第102話目次第104話
天気がいい平日の朝。

「ああ、はやく来ないかなぁ……」

ほむらが校門でうろうろしている。
右にうろうろ、左にうろうろ。本当に落ち着きがない。

生徒会長が校門にいると言っても別に始業時間ギリギリではない。
本来は登校する生徒の服装チェックが主な目的だが、今日のほむらはそんな気はまったくない。

「恵ちゃん、こねぇかなぁ……」

今日はほむらが楽しみにしている恵の登校日。
光に頼みに頼んで1週または2週間に1度のペースで恵を連れてきてもらっている。

よほど恵が気に入ったのか、ほむらはこの日を楽しみにしている。


「ほむらおねぇちゃ〜ん!」
「おおっ!」

しばらくするとほむらが待ちに待っていた声が聞こえてきた。

緑の服に黄色のスカート。
学校の制服と同じ色のコーディネイトをした恵である。
光と一緒に来たのだが、校門の前でほむらに向かって走り出したのだ。

ほむらは恵を抱きかかえる。

「元気だったかい?」
「うん!げんきげんき!」
「じゃあさっそく学校に行こうな?」
「わ〜い!」

ほむらは恵を抱きかかえたまま学校に入っていく。
光はその後を歩きながら追いかけていく。

ほむらの楽しい一日がまた始まる。

太陽の恵み、光の恵

第20部 初夏の学校編 その4

Written by B
これから1時間目が始まろうかとしている頃。

「これからお勉強だからおとなしくしてるんだぞ」
「は〜い!」

恵は教室の一番後のほむらの席でほむらの膝にちょこんと腰掛けている。
その隣の席では光が恵をしつけていた。

「静かにしていてね。眠くなったら寝てもいいから」
「は〜い!」

本来、光の席はほむらの隣ではなく教室の右端。
しかし恵が学校に来るときはほむらの隣に席を変えてもらっている。
ほむらは「あたしが面倒みるから大丈夫だ!」とはいうもののやっぱり不安だからだ。

「恵ちゃん。大きくなったらひびきのの生徒会長をやるんだぞ」
「は〜い!」
「……」

毎度の事ながら心配な光をよそに、ほむらはとても機嫌が良い。



そんな日の1時間目は世界史

「黄巾の乱の後……で後漢が滅んだというわけだ……」

先生の授業を恵はじっと見つめている。

もちろん授業の内容などわかってないに違いない。
ただ、真面目に授業をしている先生がなんとなく興味があるだけなのだろう。

「いやあ、飽きないなぁ……」

一方ほむらは授業などまったく聞いておらず、
恵の見ている顔をただ見ているだけ。

「ホント、可愛いんだよなぁ……」



そんな事をしていて教師に気づかれないわけがない。

「おい、赤井」
「へっ?」

突然名指しされ、ほむらは変な返事をしてしまう。

「なにが『へっ』だ、ちょうど良い。三国時代の三国をあげてみろ」
「げっ……」

はっきり言ってほむらは勉強が嫌いだ。
先生に指名されてもまともに正解が言えたことがない。

普通は速攻で「わかんねぇや、そんなもん」とか答えてしまうのだが今日は違った。

(め、恵ちゃんが見てるぅ!)

ほむらが差された時点で恵はほむらのほうを向いている。
じっと純粋な眼差しでほむらを見つめる恵。
その視線にほむらが戸惑ってしまう。

(かっこいいところをみせないと……ええと……)

なんとか答えようと普段使っていない頭をフル回転させるほむら。

(え〜と、三国時代って三国志だよな……だから、え〜と、その〜)

教師もクラスメイトも何も言わない。
本当を言うと珍しく必死に考えているほむらが新鮮で眺めていたこともある。

(あっ、そうだ!ゲームであったよな……え〜と、だから……わかった!)

