第112話目次第114話
「かっとばせ〜、かっとばせ〜」
「ほら〜、恵にかっこいいところ見せないと駄目だよ〜」

(うわ〜、緊張させるなよ〜)

「ふれ〜!ふれ〜!」
「フレ〜!フレ〜!」

(ああっ!さっきの光の気持ちが痛いほどわかる……やらなきゃよかった……)


グラウンド。
公二の2Aのソフトの試合が始まっている。
その初回。3番の公二はいきなり出番が回ってくる。

光と恵がベンチの端に腰掛けて応援している。
光はちょうど反対側で自分のクラスの試合をやっているのだが「ごめんなさい、私も一人の女なんです!」と公二と似た言い訳でこっちに恵を連れてやってきている。
普通他のクラスの人をベンチに入れないのだが、恵を連れてくるとなると話は別。
なんの文句も言われず光はベンチに座っている。


「あなた!お父さんらしいところを見せなさいよ!」

(光、自分のこと言えるのか……俺も言えないけど……)

公二の打席ではクラスメイトよりも光の応援が響いている。


そうしているうちに公二に向かって1球目が投げられる。



カキーン!



ボールは1,2塁間を抜けていく。
公二は全力で1塁ベースを駆け抜ける。


「パパ、かっこいい〜!」
「あなた、かっこいいよ〜!」

(ああ、よかった……三振したら、何言われるかたまったもんじゃないからな……)

上機嫌の光と恵に対して、公二はほっと胸をなでおろすのだった。

太陽の恵み、光の恵

第21部 体育祭編 その7

Written by B
「ねぇ〜、最後の打席はなんだったの〜?」
「ぶぅ〜」
「しょうがないだろ、ああいうのだってあるよ」

試合は2Aが13−1で3回コールド勝ち。
公二は3打席立って、3打数1安打。
2打席目はアンラッキーなピッチャーライナー。
光が不満だったのはぼてぼてのセカンドゴロだった第3打席のことだった。

「恵、最後のは格好わるかったよねぇ〜♪」
「うん、かっこわるい〜」
「光、変な言葉を仕込むなよ……」

しかし守備でも活躍した公二に光も恵も不満はなく満面の笑顔だ。
公二も色々言われているが、愛妻と愛娘の前で活躍できてほっとしている様子だ。

結局光は最後まで2Aの応援に付き添ってしまっていた。
試合と公二のプレーに夢中で自分のクラスのことを忘れてしまったのが本当のところだ。

ちなみに光のクラスは負けてしまっており、そのこともあり光はクラスメイトから顰蹙を買ってしまった。
そこは公二の陳謝とほむらのフォローと恵の笑顔でお咎めなしとなるのだがここでは触れない。



(なんとしても勝たなきゃ……)

場所は変わってテニスコート。

楓子はソフトテニスの試合に臨んでいた。

2Bは戦況的に危機的な状態になっている。
午前中にソフトとバレーが負けてしまい、もう一つのバスケも2D相手に不利との情報。
ここでテニスが負けてしまうと初日が終わらないうちに全滅という最悪の状況になってしまう。
既に1試合取っていて、楓子は2試合目。勝てばいいのだが、負ければやはり危機的状況になる。



実は午前中のバレーの試合の後、楓子と純一郎はこんな会話をしていた。

『純くん、ごめんなさい……』
『佐倉さんが謝ることはないよ。むしろ俺達が謝らないと……』
『ううん、結局私、何もしなかった、何もできなかった……』
『そんなことないって……佐倉さんはできることはしたんだよ』
『ちがう!これじゃあ私納得できない!だから明日の試合にはずっと……』

『明日はいいから、今日頑張ろうよ』
『えっ?』

『まだ佐倉さんの試合があるだろ?俺達はいいから今度は自分のことを考えてよ』
『……』
『佐倉さんが頑張れば、俺達も明日頑張れそうな気がするな……』
『……ありがとう……』

純一郎の顔を真っ赤にしながらの励ましに楓子もようやく元気を取り戻していた。



しかし、ソフトの応援に最後まで付き添っていないことに責任をまだ感じている楓子は強烈なプレッシャーを感じていた。

(勝たなきゃ……勝たなきゃ……)

今の楓子の頭の中はこの単語だけが占めていた。


「佐倉さん!」

(えっ?)


楓子は突然呼びかけられた声の方向を見る。
そこには純一郎がいた。


「リラックスだよ!佐倉さん!」

(純くん……そうだよね……ありがとう……)


純一郎は手を振る。
楓子もちっちゃく手を振って返事をする。
楓子もようやく我に返って落ち着いたようだ。



試合は楓子のサーブから始まる。

(ソフトの悔しさ……このボールにぶつけるんだ!)

楓子がボールを上に上げる。
そしてラケットを思いっきり振り落とす。



バシッ!



