんな思いをいまだしている。



その英語の授業の後
次の準備をする琴子はクラスメイトから話しかけられた。

「ねぇねぇ、水無月さん」
「えっ?何かしら」
「あの花って水無月さんが持ってきたの?」
「違うわよ、私は頼まれて並びを変えただけよ」
「そうなんだ」

本当に短い会話。
しかし、琴子はつい最近までこれすらなかった。

「そうそう、どこかいい和菓子の店って知らない?」
「和菓子?」
「うん、今度おばあちゃんが田舎から家に来るんだけど、おばあちゃんって洋菓子苦手だから」
「そうねぇ、それだったら駅前の通りの裏にある店がいいかも」
「それってどこ?詳しく教えて」
「じゃあ、地図を書くわね、え〜と……」

琴子はノートの1ページを破って地図を書きクラスメイトに渡した。

「ありがとう!さっそく行ってみるね」

彼女は大喜びでお礼を言って、紙を大切そうに鞄にしまっていた。
それを琴子は楽しそうに見つめていた。

さらにいうと、琴子は最近までクラスメイトに相談すらされたことがなかった。
だから、相談されると親切に答える琴子だった。



放課後
琴子は帰り支度を終えて教室から出ようとしていた。
後の席の女の子が声をかける。

「水無月さん。なんか茶室って工事してるみたいだけど、部活は?」
「今、畳の張り替えをやってるの。だから部室は休みよ」
「そうなんだ、じゃあそのまま家に?」
「ううん、ちょっときらめきまで出かけようかと思って」
「ふ〜ん、じゃあまた明日」
「ええ、また明日」

教室での会話が本当に多くなった。
教室からでる琴子はそんなことをつくづく感じていた。



学校からそのままひびきの駅に着いた琴子は電車に乗ってきらめき市に向かう。
隣の市だから時間にして10分もかからない。

琴子はドアの端に立って流れる景色を見ていた。

「この町も変わっていくのね……」

この電車には何度も乗っている。
ガラス越しにみえる風景も何度もみている。

なにげない風景。
しかし、よく見ると少しずつ変わっている。

線路脇の大きな看板が変わっている。
いつの間にか新しい建物が立っている。
あそこではなにか工事をしている。

ふと思い起こすと昔の風景とはまったく変わっている。
ひびきのに引っ越してきてからもう4年。
この風景はこれからも変わっていくだろう。
そして電車に乗る人も変わっていくだろう。

「私も……変わらないといけないのよね……」

琴子がガラス越しに見ていたのは、風景よりも昔の自分自身なのかもしれない。



きらめき市についた琴子。
さっそく駅ビルのデパートに向かう。

デパートとはいっても部活に使う茶器を探すだけで実際に買うわけではない。
あとで欲しい物をまとめて購入するからだ。

琴子は何度か品定めをするとテキパキと欲しい物を決めていく。

「よし!これで欲しい物は大丈夫ね……じゃあ駅に戻りましょうか……」

メモに欲しい茶器のリストを作成した琴子はメモを鞄にしまう。
そして用事が済んだのでデパートから出る。



地上に降りた琴子は駅前の広場を見回す。

「ここの駅ってやっぱり広いわね……あれ?」

ひびきの駅よりも広い駅前広場。
そこで琴子は何かを見つけた。

「文月くん……何やってるのかしら?」

見るとクラスメイトの文月が何か女性と話しているようだ。

遠くなのでよくわからないのだが女性は嫌そうな顔をしている。

「まさか……ナンパ?」

ちょっと興味がある琴子は気が付かれないように彼がいる噴水前に向かう。



近くについた琴子はこっそりと彼の行動をみつめる。
彼はなにやら色々と話をしているが、彼女は怒った様子で返事をしている。

「やっぱりナンパね……まったく、なにやってるのかしら……」

思わず頭を抱えてしまう琴子。

「しかし、あんな美人で大人な女性にナンパなんて無茶よ……えっ?」

文月がナンパしている相手はロングヘアの美人だった。
顔つきが大人の女性という感じの美しさ。
しかもスタイルは服の上からみても抜群であることがよくわかるほどだった。



しかし琴子が驚いたのはそこではない。

「あの制服……きらめき高校じゃないの!……」

その女性が地元であるきらめき高校の制服を来ていたからだ。

「……」

琴子は何も言えなくなった。

理由は2つある。
ひとつは、色気がありスタイルも抜群の大人の女性が自分とおなじ高校生であることの驚き。
もうひとつは、そんな女性、しかも他校の子にナンパしている文月への呆れ。



