第160話目次第162話
翌日の放課後。

花桜梨はまた校長室に呼ばれた。
校長室には校長と花桜梨の二人きり。
昨日に引き続きの呼び出しだが、花桜梨はまだ緊張している。

「今日はなんの用なのでしょうか?……」
「八重君。そんな扉の前に立っていないで、そこのソファーに座りたまえ」
「はい……」

校長は校長室の真ん中にある応接用ソファーを指さす。

革製の大きな椅子。
一人用が二つ並んでおいてあり、反対側には長椅子が一つ。
そして真ん中にはガラス張りの大きなテーブル。

花桜梨はその校長室にマッチしているそのテーブルセットの長椅子の端に座る。

その後で校長が一冊のバルキリーファイルを持って花桜梨の反対側に座る。

「何をするのですか?」

「今回の黒幕探しじゃ」

太陽の恵み、光の恵

第27部 "乱れ桜"花桜梨・復活編 その4

Written by B
校長は黒いA4サイズの厚いバルキリーファイルを目の前に置いた。
そしてどっかりと座る校長に花桜梨は尋ねた。

「黒幕?」
「そうじゃ。今回の件は絶対に黒幕がおる」
「どうしてですか?」
「黒幕の指示がなければ、あんなに頻繁に君を襲うことはないじゃろ?」
「確かに……」
「噂を聞いても普通は恐れをなして、襲うことはない」
「………」



「第三十六代関東総番長『乱れ桜八重』に喧嘩を売ろうなんて馬鹿のやることじゃ」



「くっ……」



「去った後には散った桜のように倒された人の山ができる……だから『乱れ桜』……」



「ちっ……」

普段通りの口調で話す校長。

一方の花桜梨は体が震えていた。
二つの握り拳を膝の上にのせ、頭は下げている。
今にも怒りが爆発しそうなのを必死に抑えているようにもみえる。
最後は舌打ちさえした。



その姿を確認した校長は、口調が重い口調になる。

「怒ってるよな?」
「………」

「悔しいか?」
「………」

「思い出したくないか?」
「………」

「あの名前で呼ばれたくなかったか?」
「ええ、私は一度もその名前・その肩書きを名乗ったことはありません!」



「でも、今はそれに真正面から向かい合わないと解決しないぞ」
「!!!」



校長の一言に花桜梨ははっとした表情で顔をあげる。

「今の思いをもう二度としたくないんじゃろ?」
「……はい……」

「ならば!……今回ですべて終わらせるぞ」
「はい……」

校長は怒りが収まった花桜梨の顔を一瞥すると、バルキリーファイルを広げ始めた。



黒いバルキリーファイルには、なにやらコピーと思わしき白黒の顔写真と文書が書かれている。
それをパラパラとめくりながら校長の話が続く。

「君の首を取って名を上げるなんて馬鹿はもうすでに君が成敗しているじゃろう……」
「たぶん……」
「ならば、今でも君を狙う理由はただ一つ」
「それは……」


「昔の恨みを引きずっている奴じゃ」


「………」
「どういう恨みかまではわからないが、そうでなければこんなことにはならん」
「………」
「昔からの奴なら、今は相当数の子分もいるじゃろう」
「そうでしょうね……」
「だから、調べてみたぞ」
「?……何をですか?」
「この近辺の高校生で、6年前ぐらいからずっとワルだった奴じゃ」
「えっ……」

校長はパラパラとファイルに綴じられた紙を一つ一つ見ている。

「こういうのは、その学校以外にも顔を出すから、近隣の学校から注意喚起でこういうのが来るんじゃ」
「はぁ……」
「儂は必要ないと思っていた。これで差別をするつもりはまったくなかったからな」
「………」
「でも、まさか使うことになるとはな……」
「すみません……」
「別に君が悪い訳じゃない……」
「………」
「とにかく、知った顔があったら教えてくれないか?」
「はい……」

