第171話目次第173話
深夜。
芹華のマンションに花桜梨はいた。

バイクはマンションの下のバイク置き場に置いてある。

そして今は居間の床に足を崩して座っている。

「おまたせ。こんなのしかなくてごめんな」
「ううん。これだけあれば十分」

芹華が台所からコーヒーカップを二つ、両手に持ってやってきた。
芹華はガラス製のテーブルに置いた。
ミルクや砂糖はそこにはない。

「ブラックでよかったよな?」
「うん。ブラックが好きだから」

芹華もフローリングの床に座る。
ちょうどテーブルを挟んで向かい合わせになる。
そして2人ともコーヒーを軽く口に含む。

「ふぅ……やっと落ち着いた……」
「私も……」
「………」
「………」

芹華の部屋に沈黙が走る。
2人の表情が固くなる。

「なぁ、聞いてくれるか?」
「えっ?……なにを……」



「あたしの話だよ……」

そういって芹華はぽつりぽつりと身の上話を話し始めた。

太陽の恵み、光の恵

第28部 "乱れ桜"花桜梨・開花編 その4

Written by B
「なぁ、さっきのあたし見て変だと思わなかった?」
「えっ?さっき……そういえば……」

花桜梨はさっきの芹華の姿を思い浮かべる。

体中オーラを放っていた芹華。
髪の毛が白く輝いていた芹華。
そして気の風が目に見えて周りに流れていた芹華。

(あの時はそんな余裕もなかったけど、たしかに振り返ってみれば、かなり……)

「変だと思ってるようだね……」
「うっ……」

花桜梨の考えていることが表情にでていたのか、芹華に本心を読まれてしまった。
しかし芹華は怒っていない。いたって普通だ。

「あははは。気にしてないよ。もう慣れたからね」
「………」

申し訳なさそうな顔をしてうつむく花桜梨だが、芹華は笑っている。
その笑い声を聞いて恐る恐る顔上げてみる。
芹華は笑っていた。

(違う……無理して笑ってる……)

しかし花桜梨もその裏を読みとっていた。



芹華はそんなこととは知らずに話を続ける。

「あたしって昔からそうだったんだよ。

 子供の頃から見えない物が見えてな。
 おまけにその見えない物にさわることができたんだ。
 なんでだかよくわからないけどな。

 お父さんやお母さんは『その能力を使うな』って注意されたけど、
 そういうのって逆に使いたくなるもんだろ?
 実際、友達の前で使いまくっていた。
 それ使うとみんな喜ぶんだよ。それが嬉しくて何度も何度も……
 あの光線も少しずつだけど出せるようになってな」

普段の会話のように話す芹華に花桜梨は何となくほっとしていた。

(そんなに辛い話じゃないのかしら……ううん、そんなことはないよね……)

「ねぇ、見えない物って幽霊って言っていいの?」
「ああ、霊って呼ばれてるものだろうな」
「妖精さんって見えるの?」
「えっ……妖精さん?」
「ええ、妖精さん」
「う〜ん、見たことないけど……いてもおかしくはないだろうな」
「そうなんだ……」



芹華がコーヒーを一口含むとまた話を続けた。

「でもな。それがまずかったんだよ……

 小学4年生になったばかりの頃だったっけな。
 家に帰ったらお父さんとお母さんがいないんだよ。
 出かけたかな?って思ってたけど、夜中になっても帰ってこない。

 寂しくてわんわん泣いてたときに、アイツが来てな……
 黒いスーツの男が来てこう言ったんだ。

 『おじさんの言うことをきけばお母さん達が帰ってくる』だって。

 笑っちゃうよな。そんなこと言っても返すつもりなんてないくせに」


芹華の口調が重くなり、表情が暗くなる。
その様子から花桜梨は何かを感じる。


「ねぇ、それってもしかして……」

「ああ、お父さんとお母さんがさらわれちまったんだよ。
 拉致だよ。拉致。

 まったく、これが国がすることかって思ってるよ。

 でも、あのころのあたしは純粋だったな。
 気が動転してただけかもしれないがな。
 それを馬鹿正直に信じちゃってさ、
 その人の言うがままになったわけだよ」

「なにを言われたの?」

「言われた場所に行って、言われたモノに向かってあたしの光線をぶつけろ、だってさ。
 あとで知ったんだけど、あたしの出す光線。霊を浄化する効果があるみたいなんだよな。

 あのころの私は何がなんだかわからずに光線を放ちまくっていたよ」

「じゃあ、どうしてそんなことを?」

「なに。さっきの男が少しずつ教えてくれたんだよ。
 それも、もったいぶってな。
 それでわかったんだよ。

 あたしの一族って代々強力な霊力があるみたいなんだ。
 昔の文献にも何回もあたし達の先祖のことが書いてあるみたい。

 どうやら除霊だけでなく、霊を思いのままに動かすことも可能だってさ。
 あたしは霊の操作はやったことはないがな。
 でも、昔の誰かがその能力を悪いことに使われることを恐れて封印してたみたいなんだ」

