第116話目次第118話
「ほむらおねぇちゃ〜ん」
「おおっ、恵ちゃん。今日はあたしのかっこいいところをみせてやるからな」
「わ〜い!」

テニスの準決勝。2E−3Bの試合開始直前。
第1試合に登場するほむらの応援に光が恵を連れてやってきた。

「今日は昨日みたいに負けて泣き……」
「うわぁ〜!だから言うなって!」
「???」
「とにかく勝って恵を喜ばせてね。少し恵に無理させちゃてるんだから」

2歳になる恵が1日学校で動き回っているのは並大抵ではない。
昨日はお昼寝もせずに応援しまくっていたので、夜はかなり疲れてしまっている。

恵を連続で学校に連れてきたのは今日が初めてだった。

「な〜に、その分たっぷり楽しませてやるからな」
「わ〜い」
「よ〜し、恵ちゃんは一番いい席で応援してくれよな」

そう言うわけで恵は光に抱きかかえられながらベンチの真ん中で応援することになった。

「よぉし!やるぞぉ!」

ほむらは元気はつらつだ。

太陽の恵み、光の恵

第21部 体育祭編 その11

Written by B
バレーの会場では2D−3Eの試合が始まろうとしている。
2Dはベンチの前でミーティング。
その中心には花桜梨がいる。

「とにかくリラックス。試合を楽しみましょ」
「ボクちょっと緊張してる……」
「あたしも武者震いがするっス」

選手は全員緊張している。
茜や夏海も例外ではない。

「そういうときこそ、思いっきりやるのよ」
「でも……」
「失敗しても大丈夫。だれだってするんだし」
「う〜ん」
「相手は優勝候補の3年よ。負けてもともと。負けるんだったら思い切って負けましょ」
「そっか……そうだよね」
「こうなったら思い切っていくっス!」

花桜梨の言葉で選手も開き直ったようだ。



「何こんなところで一人でいるのよ。男らしくないわねぇ。堂々としなさいよ」
「うるさい!こういう大一番こそ、集中が大事なんだよ」

体育館の裏。
準決勝の2F−3Eの試合前に琴子と文月の口論が始まっている。
緊張気味の文月に琴子がふっかけたのが原因だ。

「試合前から集中したら疲れるだけよ。集中はコートのなかでしなさいよ」
「その頃だと集中しずらいし、気合いも入りにくいんだよ!」

2人は真正面を向き合って立ったまま言い合っている。

「なにもしなくても燃えていたあなたが、今日に限ってできないわけないでしょ!」
「緊張してて燃えにくいんだよ!」
「どうにかならないの?」
「だったら、俺を燃やしてくれる何かを与えてくれよ!」



「そうねぇ……」

ここで琴子が考える。

(文月くんに頑張ってもらうためには……う〜ん、大胆かもしれないけど……)

琴子は一つ案を思いついたようだ。
顔を再び文月のほうを向く。

「わかったわ。もし、この試合にかったら、あなたのお願いを一つなんでも聞いてあげるわ」

琴子は文月に軽く笑顔を見せる。
文月は一瞬ビックリしたあと、本当か確認をとる。


「……本当か?」
「ええ、本当よ。頑張ってくれたら、私がご褒美をあげるわ」


「……なんでもだな?」
「ええ、劇辛カレーでも、ハードロックでもなんでもつきあってあげるわよ」


「……絶対だな」
「女に二言はないわよ」


「よぉし!その言葉を忘れるなよ!」

文月は突然元気になり出した。
どうやらとてもいいお願いがあるようだ。

「絶対に試合に勝つからな!それじゃあ!」

文月は駆け足で体育館に入っていった。

(本当に劇辛カレー一気食いだったらどうしよう……)

一方で琴子はあらぬ心配をしなければならなくなったようだが。



(う〜ん、恵ちゃんがいると張り合いがあるなぁ)

ちょうど今ほむらがサーブを打つところ。

(いいなぁ、恵ちゃんの笑顔は……あれは母親似だな……)

現在は第3ゲーム、ほむら組が2−0で勝っている。

(わざと負けて、恵ちゃんが応援してくれる時間を作ってもいいけど……負けるのは嫌だからなぁ……)

今日はほむらは絶好調。
恵がいるせいなのか、サーブは決まるし、ショットも決まる。
いいプレイをすると恵が喜んでくれるのでほむらはさらにテンションがあがる。
好循環であれよあれよという間にあと1ポイントで勝利というところまで来てしまった。

いいところばっかりでほむらは嬉しいのだが、恵が応援してくれる時間が短くなるのが不満みたいだ。



(まあいいか。これでケリを付けちゃぉう!)


