第157話目次第159話
日差しが高くなり、町中が熱気を帯びてきた7月。

花桜梨は夕方のひびきの駅前を歩いていた。

「暑い……」

駅前は活気にあふれている。
これはいつもそうだが、夏はさらに活気づくと感じる人もいるのだろう。

「まだ慣れないな、こういう人混み……あら?」

花桜梨は歩いている通りの目の前にキャッチセールスらしき女性が通り過ぎる人に片っ端から声を掛けている。
背が高く、ロングヘアに眼鏡をかけた大人の女性に見える。

「ああいうの嫌い……捕まらないようにしないと……」

花桜梨はその女性に見つからないように前を通り過ぎようとした。
しかし、そういうときに限って捕まるもの。
花桜梨はその女性に肩をつかまれる。

「ねぇ、美人のお姉さん!」
「あっ……」
「お姉さんが英会話に強くなる耳寄りな情報を……はっ!」
「?」

その女性は驚愕の表情を見せる。
花桜梨は何がなんだかわからない。
二人の間に沈黙が走る。

「……」

「?」

「!」



ブンッ!



「!!!」

女性の表情が突然険しくなったかと思うと、いきなり体を右回転する。
そして、右腕を伸ばし、拳を花桜梨の顔めがけて襲いかかってきた!



がしっ!



しかし、花桜梨は拳が顔に当たる前に平然と女性の手首を右手でつかむ。


「何するんですか!」

花桜梨が女性に向かって怒る。

すると、真剣だった女性がにこっと笑い、左手で眼鏡をはずす。


「お久しぶりね……花桜梨さん」

「!!!」


八重花桜梨と九段下舞佳。

5年ぶりの再会は裏拳で始まった。

太陽の恵み、光の恵

第27部 "乱れ桜"花桜梨・復活編 その1

Written by B
「花桜梨さんがここに住んでるのはダーリンから聞いてるわよ」
「は、はぁ……」
「まさか、こんなところで会えるとはねぇ」
「は、はい……」
「いやぁ、お姉さんもびっくりよ」
「……」

駅前の小さな喫茶店。

花桜梨は舞佳に誘われてそのお店に入った。
そして、花桜梨を無視してコーヒー2人分頼むといきなり話し始めた。
強引な舞佳に花桜梨はただ返事をするだけ。

「しかし、花桜梨さんも色々あったんだって?ダーリンから聞いたわよ」
「え、ええ……」
「まぁ、若いときは大きな失敗の一つや二つぐらいあるわよ」
「……舞佳さんもですか?」
「え?私?」
「そういうことを言うんだったら舞佳さんも……」

ようやく花桜梨も口を挟むことができた。
一方逆に聞かれた舞佳は困ったような表情を見せる。

「い、いやぁ、まぁ、そのぉ……そうなんだよね……」
「?」
「ま、まぁ、若気の至りってやつね、あははは……」
「?」

どうやら、舞佳にとっては触れられたくない事だったらしい。
あまりに困っている様子だったし、なんでそんなになるのかわからない花桜梨はそれ以上聞かなかった。



花桜梨は聞かない代わりに別の質問をすることにした。

「ところで舞佳さん」
「なに?」
「舞佳さんって、あんな仕事してるんですか?」
「えっ?」
「英会話がどうとか、耳寄りがどうとか……」
「い、いや、そ、空耳かなー、それ」
「……」

すっとぼける舞佳を花桜梨はじ〜っと見つめる。
じっと見つめられた舞佳はばつの悪そうな表情になる。

「い、いや、実は割が良いと思って今日から始めてるんだけど、どうも怪しいのよねぇ……あはは」
「だったらすぐに止めたらいいじゃないですか」
「わ、わかってるわよ。ただ、私にもプロのアルバイターとしてのプライドってものがあってさ……」
「じゃあ、私じゃなかったら、だまして売りつけてたの?」
「ま、まさか。本当に契約したら、クーリングオフって奴を説明してやって、それで……」
「それで?」
「それで君はマニュアル出てた見本通りだから注意しなって……あはは」
「本当ですか?」
「……」
「……」
「ごめんなさい……」