「なぜ?」

「決まってるだろ?
 霊を使えば呪い殺すとか、怪奇現象で脅すぐらい簡単だよ。
 たぶんね。
 自分たちの能力をそんなことに使われるのを嫌がるのは当然だと思うな。

 実際、昔から国もあたしたち一族を極秘で探してたらしい。

 でも、あたしが見つかっちまった。

 両親はどこかあたしの知らない場所に連れ去られて。
 あたしはひとりぼっち。

 今頃になって後悔しているよ。
 こんなことになるなら、友達の前でも使わなければよかったってな」



「じゃあ、今は……」

「そう。
 国のお偉いさん。ケイサツのなんとかって部署だとかって言ってたな。
 そいつらの言うがままに、魔物と闘ってばっかり。

 学校や公園、工事現場や工場。

 魔物を倒せばすぐに転校。
 そして、転校してもそこで倒せばすぐに転校。
 転校、転校、雨、転校。
 冗談でなくてそういう毎日。



 あたしは国のいうがままの戦闘ロボット。



 国の極秘組織から派遣された魔物退治エージェント



それがあたしの正体だよ」



「………」

花桜梨は大きなショック受けていなかった。
自分でも驚くほど冷静に受け止めていた。

花桜梨は少々冷たくなったコーヒーを一口飲む。

「どうして国が除霊なんか……」
「あたしにもわかんないよ。
 でも、ゆくゆくは霊を支配下において何かするんじゃないのか?
 意外と戦争のことも考えてるんじゃないか?

 表では綺麗事いっぱい並べるけど、裏ではえげつないことをなんでもやる。
 国ってそういうもんだよ」



「………」

(……なんで?なんでそんな顔ができるの?)

花桜梨は芹華の顔を見てみた。
辛いという表情がまったくない。
むしろ、諦めというような表情をしていた。

芹華の心の奥底を掘り起こすような質問。
花桜梨は思わず口にしてしまう。

「ねぇ……芹華さんは辛くないの?」
「えっ?」
「そんな、毎日毎日闘いの日々……
 それも国が裏で謀略だらけで芹華さんを……
 それでなんで……」
「ふぅ」
「えっ?」

芹華が一息ため息をつく。
そのため息に花桜梨は驚く。
なんでため息をつくのかわからなかった。

「もうなっちまったんだよ。
 あたしはもうただの戦闘ロボットなんだよ……

 そりゃ、最初は毎晩泣いてたさ。
 両親がいないって言うのはもちろんだけどなんで毎日魔物と闘わなければならないかって。
 それに転校転校の日々。
 友達が出来てもすぐに転校。
 こんなに辛いことはないよ。


 でも慣れちまった。


 涙も枯れちゃったよ。


 もうロボットでしか生きていく方法がない。
 あたしがそれを認めちまったんだよ。
 これがその証拠だよ」


ポンッ


芹華はポケットから手のひらサイズのカードみたいなものを花桜梨にぽんと放り投げる。
花桜梨はそれを左手でうまくキャッチする。
それを目の前にかざしてみる。
それは芹華の運転免許証だった。

「えっ?これって……免許?」
「誕生日を見てみなよ」
「えっと4月8日……」
「年を見てくれよ」
「え〜っと……だから、私の1年下って……ええっ!」
「わかるだろ?」
「芹華さんって17?えっ?大型はダメじゃないの?」

芹華の免許には確かに大型二輪の免許だ。
しかし、芹華は17。大型二輪は取得できないはず。
花桜梨は驚くのは当然だ。

「その免許見てみなよ」
「えっ?……あれ?……何か違う……ああっ!菊の御紋!」

花桜梨は免許証の装飾がかなり違うことにようやく気が付いた。
周りに金色のラインがある。
中央には菊の御紋が描かれている。
そして、そのカードにはICチップが組み込まれている。

「そうだよ……国が作った特別な免許証なんだよ。
 高校に上がった時だな。
 いつも指令を与える男が電話で、
 『高校入学祝いになにかあげよう』と言ってきたんだ。
 あたしは嘘だと思ったけど、『バイク』って言ったんだ。
 確かにバイクに興味はあったからな。

 そうしたら一週間後に大型二輪と免許証が届いたよ。
 あたしは嬉しくてそれを受け取っちまった。

 でも、後々考えると絶望にさいなまれたよ。
 だって、あれだけ上からの指示を嫌がってたのに、今はそれを受けいれた。
 あたしは自らロボットになるのを認めちまった……ってな。

 でも、もう遅かった。
 あたしはこのバイクと友達になるしかなかったんだ……
 でもあのバイクはいい奴だよ、いい友達だよ……」



「じゃあ、今は?」

「高校に入ってからずっともえぎのにいる。
 関東一帯をしめる魔物のボスがもえぎのにいるって話でな。
 3年間で始末しろ、だってさ。

 そんなに長いこと言われても困るよ。
 そんなにいた経験なんて忘れちゃったからさ。
 でも、珍しくあたしにも友達っぽい人が何人かできたけどな……」

「そうなんだ……」

「ああ、でもそいつらは普通の人間だ。
 あたしとはまったく別世界の人間だ。
 あたしの正体なんて全くしらない。
 だからあたしはあまり深くつき合わないようにしている。

