第136話目次第138話
バレーボールの会場

(明かりがまぶしい……)

いくつものライトに照らされたコートの中では両チームが試合前の練習をしている。
ちょうど今はネットの向こうからサーブを打ち、レシーブの練習をしているところ。

(夢のよう……)

その中で花桜梨は感慨深げに試合前の雰囲気を楽しんでいた。

(出たい。ううん、でるだけじゃいや。出たら勝ちたい……)

花桜梨は静かに闘志を燃やし始めていた。


ここはインターハイ。
花桜梨が夢見ていた舞台。
花桜梨が一度は諦めた舞台。
その舞台に花桜梨は立とうとしていた。

太陽の恵み、光の恵

第24部 インターハイ編 その3

Written by B
花桜梨はレギュラーではない。
控えのセッターとして、ベンチスタートだ。
しかし、選手交代が頻繁にあるバレーの場合、出場のチャンスは十分にある。

(私が出ない展開のほうがいいから……)

セッターはチームの司令塔だ。
その司令塔が変わらないほうが、連携もうまくいくはず。

(でも、でたいな……)

花桜梨は複雑な心境でインターハイを迎えた。



そしてインターハイが始まる。

ひびきの女子バレー部は毎年ベスト8の常連校だ。
だから、1回戦、2回戦は肩慣らしといったレベル。
だからといって手を抜いているわけではなく、確実なレシーブ、正確なトスを心がけてプレーしている。
相手が弱くても、プレーに手を抜くと後の試合で同じようなプレーをしかねないからだ。

そういうわけで、控えの花桜梨の出番がないまま、順調に勝ち上がっていった。

(このまま、勝っていけばいいな……)

花桜梨はベンチで戦況を見つめながら、相手コートにつきさすボールを追っていた。



そしてお昼の時間。
体育館の外で、花桜梨はキャプテンと一緒にお昼ご飯を食べていた。
二人ともお弁当を手に話をしていた。
話からして二人とも母親に作ってもらったらしい。

「どう?体がなまってない?」
「いいえ、いつでも準備OKですよ」

キャプテンは花桜梨と同じセッターということもあり、入部当時から仲がいい。
花桜梨はキャプテンに特に親切にしてもらっている。

「そうか、じゃあ、もうじき出番がくるかもね」
「えっ?」
「そろそろ強豪と当たると、攻めも幅広くやらないと勝てなくなると思うの」
「そういうものなんですか?」
「そう、そのときに花桜梨さんが必要になるわ。それまで待ってるのよ」
「はい!」

キャプテンの優しい言葉に花桜梨も元気な返事を返す。

「でも、キャプテンがこのままの調子なら大丈夫ですよ」
「お世辞をいっても何も出ないわよ」
「お世辞じゃありませんよ」
「ありがと。でも本当に準備はよろしくね」
「はい」

そうしているうちにお弁当も食べ終わり、軽い運動を始めるべく、お弁当の片づけを始めた。



そして午後の試合、3回戦が始まった。

今度の相手は去年のインターハイの準優勝校。
しかも、この前の春の選抜優勝大会には都代表として出場している。
くじ運が悪かったのか、3回戦で当たることになってしまった。
今年の最初で最大の難関といってもいいかもしれない。

(苦戦するのは間違いないかも……)

花桜梨の心配どおりにチームは苦戦することになる。



いままで決まっていたアタックがブロックで跳ね返される割合が高くなっている。

逆にブロックが決まらない割合も高くなる。

今まで決められていなかったサービスエースが決められた。

なによりも自分たちのサーブ権を連続で確保できていない。



花桜梨はともかく、素人でも苦戦しているのがよくわかる。



そのうちに、あれよあれよという間に第1セットがとられてしまう。
スコアは8−15。
かなりの大差が付いてしまっていた。

(もしかして読まれてるのかしら……)

コートチェンジのとき、花桜梨はふとそんな感想を持っていた。

さすがに攻撃パターンが幾つもあるわけではない。
それでも、相手に読まれなければ効果はあることには間違いない。
しかし、それが読まれているのでは?
相手は全国大会の常連校。研究されていれば、読まれる可能性は十分にある。

(監督はどうするんだろう?)