ほむらがようやくひらめいたようだ。

「え〜と、晋と呉と蜀!」

「残念だな、一つ違ってるぞ」

「……」

茫然自失のほむら。
本当は正解を知っていたのだが、緊張のあまりに間違ってしまったらしい。

(……が〜ん……)

結局その日の世界史の授業はほむらは呆然としたまま受けることになる。



「しかし、あのときのほむらの顔ったら可笑しくって!」
「うるせぇ!あれでもあたしは傷ついてるんだ!」
「よく言うよ。昔から授業でまともに答えたことがないくせに」
「……」
「あはははは!」

時は流れてお昼の時間。

今日は茜が今日のために作ってきたお弁当をほむら、恵、光と四人で頂いている。
お重の2段重ねとおにぎりを作って持ってきたのだ。

「恵ちゃん。た〜くさん食べてほむらより大きくなろうね」
「は〜い、たくさんたべる〜!」
「茜、それって嫌みか?」
「うん、からかっただけ」
「……」
「あはははは!」

ほむらは不機嫌ながらも茜のお弁当は美味しそうに食べる。

「しかし今日のお弁当はうめぇなぁ!」
「一応、恵ちゃんのために添加物の食べ物は抑えてるんだよ」

茜のお弁当は恵の健康まで考えられたお弁当だった。

「へぇ〜、私も気を付けないとなぁ……」
「添加物のことはわからないが、とにかくうまければいいんだ」
「ほむらならそう言うと思ったよ」

美味しいお弁当と可愛い天使がいれば話題も弾むしとても楽しい。
それがお弁当をさらに美味しくする。

「おねぇちゃん。おべんとううめぇなぁ!」
「ほむら!恵がほむらの口調をまねしちゃったじゃないの!」
「えっ?別にいいだろ?」
「よくないわよ!恵をおしとやかな女の子に育てようと思ってるのに!」
「たしかにほむらみたいに育っては光さんもかわいそうだしね」
「なぁ茜、今日あたしが何かしたか?」
「うん、ボクのおにぎりまでほむらが食べたから」
「……」

なんだかんだ言い合っても楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。



そして午後最初の授業。

最初の授業は英語なのだがどうも先生の様子がおかしい。
授業の前に先生はいきなりほむらを差す。

「……赤井」
「なんだ?」
「私も2児の父だから今は子供がお昼寝の時間であることぐらい理解しているつもりだ」
「ふむふむ」
「今日はあの子が来ていることも知っているし、いまはお昼寝の時間であることもわかってる」
「そうそう」


「あの子は寝てていい。しかし、なんで陽ノ下まで寝てるんだ?」


「そんなこと言われても……」

教室の後方に恵のために引かれているカーペットの上で恵がシーツを掛けられて寝ている。
その恵の隣で光が寄り添うように寝ている。

「そんなことあたしに言われても知らないよ、陽ノ下が寝かしつける積もりが自分も寝ちまったんだから」
「誰か起こさなかったのか?」
「無理だ、恵ちゃんの手を陽ノ下が握ったまま寝てるから、下手に起こせねぇよ」
「でも授業が……」
「な〜に、あいつなら1時間ぐらいすぐに挽回するからほっときな」
「それならいいか……それでもあとで叱っておかないとな」

結局光はその英語の授業の間、ずっと恵と一緒にお昼寝をしていることになる。



「光、お前まで寝てどうするんだよ?」
「だってぇ〜、天気が良いし、お弁当でお腹はいっぱいだから眠くて〜」
「だからってなぁ……」

その日の放課後。

公二は午後の光の話に呆れていたところだ。

授業が終わって公二が2Eの教室にいたらなぜか光がいなかったのでそこで待っていた。
光がいなかったのは、お昼の件で職員室に呼ばれたからである。
怒られ、ぐったりして教室に戻ってきたところを公二に見つかり原因を問いつめたところ発覚したのだ。

「昨日寝不足だったのか?」
「見てたでしょ?あなたより先に寝たわよ」
「そうだったな、でも今度から昼寝するなよ」
「は〜い」



公二はふと気づく。
教室に恵がいない。
光が教室に戻ってきたときも、光は恵を連れていなかった。

「ところで恵は?」
「うん、ほむらと一緒にどこかに行ったはずだけど」
「どこに?」
「う〜ん、聞く前に職員室に呼ばれちゃったから……」

「まあ、赤井さんなら行く場所は限られてるからなぁ」
「この前は、生徒会室で『ゴットリラー』のビデオを見てたよ」
「その前は、屋上で『超戦士ドラゴンごっご』やってたよな」