シュパッ!



「えっ?」



ピピーッ!



サービスエース。
いきなりの高速サーブに相手はなにもできなかった。
楓子は自分でもビックリの出来に呆然としてしまう。

「佐倉さん!いいよ!その調子!」
「あっ……純くん……」

純一郎の声にようやく我に返る楓子。

「楓ちゃん!ナイスサーブ!」
「あ、ありがと……」

「次はダブルハンドの高速スマッシュをよろしくね♪」
「そんな……はずかしい……」



このあと、楓子のショットが快調に飛ぶことになる。

(思いっきり振るのってこんなに楽しいなんて……)

楓子はラケットをダブルハンドでもっている。
ちょうどバットを持つ感覚で。

(ラケットだとなんともないんだ……やっぱり……)

ラケットを持っても、バットを持ったときの感情はない。
しかし、バットを持った感覚で強くラケットを振ることができた。
なぜ、そうなるかは本人にもよくわからないかもしれない。

(……いまは勝つことを考えようっと!)

結局、楓子ペアは完勝。2Bはようやく初勝利を手に入れた。



場所が変わって、体育館。

(う〜ん、これはマズイよ……)

ここではバスケの試合が行われている。

匠の2Cはちょうど試合の真っ最中。後半も半分ぐらいが過ぎようとしている。
しかし、1年生相手に30−40と負けている。
1年生に中学の時バスケ部で活躍した人がいるらしく、その人が次々にシュートを決めているからだ。

匠は控え選手なのでベンチで戦況を見つめていた。

(折角練習したのに、試合にでなけりゃ……)

匠はなにもできないもどかしさでイライラしていた。



「匠!」
「え、え、えっ?」

コートのなかからキャプテン格のクラスメイトが声をかける。
匠は慌てて返事をする。

「そろそろ出番だぞ。準備しといて」
「あ、ああ……」

匠は立ち上がり入念に準備を行った。



「あとは頼んだぞ!」
「OK!」

後半12分。
選手交代。
匠がコートに入る。

「「「きゃぁ〜、匠く〜ん♪」」」

匠の登場に回りの上級生や同学年の女の子から黄色い歓声が飛ぶ。
しかし、匠の耳には全く聞こえてこない。

(美帆ちゃんの前、という訳にはいかなかったけど……俺だって勝つために、練習してきたんだから……)

美帆は裏でテニスの試合の真っ最中。
それでも匠は真剣だった。
匠は前々から決められた通り前線でボールを待つ。



(来た!)

味方が自陣ゴール下でボールを奪う。
そして匠にパスが回ってきた。



ダン!ダン!ダン!ダン!



すかさず、前にドリブル突進を計る。

そして3ポイントシュートのラインで突然とまる。
そしてその場でシュート!

(決まれ!)



ガツン!



ピピーッ!



「ナイスシュート!」
「サンキュー!」
「この調子で頼むぞ!」
「OK!俺はこれしかやることはないからな」


匠の役割。
それは「3ポイントシュートを決める」ことだった。


背の低い匠はバスケでは不利だ。
ドリブルはなんとかなるが、シュートだと背の高い人の前では難しくなる。
そこで、最初からゴール下に入ることはせず、ただひたすらに3ポイントを狙う。

残り時間が少なく、負けている状態で匠の役割は重大だった。

(先発を諦めて、3ポイントだけ練習し続けたんだ……絶対に全部入れるんだ!)

匠は顔には出さないが気合い十分。
その気合い通りに、3ポイントを何度も狙っていく。
点数は入るが、相手も着実に点数を入れていく。



「はあ、はあ、はあ……」

隣のコートでは2F−2Eの試合が進んでいた。
こちらのスコアは42−41。2Fが勝ってはいるものの、同点といっても過言ではない。
前半は2Fが飛ばして一時は10点差付けていただけに、こちらがバテているのでピンチといってもいいかもしれない。

現在タイムアウトの最中。
キャプテンの文月を始め、全員が疲れていて何も言えない。
簡単に作戦は決めたものの、後はタイムアウトが終わるまで休むと言った感じだ。

「大丈夫?みんなへとへとじゃない!特に文月くんはひどいわよ」
「あっ……琴子……さん……」

クラスメイトの顔があがると琴子がいた。
いきなりの登場に驚いている。

「なあ、バレーは……」
「ごめんなさい……負けたの……」
「そうか……」
「相手が強かったのもあるけど……私もミスして迷惑かけちゃって……」
「テニスは?」
「私はすぐにこっちに来たからわからないわ」

バレーの負けという悪い報告にさらに暗くなってしまう選手達。



その間何かを考えていた文月が顔を上げる。

「琴子さん」
「どうしたの?」


「頼みがある」
「なんなの?」


「俺に琴子さんの気合いを入れてくれないか?」
「えっ?それって……えっ、まさか……」


「一発ぶってくれ。俺の目を覚ませてくれ」
「……」


「頼む、応援すると思ってやってくれ……」
「わかったわ……」


琴子はゆっくりと文月の前に立つ。
文月も立ち上がり琴子と向かい合う。

そして琴子はおもむろに手を振り上げる。


パンッ!