 だって、すぐに別れが来る……

 それにあたしはロボットだから……

 あたしは普通の人間と親しくなる資格はないから……」

ここで芹華が黙ってしまう。
ずっと花桜梨を向いていた顔も徐々にうつむいていく。



「芹華さん?」

「………
 ぐすっ……
 なんでだろう……
 涙なんて枯れたはずなのに……
 ぐすっ……
 くそっ……とまらない……」

芹華は泣いていた。
右手で何度も涙を拭こうとしていたが、一向にとまらないようだ。

「ねぇ、どうしたの?」
「ごめん、なんでもないんだ……
 本当になんでもないんだ……」

芹華は花桜梨にむかってほほえんでいるが、顔が引きつっている。
どう見ても無理している。
花桜梨はそれを見逃さなかった。

「芹華さん。嘘付いてる。
 さっきあれだけ言った芹華さんはなんなの?
 ねぇ、もしかして何か悩みでもあるの?

 確かに、芹華さんのつらさや私には全部はわからない。
 でも、ある程度わかるかと思うけど……」

「ごめん……
 なぁ、甘えてもいいか?
 こんなあたしでも……」

「いいのよ。
 相談してくれるって、友達としては嬉しいのよ。
 それに、芹華さんも私も同類ってこと忘れないでほしいな……」

「じゃあ聞いてくれるか……」

芹華は涙ながらに花桜梨に話してくれたこと。



高校に入ってから、やたらと声を掛けてくれる男子がいるらしい。
その男子は今年は同じクラスになっている。

最初は自分に声を掛ける変な奴だと思っていたが、
スポーツ大会や勉強で名前を聞くようになってから興味が出てきた。
そこで携帯の番号を教えてから、何度かデートみたいなのをしたそうだ。
その男子とは趣味や好みがかなり合っていて、意気投合することもおおい。

二枚目とは決して言えないが、自分を包み込んでくれるような優しさがあるその男子。

その男子のことを思うと夜も眠れない。
自分と別の人間だと思うと泣いてしまうのだそうだ。



花桜梨はその話を聞いて一言。



「ふ〜ん、芹華さん。その子が好きなんだ」

「!!!」



「素敵な人みたいね……」
「そ、そんな!あたしは恋とかそんな……」

芹華は片手を立てて思いっきり横に振って否定の仕草を見せる。


がしっ!


「立場なんて関係ないわ」
「えっ……」


花桜梨はその手をつかむ。
芹華は驚いて花桜梨を見つめる。
花桜梨はまっすぐ芹華を見つめる。

「芹華さん。素直になってみたら?」
「………」
「どうなの?」
「……たぶん……好き……だと思う……」

芹華は顔を真っ赤にしてぽつりぽつりとつぶやく。
それを見た花桜梨はにこっと笑う。

「じゃあ、芹華さん。アタックしてみたら?」
「で、でも……」

すこし戸惑う芹華。
それをみて花桜梨は諭すように言う。

「大丈夫。
 どうやら彼から誘われてばっかりみたいだけど、こんどは芹華さんから誘ってみたら?
 本当に芹華さんのことが好きなら、きっと魔物退治の芹華さんも受け入れてくれると思う。
 そうじゃない男なんてこっちからお断りよ」
「そんな男なんているのかよ……」
「いるわよ。
 そうでなければ、私も彼氏ができなくなるわよ。
 総番長だった私。
 たぶん、その人よりも強い彼女でもいいって言う人でないと私もずっとひとりよ」
「あっ、そうか!あははは!」
「もう!笑うことないじゃない!」

芹華が軽く笑った。
突然笑われて、花桜梨はすこしふくれ面をするが、本気で怒ってはいない。

「でも、ありがとう。
 なんか気が楽になったよ。
 すぐには無理だけど……
 いつか、あいつを誘ってみようと思う」
「その意気よ。
 私も応援してあげるから、何かあったら相談して?」
「ああ……ありがとう……」

2人ともにっこりとほほえむ。
どうやら、ようやくいつもの2人に戻れたようだ。



話をしているうちに日付も変わっていた。

「なぁ、せっかくだから泊まっていくか?」
「えっ?いいの?」
「今帰ったら本当に夜遅くになるぞ。
 親には連絡して、今から寝て朝早く帰ったら?」
「うん……じゃあお言葉に甘えて……」
「それじゃあ、家に連絡しろよ。その間にシャワー浴びてくるから……」

こうして花桜梨は芹華のマンションに泊まることになった。


花桜梨にとって一番長い日はこうして終わった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
次回は花桜梨と芹華の真相が今明らかに!
って書いたのに芹華の真相だけになってしまいました(笑)

以前感想掲示板で突っ込まれた、
「芹華は17なのに何故大型二輪を?」
という答えがこれです(笑)

あと、芹華の悩みの部分ですが、
どこかで見たことがあるという方は、たぶんそれは正解です(苦笑)
その後の展開もそれに準じた展開になるかと(汗
(ただし、最後までそうなるとは思いませんが)

さて、次回はどうしようか?
たぶん茜ちゃんのほうになるかと思われます。
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