第109話目次第111話
天気は晴れ。

天気が悪くなる可能性はなく、それでも雲が多く、カンカン照りにはならない。

まさに体育祭日和である。

そんな朝。
公二の家の前では公二と光が口論になっていた。

「だから、恵は私が連れて行くの!」
「いや、俺のクラスで預けるんだ!」

「こっちはほむらもいるから安心だよ!」
「俺のクラスも世話好きな奴が多いから大丈夫だって!」

「とにかく私が世話するの!」
「いいや、俺だ!」

口論の原因は恵。
今日は恵を連れていくことで2人とも一致したのだが、どっちのクラスに預けるかで口論になっている。
2人とも自分のところで預けると言って聞かない。

「俺に世話させろって!」
「私のほうが慣れてるから大丈夫だよ!」

実は、「勝利の女神」である恵にどうしても自分のクラスにいて欲しいというのが本音である。

結局、試合がなく暇なほうが預かるという妥当なところでまとまるのだが。

太陽の恵み、光の恵

第21部 体育祭編 その4

Written by B
開会式は本当に短い。


校長の挨拶は、例の自己紹介の後に、

「クラス力を合わせて頑張るように!」

これだけで終わり。


生徒会長の挨拶は、

「怪我だけには注意するように。以上!」

たったこれだけである。


まあ、ほむらの本音は「こんな式はいいから早く暴れさせろ」という感じなのだろうが。
とにかく、開会式は形だけのようなものだ。

しかし、これにより2日間の熱い戦いが始まるのには間違いない。



開会式が終わると、さっそくグラウンドではソフトボールが始まる。

ソフトボールはグラウンドの4隅で試合が行われる。

試合時間がかかるソフトは一番早く試合がスタートする。
従って、ソフトの初戦が開幕試合になる。

体育祭の開幕試合として行われるのは1回戦2試合。
そのなかに純一郎が出場する2Bの試合があった。

グラウンドで素振りをしている純一郎に楓子が話しかける。

「純くん、緊張してない?」
「ああ、大丈夫だよ」
「あっ、純くんなら、こういう試合は部活で慣れてるから大丈夫だよね♪」
「まあな、試合に比べればずいぶんと楽だよ」

素振りを終えた純一郎は、バットは楓子と逆の方向に置いた後に返事をする。

「ごめんね。私も協力したかったんだけど、その……病院送りにしたら、まずいし……」
「気にしないで良いよ。俺達はその気持ちで十分だから」
「でも、マネージャーなのに何もできないなんて……」
「なあに、この試合で大丈夫だったことを証明してみせるから」
「ありがとう……」

楓子はソフトの人たちに「迷惑をかけたくないから」と言ってなにもしていない。
クラスメイトは理由には薄々気づいているのでそれを受け入れた。
それでもいつも申し訳なさそうにする楓子を見て、何とか勝ちたいと思ってはいる。

「あと30分でバレーの試合があるから、女子はそっちに行かなきゃだけど、それまではこっちで応援するね♪」
「佐倉さんの期待に応えられるかわからないけど、頑張るよ」
「大丈夫!純くんならきっと打てるよ!」

楓子の励ましに純一郎も気合いが入る。

「じゃあ、佐倉さんがいるうちに一本ヒットが打てればいいな」
「期待してるね♪」



そのグラウンドの反対側。

こちらもいきなり試合となる2Fのクラスメイト全員が集まっていた。
2Fの他の試合は午後の2時からなので全員がこの試合の応援に集中できる。

その2Fのクラスメイト全員が円陣を組んでいる。
円陣の中央にはクラス委員の文月と琴子がいた。

琴子デザインの炎をイメージした赤のTシャツに文月が選んだ「闘魂」の文字がまぶしい白の鉢巻きで固めた、クラスメイト達が肩を組んでいる。

「燃えて燃えまくるぞ!」
「「「おお〜っ!」」」

「特攻精神で全力でぶつかるのよ!」
「「「おお〜っ!」」」

「気合い入れていくぞ!」
「「「おお〜っ!」」」

「絶対に勝つわよ!」
「「「おおおおおっ〜!」」」

気合いの入ったかけ声と大きな雄叫び。
2Fは完全にまとまっていた。



そしていよいよ試合が始まる。


開幕カードは2年対3年の組合せ。
小中学生ならまだしも高校生なら、体力的にはそれほど差はないように見えるが実はそうでもない。

運動系部活は確実に体力が上昇している。
それに3年生は最上級生の意地と、今年で最後という気持ちがクラスの団結を強め、結果チームも強い。

実際、どちらの試合も2年生が苦戦していた。



(まいったなぁ……)

キャッチャーの純一郎が悩んでいた。

試合は2回の表、1アウト、1,3塁。
スコアは3−0。
早くも一方的な展開になりつつあった。

とにかく相手の打球が内野を悠々と越えていく。
こういう打球はいくら守備が良くてもどうしようもない。
ピッチャーが打たれないようにしない限り対処できない。

しかし、自分は何もアドバイスできないし、どうしていいのか弱っていた。



純一郎はふとベンチを見る。

(あれ?……佐倉さん?)

