「あ〜あ、最近暑くなってきたなぁ」
茜はバイトの帰り道。
途中、スーパーに寄って、今晩のおかずの材料を買い終わり、家路につくところだ。
右手には教科書の入った鞄、左手には大根や人参等が入ったスーパーの袋。
夕焼けが映える商店街を一人歩いていた。
「茜さん」
そんな茜に背中から呼ぶ声が聞こえてくる。
茜は振り返ると、見知らぬ制服の見知らぬ女の子が立っていた。
制服といっても、スカートは長く、足首が見えるか見えないくらい。
スカートのブリーツの数もかなり多い気がする。
髪の毛は長く金色で染めいている。
パーマはかかっておらず、ストレートで腰まで伸ばしている。
いかにも不良という感じの女の子。
年齢は茜と同じぐらいだろうか。
「あれ?誰でしたっけ?」
「やだなぁ、あたしよ。あたし」
「えっ?」
「ほらぁ、結構番長と一緒にいるのよ。覚えてない?」
「あれ?そうでしたっけ?」
「そうだよ。もう、忘れっぽいんだから」
「あっ、すいません。忘れてたみたいです」
「まあ、いいですよ。最近入ったばかりだから」
どうやら、兄の部下らしい。
茜は目の前の女性の記憶はまったくないのだが、当の本人がいうのだから信じることにした。
(う〜ん……お兄ちゃんの手下の女の人って舞佳さん以外にいたっけ?)
太陽の恵み、光の恵
第27部 "乱れ桜"花桜梨・復活編 その3
第160話〜情報誘惑〜
Written by B
「いいんですか?ごちそうになっちゃって?」
「いいの、いいの。いつもお世話になってるから」
「はぁ……」
商店街の中の喫茶店。
どこかのチェーン店でもなく、テーブルが4つ、カウンターが5席ぐらいの小さな喫茶店。
内装は煉瓦模様の壁紙の明治風で、すこし古ぼけている。
客もまばらだ。
そこに茜は「おごってあげるから」ということで、誘われた。
二人はテーブル席の一番奥に座った。
マスターが来ると、相手の女性は茜に何も聞かずにコーヒー2つ頼んだ。
マスターが立ち去ると、女性が話を始めた。
「ところで総番長には最近会ってないけど元気なの?」
「うん、元気元気。無駄に元気だよ」
「あはは、そうだもんね」
「そうそう。元気なのは昔からだよ」
茜の言葉に女性はくすっと笑った。
「そうね、しかも最近喧嘩してないからエネルギーが有り余ってたりして」
「あはは、そうかもね。最近ぜ〜んぜん喧嘩してないみたいだからね。お仕置きはしているみたいだけど」
女性は茜の返事に笑顔を見せる。
そして続けて質問する。
「あれ?総番長っていつから喧嘩してないんだっけ?」
「え〜と、もう5年ぐらいしてないんじゃないかなぁ?」
「もうそのぐらい経ってるんだっけ?」
「うん、確か、え〜と……」
指をあごにあて、顔を天井を向いて思い出そうとする茜。
それを見て女性はまたまたくすっと笑った。
そして女性はぽつりと言った。
「あの、病院送りにさせられて以来じゃないの?」
「!!!……」
茜は一気に思いだしたかのようにはっとした驚きの表情を浮かべる。
そして茜はそのまま黙ってしまう。
茜の表情はだんだん苦痛の色が見えてきた。
それを見て女性はまたくすっと笑った。
茜はそんな女性の様子にまったく気づいていないらしい。
「あっ、ごめん。嫌なこと思い出しちゃった?」
「いえ……そんなこと……ないです……」
茜は言葉では否定しているが、端から見ていれば全然そう見えない。
冷や汗は見ているし、苦痛の表情はまったく消えていない。
頭に浮かんできている嫌な映像をかき消そうと頭を振っている仕草も見せる。
それをみて女性はまたくすっと笑っている。
「本当に気にしてない?」
「は……はい……」
「もう過去の事?」
「え、ええ……」
「ねぇ、隠さなくてもいいんだよ?」
「……」
「正直に言っていいのよ?」
「……」
「大丈夫。誰にも言わないから」
「……」
女性は茜の目を覗くように話しかける。
その目は瞳の奥を覗くようにまっすぐに見ていた。
茜はその視線を外せずにいた。
そのまま黙ってしまう。
沈黙が続く。
その沈黙の間に注文のコーヒーが来ているが、沈黙が続く。
女性は平然とそのコーヒーを飲んでいる。
茜はテーブルを見つめ黙っている。
両手は膝の上に握られたまま。
長い沈黙の末、茜の口が遂に開かれた。
「憎いです……」
茜の表情が険しくなった。
テーブルを見つめたままは変わらないが、視線は鋭くなっている。
憎しみの色が見えているのだろうか。
茜は抑えていた気持ちを一気にはき出していた。
「あれでお兄ちゃんは本当に死にそうになったんだ。
もし、お兄ちゃんがもし死んだら……
そうなったら、ボクはひとりぼっち。
あのとき、どれだけボクは怖かったか……
ひとりぼっちになったらどうしようって……
お兄ちゃんは本当は悪い人じゃないんだ。
ただ喧嘩が強いだけなんだ。
それなのに……
それなのに……
なんで……
なんで……
なんで、あそこまでされなきゃいけないんだ!