「今日はどこだろう?」
「う〜ん……考えるより探した方が早いな」
「そうだね、まずは生徒会室から行こうね」
「そうするか」

公二と光は荷物をまとめると2Eの教室から出た。
そして恵の場所を探しに出かけた。



「よしよし、恵ちゃんは頭がいいなぁ」
「わ〜い、ほめられた〜!」

そのほむらと恵は電脳部のコンピュータルームにいた。

ほむらの膝の上に恵が座ってパソコンのキーボードを触っていた。
触っていたと言っても、ほむらが指定したキーを人差し指で押しているという程度なのだが。

「これからは子供もパソコンが使えないといけないぞ」
「は〜い!」
「こら!貴様は書きかけのメールに何をする!」

ニコニコのほむらと恵に対して、その後でメイは怒っている。
どうやら、メイが席を外した隙にほむらがメイの席に座ってしまったらしい。

ほむらは顔を後に向けてメイの方を向く。

「あれ?何も書いてないようだったけど?」
「だからこれから書こうとしていたのだ!」
「誰へのメールだ?」
「月夜見殿だ!昨日メールが来たのを知ってるはずなのだ」
「そいつか!それを早く言え!」
「早く言うも何もメールを見ればわかるのだ!」

ほむらとメイは言い合っていた。
二人とも恵の事をすっかり忘れていた。



そして二人とも我に返る。

「あれ?さっきの書きかけのメールはどうしたのだ?」

メイがふと画面を見るとさっきまであった書きかけのメールのウィンドウがない。

「は?あたしは何もしてないぞ」
「そういえばそうなのだ。じゃあ誰が……ん?」
「あれ?」

二人はほむらの膝の上を見る。

「わ〜い、おもしろ〜い!」

恵がマウスを持って滅茶苦茶に動かしていた。
マウスの持ち方もわしづかみに近い持ち方、それを動かすとマウスカーソルが動くのが面白いようだ。



それを見た二人は少し青ざめる。

「なあ……もしかして……」
「……まさか……」
「……」
「恵ちゃん。ちょっとメイに貸して欲しいのだ」
「うん」

メイは恵からマウスをもらうと手早くカーソルを動かす。
そしてメーラーの「送信済み」のフォルダを開けてみる。

「……」
「……」

案の定、先程の書きかけメールが送信されてしまっていた。
どうやら恵が偶然「送信」のボタンを押してしまったらしい。



「……じゃ!」
「こら逃げるな!」

ほむらはいきなり席を立ち逃げようとした。
メイがすかさず腕を掴んで逃げるのを止める。

「あたしは知らないよ〜」
「何を言うのだ!しかも恵ちゃんを放っておくな!」
「あっ、そうだ!恵ちゃん、帰るぞ〜!」
「は〜い!」

ほむらは恵を抱えるとコンピュータルームからいそいそと逃げ出した。

「貴様、あのメールはどうしてくれるんだ!」
「適当に謝っておいてくれ!」
「こ、こら……行ってしまったのだ」

追いつけないと悟ったメイは自分の席に戻る。

「まあ、あの山猿も悪いと思っているから許すのだ……」

再び新しいメールを書き始めるメイ。
しかし「2歳児が偶然送ってしまった」ということを信じてもらえるのか文章に頭を悩ませることになる。



そのころ公二と光はまだ恵を探していた。

「あれ〜?どこなんだろう?」
「生徒会室にもいないし、屋上でも、体育館でも、校長室でもない……」
「他に思い当たるところはない?」
「う〜ん……」

コンピュータルームの事をすっかり忘れている二人だった。
そんな二人の耳に恵の声が飛び込んできた。

「パパ!ママ!」
「あっ、恵!」
「赤井さん!」

向かいからほむらが恵を抱えて走ってきた。

「よお!遅くなったな、恵ちゃんは返すぜ」

ほむらは恵を光に渡す。
光はなにがなんだかわからず恵を抱える。

「ところで今日はどこに行ってたんだ?」
「まあ……あちこちだ」
「それじゃあわからないよ〜」
「すまん、今日は用事があるから!」
「ほむら!ちょ……行っちゃったよ」

ほむらは逃げるように帰ってしまった。

「なあ、何があったんだ?」
「さあ?……恵、今日はどこに行ってたの?」
「あのね、ほむらおねえちゃんが『おもちゃのへや』につれてってくれた!」
「?」
「そこにメイおねえちゃんもいておもしろかった!」
「?」

