第132話目次第134話
「美帆ちゃん」

「はい?」

月曜日の朝。
2年C組の教室の片隅。
文庫本を読んでいる美帆に匠が声をかけた。

「あのぉ……放課後って大丈夫?」

「えっ?ええ、大丈夫ですけど……」

「じゃ、じゃあ、4時に時計台の下で待っててくれないかな?」

「ええ、いいですよ」

「そ、それじゃあ、お、お願いね」

「?」

匠は美帆に放課後の約束を取り付けると、そそくさと教室から出て行った。

「妖精さん?何ニヤニヤしているのですか?……昨日から変ですよ?」

太陽の恵み、光の恵

第23部 梅雨時の学校編 その9

Written by B
バタン!



「ああ、緊張した、緊張した、緊張したぁ〜〜〜〜〜!」

教室から出るやいなや、猛ダッシュでトイレの個室に飛び込んだ匠は息をぜいぜい吐いていた。

「心臓が飛び出るかと思った……」

美帆の前では普通の顔をしていたつもりだが、内心はドキドキしていた。

「こんなにドキドキするとは思ってなかった……」

まだ告白をしているわけでもないのに匠はかなり緊張していた。

「放課後、どうなるんだろう、俺……」

本番ではどうなるか不安なまま、匠は再び教室に戻った。



2時間目の休み時間。

「あれ?次は理科だっけ?」
「ああ、化学の実験だよ」
「ふ〜ん、ヤクに手を出すんだね」
「光、その言い方は変」

教室移動時にたまたま出くわした光と公二は、普段はこんな会話をしている。
光は公二の顔を近づけさせ、耳元でささやく。

「ねぇ、坂城くんの様子はどう?」
「ああ、普通の顔をしているようには見えるけど……」
「緊張してるってこと?」
「今までのアイツを考えると間違いなくそうだな」
「大丈夫?」
「わからん。まあ俺たちが心配してもしょうがないけどな」
「まあ、そうだけどね」

廊下で男と女の内緒話。
普通は注目されるが、二人のことは周知されているので、特段注目されることはない。



「妖精さん?どうしても教えてくれないのですか?」

授業中も美帆は気になってしょうがない。
匠から放課後呼び出された。
どういう用件かはわからない。

匠からのお誘いはうれしいが用件がわからなければ不安になる。

ところが妖精さん達は匠と美帆をみてニヤニヤするばかり。
なにか知っているみたいなのだが、聞いても教えてくれない。

(どうしたのかしら?いつもとは違う……)

普段ならばちょっと脅せば素直に白状するのだが、今回は違う。
脅されると一斉に逃げてしまって、効果がない。
どうやら妖精さん達の間でなにか談合をしているようだ。

「お願いですから教えて……私、不安でしょうがないんです……」

とうとう、美帆は妖精さんに頼み込むようにお願いした。


一人の妖精さんが、何か他の妖精さんに相談しているようだ。
しかし相談されたと思われる妖精さんは首を横に振る。

妖精さんは一斉に逃げてしまった。


「どうして……」


美帆の不安は広がるばかりだった。



(え〜と、ずっと美帆ちゃんをみてました……いや、違うな……)

一方の匠。

(ああ、わが愛しの美帆ちゃん……わざとらしい……)

授業そっちのけで放課後のことを考えていた。

(ああ、美帆ちゃん!美帆ちゃんはなんで美帆ちゃんなんだ?……わけがわからない)

放課後どう言おうか?
昨日の夜もずっと考えてはいたのだが、納得のいくものは思いつかなかった。
それでもある程度は考えてはいるのだが、やはり気になってしょうがない。

そこで、勉強している振りをして台詞を賢明に考えている。

(あ〜あ!なんて言ったら美帆ちゃんは喜んでくれるんだぁ!)

