夜の中央公園。
花桜梨の前に黒い影が動いた。
「ちぇ、ばれちゃしょうがないなぁ」
なにやらジャラジャラ言わせながら、だるそうな声が影から聞こえてきた。
「誰?」
「そんなの言わなくてもいいじゃん……それよりも」
「それよりも?」
「消えな!」
シュン!
目の前の影は何かを振り回した。
太陽の恵み、光の恵
第27部 "乱れ桜"花桜梨・復活編 その5
第162話〜夜間襲来〜
Written by B
花桜梨は左を向く。
何か細い物が花桜梨めがけて襲ってくる。
「……遅いわね」
花桜梨がぼそっとつぶやくと右足を振り上げる。
ガシャン!
細い物は花桜梨の右足に蹴り上げられ、金属音を立てて宙を舞う。
「なにぃ!」
チャリン!
そして、その細長い物は公園のコンクリートに金属音をたてて落ちる。
それをみて影があることに気づく。
「……あれ?」
目の前に花桜梨がいない。
「どこにいったの?」
顔を振り回し、辺りを見るがいない。
「ここよ」
影の後ろから声が聞こえてきた。
影は後ろを向く。
「いっ!いつのまに……」
そこには花桜梨が立っていた。
「……あなたが目を離しているのが悪いのよ!」
そうつぶやくと、花桜梨は両手を上げる。
手は両方とも指をそろえ広げている。
そして、その両手を影の首の付け根めがけてチョップを繰り出す。
ぼこっ!
「ぐわぁ!」
動作が速く、影はまったく防ぎようがなかった。
首に強烈なダメージを受けた影は首を押さえて悶えている。
首をさすりながら、苦痛の表情を浮かべて右へふらふら、左へふらふら。
花桜梨に反撃しようという仕草はどこにも見えない。
「………」
タッタッタッ……
そんな影を向かって花桜梨は走り出す。
そして影の手前で右足を曲げてジャンプ!
がつん!
「ぐへっ……」
高く飛び上がった花桜梨の右膝が影のあごを直撃した。
影は花桜梨の右膝に真後ろにとばされる。
そして大の字に倒れる。
その側に花桜梨がそっと立つ。
「……弱いの……」
影は立ち上がる気配はない。
どうやら気を失っているらしい。
花桜梨はそれを確認すると、その場から歩き始めた。
歩き始めて数歩。
花桜梨は影が持っていた細長い物を拾った。
それは分銅付きのチェーンだった。
「これで私を縛り付け、動けなくしてからぼこ殴り……幼稚な考えね……」
花桜梨はそれを未だ倒れてる影に向かって放り投げた。
そして、そのまま家路に向かって立ち去った。
それから、10分後。
6人ばかりの一行がこの場所に現れた。
どうやら全員女性らしい。
「まったく、なに勝手な事をやってると思ったら……」
そのなかの一人が気だるそうな声でぼそっとつぶやいている。
そして、大の字で倒れている影を見つける。
「やっぱり……こんなものじゃ勝てるわけがないだろ……起きろ!」
ぼこっ!
「ぐはっ!」
一人が気を失っている影の腹を思いっきり踏みつけた。
それによりようやく目を覚ます。
「なに勝手なことやってるんだ!」
ぼこっ!
「ぐはぁ!」
「計画が知られたらどうするつもりだったんだ!」
「す、すみません……」
「相手はてめぇみてぇな雑魚一人で倒せる相手じゃないんだよ!」
ぼこっ!
「ぐはぁ!……わ、わかりました……」
一人の女性は今度は影の脇腹を何回もけりつけた。
影は苦痛に顔をゆがめながらも必死に謝っていた。
「とにかく!明日は作戦の決行だよ。遅れないにしてくれよ!」
女性は周りに鋭い睨みをきかす。
周りの人はただ頷くだけだった。
その日の一文字邸。
「………」
広い居間で薫は腕を組み、じっと考え事をしていた。
格調高そうな居間と、黒のパジャマ姿の薫がかなりミスマッチ。
その居間の襖ががらっと開く。
「ダーリン。どうしたの?」
「おお、舞佳か……」
入ってきたのは舞佳。
バイト先の運送屋の格好の舞佳は薫の反対側に座る。
「どうしたの?いきなり呼び出したりして」
「う〜ん、実は……」
「は〜ん、さては私のナイスバディが恋しくなったのかな?」
「こらっ!冗談で呼んでるわけじゃない!」
「ごめんごめん。で、どうしたの?」
「茜が……どうも昨日から様子がおかしいんだ」
「えっ?茜ちゃんが?」
舞佳の顔からいつもの笑顔が消えた。
そして真面目な表情で顔を突き出して薫の話を聞きもらさないようにする。
「昨日、家に帰ってから茜の様子がどうもおかしいんだ。
ご飯を食べているときでも、ぼぉ〜としているし。
ご飯を食べ終えると、自分の部屋に引きこもっているし。
そうかと思ったら、トレーニング場で茜の大声とサンドバッグを打ち付ける音が聞こえてくるし。
何より、俺と顔を合わせようとしない……
こんなこと、いままでなかったんだが……」
「確かにおかしいわねぇ……」
「舞佳、何か知ってるか?」