なにがなんだかわからない二人。
ちなみに今日の出来事の詳細は、翌日ほむらに文句を言いに来たメイから聞くことになる。



「……帰ろうか?」
「……うん」
「かえろ〜!」

とにかく3人揃ったので帰ることにする。

「ねえ、あなたもわたしもバイトがないし、ちょっと寄り道しない?」
「そうだな、折角だからどっか行くか?」
「やった〜!それでどこに行く?」
「映画、恵の好きなアニメでも見ようか?」
「わ〜い!あにめ、あにめ!」
「じゃあ決まりだね♪」

行く場所が決まったところで、さっそく駅前に向かう。



公二と光はその道すがらどの映画を見るか相談することになった。

「え〜、あれ?あれってテレビは『親が子供に見せたくない番組』の1位になったみたいだけど」
「でも映画はどこかの賞をとったみたいだぞ」
「どっちが正しいんだろう?」
「そんなの関係ないだろ?」
「えっ?」

「見せたくない理由は大体『子供が真似するから』だろ?」
「そうそう、そう新聞に書いてあった」
「子供は何だって真似するんだよ。問題はそれを定着させないことだろ?」
「うんうん」

「『子供が変な言葉を使うから』とか言うけど、親が普段、綺麗な言葉を使えば問題ないと思うけどなぁ」
「私もそう思う」

「そもそも、昼間にワイドショーばかり見ている親が『子供にドキュメンタリーを見せたい』なんて虫が良すぎるんだよ」
「親は子供のお手本だもんね」

「だから普段ちゃんとしつけてれば問題ない!わかった?」
「そうだよね!」
「じゃあ決まりだな」

どうやら見るアニメ映画が決まったらしい。
決まれば足も早くなる。

「ところでさぁ、もしかしてあなたが見たかったの?」
「……」
「やっぱり、あなたが見たかったんだ……」
「別にいいだろ……」

この後、3人で楽しく映画をみたことは言うまでもない。
帰りは喫茶店に寄るなど、久々に3人での放課後ライフを満喫していた。



その夜。

「さてと……今日も来てるかしら?」

ネットで「月夜見」と名乗っている女の子がパソコンの前に座る。
さっき電源を入れたばかりのパソコンからメーラーを立ち上げる。

今日来たメールは4通。
メーラーの上部に送信者名とメールの件名のリストが並んでいる。


「また変なメールが来ているわ……これは削除しないと……」

先頭の1通は広告メールなので見ずに削除する。


「次は……あっ……また来てるわ……」

次のメールの送信者名を見たとたん、彼女の表情が変わった。

「また送ってくれたんだ……」

さっきまで彼女の表情は冷たく暗いものだった。
しかし、今はなにか暖かい表情をしている。

「件名は『お勧めのホームページです』ね。せっかくだから、後でじっくりと読もうっと♪」



彼女はそのメールを見ずに次のリストを見る。

「これは『木星人』さんからだわ……どんなメールかしら……」

「木星人」はメイのHNである。

「たしかこの前は小説について聞いたから、これはその答えかしら?」

さっそくメールを開く。

「……」

そのとたん、彼女が固まってしまった。

そのメールの中身とはこんなものだった。



「月夜見様

>>SFが一番読みますが、ミステリー小説なんかもたまには読みます。
>そうでなんですか、ミステリーはどんなのが好きなんですか?
>よかったら教えて下さいね。

くにみらもらからもいきなもに
ちのちにくらもなすち
につんななにみみみらこちのち
くにこにのにみらのらなのらな
きらかからすにすちほ
かんらなといみみとにしらすちきらみみ」



「なんでしょうかこれ?」

無意味な文字の羅列に彼女は悩んでしまう。

「暗号物のミステリーが好きなんでしょうか?ならこれも暗号かしら?」

「この暗号を解けば本文がでるのかしら?しかしどうやって解くの?」

次のメールに同じ「木星人」から「すいません、さっきのは間違いです」という件名のメールが来ていることにまったく気づいていなかったのは彼女にとって不幸だった。
彼女はこの暗号?を解くために10分も考えてしまった。

こうして予想外のところに迷惑をかけたものの無事に恵の登校日は終わることになる。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ほむらはクラス替えの日に恵を連れて行くように光に頼みました。
でもまだその様子を書いてませんでした。
ということで、今回はその恵の登校日の様子を書いてみました。

しかし、メイとほむらのいざこざの方が長い(汗
そもそも恵ちゃんが目立ってない(汗
まあ、そんなに目立ったことはしないとは思いますけどねぇ。

さて、次は早めに書こうっと(汗
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