第173話目次第175話
朝5時。
花桜梨が家に帰ってきた。

「ただいまぁ……」

小さな声で玄関に入る花桜梨。
扉の鍵はかかっていたが、花桜梨は鍵を持っているのでそれを使った。

両親はたぶん寝ているのだろう。
起こさないようにゆっくりと廊下を歩く。
自分の部屋の前にたどり着いたとき、背後から物音が聞こえてきた。


「花桜梨……お帰り」
「あっ……ただいま……」


花桜梨が振り向くと花桜梨に似た風貌の人が立っていた。
花桜梨の母である。


「早いけど、朝ご飯食べる?」
「……そうする……」

太陽の恵み、光の恵

第28部 "乱れ桜"花桜梨・開花編 その6

Written by B
台所にはすでに朝ご飯の準備ができていた。
昨日の夜に準備をすませていたのだろうか。

ご飯にキャベツのみそ汁。
鮭の塩焼きに納豆。

今日は珍しく和食の朝ご飯だ。

テーブルには花桜梨の分だけが用意されていた。
母はあとで起きて来るであろう父と一緒に食べるのだろう。

「いただきます……」

花桜梨は両手をあわせ、こう言うと、茶碗を持ち、ご飯を食べ出した。

テーブルを挟んで花桜梨と反対側に座って、食べる様子をじっとみている。

部屋には箸の音がひびくぐらい静かだ。



「昨日の夜、校長先生から電話が来たわ」
「………」

突然、母が花桜梨に話し始めた。
花桜梨も一瞬驚いて母の顔をみたが、すぐに朝食に視線を移す。

母はそれでも話を続ける。

「大変だったみたいね」
「………」
「怪我はなかったの?」
「………」

一方的に話す母。
半ば無視して朝食を摂る花桜梨。

異様な光景が続く。



そして花桜梨が言い放つようにいう。



「……なにが言いたいわけ?」



それを聞いた母はかるくふぅっとため息をつく。

「ようやくお母さんの話を聞いてくれるわけね」
「……それで?」

冷たい視線と冷たい言葉。
花桜梨は嫌そうな顔を母に向ける。

母はそれでも花桜梨に優しい表情を見せる。

「私は花桜梨を怒るつもりはないわ。

 ……怒る資格なんてないわよ。

 花桜梨がこんなになったのは私たちがいけないんだから……
 それに、私たちが何もしない間に花桜梨は自分で立ち直ってここまできているのに……
 今更、花桜梨に何が言えるのよ。
 私たちは親として落第生よ……」

「………」

「でもね。
 今日だけは言わせてもらうわ。
 保護者として聞いてくれなくてもいい。
 でも、これでも一応花桜梨を産んだ者として聞いて欲しい。

 今日は学校に行きなさい」

「………」

しっかりとした口調の母。
それでも花桜梨の視線は冷たい。



「電話が来たのは校長だけじゃないわよ」
「?」
「花桜梨の友達とか、部活の先輩とか何人も電話がかかってきたのよ」
「えっ……」
「みんな、心配そうな話っぷりだったわよ」
「………」

母の話に花桜梨は思わず顔を上げる。
それをみて母は軽くほほえんだ。

「花桜梨。
 今日は学校へ行ってみたら?
 友達はみんな心配してるわよ。
 これからどうするかなんて、すぐに決める必要はないわ。
 友達とあってみて、それから決めても遅くはないわよ。」

「………」

「どうなの?」

「わかった……行ってみる」

「うん、そうね……じゃあ、まだ時間があるから軽く寝たら?時間になったら起こしてあげるわよ」

「ありがとう……」

色々言いたいことはあるが、こういうところはやっぱり親だ。
花桜梨はそう思いながら自分の部屋に戻った。



そして、花桜梨は学校に向かった。

「………」

花桜梨は不安でいっぱいだ。
顔はうつむき加減で、少し猫背のような格好でゆっくりと歩いている。

(私のこと……軽蔑するだろうな……)

花桜梨は学校の生徒や先生からの視線が怖かった。
本当の自分を知ったことで、どう態度が変わるんだろう。

(もう、近づいてもくれないだろうな……)

たぶん、学校で孤立してしまうかもしれない。

(もういや。そんな寂しいの嫌……でも……)

もうひとりぼっちは嫌だ。

(でも、みんなに迷惑は掛けられない……)

自分は闘うことを決めた。
そうなったら、今後このまま平穏な訳がない。

(みんなに迷惑を掛けるんだったら……)

花桜梨の心はずっと揺れ動いていた。



そして校門への坂道の下にさしかかったとき。

「花桜梨さん!」

花桜梨は自分を呼ぶ声に頭を上げ、声のする方を向いてみた。

「来てくれたんだね……よかったぁ……」
「楓子ちゃん……」

気が付くと楓子が花桜梨の前に立っていた。
楓子の目が少々潤んでいるようにも見える。

「あのね。今日来るのか心配で……
 それで、来たら一緒に校門まで行こうと思って……
 でねでね、朝、こっそり来るかもって思って朝早くから待ってて……
 その、あの、え〜と……」

楓子が正面から花桜梨に抱きつくいた。
そして、花桜梨に話すのだが言葉がまとまっていない。
そんな口調から花桜梨は楓子の気持ちがわかったような気がした。

「ありがとう、楓子ちゃん」
「ううん。お礼なんていりません……
 今までずっと助けてもらったから……
 正直言って、噂が本当だって知ってショックだった……
 でも一晩ずっと考えたんだ……
 でね。
 花桜梨さんはやっぱり花桜梨さんなんだって」