見ると楓子が自分に向かって何かサインを送っている。
両手でTの字を作っている。

(タイムを取れ……ってことか?)

そう考えた純一郎は審判(野球部員がやっている)にタイムをとる。
純一郎はすぐにマウンドに向かう。
それを見て、内野陣もマウンドに集まる。
それを見た楓子もダッシュでマウンドに向かう。

(えっ?)

純一郎は走ってくる楓子を見て驚いた。
まさか楓子が来るとは思ってもいなかったからだ。



楓子はマウンドに集まったクラスメイトを激励する。

「ねぇみんな。まだ諦めちゃだめだよ!試合はこれからだよ!」
「でも、楓子ちゃん。このときどうしたら……」
「う〜ん、もう3塁ランナーは諦めよう」
「えっ?」
「変に3塁ランナーを気にして打者に対して、集中できなくなったらだめでしょ?」
「なるほどね……」
「それよりも、まだ2回だから大量失点は防ごうよ。だから1点は上げてもいいけど、1塁ランナーは帰さない。それでいきましょ?」
「わかった。とにかく打者に集中だよね」
「そうそう!じゃあ頑張って!」

楓子のアドバイスで気持ちを入れ替えた選手がそれぞれのポジションに戻る。

純一郎もポジションに戻るときに一緒に戻る楓子に声をかける。

「佐倉さん、ありがとう」
「ううん。純くんが困ってたから私がなんとかしないとと思って……」
「でも何でサインなの?声を出してもいいのに」
「う〜ん……こっちが困ってるのを知られて相手に勢いづかれるのが怖かったから……」

楓子のアドバイスが功を奏したのか、この回は2者連続の内野ゴロであれから1点も取られずにチェンジとなった。



一方2Fのほうも苦戦していた。

「やっぱりそう簡単にはうまくいかないな……」
「そうね……」

こちらは2回の裏。スコアは5−1。2Fの攻撃中。
2Fも1点とってはいるものの、相手がそれ以上に点を取っている。

ベンチのすぐ後で文月と琴子が戦況について話し合っていた。



「なあ、琴子さん」
「いきなりどうしたの?」
「それにしても俺達のクラス……いいクラスだよな」

そんななか、文月がいきなり話を遮る。

「なによいきなり?」
「いやさ、こんなに状況が悪くてもみんな応援してるんだぜ」
「あっ……」

琴子は回りを見る。
クラスメイトがみんなで応援している。
顔色からは「勝ち目がないかも」という色も見えているようだが、それでもみんな応援している。



「最初のときは、全部琴子まかせで嫌だったけど、今では琴子がどうこうじゃなく、みんながクラスを盛り上げてるって感じがするんだよな」
「私もそう思う。今思うと何であんなだったのか不思議でしょうがないの。まあ、全て私が悪かったんだけど」
「いや、あのときは俺も悪かったから……」
「ねぇ、もうその話は止めましょう、辛くなるから……」
「ごめん……」

2人は感慨深げに回りを見ていた。
確かに新学年当初は琴子教のような様相だった。
しかし、それが無くなった今はとても良いクラスになっている。

実はあの事件以降、琴子がクラスメイトと親しくしようと努力し、文月も協力した結果、クラス全体が親しくなっていたのだ。
2人はそのことには全く気づいていない。

「琴子さん。体育祭、優勝は無理だとしても、学年1位にはなりたいよな」
「そうね。私もこのクラスで勝ちたいと本当に思ってる」
「ああ、お互いに頑張ろうな」
「ソフトは苦しいから他の種目で頑張らないとね」

2人は再び応援をはじめた。

しかし、健闘むなしく、試合は5−12で3回コールドゲームとなってしまった。
それでも3回の最後の攻撃は2アウトから3点を取る粘りを見せた。
負けてはしまったものの、最後の執念は他の種目で戦うクラスメイトに確実に伝わったはずだ。



もどって2Bの試合。
2回の裏。1アウト。
これまでノーヒット。
5番の純一郎の打席が回ってくる。

「「がんばって〜♪」」

クラスメイトからの黄色い声が挙がる。
純一郎だからではない。どのクラスメイトにも声援が飛んでいる。

そんな中、純一郎はあることを考えていた。

(あっ、もう時間か……)

楓子がちらちらと時計を見ている。
もうすぐ2Bのバレーの試合が始まる。
女子はそちらの応援に行く予定なので、もうすぐ楓子も行かなくてはいけない。

(なんとか佐倉さんの前でヒットを……)

純一郎は緊張気味に打席に立つ。

「純く〜ん!頑張って〜!」

純一郎には楓子の声援が聞こえているのだろか。



純一郎が打席で構える。

ピッチャーが1球目を投げる。
純一郎はそのボールを見逃す。
1球目は打つ気はなく、ボールを見極めるつもりだ。



バシッ!