花桜梨はレギュラーに混じって監督の指示を仰ぐ。



監督は相手校の動きや、ねらう場所などについて細かい指示を出す。

そして最後に監督が八重に向けて声を掛ける。

「八重」
「はい?」


「次のセットは最初からいくぞ」


思いがけない一言に花桜梨は驚く。

「ええっ!私ですか?」
「ああ、どうもうちの動きが読まれてるから、一度攻め方を変えようと思う」
「で、でも……」
「大丈夫よ。八重さんは思いっきりやればいいだけ」
「きゃ、キャプテン。そ、そうですか?」
「キャプテンの言うとおりだ、八重の攻撃が通用しなくなったら交代するから大丈夫だ」
「わかりました」

(こんな、大事なときに登場なんて……)

承諾はしたものの、いきなりのインターハイデビューに戸惑いを隠せない。
さらに3セットマッチの1セット目を取られているので、ここで取られるとおしまい。
花桜梨の責任は大きい。



花桜梨は次のセットに向けて軽く体を動かすものの、緊張がほぐれない。
そんな花桜梨に後ろからキャプテンが声を掛ける。

「八重さん」
「キャプテン……」
「練習だと思ってやればいいのよ。それにせっかくのデビュー戦。楽しんできたら?」
「でも……」
「私のことは気にしないで。私の作戦が読まれていることは確かだから」
「えっ……」
「なんとなく動きをみてわかるの。だからこそ、セッターの交代が必要なの」
「わかりました、試合を壊さないようにします……」
「大丈夫。八重さんならできるわ」

キャプテンとの短い会話。
それでも花桜梨の緊張は多少和らいだようだ。



そうしているうちに第2セットが始まる。

相手チームはセッターが最初から変わっていることに驚く。
しかも、今回が初登場の2年生。
しかし、いつも通りやれば問題ない、と思っているのか、余裕の表情である。

(不思議だな……なんでこんなに落ち着いてるんだろう)

一方の花桜梨も落ち着いていた。
初めてなのにもかかわらず、表情には笑みがこぼれる。
相手チームの真剣な表情を眺める余裕もある。

(まずは無難にいこうかし……えっ?)

どういう攻め方をしようか考えていて、ふとベンチを見ると、ベンチに座っているキャプテンがサインを送ってきた。
そのサインをみて、花桜梨は驚く。

(えっ?えっ?ええっ!い、いきなりですか?)

「女は度胸だよ!」

キャプテンの満面の笑顔と元気のいい声援が花桜梨の耳に届く。

(も、もう、こうなったらやってやるわよ!)

花桜梨はやけくそになっていた。



相手チームのサーブから始まる。

花桜梨は背中に手を回し、チームメイトにサインを送る。
緊張している花桜梨とは正反対に周りのチームメイトからはクスクスと声がする。
それもそのはず、先ほどのキャプテンのサインで、チームメイトはもう最初に何をやるかはわかっていたからだ。

コートの外からサーブが打たれる。

打点の高いジャンピングサーブ。

ボールはうなるように自陣に向かってくる。


バシン!


後衛の真ん中にいた、黄緑色のユニフォームのリベロが簡単にレシーブする。

レシーブしたボールは花桜梨の真上から落ちてくる。

(来る!)

花桜梨は腰を下ろし、ボールをトスする構えに入る。
それを見た前衛の二人がそれぞれコートの右端と左端からジャンプする。
クイック攻撃の体制だ。

花桜梨は向かって左側。
それをみて相手側は、レフトの選手に対して2枚のブロックで構える。
そして、素早く花桜梨はトスをする。

(お願い!決まって!)



パシッ!



花桜梨のバックトス。
ボールはコートの右側へ。
ボールはジャンプして、打つ体制のライトの選手のちょうど前。
目の前には相手の壁はない。



バシン!