「……ううん。私はあなたの思うような私じゃあ……」
「誰がなんと言おうと私は花桜梨さんを軽蔑なんてしませんから。
 みんなが敵になっても私は味方ですから。」

「……ありがとう」

花桜梨も楓子の背中を軽く抱きしめた。



そして2人は校門へと向かった。
2人の横をたくさんの生徒が通り過ぎる。

その中の大半は花桜梨の姿に気づく。
そして、そのほとんどは昨日の事件を知っている。
それぞれが様々な視線を花桜梨にぶつける。
軽蔑・好奇・興味・驚き・疑問等々……

しかし、楓子と一緒に話をしていた花桜梨はその視線を感じることはなかった。
いや、感じてはいたが気にならなかったのかもしれない。



そして、2Eの教室の前。

「花桜梨さん、ごめんね。ここから先は……」

楓子は一緒に教室に入れないことを謝っていた。
一緒に入ることぐらい問題ないのだが、楓子は授業の準備もあるので一旦自分の教室に行かなくてはいけない。
そんな不安な表情の楓子に花桜梨はにっこりとほほえむ。

「大丈夫よ。このぐらい」
「でも……」
「心配しなくてもいいわよ。さっ、授業に間に合わなくなっちゃうわよ」
「あっ、そうだね。じゃあ……」

そういって楓子は後ろ髪を引かれるような思いで自分の教室に戻っていった。



「ふうっ……」

扉の前でため息をつく花桜梨。

(ごめんね楓子ちゃん……嘘付いちゃった……)

本当はものすごく不安だった。

(なんか感じる……この異様な雰囲気……)

花桜梨は扉を開けたときに感じるものがなんとなく想像がついていた。


突き刺さる冷たい視線。
自分の過去を軽蔑するような視線。
近づいて欲しくない、というのが現れていう表情。
嫌な奴が来た、と言いたげな表情。


(仕方ないよね……それが運命なんだから……)

半ばあきらめの心境の花桜梨。

(でも、それを耐えればいいんだよね……)

それでも、前に進まなくては何も始まらない。

「さて……ここで立っていてもしょうがないわね……」



花桜梨は思いきって扉を開けた。



がらがらっ!



「おはよぉ……って???」

小さな声で挨拶をしてみた。

(な、なに?……この雰囲気……)

花桜梨は予想と全然違った反応に戸惑っていた。



沸き上がる驚きの視線。
自分の過去など忘れているかのような視線。
なんで来ちゃったの?というのが見えている表情。
あ〜あ来ちゃった、と言いたげな表情。



少なくとも軽蔑の視線は全くない。
それどころか、いつもの雰囲気とそれほど変化はない。

(ど、ど、どうして?)

こっちのほうがいいに決まっているが、花桜梨は何故かはわからない。



そしてその原因が声を張り上げる。

「ああぁぁ!花桜梨さんだぁ!」

教壇の人混みの中から夏海の声が聞こえてきた。
そのとたん、周りの人混みが小さくなった。

「急げ、押さえ込め!」
「な、なんかマワシてる感じになってるぞ。やばくないか?」
「いいわよ!このクラスの治安が守れるなら、女の子の1人や2人……」
「それはひどくない?」
「うわぁ、そんなに押し合うな!抑えられなくなるだろ!」

どうやら夏海を動かないように押さえつけているらしいが、みんながごぞってやっているので効果が薄い。

「うわぁぁぁぁ!あたしのこの想いはとめられないっす!」

そしてとうとう夏海が包囲網から脱出した。
周りの人混みをかき分けて、扉の前で呆然と立ったままの花桜梨の前に立つ。
そして花桜梨の両手を握りしめる。



「花桜梨さん!昨日は感動しました!」
「えっ?」


「あの蹴り!あの拳!あの投げ!いやぁ、すごかったぁ!」
「は、はぁ……」


「そしてあの素早い立ち回り!もう瞬きするとすぐに動くようでした!」
「ど、どうも……」


「もう感動しました!あたしも花桜梨さんみたいになってみたい!」
「えっ?」



「お願いです!あたしを弟子にしてください!」



「……へっ?」



「付き人でもマネージャーでも何でもします!是非あたしに花桜梨さんの技を!」
「ちょ、ちょっと!私は弟子なんて……」
「ご迷惑をおかけしませんから!」
「そ、そんなぁ……」

夏海が花桜梨に直談判?をしているうちに始業のチャイムが鳴ってしまう。
夏海は不満そうに席に戻った。
花桜梨を始め、他のクラスメイトはほっと一息ついて席に戻った。



最初の授業のとき、花桜梨が隣の席の女の子に事情を聞いてみたらこんなことだったそうだ。

確かに花桜梨の事をいぶかしく思っていた人は半分ぐらいいたそうだ。
しかし、夏海が教室に入って来るなりそれが変わった。


「いやぁ、あの投げはすごかったぁ!この教室の端ぐらいまで飛んだかなぁ?」

「あの突きは基本通りですよ。うん、基本って難しいよねぇ」

「最後のハイキックは感動ものっすよ!こう、足がずばっとまっすぐに動いて、すごかったぁ〜」


壇上に立って、昨日の花桜梨の雄志を身振り手振り交えて熱演するものだから、みんなすっかり毒気が抜けてしまったということらしい。

(今日……どうなるのかしら……)

まったく予想外のスタートに花桜梨は逆に不安を覚えるのだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
花桜梨は不安ながらも学校に来ました。
そして、いきなり不意打ちのような夏海の暴走?で先行き不安なこと。

そして、冒頭にでた花桜梨の母。
いくぶん花桜梨との関係が冷たいのですが、
まぁ、花桜梨が総番長までなってるのだから、こういう感じでもありえるのかなと。

さて、次回は軽く戦闘が入るかな?
目次へ
第173話へ戻る  < ページ先頭に戻る  > 第175話へ進む