「ストラーイク!」



審判の声が挙がる。

(なかなか速いなぁ……)

スピードは結構ある。
ただ適当に振っても当たるものではない。



2球目。

(タイミングを合わせないといけないな……)

純一郎はピッチャーの投球フォームをみてタイミングを計ろうとする。

ピッチャーが投げる。

純一郎はタイミングを合わせるように鋭いスイングをする。



カキン!



「ファーーール!」


ボールはキャッチャーの後方に飛んでいった。



3球目
カウントは2ストライク0ボール

(う〜ん、これだとどんなボールでも当てにいかないと……)

このカウントで素人にはボール球を見逃す勇気はなかなかない。
純一郎も同様だった。

(しかし、タイミングは合ってたし、次こそは……)

確かに手応えは感じている。
前の投球の感覚を思い出しながら、バットを構える。

ピッチャーが投球フォームに入る。

純一郎はそれをじっと見る。

ベンチも固唾を飲み込んで見守る。

ボールがピッチャーから離れる。

純一郎がバットを振る。


「えっ!」



バシッ!



「ストラーイク!バッターアウト!」

純一郎は三振に倒れてしまった。
その純一郎はどうして?という感じで呆然としている。



(えっ?今タイミングは良かったはずなのに……)

純一郎は思案しながらベンチに戻る。
ベンチには残念そうな顔の楓子がいた。
自分の荷物も手に持っていて、もうすぐバレーの応援に向かうところだ。

「残念だったね」
「ごめん……」

「あのね……最後のボール、変化球だったの」
「えっ?変化球?」
「うん。ソフトでも変化球があるの。たぶんそれだと思う」

ソフトボールでも握りを変えれば変化する。
確かにタイミングが合っていてもコースが違っていれば打てるわけがない。

「たぶん、2球目がタイミングが合ってたから、使ったと思う」
「じゃあ、今までは?」
「うん、速球だけで大丈夫だったから、使わなかっただけじゃないかな?」
「じゃあ、これからどうすればいい?」
「最初は速球でいくと思うから、早めに打っていくことかな?あとになると変化球があるから」
「わかった。次からそうするよ」

そうしているうちに次のバッターがセカンドゴロに倒れてチェンジとなった。



チェンジとなったところで女子がベンチから離れていく。
これから始まるバレーの応援に行くためだ。

守備につく純一郎を楓子が呼び止める。

「ごめん。もうバレーの応援に行かないと……本当はもっとアドバイスしたかったんだけど」
「俺達は心配するなって。佐倉さんはバレーの応援に集中しなよ」
「うん、でもまだノーヒット……変化球もよさそうだし……」
「大丈夫。試合はこれから。絶対に諦めない。さっきマウンドで佐倉さんが言ったじゃないか」
「あっ?そうだよね!頑張ってね!」
「ああ、頑張るよ」

楓子は他の女の子と一緒に体育館に向かっていった。
純一郎には楓子の心配そうな表情が印象に残った。

(俺が打って、佐倉さんを安心させたかったな……)

それを見た純一郎には後悔だけが残った。



試合は結局3−0で5回最後まで戦ったが負けてしまった。
結局2回以降点数がどちらも入らなかったのだ。
それだけ守備では健闘したが、打撃ではまったく歯が立たなかった。

ヒットはわずか1本。それも5回の攻撃のサードへのボテボテの内野安打。
キレの良い速球と時折混ぜる変化球のコンビネーションにまったく対処しきれなかった。

純一郎も2回目の打席は鋭い打球を放ったが運悪くセカンド真正面だった。

「……」

試合後道具を片づける純一郎は無言だった。
表情には悔しさと情けなさが入り交じっていた。

負けた悔しさはある。しかし、そればっかりに浸ってはいられない。
急いでバレーの応援に行かなくてはいけない。
どうやらまだ試合はやっているようだ。

ソフトの選手は辛い心を抑えて体育館に向かうのだった。



体育祭はまだ始まったばかり。
ドラマはこれからが本番である。
To be continued
後書き 兼 言い訳
いよいよ体育祭編です。

体育祭の組合せは別ページにしました。ここからどうぞ。

さっそく純が登場しましたが……負けちゃいました。
そう簡単に勝てるものではありません。
そう簡単に勝てさせません(笑)

高校といえでもやっぱり3年生は強いものです。

次回は他の3種目の開幕試合。
バスケは関係ないので、バレーとテニスの話になります。

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