体育館中に響き渡るかのような強烈な平手打ちの音。
文月は思わず体を反転させてしまう。
回りのクラスメイトもあまりの音の大きさに目がぱっちりしたかのような表情になっている。

「ありがとう……目が覚めたぜ……」
「きっと勝てるわ……頑張ってね……」

これで文月だけでなく2Eの全員が目が覚めた。
タイムアウト後の選手はタイムアウト前とは全く違うきびきびしたプレーを見せるようになった。
結局、6点差をつけて2Fが勝利した。



2Cの試合も大詰めになってきた。



ガツン!



ピピー!



「よし!これで2点差だ!」
「もうすこし!もうすこし!」
「最後まで諦めるなよ!」

試合は46−48。
しかし残り時間はあと1分もない。

匠はすでに4本3ポイントシュートを決めている。
そのおかげもあり、2Cが猛追してきた。
これで1シュートで同点にはなる。
3ポイントなら逆転だ。

ここで相手が時間稼ぎの守りにはいる。
ゆっくり、ゆっくり、ギリギリまでパス回しを行う。

(もう時間がないよ……)

時間は刻々と過ぎていく。

慌てたクラスメイトが強引にボールを奪う。

「匠!」

クラスメイトが匠に強引にパスする。

キャッチした匠はすかさずドリブル。相手陣へとすすむ。
ボールを奪おうとした相手選手を次々にすり抜けていく。
そして匠の前には誰もいなくなった。

最後のクライマックスに回りの歓声もひときわ大きくなる。



匠はちらりと審判席の時計を見る。

(時間がない!)


時計は残り4秒。


(まだ3ポイントラインまで距離がありすぎる!)


残り3秒


(このままじゃ……だめだ!諦めない!)


残り2秒


「おりゃぁぁぁ!」


残り1秒
匠は3ポイントラインの3m手前で強引にシュートを放つ。
匠の渾身を込めたールがゴールにゆっくりと飛んでいく。


敵も味方もそのボールの行方を黙って見守る。


ボールはゴールのリングに向かう。


ガツン!


ボールはぐるぐるとゴールの縁を回る。


そして……


ボールはゴールの外に落ちた。


ピッ、ピッ、ピーッ!

喜ぶ1年生。
がっくり膝をつく2Bの選手達。
結局最後の大逆転はならなかった。



(やっぱり駄目だったか……)

体育館の床にへたり込む匠。
出場時間は短いが、全力で走り回ったのでもうフラフラだ。
視線もあちこちをさまよっている。

「あっ……」

気が付くと視線の先には美帆が立っていた。
タオルで顔の汗を拭いているところを見ると、ちょうどソフトテニスの試合が終わったようだ。
匠はフラフラと美帆のところに向かう。

「あっ、美帆ちゃん。お疲れさま……」
「来たらちょうど最後のところで……残念です」
「ごめん……もう少し頑張れば……」

疲れた表情でうつむいてしまう匠。

「……最後のプレー……格好良かった……」


「えっ?」

美帆がぼそっとつぶやいた言葉に匠は顔を上げる。

「い、いえ、その、あの、べ、別に、な、なんでもないんです。」

美帆は驚いた匠をみて初めて自分の気持ちが口に出ていた事に気が付いたようで、顔を真っ赤にしてしまう。

「ありがとう……美帆ちゃん」
「い、いえ……」

褒められた匠も顔を真っ赤にしてお互いに恥ずかしくてうつむいてしまう。

「と、ところでテニスは?」
「お、おかげさまで何とか勝てました」
「それは……おめでとう」
「い、いえ……私の場合は、橘さんが頑張ってくれましたから……」
「まあ、いいじゃない、次も頑張ってよ」
「ええ、頑張ります……匠さんの分まで……」

お互いに照れてしまった2人はそれ以上の言葉が出てこなかった。



試合も2回戦が終わり、いよいよ本日最後の試合兼最初のクライマックス、準々決勝が始まろうとしている。
To be continued
後書き 兼 言い訳
本番4話目です。

今回はごった煮です(汗
え〜とプレーしてるのは公二、楓子、匠、文月の4人かな。
う〜ん、1話で入れられるのはこれが限界です(汗

この時点で2回戦が全て終わりました。
次回はいよいよ1日目最後の試合です。

いよいよというか書いているほうとしては、やっとという感じが強いのですが(汗

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