「……あれ?」
眠らされていた茜が目を覚ました。
「ボク、眠らされて……あれ?」
寝惚け眼をこすろうとしたが腕が動かない。
「縛られてる……」
腕が後ろで縛られている。
そもそも自分の体が木に縛られているらしく、動けない。
仕方なしに顔を上げて前の様子を確認する。
「うそ……」
そこでは何十人もの倒れている人々。
そしてその中央には、
「花桜梨さん……」
花桜梨が残り少ない雑魚を料理しようとしているところだった。
太陽の恵み、光の恵
第27部 "乱れ桜"花桜梨・復活編 その10
第167話~因縁復活~
Written by B
「花桜梨さんが……」
茜は目を疑った。
「夢じゃ、ないんだよね……」
目の前の光景。
それは花桜梨が襲いかかる敵をバッタバッタとなぎ倒すシーンだった。
真正面からの敵の腹に正拳突きを食らわす。
右からの敵には肘を顔面にたたきつける。
左からの敵には回転蹴りで敵の横腹を蹴り上げる。
後ろからの敵は、回し蹴りや振り上げた腕をつかんで投げつけるなどする。
「速い……」
とにかく速い。
相手が何かするスキすらない。
「すごい……」
どんな場所からの攻めでも対処できる冷静さ。
防御から攻めに転じる素早さ。
そして多彩な攻撃パターン。
「相手にならない……」
敵とのレベルの差は明らかだった。
喧嘩と言っても兄妹喧嘩しかしらない茜でもそれがよくわかった。
茜は花桜梨の姿を呆然と眺めていた。
「ほら、立て!」
「いたっ!」
そんな茜がいきなり髪を捕まれた。
気がつくと、木に縛り付けられた紐はほどかれていた。
茜は無理矢理立たされた。
髪が引っ張られるほうを見ると、茜をだましたあの女の姿があった。
その顔は最初に出会ったときの優しい顔でもなく、
眠らされる前の鬼のような顔でもなかった。
顔が青く焦っているような表情だった。
「な、なにするんだよ!」
「何って?……盾だよ。盾」
「えっ?」
「と、とにかく来い!」
女は茜の後ろに回った。
そして後ろ手に縛られた手をつかむと、ぐいぐいと押していった。
「ほら、間近で見せてやるよ!あんたの兄貴を半殺しにしたやつの姿をな!」
「えっ……」
茜の言葉を聞かず、その女はぐいぐいと校庭の真ん中に進んでいく。
ばきっ!
「うがっ……」
花桜梨は前から襲いかかってきた敵を避け、足で引っかけて前のめりに倒れるところに、後頭部に肘を食らわせた。
敵はあっさりと倒れて起きあがらない。
花桜梨はゆっくりと額の汗をぬぐう。
「これで片づいたわね……」
とうとう、花桜梨は100人を一人で片づけてしまった。
時間にして20分超。
花桜梨にまったくダメージはない。
「ふふ、この光景……久しぶりね……」
花桜梨は周りをゆっくりと見渡す。
校庭には花桜梨の手によって倒された人が100人。
片腕をつかんで痛がるもの。
片足をさすって苦痛の声を上げるもの。
腹を押さえて悶えるもの。
頭を抱えてごろごろ転げ回るもの。
あまりの痛さに気絶しているもの。
重なることなく、綺麗に散らばって倒れていた。
その様はまさに散った桜のようだった。
「『乱れ散った桜のよう』……ふふ、よく言ったものね……」
花桜梨は自嘲気味にほほえむ。
「ご・く・ろ・う・さ・ま……花・桜・梨・さ・ん」
「あなた、今頃なによ……はっ!」
花桜梨にスケ番のリーダーが声を掛けた。
花桜梨はリーダーにむかって声を張り上げようとしたが、止まった。
リーダーの前には茜が立たされていたのだ。
茜は首をそらして花桜梨を見ないようにしている。
それをリーダーは無理矢理花桜梨のほうに向けようとしていた。
「ほら見ろよ!」
「………」
「これが、あんたの兄貴を半殺しにした正体だよ!」
「………」
「あはははは!そんなに見たくないのかい?」
「………」
「そりゃ、そうだもんなぁ。なにせ、昨日まで友達だったやつが、こんなヤツだった何て知ったからなぁ」
「………」
「おらおらおら!見ろよ。これがおまえを裏切ったヤツの顔だよ」
リーダーが無理矢理顔を真正面に向けさせる。
茜と花桜梨の目が合う。
「か、花桜梨さん……」
「茜さん……」
2人はそうつぶやくのが精一杯。
さすがの花桜梨も動けない。
そんな花桜梨にリーダーが挑発を繰り返す。
「なんだ?花桜梨も何もできないのかい?」
「半殺しにしたヤツの妹が目の前だと何もできないのかい?」
「へへへへ、あたしをやれるものならやってみな?花桜梨にできるかな~」
「できるわけないか。今まで裏切ってきたヤツを前にしてだもんねぇ~」
「きゃ~はははははは!」
リーダーは花桜梨の前で高笑いをする。
「くっ……」
花桜梨は一歩も動けない。
「ほらほらほら~。何もできないのかなぁ~、花桜梨ちゃ~ん?」
「くっ……」
「………」
リーダーは茜の顔をぐいぐいと花桜梨の前に押しつける。
茜は嫌がるが、なすがままにされるしかない。
花桜梨は茜を目の前にして金縛りのようになってしまっている。
リーダーは有頂天だ。
(これよ。このときを待っていたのよ!)