ボールは思い切り相手コートに突き刺さる。

「やった……」
「花桜梨!やったね」
「この調子だよ!」

チームメイトに祝福されるなか、花桜梨は安心半分、驚き半分で呆然と立っていた。
相手チームもまったくの予想外の攻撃に驚きを隠せない。


Bクイックに見せかけた、Dクイック。


キャプテンが最初に出した攻撃パターンだ。
前にトスするBクイックとは違い、Dクイックはバックトスでのクイック攻撃。
バックトスでの正確なパスが必要なため、高校レベルではなかなかできない。

キャプテンでも何回かやって1回うまくいくかの程度
ましてや花桜梨はそれよりも精度は低い。

それをインターハイの大事な場面でやってのけてしまった。
花桜梨が驚くのも無理はない。



「これで八重さんものってきますよ」
「しかし、大胆な指示を出したな。私には無理だよ」

ベンチでは監督とキャプテンがこんな会話をしていた。

「しかし、なんであんな指示を出したんだ?」
「八重さんは本番ではやってくれると思ったからです」
「それだけか?」
「ええ」
「えらく自信あるな」
「はい、私は八重さんの本当の実力を知ってますから。本当の彼女はこんなものではないってことを」

キャプテンは自信たっぷりに堂々と監督に答えていた。

「でも、あの脅しは一度しか効かないぞ。読まれ始めたらいつでも交代するから準備しとけよ」
「はい」



そして、キャプテンの予想通りに、花桜梨のプレーはさえていた。

(今度はレフトからオープン攻撃……)

レシーブが少しミスしてボールの位置が後ろにきた。
花桜梨は下がってボールの真下に位置する。

(ここだったら、バックが効く!)

花桜梨はそう判断して、方針変更。
それを察知した後衛がバックアタックの体制に入る。

花桜梨は軽くトスする。
後衛が走りながらジャンプ。その勢いをボールにたたきつける。



バシン!



ボールは相手コートに突き刺さる。

「ナイストス!」
「いい判断だよ、花桜梨!」

チームメイトからほめられる花桜梨。

(なんか調子がでてきたみたい……)

花桜梨もまんざらではなさそうだ。



序盤はひびきののペース。
8−4でひびきのリードで一回目のタイムアウトを迎えた。
相手のベンチでは大声で監督がなにやら怒鳴っている。
かなり気合いを入れているようだ。

花桜梨とキャプテンはその様子を遠くから眺めていた。

「相手はかなり気合い入れているわ。花桜梨さん、気をつけてね」
「はい、でも練習通りにやるだけですよ」
「その練習通りができないのよ。やれればどこの学校も優勝できるわよ」
「……そうですよね」
「とにかく油断しちゃだめだよ」
「はい」



そして試合再開。

(ち、違う……)

開始早々、花桜梨は焦っていた。
明らかに相手の動きが違うのだ。

(今まで本気を出してなかったの?……)

相手のサーブの変化が少し大きくなっている。

トスも軽く上げているのではなく、正確なトスになっていた。

そしてアタッカーのスパイクの威力が強くなっていた。

タイムアウト時に4点あったリードはあっという間になくなっていた。



スコアは12−12。

相手のサーブで始まる。

(こんどはクイックで……)

花桜梨は後ろのチームメイトにサインを送る。



バシッ!



相手のサーブが放たれる。

(強い!)

威力十分のサーブ。
リベロがレシーブするが、レシーブが乱れてしまう。
ボールは後方へ。

(だめ、返すのが精一杯……)

後衛が拾ったボールは花桜梨が何とか相手コートに送る。
送るだけが精一杯なので、威力はまったくない。
相手のチャンスボールとなる。

後衛が軽々とレシーブする。
ボールはちょうどセッターの真上にくる。

(レフトからのオープンだ!)

花桜梨はそう判断してライトの選手と一緒にブロックの体勢に入る。


しかし、相手の選手は早々にジャンプ。



バシッ!



(しまった!)

