第168話目次第170話
夜。


ブロロロ……


「あ〜、夏は風を切ってのツーリングはいいなぁ」


神条芹華はシルバーの愛車にまたがり、夜のもえぎの市からすこし離れたワインディングを走っていた。
星空が見え、風もすこしだけ吹いている、しかもそれほど湿気もない。
まさにバイクにぴったりな夜。

芹華はワインディングをゆっくりと道を楽しむかのように走っていた。


「でもなんか、嫌な気配がするんだよなぁ……うわぁ!」


ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!ブォン……


突然芹華の真正面から暴走とも言えるスピードでバイクがすれ違っていく。

思わず芹華は急ブレーキを掛けて止まる。
そして後ろを振り向く。
紅いボディ、シルバーのライン、乗っている人のライダースーツのライン、そしてナンバープレート。

芹華には思い当たる人がいた。


「あれは花桜梨のバイクじゃないか!」


芹華は花桜梨を追いかけるべくバイクをUターンさせた。

太陽の恵み、光の恵

第28部 "乱れ桜"花桜梨・開花編 その1

Written by B
「こんな夜のワインディングでなに考えてるんだ!」


芹華は花桜梨のバイクを追いかける。
しかし、ここはワインディング、それも夜。
車の往来は少なく、明かりも少ない。
横幅も車2台がギリギリ走られる幅。
しかもコーナーが多い。


「こんなとこで暴走するなんて異常だよ!」


走り慣れている芹華が驚くのも無理はない。
しかし、現実に前のバイクは暴走気味。


「しょうがない……事故らないようにしないと」


芹華はスロットルを少しずつ回しながらスピードを上げていく。



ブォンブォンブォンブォン……


ワインディングの中で二つのエンジン音が響き渡る。
山の中で二つの明かりが流星のように高速に動く。


「なんなんだ!あの危険すぎる曲がり方は!危ないだろ……」


後ろから花桜梨の走りを見ていた芹華はひやひやしながら見ていた。

とにかく花桜梨の走りが危ないのだ。


曲がる直前まで猛スピードでまっすぐ走り、急激にスピードを落として曲がる。

バイクを二輪レースで見るようなに道路のぎりぎり限界まで倒してコーナーを攻略していく。

そして、バイクを起きあがらせたらすぐにスピードアップ。

右に、左に、その繰り返し。

とにかく見ていていつ事故を起こすかと言わんばかりの危なさ。


「花桜梨の馬鹿!あいつ死にたいのか?」


芹華はなんとかして花桜梨に追いつこうとスピードを上げていく。
ここは芹華が走り慣れた道。
最短コースを走り抜け、徐々に花桜梨のバイクに近づいていく。
しかし、徐々でしかなく、まだ30mほど差が広がっている。



2人が追いかけっこを始めて20分近くが経過した。
2台のバイクの距離がようやく5mぐらいに近づいてきた。
花桜梨のバイクはずっとフルスピード。
芹華もバイクの操縦に神経を集中させていて、前のバイクに声を掛ける余裕がない。


「もう少しだ……もう少しで追いつく……」


芹華は前のバイクの姿が常に視界に入るようになっている。
ワインディングも曲がりくねった道は終わり、少し道路の幅も広くなっている。
車の往来は相変わらずないが、道路はしっかりと整備されている。

スピードも上げやすい道路。

当然前のバイクのスピードも上がる。

「お、おい!いったいどこまで走れば気がするんだ!」

芹華も慌ててスピードを上げて追いかける。



そして、山の奥深くにある、トンネルにバイクが突入したとき、事件が起こる。


「危ない!」


突然、花桜梨のバイクのバランスが崩れた。
バイクは押さえが聞かずに花桜梨もろとも倒れてしまう。
芹華のバイクはすぐ後ろ。


「巻き込まれる!」


キキキキーーーーッ!


芹華はとっさにターンしながら急ブレーキを掛ける。
必死にバイクの前進を止める。
バイクを止め、エンジンを切ると、シルバーのフルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨て、慌てておりる。



「花桜梨さん!」



花桜梨はバイクから放りなげられ、倒れた場所から10mぐらい離れた場所で仰向けに大の字に倒れていた。
バイクはそれよりもさらに70mほど向こうで倒れて止まっている。
両方とも倒れてから、勢いで転がり続けたのだろう。
にもかかわらず、奇跡的にバイクは破壊ということにはなっていないらしい。



芹華はそれを確認すると花桜梨の側に近寄る。
花桜梨の顔の上から花桜梨を呼ぶ。


「花桜梨!大丈夫か!」
「………」

「こら!目を覚ませ!」
「……あっ……」

「おい!大丈夫か!」
「せ……り……か……さん?」


芹華は花桜梨の横にしゃがみ、何度も花桜梨に呼びかける。

花桜梨は芹華の呼びかけにようやく意識を取り戻す。
ゆっくりと上半身を起きあがり、フルフェイスのヘルメットを外す。
そして芹華の顔を確認すると、徐々に今の状況を把握していく。