花桜梨が何もしてこない。
(これであたしに襲ってきたらすごいけど、できるわけないわよ……)
目の前に「盾」があるから、そもそも攻撃できない。
完全に自分の圧倒的有利だった。
(さぁ~て、あと、花桜梨にどう復讐しようかしら……)
そう思えたのは一瞬だった。
リーダーの肩がポンと叩かれた。
「ちょっと、なに邪魔するのよ!」
リーダーが振り向く。
「はっ……」
そこには2人が立っていた。
「ほう、邪魔するなとは、いい度胸じゃないか」
「こんなに邪魔してるのにね」
「そうだな、校門の前をあんなに邪魔したからな」
「片づけるのに時間かかったわよ」
一人は学ランに学帽を深くかぶった大男。
もう一人学ランにサングラス、それになぜかマスクをつけはちまきを巻いた女性。
2人とも腕を組んでリーダーをにらみつけていた。
「あなた達……」
リーダーはその顔に見覚えがあった。
「茜に手出しするとは、それなりの覚悟はあるんだろうな」
「よくもあたしの妹をひどい目にあわせてくれたわね」
2人の言葉を聞いたリーダーは、2人が自分にとって敵か味方が気づいてしまった。
一瞬にして顔が青くなる。
「ちょ、ちょっと!あなたたち、花桜梨に……」
「そんなの、もう昔のことだよ、今は関係ねぇ……」
「妹の友達はあたしの友達だ……それだけよ」
「う、うそ……」
さらにリーダーの顔が青くなる。
天国から地獄とはまさにこのことだろう。
「むんっ!」
「うわぁ!」
薫はリーダーの肩をつかんで横に振り投げる。
リーダーはあっさりと倒されてしまう。
「茜ちゃん!」
「ま、舞佳さん……」
その隙に舞佳が茜をリーダーから奪い取る。
「どうしてここに……」
「話はあと!とにかく、じっとしていて!」
「う、うん……」
舞佳は持参したナイフで茜の両手を縛っていた縄を切る。
ほどなく縄は切れる。
両手がようやく自由になった茜だが、今度は舞佳に抱きしめられる。
「大丈夫だった?……心配したんだよ……」
「ご、ごめんなさい……」
舞佳は耳元で優しく声を掛ける。
茜もようやくほっとした表情を見せる。
突然荒々しい声が沸き上がる。
「おら!起きろ!」
「ま、待って……」
「待てん!」
薫がリーダーを無理矢理立たせる。
そして両腕を後ろに回させ、そのまま花桜梨にむかっていく。
花桜梨はようやく金縛りから解かれたように口を開く。
「一文字さん……」
「俺はあんたのために来たんじゃない。茜のためだ」
「………」
「本当はこいつは俺がぼこぼこにしたいが、始末はあんたに任せる」
「いいの?」
「ああ、俺の分までやっちまいな」
どんっ!
薫はリーダーの背中をぽんと押した。
リーダーは花桜梨の1メートルほど前で呆然と立っている状態。
花桜梨にむかっておびえているようにも見える。
もう自分を守るものが何もない。
逃げる場所もない。
絶望しかないリーダーはさっきとはうってかわって弱くなっていた。
「や、止めて……」
「止めないわ……」
「あ、謝るから……」
「謝って済むものじゃないわ……」
「た、助けて……」
「助けない……私をこの場所でこんなことをさせた代償……払ってもらうわよ……」
花桜梨は拳を胸の前で握る。
左足を一歩前にだす。
まさにこれから攻撃をせんとばかりに構えている。
「花桜梨さん!」
大きな声が花桜梨の耳に入ってきた。
「茜さん……」
見ると茜がまっすぐな目で花桜梨をじっと見ていた。
『これはどういうこと?』と言いたげな目をしている。
花桜梨は悲しそうな表情でうつむく。
そして軽く首を振る。
そして再び茜を見つめ直す。
「茜さん……見て」
「えっ?」
「これが私の本当の姿。そして……」
「そして?」
「これが……薫さんを地獄に葬った技よ……」
「!!!」
「い、いくわよ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
花桜梨は叫び声を上げながら最後の攻撃をすべく飛び込んでいった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
花桜梨と茜がとうとうご対面です。
茜もすべてを知ってしまったようです。
花桜梨も躊躇していましたがとうとう吹っ切れたようです。
次回は闘いが終わって……という展開。
第27部のラストになります。