琴子が呆れているとは思ってもいない文月は懸命にナンパしていた。

「だから、少しぐらいいいじゃない」
「何度言ったらわかるの?私はあなたとつき合うほど暇じゃないの」

女性はほとほと文月にあきれているみたいだった。
どうやら同じ事を何度も言われているらしい。

「だったらいつ暇なの?」
「私はあなたのような男とつき合う暇などないってことよ、わかる?」

「わかんねぇなぁ。俺でも十分だとおもうぜ」
「私につりあうにはもっとセンスを磨かないと駄目ね」

「俺のどこがセンスが悪いわけ?」
「自分の身の程がわからないような男はお断りよ!それじゃあ!」

女性は文月に背中を向けて歩き去る。
歩きからからして怒っているのはよくわかる。



「自業自得だけど……ちょっとおかしいわね……」

ベンチに座って文庫本を読んでいる振りをして最後まで見ていた琴子は少し笑っていた。

ナンパに失敗して呆然と立ちすくんで女性の背中を見送っている文月の姿がなんとなく哀愁を漂わせておかしかった。

「でも、笑えないよね……」

琴子は文庫本を鞄の中にしまう。
そしてすっと立ち上がる。

「私もあんなに積極的だったら……」

そして、ゆっくりと歩き出す。



文月は一人で立ちつくしていた。

「あ〜あ、また失敗かぁ……みっともないなぁ……」

今日は何回かアタックをかけていたみたいだ。
しかし今の状況からわかるように全戦全敗だった。


「ホント、みっともないわね」
「うわぁ!」


文月は背中から聞き慣れた声に驚く。
振り向くと腕組みして立っている琴子がいた。

「み、水無月さん……」
「ずいぶん無様だったわね」
「無様で悪かったな」

琴子のひやかしに文月も少し不機嫌になってみる。

「まったく、あんな大人の女性があなたのナンパに引っかかるわけがないでしょ」
「俺にはちょうどいいと思ったんだけどなぁ……」
「本気で言ってるの?どう考えても不釣り合いよ」


「あなたには意地っ張りで短気で積極的になれない女がお似合いよ」


「えっ?」
「どうかしら?」

意外な一言に唖然とする文月。
それに対して、にっこりと微笑む琴子。



琴子の真意がわかった文月はニコリと笑う。

「じゃあ、今から引っかかってくれない?」
「ええ、今日は特別よ。で、どこに連れてってくれるのかしら?」


「ああ、最近人気があるそこのカレーハウス」


「……」

最後の一言で琴子が突然固まってしまう。

「ん?どうした?」

琴子の異変に気づいた文月は琴子に尋ねる。

「ごめん、今日は帰る……」
「おい!いきなりなんだよ!」

突然駅に向いて歩き出す琴子に驚いた文月は琴子の前に立ちはだかる。



前を立ちはだかれた琴子は文月に半ば怒ったように答えた。

「ねぇ、私が辛いのダメだって、言わなかった?」
「あれ?そうだっけ?」
「言ったわよ!それも昨日!私はカレーも辛子もワサビもキムチもダメなの!」
「あそこの店は甘口でおいしいカレーもあるけど」
「私は甘口でもダメなの!」

とぼける文月。怒る琴子。

「でも、今誘ったのは水無月さんだよ?」
「うっ……でもカレー屋はダメ!他はどこでも連れてっていいから辛いのだけは駄目!」

確かに誘ったのは琴子だ。
間違いなく不利な琴子はやけくそ気味に言い放つ。

それを聞いた文月はしばし考えた後、ニヤリと笑う。


「じゃあさぁ……今からラブホテルに行かない?」


「いいわよ」


「えっ……」


「文月くんとだったら……いいわよ……」


「お、おい……」

文月はちょっとからかうつもりだった
しかし琴子が本気で受け入れてしまった。
文月はどうしていいかわからなくなり、なにも言えなくなってしまう。



「文月くん、本当で行く度胸がなかったらそんなこと言わない事ね」

それを見た琴子はニコリと笑う。
それをみた文月は琴子が冗談で言ったことにようやく気が付いた。

「……からかったな……」
「お返しよ」
「てめぇ!」

怒って追いかける文月。

「うふふふふ!」

笑って逃げる琴子。

端から見ていたらとても仲の良さそうな二人だった。



ちなみにこの二人は交渉の末、ラーメン屋に行くことに決まった。
文月はさっきの事があまりに悔しかったのかは琴子に見せつけるように劇辛ラーメンを頼んだ。
しかし、あまりに辛くて自爆したそうな。

ついていないときは、とことんついていないものである。
To be continued
後書き 兼 言い訳
久しぶりだなぁ(汗
F組の様子を書こうかと思ったらいつの間にか琴子のお話です。

う〜ん、うまくまとまってない(汗
まあこういうこともありますわな(開きなおるな

それでも少しだけ変わった琴子さんが読みとれれば嬉しいです。

さて、次はほむらの話だろうな。
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