第137話目次第139話
静寂が支配する。

胴着に身を包んだ二人が、竹刀を持ち対峙している。

相手の隙を探すべく、探りを入れる。
なかなか隙は見つからない。
お互いに慎重な展開。


相手の竹刀に自分の竹刀をぶつけて、少しでも有利な体勢に持ち込もうとする。
それは相手も同じ。

なかなか思い切り一本をねらうことができない。

(ちくしょう!こんな相手になんで一本とれないんだ!)


純一郎は明らかに焦っていた。

しかし、誰にも聞くことはできない。
その場で自分で解決しなくてはいけないのだ。

太陽の恵み、光の恵

第24部 インターハイ編 その4

Written by B
インターハイの団体戦
結局不振が当日まで続いてしまった純一郎だったが、それでも団体戦のメンバーに選ばれた。
不振でも実力はある、本番ではそれなりに実力は出せるだろう。
そんな監督の考えで先鋒での起用となった。

今はその初戦。


純一郎は実力の半分も出せていなかった。


(ちくしょう!スキだらけじゃないか!)

相手校は都では中堅クラスの学校。
その先鋒は1年生。
1年生とはいっても大会に出ているのだから実力はそれ相当にあるのだろう。

しかし、都ではベスト8クラスのひびきのにとっては、こんな相手に手こずるようでは先が不安になる。
ここは気持ちよく勝っておきたい。

しかし、純一郎は気持ちよく勝てる気配がない。



移動しながら、相手の隙を探る。

竹刀を少し上げたり下げたりして、相手を誘ってみる。

距離を縮めたり、離れたり、

自分を動かすことにより相手を動かす。

その動きの中での隙を探る。

相手は横に動くときに腕が少し下がる。

(腕が下がった!)

それを純一郎は見逃さなかった。

相手の面を狙うべく一気につっこむ。

「メーーーーーーン!」

腕を売り上げ、相手の面に竹刀をたたきつける。



パシンッ!



審判の声はしない。

純一郎のメンは相手の竹刀で防がれていた。

(ちくしょう!絶好のチャンスだったのに……なぜだ!)

周りから見ると飛び込むタイミングが遅かったのだ。
しかし、純一郎は気づかない。
純一郎としてはいつもと同じ感覚で飛び出し、いつもと同じ感覚で竹刀でたたきつけたのだ。

それがずれてしまっている。

本来なら早めに飛び出す等、その場でタイミングの修正を行うことができるのだが、今の純一郎はなぜだ?というのが頭の中にいっぱいになってしまう。
だから修正ができないまま。

(どうしてだ?……次こそは!)

今までの練習時と同じ展開。
しかし、練習時と明らかに違う点が一つだけある。

それは、今は試合中であること。

内容はともかく、勝たなくてはいけないのだ。
とにかく1本。
それが試合なのだ。



(遠くからだめなら、接近戦で……)

純一郎は相手の竹刀をぶつけたまま相手に近づく。

竹刀越しに押し合いになる。

押し合いで相手の腕が動かないところを、狙っていく。

(押し切れない……)

しかし、どうも押し切れない。
押しているはずなのにどうもかわされているようだ。
つばぜり合いが長々と続く。


「分かれ!」


審判の合図で試合が止められる。
あまりに膠着していたので止めたのだ。

(遠くでもダメ、近くでもだめ……う〜ん)

純一郎の悩みは深くなるばかり。



試合はそのまま、決定打が出ずにすすむ。

純一郎は積極的に1本を狙いに打ちにいっているが、もうちょっとというところで1本に行かない。
それに対して相手も打ちにいっているが、その回数は純一郎よりもかなり少ない。

純一郎がしっかり守って隙を見せないのと、やはり相手の実力が低いというのがある。

試合展開は純一郎の圧倒的優勢。
しかし、この試合は団体戦。判定はない。
1本が決まらなければ話にならない。



結局、そのまま5分が経過する。


「止め!」


審判の旗を持った両腕が真上にあがる。

二人は自分の場所に戻る。


「引き分け!」


審判が両方の旗を前上で交差させ、引き分けであることを告げる。

二人はそのまま試合場から下がる。



ひびきの側の自分の場所に戻る純一郎。
勝てなかったことで表情は暗い。

「すいませんでした……」
「大丈夫、大丈夫。このぐらい気にしない気にしない」
「そうですか……」
「な〜に、安心しな。次は勝てるよ」
「はい……」

次鋒である3年生に励まされるも、気持ちは晴れない純一郎。

(どうしてなんだろう……)