花桜梨はずっとまっすぐ舞佳を見つめている。
見つめられた舞佳はとうとう観念してしまう。

「そういうの、嫌い……」
「……」
「やめてくれませんか?そういう仕事」
「はい……」
「嘘ついてだますなんて……最低……」
「わかりました……すぐ止めます」
「……」

舞佳がかなり年上なのだが、今の二人を見た場合どちらが年上かわからない状況になっている。
なにせ花桜梨が舞佳にお説教しているのだから。



「弱っちゃうわよ……」

舞佳がぽつりとつぶやく。

「えっ?」
「弱っちゃうわよ、あなたにじっと見つめられると……」
「私に?」
「そうよ、見つめられると何もかも見通されてるみたいで、嘘つけなくなって……」
「……」
「あのころと変わってないわ」
「えっ?」
「あなたのその目。純粋そのもので……」
「……」
「ああ、私も薄汚れた大人になったのかしらねぇ……」
「……」

若干オーバーな演技が混じった舞佳の嘆きだが、花桜梨はそのなかにある本音を感じ取っていた。

(私って、そんな目してるのかしら?確かに舞佳さんをにらんだのは確かだけど)

しかし、言われた本人もそこまでとは思っていなかったので少しとまどっている。



「あっ?もうこんな時間?ちょうどいいわね」
「えっ?」

突然舞佳が時計を見て立ち上がる。
花桜梨もつられて立ち上がる。

「場所を変えましょ?静かに話せる場所があるの」
「?」
「そんな不安そうな顔をしないで!大丈夫、お姉さんについていけばいいのよん」
「は、はぁ……」

二人は喫茶店を出た。
お金は二人分を舞佳が払った。

喫茶店を出たら、もう空は暗くなってきていた。



「ねぇ、舞佳さん」
「なに?」
「本当に……いいんですか?」
「どうして?」
「だって、こんなところ……私が来る場所じゃない……」
「大丈夫よ。ここは私がまえ働いたことがある場所だから、マスターとは知り合いよ」
「でも、私こんな格好……」
「気にしない気にしない。花桜梨さんだったら十分私とタメに見られるわよ」
「……」

舞佳が連れられたのは駅前の繁華街から少し離れたおしゃれなバー。
照明は暗めで、大人のための憩いの場という雰囲気が漂う。

そんな店に連れられて、ジーンズにTシャツ姿の花桜梨がとまどうのは無理もない。
舞佳はスーツ姿だったのでまったく違和感はない。
それでも、舞佳に強引に店の隅のテーブル席に連れられた花桜梨。
ちょっと緊張して、舞佳が何か注文していることにも気がつかない。



注文を終えた舞佳が顔をウェイターから花桜梨の方に向け直す。

「さて、花桜梨さん……本題入るわよ」
「えっ?」

舞佳の表情はさっきまでの表情とはまったく違う真剣な表情だ。



「花桜梨さん……あなたが『カムバックした』って噂が広まってるんだけど……どうなの?」


「……」


「最近ずっと妙な出来事を聞いて、それと同じようにあなたの噂がでたのよ」


「どういう?」


「あちこちの不良高校生が誰かにボコボコにされる事件よ。犯人は被害者が口をつぐんで見つからないままの」


「!!!」


花桜梨の表情が一瞬変わる。
それを舞佳は見逃さなかった。


「……やはり、あなたね」


「……」


「どうなの?」


舞佳の真剣なまなざし。
今度は花桜梨が観念する番だった。


「はい……私です……」


「どうして?あなたの性格からして信じられない。どうしてなの?」


「実は……」


花桜梨はぽつりぽつりと今の状況を話し始めた。
花桜梨の話している間、舞佳はじっと耳を傾けていた。



「そう……スケ番に因縁つけられた友達を助けるために……」
「はい……助けなきゃという気持ちでいっぱいで……」
「その友達は花桜梨さんのこの事は?」
「いえ、このことは知らないはずです。私が戦う前に友達は逃がしましたから」
「そう……じゃあ……」
「退院してから、あの連中が私の事を知ったと思います。それで……」