校長はとあるところを開くとファイルの向きを反対にさせ、花桜梨が見やすいようにした。



花桜梨は一枚一枚紙をめくる。
少し見づらい顔写真を見る。
右上に書いてある名前を見る。
下にずらずらと書いてある経歴、主な事件などを見る。

そしてすぐに紙をめくる。
下に書いてあった内容をみる。

そしてすぐに紙をめくる。
また書いてあることを見る。

それの繰り返し。

校長室にはしばらくの間紙をめくる音だけが響いていた。



「いるか?」
「いませんね……」

「やはりそういるものじゃないからな……」
「単なる不良なんて長続きしませんよ……」

「そういうものか?」
「ええ、堅気になるか、暴走族になるのか、そうでなければ少年院行きですかね……」

「………」
「それに、不良だらけの高校に行って、淘汰される場合もありますね……」

「………」
「あとは暴力団の部下になるとか……」

「詳しいんだな……」
「ええ、これでもすこしだけ海外の……いえ、なんでもありません」
「???」

校長と話しているが二人とも視線はファイルのほうに目がいっている。
会話の間も紙をめくる音はとまらない。



窓は赤みがかってきている。
ファイルを開いてからもう20分ぐらい経っているだろうか。
調べていない紙も残り少なくなってきている。


「うむ……どうやら見つからないか?」
「そうみたいですね……あれ?」

花桜梨の紙をめくる指が止まった。

「………」

顔を少しだけ近づけて、白黒の写真の細部を見てみる。
そして名前をみて、じっと考え込む。

「………」

さらに顔を近づけて下に書いてある経歴等をみる。

「いた……」

花桜梨がぼそっとつぶやく。
花桜梨の顔が少しだけ青くなったようにも見える。

「ほうほう、この人か……」
「はい……」

校長はファイルの向きを逆にし、自分もその中身を見てみる。



女性だった。
年齢は花桜梨と同じ。
白黒でよくわからないが髪の毛は染めいているようだ。
髪はストレートヘアで、結構長そうだ。
住所はひびきのから3つほど離れた町。ここからそう遠くはない。



「この人は?」
「同じ中学の人です……私がグレてからしばらくして知り合った人です」
「なるほど、最後は君の側近……と言ってもいいのかな?」
「はい……でもどうしてひびきのに……」
「たぶん、今までの行いの何かが原因で、転校せざるおえなかったんだろうな」
「………」
「よくあることじゃ。しかし、この人は友達と言ってもいいのじゃろ?君になにか恨みがあると思うかね?」
「わかりません……あのころは人の気持ちなんて知りたくなかったから……」
「なるほど、だから」
「私のことを友達と思っているのかさえ……わかりません」
「なるほどな……」
「………」
「………」

二人は一枚の紙をじっと見つめたまま黙ってしまう。



しばらくして花桜梨は残りの紙もチェックする。
残りも少なかったのですぐにチェックは終わった。

「他にめぼしい人は?」
「いません……」
「なるほど、じゃあ彼女が黒幕の有力候補、というわけだな」
「………」

花桜梨は黙って頷いた。

「わかった、ここの高校と連絡を取ってみよう……」
「お願いします……」
「君も何かあったら私に直接連絡するように」
「いいんですか?」
「ああ、校長室にすぐに来て教えてくれたまえ」
「わかりました」
「うむ、それでは今日はもういいぞ」

花桜梨は立ち上がり、扉に向かう。
校長も一緒に立ち上がり、花桜梨の歩く姿をじっと見つめる。

「それでは失礼します……」

「うむ……それから一言言っておく」

「なんですか?」



「生ゴミみたいな嫌な思い出を、今後の肥やしにするか、ただの腐ったゴミにするかは君次第じゃよ」



「………失礼します」

花桜梨は深々と頭を下げて校長室を後にした。



「さて、ここの校長に連絡してみるか……まだ学校にはいるじゃろ……」

校長は電話帳を取り出し、とあるところに電話を掛ける。

「もしもし、ひびきの高校校長のば……えっ?声を聞けばわかるって?
 いやいや失礼をした。

 すまぬがそちらの生徒で……という生徒は……

 ………

 うむ。今週急に学校に来なくなった……
 でも、警察沙汰はなっていない……
 しかし、怪しい行動をしているという教員の情報もある?

 ………

 うむ。急にすまなかった。
 えっ?なにかしたかって?
 いやいや、ただ聞いてみただけじゃ。
 それでは」



ガチャ



校長は受話器を置くと、険しい表情に変わった。

「まずい……もう動いてとる」

校長は腕組みをして考え込む。

「もしかしたら、もうすぐ何かしでかすかもしれん……

 早く手を打たないと……警察沙汰にはしたくない。

 大騒ぎになったら八重君の立場が……

 これはやっかいなことになった……」

しばらく校長はそのままの格好で思案に暮れていた。



その夜。

部活を終えた花桜梨は一人とぼとぼと夜の商店街を歩いていた。

「……疲れた」

今日は精神的に疲れてしまい、部活の練習の出来も散々だった。

「思い出したくなかった……」

校長室での出来事。
久しぶりに見た彼女の顔。
今、思い出すだけでも疲れが沸いてきそうだ。



花桜梨は疲れた足取りで中央公園を歩く。
夜の中央公園はライトアップされてはいるが、暗いことには変わりはない。

明るい街灯が照らされた道はあるが、家までの近道なのでこの道をよく使っている。

真夜中というわけではないのだが、辺りには人はいない。

普段は自主トレをする高校生とか、いちゃついてるカップルとかいるのだが今日は珍しくいなかった。

花桜梨はそんな公園をゆっくりと歩いていく。


その花桜梨がふと立ち止まる。


花桜梨は周りをゆっくりと見回す。



「誰?そこにいるのはわかってるのよ!」



花桜梨は一本の大きな木の方向を指す。



そこから黒い影がゆっくりと現れた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
今回の事件の核心に近づいてきた感じがします。
いろんな事を書いてますが、ここではあえて何も書きません。

さて、次回は花桜梨の隠された力が遂に………って感じになるのかなぁ?
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