呆然と先輩達の試合を見つめる純一郎。
その後、3年生達が確実に2本ずつとり、結果4−0で次の2回戦に進むこととなった。

(俺だけだめだったんだ……)

しかし、それが純一郎を落ち込ませる要因となってしまった。



そして、ひびきのは2回戦、3回戦と順当に勝ち進む。

しかし純一郎だけが勝てなかった。
負けてはいない。
しかし勝ってもいなかった。

1回戦と同じように攻めても攻めても1本がとれず、0−0の引き分けで5分間が終わってしまうのだ。



そしてお昼。
純一郎は監督のところに話を持ちかける。

「監督」
「穂刈、どうしたんだ?」

純一郎は思い詰めたような顔をしている。

「お願いです。次から俺をはずしてください」
「えっ?」
「もうわからないんです!どうしていいのか、なにがいけないのか……わからないんです!」
「……」
「こんな状態で試合しても、先輩達に迷惑を掛けるだけです……」
「……」

純一郎は涙声で訴えていた。

(よけいに悪くしてしまったか……)

監督は純一郎の起用について悩んでいた。
純一郎の実力なら負けることはないだろう、現に負けていない。
もしかしたら、1本が決まって不調から一気に脱出することも考えていた。
しかしそれはダメだった。

これからは強豪校とぶつかっていく。
さすがにそろそろ負けてしまうかもしれない。
それを自覚している純一郎が監督に訴えたのだ。

(負けて完全につぶれてしまうよりは……)

監督も苦渋の決断だった。



結局、それ以降、純一郎の登場はなかった。
控えの3年生と入れ替えたのだ。

その入れ替わった3年生はその後は勝ったり負けたり。
この交代がよかったのかは、誰にもわからない。
しかし、つぶれかけている純一郎を起用するよりはマシだったというのが、監督の結論だ。

そしてひびきのはベスト4で敗退した。
去年はベスト8だったので、それよりもよかったのだが、やはり純一郎が本調子なら、というのは確かだ。



そしてその日の放課後。

「あ〜あ、今日も疲れちゃったなぁ」

グラウンドで野球部の練習の片づけを終えた楓子は校舎に忘れ物を取りに戻ろうとしていた。

「そういえば、純くん今日が本番だったよね……大丈夫かなぁ?」

楓子は純一郎が悩んでいる姿を何度も見てきた。
純一郎が深刻なスランプになっているのはよくわかっている。
楓子も自分なりのアドバイスをしようとしたが、純一郎のスランプは直らなかった。

団体戦のメンバーになったのも、純一郎本人から聞いた。

『俺なんかでいいのかなぁ?』
『大丈夫だよ!純くんなら、きっと大丈夫だよ!』
『そうか?なら頑張ろうかな』
『そうそう、頑張って!』

「でも純くんの顔、不安そうだったなぁ……」



そして、楓子が武道場を横切ろうとしようとしたとき。

「あれ?竹刀の音が?誰だろう?」

武道場の中からだれかの声と竹刀をたたきつける音が聞こえてきた。
楓子はそぉっと、武道場の中を覗いてみる。

「あっ!」

そこには純一郎が一人で竹刀を振っていた。



バシン!



「ちくしょう!」



バシン!



「ちくしょう!ちくしょう!」



バシン!



「どうして!どうしてなんだ!」

純一郎はジャージ姿で竹刀を振り、練習用の人形にたたきつけていた。
形も振りの鋭さも関係ない。
とにかく、振りまくっていた。

「ちくしょう!」

純一郎は泣きながら竹刀を振っていた。



(純くん……)

楓子はじっと純一郎の姿を見つめていた。
純一郎の様子から、本番で何があったのか、だいたいの検討はついていた。
それだけに余計に胸が苦しくなる。

(私じゃ、純くんを助けられないのかなぁ……)

楓子は気づかれないように武道場から離れた。

(教えて?どうすれば純くんを助けられるの?)

楓子は自問自答するするしかなかった。
To be continued
後書き 兼 言い訳

今回は純一郎のインターハイでした。

練習ではからっきしダメでも本番では強くなる。
某人気力士がこんな感じだそうで。

しかし、純一郎はそうはいきませんでした。
純一郎のスランプはどうすれば抜けられるのでしょうか?
まだまだ先になりそうです。

さて、順番から行けば楓子なのですが、楓子の話は別の視点から書くので次には書きません。
次回から、予告通り?に1,3,GSと書きます。
次回はインターハイ優勝候補のあの子です。

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