ほむらは狙いを定める。


ボールを高く上げる。


ボールは一旦上げどまるとゆっくりと落ちていく。


ほむらはラケットを振り下ろす。


「ドラゴンサーーーーブ!」



バシッ!



強烈なサーブが相手コートに突き刺さる。


ボールはラインすれすれのところをバウンドし、コートの後に飛んでいく。



ピピーッ!



「やったぜぇ!」

第1試合は2Eのほむら組が完勝した。



これで決勝にむけて王手をかけた。
応援団も盛り上がる。

「おねぇちゃんかっこいい!」
「ほむらすごいよ!」

特にベンチにいる恵は大はしゃぎ。
テニスの試合がわかっているのかはわからないが、ほむらがかっこいいことをしていることはわかっているようだ。

ほむらは恵の隣に座って恵を抱きかかえる。

「いやぁ、恵ちゃん。すごかっただろ?」
「うん!すごいすごい!」
「ようし、いい子だ。これからは一緒に応援しような」
「うん!」



「ふぇ〜、疲れたっス」
「やっぱり、ここまで来ると相手も強いよね」
「でも1セット取ったのは大きいわよ」

2Dのバレーは第1セットが終わったところ。
接戦の末、2Dが取った。
ベンチの前で茜はタオルで顔を拭き、夏海は拭いたタオルを首に掛けて花桜梨のアドバイスを聞いていた。
花桜梨はベンチの前に立ち、ベンチには選手が座って体を休めている。

「次も今までと同じ。もうどんどんと茜さんと夏海さんに上げるだけでいいから」
「でも相手も完全にわかってるよ。それでもいいの?」
「ええ、だって私たちこれしかできないから。下手に変わったことはしないほうがいいと思う」
「わかった。相手のブロックなんて突き破るっスよ」
「それと、後はブロックで返されたときのフォローをよろしくね」

花桜梨の指示は冷静だ。
わかりやすく、それでいて的確。
作戦自体は茜か夏海に上げるだけの簡単なものだが、花桜梨の話を聞くと高度な作戦に聞こえてしまう。
チームでやることが決まっていると強くなる。
2Dはそういうチームだ。

「じゃあ、次も落ち着いていきましょうね」
「うん、頑張るよ」
「焦らなくても大丈夫だからね」

選手達は自信を持ってコートに広がった。



「ふぅ〜。さてと、恵はほむらのところかな?ベンチにほむらはいるかな?」

光がトイレからテニスの会場に戻ってきた。
光はほむらと一緒にいるはずの恵を捜す。
みるとほむらの背中越しに恵の姿が見えた。

「やっぱりいた。もう、恵ったらほむらの膝の上に座っちゃって……」

光は後からほむらのところに向かい、声をかける。

「お〜い、ほむ……」
「しっ〜!恵ちゃんが起きちゃうだろ!」
「えっ?あっ……」

「す〜……す〜……す〜……」

ほむらがどうも静かだと思ったら、恵がほむらの膝の上で眠っていた。

「恵ちゃんが寝てるんだから静かにしないと」
「あっ、ごめん……」

恵はぐっすりと眠っている。
規則的な寝息も聞こえてくる。



「なぁ、昨日は恵ちゃんは寝なかったのか?」
「う〜ん、昨日は疲れて早めに寝ちゃったから、今朝はいつも以上に早起きしちゃったんだよ」
「それは大変だな」

光はほむらの隣に座って、眠っている恵の顔を見ながら話を続ける。

「もう日が昇らないうちからドタドタ走り回って、公二と私で落ち着かせるのに精一杯でさぁ」
「今朝試合がなくて良かったな。あったらボロボロだったかもな」
「そうかもね。それで今日の恵は生活のリズムが崩れちゃってるみたいなのよ」
「なるほどな……」
「す〜、す〜、す〜」

ほむらは恵を抱きかかえながら話をしている。
恵はほむらの腕をまくらにすやすや寝ている。

「ごめんね。折角応援に連れてきたのに……」
「いいよ。あたしは恵ちゃんの前で勝ったし。それだけで十分だよ」
「なんか恵の子守までさせちゃって……」
「あたしがやりたくてやってるんだ。あんたが謝ることはないよ」
「ごめん……」