なんで、病院送りにされる必要があったんだ!
ひどい……
ひどすぎるよ……
ボクは絶対に許せない……
できれば、ボクが仇を……」
「教えてあげよっか?」
「えっ?……今、何て……」
「だから、教えてあげよっか?総番長をヤった相手」
「え?でも……」
「誰も教えてくれないんでしょ?」
「う、うん……」
「私もそう言われてたんだけど……茜ちゃんの言葉を聞いてねぇ」
「本当ですか?」
「本当よ」
「教えてください!お願いします」
「あっ、茜ちゃん……」
茜は突然立ち上がり、女性の右手を両手でつかむ。
顔には怒りの表情は消えていた。
冷や汗ではなく別の汗が顔に流れているように見える。
焦りの表情というのが正しいのだろうか。
とにかく、何が何でも知りたい様子だ。
そんな茜をみて、女性はまたくすっと笑った。
「ええ、いいわよ。教えてあげる」
「本当ですね!」
「ええ、本当よ。でもこれは私たちだけの秘密よ。総番長にも誰にも言わないこと。いい?」
「はい!絶対に秘密にします!」
頭を思いっきり上下させる茜。
それを見て思わず笑いそうなのをこらえる女性。
「じゃあ、今は時間がないから、あさっての夕方でいい?」
「え〜と、その日はバイトがないから……うん、いいよ」
「じゃあ、場所と時間はこのメモに書いてあるから一人できてね?」
女性はポケットから1枚の5センチ四方の紙切れを取り出すとそれをそのまま茜に渡す。
受け取った茜はその紙切れに書いてある内容を見る。
「神社?こんな場所で?」
「うん、ちょっと用事があってね……」
「ふ〜ん、まあいいや。じゃあ、あさってだね」
茜が納得したところを見て女性はおもむろに立ち上がった。
「あれ?どうしたの?」
「もう時間だから。これから用事があるの」
「そうなんだ。ボクも晩御飯の準備をしなくちゃだからね」
茜も一緒に立ち上がる。
そして二人は喫茶店を出た。
代金は女性が二人分を精算した。
喫茶店の前。
空は少し暗くなってきたが、人の往来は相変わらず多い。
「それじゃあ、あさってね」
「はい、お願いします」
「じゃあ、またね」
女性は後ろを向きそのまま立ち去った。
彼女の背中は往来の人に紛れてすぐに見えなくなってしまった。
「……」
茜は女性が見えなくなるのを確認すると後ろを向き、そのまま家路についた。
「あれ?茜ちゃんだ」
その姿を遠くで見ている人がいた。
「今日はバイトはないはずだけど……何してたんだろう?」
舞佳である。
スーツに身をまとい。眼鏡を掛け、髪は束ねていない。
なにやら英会話のパンフレットらしき物を持っている格好だ。
舞佳がみた茜の表情はなにやら深刻な様子。
「なんだろう……嫌な予感がする……」
それを見た舞佳はなにか直感的なものを感じていた。
しかし、確信的なものは何もない。
「私の予感が当たらなければいいけど……」
舞佳の不安は消えることはなかった。
「……もしもし」
駅前の片隅で女性は右手に持った携帯電話でなにやら話をしていた。
真っ赤な本体にジャラジャラと無駄に多いストラップをつけている。
女性の表情は先ほどの笑顔ではまったくない。
なにかニタニタ、なにか悪代官がしそうな引きつった笑顔だ。
「いやぁ、笑っちゃうほど上手くいったよ。
あんなに馬鹿正直だったとはね。
大爆笑するのをこらえるのに大変だったよ。
とにかく、計画は順当にいってる。
あさっては本番だよ。
それまでに、人数をかき集めてきな。
2人や3人なんて、みみっちいことしたら、シめるわよ!
10人、20人。いや、100人ぐらい集めてくるんだよ!
あっ、武器持参は認めるよ。いや、武器ぐらい持ってこないとやられるよ。
それじゃあ、明日また電話するよ」
ピッ!
女性は右手の親指でボタンを強く押す。
どうやら電話は終わったようだ。
「これで上手くいく……
これで制裁できる……
覚悟しなさいよ……
八重 花桜梨……
一緒に地獄に連れてやるからね……
『乱れ桜』もこれでおしまいよ……」
その女性は携帯の画面を見ながらしばらくニタニタ笑っていた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
茜ちゃんの周りがおかしな方向に進んでます。
なにか裏がありそうな予感。
さて次回は花桜梨サイドです。
大波乱はまだ先かな?う〜ん。