「おい!いったいどうしたんだよ!」
「………」

「なんだよ!あの暴走は!あたしが追いつくのに精一杯だったんだぜ!」
「……どうして……」

「いったい何があったんだよ!」
「……なんで……」

「えっ?」



「なんで、私を助けたのよ!」



突然、花桜梨が怒りだしたのだ。
ギレたという表現が最近あるがそれに近いかもしれない。
芹華は予想外の反応に戸惑っている。

「い、いま……何て……いった?……」
「なんで、私にかまったのよ」
「なぬぅ……」


今度は芹華が怒り始めた。
売り言葉に買い言葉ではないが、花桜梨の言葉に芹華の堪忍袋の緒が切れた。


「そんなこと言ったって、暴走してるのを放っておけるか!」
「いいのよ!私なんて放っておかれてもいい存在なのよ!」


「なんだよ!花桜梨、死にたいのかよ!」
「いいわよ!死んだって!どうせ私の明日からはもうメチャメチャよ!」


「ふざけるな!死ぬなんて簡単に言うんじゃないよ!」
「そんなこと言われても私はどうしたらいいのよ!


「いきなり言われてもあたしはわからないよ!」
「わかるわけないわよ!また、すべてをなくしてしまった私のことなんかわかるわけないわよ!」


「いい加減にしろ!」


パンッ!


芹華の右手が花桜梨の左頬を力強く打ち付けていた。

花桜梨は左手で自分の頬を押さえ、呆然と芹華を見つめる。


「………」
「………」


「目を覚ませ……」
「………」


「バイクが邪魔だ……脇に避けるぞ……」
「………」

芹華は花桜梨に背をむけ、倒れたままの花桜梨のバイクを取りに歩き始めた。
花桜梨はそれをじっと見つめるだけだった。



トンネルの中。
白いハロゲンランプが光っていて、それなりの明かりになっている。

2人のバイクは脇に避けてある。
花桜梨のバイクはすこし傷ついてはいるが、走れないことはないようだ。
芹華のバイクも花桜梨のバイクのすぐ隣に置いてある。

そして、2人はバイクから5mほど離れた場所で、壁に寄りかかって並んで座っている。
2人で膝を抱えて、体育座りと俗に呼ばれている座り方で座っている。

花桜梨はようやく冷静さを取り戻したようで、静かになっている。
芹華もカッとなっていたのが落ち着いたようで、芹華も静かになっている。


「なあ……いったい、なにがあったんだよ……」
「………」

「今日の花桜梨、絶対におかしいよ……いつもの花桜梨じゃない……
「………」

「あたしにも話せないようなことなのか……」
「………」

「何も話してくれないのか?」
「………」

「頼む、教えてくれよ……あたし、花桜梨を放っておけないよ……」
「………」


芹華が聞くが花桜梨は一向に答えない。
悲しそうな顔をうつむかせ、視点も定まっていない様子。

「………」
「………」

芹華も聞くことができなくなり、芹華も黙ってしまう。

沈黙が2人の間を取り囲む。



「そうか……あたしには教えてくれないんだ……」
「………」

「いいよ……それなら、一緒にバイクで行かないか?」
「うん……」

ようやく花桜梨が返事をした。
それを聞いて芹華が立ち上がる。



「じゃあさっそく行こう……あれ?」



立ち上がった芹華は突然周りを慌てたように見渡す。



「芹華さん?」

「おかしい……なんだこの空間……はっ!」

芹華の目つきが突然厳しくなった。
緊張感を漂わせ、集中して首だけをまわして、周りを見渡す。



「どうしたの?」

「いる!……ここには絶対にいる!」

「えっ?何が……」

「静かに!」

「う、うん……あれ?」


芹華の言葉に花桜梨は静かにする。
すると花桜梨もおかしいことに気づく。

周りの気配がおかしいのだ。

殺気とか言うものではないが、変な気配を花桜梨も感じていた。
よく見るとトンネルの両方の入り口がへんなモヤがかかっている。

入り口だけではない。
トンネルの中全体がへんなモヤがかかっている。



「いた!」



芹華が一カ所を指さす。



「あっ……」



そこには、人間のような形態はしているが、どうみても人間ではない黒い生き物らしきものがそこにはいた。
芹華にはそう見えた。

しかし、花桜梨にはそこまではっきり見えていなかった。
なにか黒いうにょうにょ動くものがいることがわかる程度。





「芹華さん……あれは……」


「あれは……魔物だよ……」
To be continued
後書き 兼 言い訳
第28部がスタートです。
花桜梨の「真の」復活編と言ってもいいかもしれません。

そういうわけで、いきなり芹華の登場です。
そして、最後に登場した魔物。
いったい花桜梨はどうなるのでしょうか?
それが花桜梨にどう影響するのでしょうか?

そういうわけで、次回はどうなるかは、秘密です(笑)
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