「しかし、眠った恵ちゃんも可愛いなぁ……」

ほむらは抱きかかえた恵を少し揺らしながら、恵の寝顔を優しい表情で見つめていた。

(ほむらって意外とお母さんタイプかも……)

光はその横でめったにみられないほむらの表情を眺めていた。
それは他のクラスメイトも同様で、めったにみられないほむらの表情を見ようと視線が集中していた。

ほむらの回りはある種異様な空間になっていた。

しかしほむらはそんなことは気にせずに、ただ恵の寝顔をニコニコと眺めているだけだった。



「しかし、なかなかやるわね」
「ああ、目標があれば気合いも入るしな」

バスケットのハーフタイム。
選手達はベンチに座って休憩をしている。

琴子と文月は相変わらずの憎まれ口のたたき合い。
クラスメイトも2人のことは放っておいている。
どうやらいつの間にか「2人の邪魔をしてはいけない」という暗黙の了解ができているらしい。

ちなみにスコアは35−31。
2Fがなんと勝っている。
クラス全員が負けると思っていただけに、全員驚いている。

「ここまで、頑張れるとは正直おもってもみなかったわ」
「ああ、勝てば琴子さんにあ〜んなことやこ〜んなことができると思うと力が出るよ」
「えっ……」

文月の一言に言葉を詰まらせる琴子。
文月はニヤリと薄笑いを浮かべる。

「あの琴子さんがあ〜んなことやこ〜んなことをしてくれるんだから、楽しみだよ」
「ねぇ、いったい何考えてるの……」

少しいやらしい口調で語る文月に、琴子はすこし顔を赤くする。


「あはは!冗談だよ!」


そんな琴子をみて文月は大笑いする。

「……からかったのね……」
「今までさんざんからかわれてきたからな。一度ぐらいいいだろ?」
「……」
「しかし、いったいどういう想像してたのかなぁ?」
「……」

文月に言われて、からかわれたことにようやく気づく琴子。
そして自分の想像したことに恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。

「あはは、そんなことするわけないだろ?馬鹿だなぁ」
「……」
「それじゃあ、後半も頑張るからな」

文月は顔を真っ赤にする琴子の肩をすれ違い際に軽くポンと叩く。
そしてベンチに戻ってチームメイトの話の中に入っていった。

「……馬鹿……」

琴子は一人でつぶやくしか無かった。



「もっと、ボールに集中して!」

「頑張って!ここが正念場よ!」

「いいわよ!その調子!」

バレー会場の体育館に花桜梨の声が響く。
応援の声も大きいが花桜梨の声はコートの中に伝わっていた。

今は第3セット。
スコアは24−20。
2Dがあと1ポイントで勝利するところまでになった。

「最後だから集中して!」

(そうだよね……集中しないと……)

サーブを打つのは茜。
コートの右後で、バレーボールを片手に集中していた。

「茜さん!緊張しすぎ!深呼吸して!」

(あっ!花桜梨さん……じゃあ深呼吸を……)



スー ハー スー ハー



茜は花桜梨の指示通りに深呼吸を始める。

(なんか落ち着いてきた……いくよ……)



茜がサーブの態勢に入る。

コートの回りは一瞬にして静寂になる。

茜がボールをあげる。

ボールは上にあがる。

茜が腕を回し始める。

ボールは一瞬宙に止まった状態になる。

「てやぁぁぁぁ!」



バシッ!



茜はそのボールを思いっきり叩き付ける。

ボールは勢い良く相手コートに飛ぶ。

ネットを越えたとたんに、ボールが失速し始める。

ボールは相手選手のちょうど真ん中に落ちる。

相手選手はだれも取ることができずに、ただ見守るだけ。



ボンッ!



ボールは小さな音を立ててコートに落ちる。



ピピーッ!