匠の頭のなかは悶絶しっぱなしだった。



お昼休み

2Aの教室で公二は純と一緒にお昼を食べていた。
匠は用があるといって断られた。

「いろいろ言われたくないんじゃないのか?」
「そうだろうな」
「しかし、匠があそこまでナイーブだとは思わなかったな」
「今までかる〜く女の子からつきあってたから、その反動でもあるのか?」
「たぶんな」

下手に手を出さない方がいい。
公二と純の結論はこれだった。


従って、当然話の方向は変わっていく。

「ところで、純こそ楓子ちゃんとはどうなったんだ?」
「ぶはっ!……げほげほ……い、いきなりなんだよ」
「いや、匠の話は聞くけど純の話は聞かないなぁって」

いきなり話を向けられてご飯がのどに入りむせている純と、それをニヤニヤして見ている公二。
話の主導権はもはや公二にあった。

「まあ、とりあえず仲良くするところから始めてるよ」
「たとえば?」
「休み時間に話をしたり、土日に一緒に遊びに行ったり」
「なぁ。それってデートって言わないか?」
「いや、クラスの友達と一緒だから、デートじゃない」
「ほう。それで感触はどうなんだ?」
「悪くないと思う。俺が誘うと佐倉さんもOKしてくれるし」
「ふ〜ん」

二人が両想いであることは知っているが公二は知らぬ振りして純の話を聞いている。

「二人っきりって恥ずかしいから、徐々にやっていくよ」
「純らしいな。でもそれでいいんじゃない?」
「ああ、公二がそういってくれると安心するよ」
「おいおい。俺がって言うけど、俺は恋愛の達人じゃないからな」
「わかってるよ。他人がいいって言ってくれると安心するんだよ」
「なるほどね、俺もそう思う」

純は純なりにプランがあるみたいだ。
それを聞いて一安心する公二だった。




そして放課後。

美帆は時計台の下にやってきた。

匠はそこで待っていた。



「美帆ちゃん……」

匠の顔は少し緊張気味。
心なしか顔が赤いようにも見える。

「匠さん?」

美帆はそんな匠を見て自分も少しだけ緊張する。




二人は向かい合ってたったまま。
二人の間は約1m。
二人の視線はまっすぐ相手の視線にぶつかっている。



「なあ、俺たちが初めて出会ったのはちょうど1年前ぐらいかな……」

匠は視線を少しだけそらし、話を始める。

「そうですね。確か主人さんの情報を聞きたくて……」

美帆はそのときを思い出しながら返事をした。




「あのときはごめんなさい……」

「いいっていいって、過ぎたことだし……でも、怖かったな……」

「ごめんなさい……」

二人の出会いは最悪だった。
美帆が匠を脅して主人の情報を聞き出した。




「王子様……探してたんだよな」

「ええ、でも主人さんは光さんの王子様でした」

「そうなんだよな……今振り返っても納得するよな」

美帆が直感で王子様と感じ取った公二と光を妖精さんをこき使って裂こうとしたが失敗。
結局妖精さんにたしなめられて泣く泣く諦めたのだ。




「昔から王子様探してるの?」

「ええ……」

「見つかった?」

「まだ……」

美帆の王子様願望。
それはかなり昔から。
『きっと白馬の王子様が迎えにきてくれる』
そうずっと願い続けていた。
最近は薄れてしまっているが、まだ心の片隅では王子様を捜していた。