スピードあるトスがアタッカーのちょうどいい場所へ。



バシン!



(やられた……)

クイック攻撃を見事に決められてしまった。
タイミングを外されたひびきのは何もできなかった。

12−13。
ついに逆転された。
相手の選手、応援団共々盛り上がる。



ピピーッ!

ここで主審の笛が鳴る。
ひびきのの選手交代だ。

(えっ……私?)

交代させられるのは花桜梨だった。
花桜梨とキャプテンが交代となる。

(やっぱり、だめだったみたい……)

コートの端で、花桜梨とキャプテンがすれ違う。

「お疲れ様。あとは任せておいて」
「ごめんなさい……」
「いいって、いいって。十分がんばったわよ」
「でも……」
「な〜に、これからが勝負よ!」

意気消沈する花桜梨に対して、キャプテンは笑顔だった。



花桜梨はベンチで監督の隣にすわる。

「ご苦労様」
「すいません。リードが守れなくて」
「いや、相手はかなり本気を出したから追いつかれただけだ」
「えっ?」
「八重。おまえのプレーを見て、相手は本気を出さないと勝てないと判断しだんだろうな」
「そうなんですか?」
「ああ。その証拠に目が違う。必死だ。あれだけあそこが必死になるのは久しぶりだ」
「……」
「しかし、もう相手は勢いに乗ってる。もう手がつけられないかもしれないな」
「……」
「八重は悪くない。あれが本当の実力差だ」

プレーが続く中。監督は花桜梨にそう話す。
花桜梨もプレーを見ながら聞いている。



「私は意味が半分しかわからんが、キャプテンから八重に言付けを頼まれてる」
「えっ?」


「『私たちの死に様を目に焼き付けておくんだよ。ボス』ってな」


「えっ……」

花桜梨の目には劣勢の中、必死にチームメイトを鼓舞するキャプテンの姿が写っている。

(キャプテン……)

たぶんキャプテンはこの試合は勝てないと気がついてしまったのだろう。
それは高校生活最後の試合になってしまうということ。
キャプテンは覚悟を決めてコートに飛び込んでいったのだ。

そして。

(キャプテン……もしかしたら、最初から私のことを……)

花桜梨の脳裏に入部してからのキャプテンとの思い出が駆けめぐる。

(……)

花桜梨は泣きそうになる。
しかし、泣かずに必死にコート内のプレーを見つめいていた。



試合はそのまま15−25でこのセットも取られてひびきのは敗退。
結局、逆転で勢いづいた相手を止めることはできなかったのだ。

この相手校はその勢いでその後の試合を勝ち続け、結局優勝を果たした。
後日、雑誌に載った監督のコメントの中にこんな一言があった。

『ひびきのとの2セット目で、目が覚めた。
 あの試合がなければ、次の試合でダラダラして負けていたかもしれない。
 ひびきのの2年生のセッターは来年は要注意しなくてはいけない。』

花桜梨に対する賛辞と言っても過言ではない。



夕方。
電車で帰路につくひびきのの部員達。
部員の半分が疲れて寝ているようだ。
花桜梨はキャプテンの隣に座っている。

「キャプテン……」
「なに?」

花桜梨の呼びかけにキャプテンは笑顔で返す。
花桜梨がキャプテンと離すのはあの選手交代以来だ。

「明日でかまいません、お話があります……」
「ちょうどよかった。私も話があるの」
「……」
「明日、部室で二人きりで話しましょ」
「はい……」

その日はそれっきりキャプテンとの会話はなかった。

花桜梨の初めてのインターハイ。
それは様々な想いが混じり合ったインターハイだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳

今回は花桜梨のインターハイでした。

135話でも書きましたが、ここでのひびきのはそれほど強くありません。
そうなるとこんな感じでは?と思ってます。
花桜梨もまだまだ技術は未熟だと思います。
なかなか1セットをフルに戦うにはまだきついかなと。
花桜梨さんは来年に期待なのかもしれません。

次回は純一郎の予定です。

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