「あなたの首を狙いに集まってるというわけ?」


「そうみたいです。私は喧嘩を売るなんてことはしたことがありません」


「そうよね。よかった……あっ、来たみたい。ちょっとのどが渇いちゃったから、休ませてね」
「は、はぁ……」
「はい、これあなたの分」
「あ、ありがとうございます」

ちょうど、注文したものが来たようだ。
花桜梨にはなにやらフルーティーなカクテル。
舞佳自身は外国産のビール。
受け取ったはいいものの初めてのカクテルにとまどっている。

「あれ?アルコールは初めてなの?」
「い、いえ、違いますけど、お酒は苦手だし、カクテルは初めてで……」
「大丈夫、それはアルコール分は小さいからお酒の苦手な若い女性にも人気なの」
「そうなんですか、じゃあ頂きます」
「あたしのおごりだから、気にしないで飲んでね」

少しだけ、話し疲れた二人。
ちょっとのどを潤す。
たしかに花桜梨の飲んでいるカクテルはアルコールが抑えめで飲みやすかった。
しかし、あまり飲み過ぎるとここで失態を見せかねなかったので、飲むのを抑えることにした。



そして、二人とも落ち着いたところで話の続きが始まる。

「さて、話を戻すわね……もう、私が何を言いたいかわかるわね?」
「はい……」


「茜ちゃん……あなたはどうするつもりなの?」


「……」


「友達になるな、なんて絶対に言わない。でも、茜ちゃんと友達になるにはどうしても避けられないわよ」
「わかってます。わかってるんですけど……」

「隠していてもいつかわかってしまう気がするの。そのとき……」
「それが怖いんです。怖くて怖くて……」

「たぶん、茜ちゃんとは避けられないかもしれない……覚悟している?」
「……」

「まだみたいね……」
「私、茜さんを裏切りたくない……私は茜さんとは……なんてしたくない……」

「あなたの気持ちはとてもわかるわ。茜ちゃんのことを思えば、私だってずっと隠しておきたい……」
「……」

「でも、あなたの噂は日に日に広まってるわ。もう抑えることは私でも無理」
「……」

「もしもの事があったら、私に相談して?」
「わかりました……」

だんだんと表情が暗くなる花桜梨。
それを舞佳が必死に慰めている光景がバーの片隅でずっと続いていた。



夜7時過ぎ。
二人はバーの前でお別れすることにした。

「それじゃあ、私はこれからバイトがあるから、何かあったらさっきの番号に電話して?」
「ありがとうございます……最後にいいですか?」
「なに?花桜梨さん」


「どうして私のことをそんなに心配してくれるんですか?」

「?」

「だって、私と舞佳さんは昔は敵……」

「何言ってるのよ。昔の事は昔の事。あのころはもういい思い出よ」

「……」

「それに知ってる?」

「えっ?」

「どこかの漫画だと『強敵』って書いて『とも』って読むんだって。それじゃあ」

「それじゃあ……」

舞佳は駅前の人混みの中に消えていった。



そして舞佳はそこで一人たたずんでいた。


「もう避けられないか……」

「……」

「友達を裏切りたくない……ねぇ、どうしたらいいの?誰か教えて……」


花桜梨は泣きたくなるのをそこで必死にこらえていた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
さて、花桜梨メインの第27部が始まります。
しかし、今回は難しいなぁ。
なにせ、途中の話がまったく思いついてない(汗
ストーリーを考えながらの執筆になるので、すこし時間がかかるかも。

さて、次はどうなるかなぁ?(まだ考えてないらしい)
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