静かに静かに流れていた会話。
しかし、匠が突然口をつぐんだ。

「……」
「?」
「……」
「匠さん?」

美帆は匠を見つめる。
匠は深呼吸をして心を落ち着かせる。

そして意を決すると美帆を真正面から見つめる。
そして一歩二歩三歩と歩く。
見つめられたままの美帆は全く動けない。

二人の距離は30cm。



そして匠は口を開く。





「なぁ……俺じゃ……だめかな?」





「えっ?」





「俺が美帆ちゃんの王子様じゃ……だめかな?」





「今なんて……」





「だから、王子様になりたくて……いや、あの、その……」





「匠さん?」





「だから、俺は……俺は……俺は……」



匠の言葉がしどろもどろになる。
続きが言いたくても口が言うことを聞かない。
それに気づいた頭もだんだんパニックになっていく。

匠は頭をぶんぶん振って頭をすっきりさせようとするがうまくいない。




「だめだ……言葉が出てこない……うわぁぁぁぁぁ……」






「匠さん?」







「俺は……俺は……俺は美帆ちゃんが好きなんだぁ〜!」







「えっ……」






匠は空に向かって叫ぶように告白した。
美帆は言葉を失ってしまう。



「はぁ、はぁ、はぁ……」

「……」

匠は暖めていた気持ちを一気にはき出しだため、息切れしてしまっている。
一方、思いがけずに告白された美帆は呆然としてしまっている。



「匠さん?……私でいいんですか?」

「えっ?」

美帆は恐る恐る訪ねる。



「私って変な女の子ですよ?」

「そんなことない!」

匠は『何を言ってるんだ?』という表情で答える。



「妖精さんをこきつかう、ひどい女の子ですよ?」

「美帆ちゃんは普通の女の子だよ!」



「困ったことがあると、すぐに妖精さんに頼っちゃうんですよ?」

「じゃあ、今度は俺を頼ってくれよ!」



「子供の頃から白馬の王子様を信じている子ですよ?」

「そんなこと関係ない!」



「私は大人っぽくない。いや子供ですよ?」

「俺はもうそんなのどうでもいいんだ!俺は美帆ちゃんの全部が好きなんだぁ!」



匠は最後はまた叫ぶように答えた。
美帆はまた動けなくなった。




「うれしい……」


そしてしばらくして美帆の目から一筋の光る線が描かれる。
美帆はそれを拭くと顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。



「匠さん……王子様になっていいなんてとてもいえません」




「?」




「私を……あなたの……お姫様に……してください……」




「えっ?」




「私……ずっと匠さんのこと……好きでした……」




「それじゃあ……」



美帆は黙って頷く。
匠の表情がみるみる変わっていく。


「や、やったぁ〜!」


匠は大声を上げてバンザイをする。
美帆はそのそばでさらに顔を真っ赤にしてしまう。




そのとき。



ゴン!



「えっ?」
「えっ?」



ガゴン!



「何だ?」
「今の音は……」



ゴンガン!



「もしかして……」
「まさか……」


二人は時計台の上を見上げる。



ガゴンガン!



「伝説の鐘が……」
「鳴ってる……」


音の元は時計台の一番上。
あの伝説の鐘から聞こえてきたのだ。


「鳴って欲しかったんだ……でも本当に鳴るなんて……」
「どうして……」


二人は呆然と鐘の音を聞いている。
なぜか音が変なのだが二人はそんなことはまったく気にせずじっと耳を傾けていた。



そんないい場面はそう長く続くものではなく。

(ちょっとお尻さわらないでよ!もう夜まで待てないの?公二のエッチ!)
(違うって、水無月さんが押すんだよ!)
(静かにしなさいよ!ここからいよいよ熱いラブシーンが始まるのよ!)
(ら、らぶしーん……)
(う、うわわわ、もうだめ、倒れちゃう……)

「「「「「うわぁ!」」」」」


「うわっ?」
「きゃっ?」


二人は時計台の陰から一斉に人が倒れてくるのに気がついた。
よく見ると二人の友達が重なるように倒れていた。
ちなみに下から光、公二、琴子、純、美幸と重なっている。

突然の登場に二人は当然のごとく驚く。



「な、なんだよ……」
「や、やぁ……よかったな、匠」
「えっ……」
「お、おめでとう、坂城くん」
「……」
「よ、よかったね、美帆ぴょん」
「……」

ごまかすようにお祝いの言葉を言うと、顔を真っ赤にしてしまう匠と美帆。


(なんとかごまかせたようね)
(そんなわけないだろ)

今日の様子がずっと気になっていた、公二と純と光。
「何かある」と感づいて光に事情を(誘導尋問で)聞き出した琴子。
そして、たまたま通りがかった美幸の5人は、ずっと時計台の陰で見守って(覗いて?)いたのだ。