「勝った……」

2Dの勝利の瞬間だった。
大騒ぎの2Dのなかで、茜はビックリしてサーブの場所で立ちつくしていた。



「花桜梨さん!やったっス!決勝っスよ!」
「お、おめでとう……」
「最高ッスよ!もうなにも言うことがないッス!」
「お願いだからそんなに揺らさないで!」

夏海は花桜梨の両肩を掴んで思いっきり揺らしていた。
喜びのあまりだろうが、花桜梨はたまったものではなかった。

「ボク信じられない……」
「夢じゃないのよ!」
「じゃあ、ちょっとつねってみて……イタタタ……本当だ」
「そうでしょ!夢じゃないでしょ!」
「わ、わかったら、もうつねらなくていいよ……」

茜はクラスメイトに頬をつねられたままで痛そうにしている。
でも顔は満面の笑顔だ。

他のクラスメイトも大騒ぎだ。

選手に抱きつく人。
万歳三唱をする人。

優勝でもしたかのような大騒ぎだ。

(頑張って良かった……)

花桜梨は大騒ぎこそしなかったが、やはり勝利を喜んでいた。



「「うわぁぁぁぁ!」」

バスケ会場でも大騒ぎが起こっていた。

バスケで2Fが勝ったのだ。
後半も一進一退だったが、前半のリードを死守して、後半は一度もリードを許すことはなかった。
最終的な点差は5点差だったが、その点数以上にハードな試合だった。

それだけに勝ったことはまた格別だ。

「やったぁ〜!やったぞ〜!」

チームの得点王の文月が一番大はしゃぎしていた。
もちろん純粋に勝ったことで喜んでいるが、他の理由は本人ともう一人しか知らない。

「琴子さん!すごいよ!勝ったよ!」
「本当びっくり。まさか勝てるなんて……」
「みんな格好良かったよねぇ……」
「そうね、気合いがはいっていてよかったわね……あら?」

琴子はちらっとベンチをみたらちょうど文月と目があった。

「……えっ?」

文月は琴子を視線があっていることに気が付いたのか、こちらにウィンクをしてきた。

(『約束をわすれるなよ』とでも言いたいのかしら……)

琴子は文月に向かって頷いた。
文月は気が付いたらしく、もう一度ウィンクをすると別の場所に行ってしまった。

(忘れるわけないじゃない……でも、なに頼まれるんだろう……)

嬉しい反面、余計な心配をしている琴子だった。



「残念だったね……」
「まあな、仕方ないよ……」
「ふぁぁぁ〜……」

2Eの教室。
光はほむらの席の隣の席を借りてほむらと一緒にいる。
恵はほむらの膝の上で眠そうな表情をしている。

「折角、ほむらが勝ったのに……」
「相手は3年だぜ?そう簡単には勝てないよ」
「でも……」

結果は2Eは負けてしまったのだ。
ほむらの第1試合は取ったものの、第2、第3と落としてしまい、負けてしまったのだ。

「勝利の女神が寝てしまっては勝ち目はない……そういうことだったかもしれないな」
「ほむら……」

「ねむい……」
「いままで、たくさん勝たせてくれたんだ……女神様はお疲れだったんだよ」
「……」

ほむらは目をこすっている恵を優しい笑顔で見つめている。
光はそのほむらをじっとみている。

そんなほむらが不意に立ち上がった。
ほむらは恵を光に渡すと、扉のほうに歩き出した。

「えへへ、あたしらしくないな……じゃあ、あたしは大会本部に行ってみるよ」
「えっ?」
「じゃあ、恵ちゃんの世話はお願いな」



バタン!



優しい口調とは違い、扉の閉まる音は乱暴で大きな音だった。

「ほむら、相当悔しいんだろうな……」
「む〜……」

まだ目が覚めない恵を抱きながら、光は扉の向こうの悔しそうなほむらの姿を想像していた。



お昼を挟んで午後最初は敗者戦の残りが行われ、その次にいよいよ決勝戦が待っている。
To be continued
後書き 兼 言い訳

2日目準決勝です。
結局2年で残ったのは2Fのバスケと2Dのバレーだけ。
そう簡単に3年に勝てるものではありません(邪笑)

3会場同時並行で書いてみましたがわかりやすかったでしょうか?
あっ、美幸の2Aのテニスを書いてないですが、あえて(忘れて?)書きませんでした。
そこまで入れるとごちゃごちゃになると思ったからです。

次回は決勝です。


下表は現時点の順位です

順位 クラス 勝ち点 決勝 ベスト4 ベスト8 1回戦
勝利
敗者戦
勝利
勝ち点0
1→ 3A 44
2↑ 3B 36
3→ 3C 36
4↓ 3E 34
5↓ 2D 32
6↑ 3F 30
7↑ 3D 28
8↓ 2A 28
9→ 2C 24
10↑ 2F 22
11↓ 2E 20
12→ 1A 16
13→ 1D 14
14→ 2B 14
15→ 1B 12
16→ 1F
17→ 1C
18→ 1E


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