「う〜ん、私はなにも……あっ?」
「どうした?」
「昨日の夕方遅くに茜ちゃんを街で見たわよ。なにしてたかはわからないけど」
「う〜ん、おかしいな。茜は寄り道はめったにしないからなぁ」
「おかしいでしょ……私、なにか嫌な予感がするの……」
「そう思うか?俺もそう思う……」
薫だけでなく、舞佳も腕を組んで考え込んでしまう。
「ねぇ、明日、茜ちゃんを尾行してみる?」
「いや、それだけはやりたくない……茜を信用してないことになる……」
「やっぱり……私もそれだけはやりたくないんだけど……」
「わかった、帰り道の商店街の見張りをさせよう」
「そうだね、あるとしたらたぶん商店街あたりで起こるはずだから……」
「じゃあ、明日の朝、人集めて手はずを整えるか……」
「うん。でも、何もなければいいけど……」
「ああ、それが一番だ」
2人ともうむうむと頷く。
どうやら意見は一致したらしい。
「ところでダーリン」
「なんだ?」
「今日泊まってもいい?」
「えっ?」
「茜ちゃんのことも心配だし……それに……」
舞佳は立ち上がり、薫の左に座る。
そして横から両腕を薫の首に回す。
そして顔をぐっと近づけて、耳元で息を吹きかけてから、一言。
「最近、ご・ぶ・さ・た、だから……」
「!!!」
薫の顔が真っ赤になる。
舞佳の顔もこころなしか色っぽい目になっている。
「ば、馬鹿なことをいうな!それに明日のバイト……」
「明日はバイトないの。だから、一日中、ゆっくりと……」
「あ、茜の事はどうするんだよ!」
「あっ……」
「茜が心配で今はそんな気分になれん!」
「そ、そうだよね……ごめん……」
舞佳は薫の首から腕を離す。
そして申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな小さくなっている舞佳を見て、薫は舞佳の肩をポンと叩く。
「ま、まあ……茜の事が解決したら……望み通りにしてやるから……」
「えっ……」
「あ、あの、その……ご、ごほん!……とにかく、今日は泊まっていけ……」
「ありがと、ダーリン♪」
チュッ!
薫の言葉に笑顔が戻った舞佳は薫の左頬に軽くキスをする。
薫はさっきの言葉を自分で言いながら真っ赤になった顔がさらに赤くなった。
「その格好は落ち着かん。早く着替えろ!」
「は〜い♪」
「どうせ、パジャマとか必要なのは全部置いてあるんだろ?」
「もちろん♪もう今日からでも嫁入りできるだけのものはこっちに置いてあるわよん」
「そんなことは聞いてない!」
「は〜い、じゃあすぐに着替えて……あっ、その前にお風呂借りるわね♪」
「勝手にしろ……」
舞佳は立ち上がって襖へ向かっていく。
舞佳が襖を開けようとする前に、振り向いて薫に呼びかける。
「せっかくだから、一緒に入る?」
「舞佳!」
「冗談よ。じゃあ、お風呂はいってきま〜す」
「ふうっ……ゆっくりはいってこいよ……」
舞佳は笑顔で部屋から出て行った。
薫も落ち着いたようで、しばらくしてから居間から自分の部屋に戻っていった。
今の会話、実は深刻に悩んでいる薫の緊張をほぐすための舞佳なりのアプローチだったのだが、
それに薫は気づいていない。
もしかしたら舞佳も半分本気だったのかもしれない。
深夜。
家に何食わぬ顔をして帰ってきた花桜梨は普段通りの生活を送っていた。
そして寝る前に机に向かって日記をつける。
花桜梨が昔から日記をつけている。
花桜梨がどんな状況でも、どんなに辛いときでもなぜか休まずつけている。
なぜかは本人でもわかってないらしい。
そして今日も日記はつけられる。
「今日も1人ヤッてしまった。
今週はもうこれで2人目。
もう、嫌だ。こんな生活。
もう、戦いたくない。
でも次々に現れる。
どうしたらいいの?
校長先生からあの名前を言われたときの背筋に走った寒気は今でも忘れられない。
体が拒否しているのがわかった。
でも、校長先生はそれをわかっててあえて言っているのだと思う。
校長先生の言葉は本当に心にしみる。
でも、私はまだそれを受け止められない。
もうすこし時間が欲しい。
でも……が、なんで私を?
ううん。私への恨みなんてあの時の全員が持っているのかもしれない。
理由なんてなんでもいい。
私は普通の生活が欲しい。」
今日の日記の一部にこんな事が書かれていた。
花桜梨は日記を書き終えると、机の明かりを消し、ベッドに潜り込む。
「今日は疲れた……寝たい……」
精神的に疲れた花桜梨はすぐに熟睡してしまう。
いよいよ明日。
花桜梨にとって長い一日が始まろうとする。
To be continued
後書き 兼 言い訳
嵐の前の静けさ。
という感じなのでしょうか?
いよいよ次回から事件が起こります。