なんとかごまかせた?5人はゆっくりと立ち上がる。
そして琴子が一言。


「さてと……これから私たちにお熱い場面でも見せてくれるのかしら?」


「えっ?」
「えっ?」

いつの間にか美帆は匠に抱きついていた。

「……」
「……」


そして気がつくと二人の距離はわずか5cm。
息づかいが伝わる距離に急接近中。


「うわぁ!」
「きゃっ!」


びっくりした二人はお互いを突き飛ばしてしまう。
お互いに突き飛ばされた二人は尻餅をついてしまう。




「キスはこんな場でするものじゃないわよ。それに急ぐとどこかの馬鹿夫婦みたいになっちゃうわよ」
「琴子。私たちは急いでないって!」
「よく言うわよ。5年ぶりの再会から数時間で肉体関係を結ぶ二人のどこが急いでないのよ?」
「……」
「まあまあ、とりあえず、この場じゃあ何だし、どこか喫茶店で話でもしたら?」

公二が変な方向に進みそうな場をなんとか納めようとする。

「そ、そうだな……帰ろうかな」

匠も公二の言うことを聞こうとし、ようやく立ち上がる。
そしてまだ尻餅をついたままの美帆に歩み寄る。

「美帆ちゃん。鞄は?」
「一応下駄箱に……」
「じゃあ今日は帰ろうか?」

匠は美帆の前に手を差し出す。

「ええ……」

美帆はその手をつかんで立ち上がる。

「じゃあ行こうか?」
「はい……私の王子様……」

そして二人は鞄をとりに生徒玄関へと歩いていった。



そして取り残されたのは見物者5人。

「あ〜あ、手をつないで歩いてるよ」
「しかし、二人とも顔真っ赤にしてウブよねぇ……」
「美帆ぴょん幸せそう……」
「しかし、匠が白雪さんを引っ張ってる感じだよな」
「坂城くんって、意外と亭主関白だったりして」

二人が生徒玄関に戻って、正門から一緒に出て行くところまでずっと見送っていた。

「しかし匠も大胆だよな」
「うん、あんなに大声で告白するなんてね」
「俺は恥ずかしくて絶対に無理だよ」
「みんなに聞こえちゃってるよ?大丈夫かなぁ?」
「明日が楽しみね……うふふ……」

5人はふと上を見上げる。
そこにはいつの間にかまた鳴らなくなった伝説の鐘が。

「しかし、なんで鐘が鳴ったんだ?」
「壊れてるんでしょ?誰かがなおしたのかなぁ?」
「でも、音がおかしくないか?ガンゴンなんて普通しないぞ」
「そうだよねぇ〜、鐘ってもっときれいな音だよねぇ」
「まさか……いや、そんなこと……いや、絶対にありえるわね……」

琴子の一言で5人の頭の中にある仮定が浮かんだ。
果たしてそうであった。



そして手をつないだまま下校する、恋人達。

「匠さん、これからはよろしくお願いします……」
「俺の方こそよろしくな……」
「はい……」

いまだに顔は真っ赤。
恥ずかしくて会話も進まない。
でも手はしっかりと握られている。



そんなとき、美帆は何かに気がついた。

「あれ?」
「美帆ちゃん?」
「どうしたんですか?……えっ?……ええっ!」

美帆は宙を見て話を聞く仕草をしたと思うとすぐに驚きの表情を見せる。

「どうしたの?」
「あのぉ、鐘は私たちを祝福するために鳴らしてくれたみたいです……」

「鳴らして?……誰が?」
「そんなの決まってるじゃないですか……ねっ、妖精さん!」

美帆が匠に見せた笑顔は幸せいっぱいの笑顔だった。
To be continued
後書き 兼 言い訳

今部のメインの匠の告白です。

匠の告白は本編とは正反対と思われる熱い告白となりました。
ええ、ここでの匠の本質が本編と正反対になってそうが、そこはお話なので。

そしてなんと伝説の鐘が鳴りました。
……強引にですが(笑)

妖精さんも洒落た?演出をするものです(笑)

さて、今部は次回で終わる予定です。
なんとなく後日談っぽい感じになりそうかと。

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