第176話目次第178話
「ねぇ!あんな一方的なのをほおっておいていいの?」
「しょうがねぇだろ。約束なんだから……」

茜と花桜梨の闘いをほむらと吹雪は遠くからじっと見ていた。
しかし闘いと言うにはあまりに一方的。
さすがの吹雪も止めなくちゃと思うがほむらは動かない。

「茜さんは会長の親友でしょ?あんなになっても止めないの?」
「止められるかよ!」

吹雪のしつこい言葉にほむらがしびれをきらせてしまう。

「しょうがないだろ!
 茜が望んだことなんだから!
 ああなることはわかっててやってるんだから!
 そんなのあたしがどう言って止めさせるんだよ!
 できるわけないじゃないか!」

「………」

ほむらの言葉に吹雪はそれ以上は何も言わなかった。

太陽の恵み、光の恵

第28部 "乱れ桜"花桜梨・開花編 その9

Written by B
「ううっ……」
「ほら。これだけで立ち上がれないの?」

茜は左足首を痛そうにさすっている。
いつの間にか花桜梨は足首固めを解いていた。

「立てないの……」
「ううっ……」
「しょうがないわね……ほら!」
「うわぁ!」

花桜梨は左手で茜の髪の毛を掴んで持ち上げる。
茜はそれにつられて無理矢理立たされる。



花桜梨は左手で茜の後頭部の髪の毛を掴んだまま、茜の正面に立つ。
そして、茜の顔をじっと見つめる。

「本当に降参しないの?」
「………」
「これ以上やっても無駄よ」
「………」
「だから降参して?」
「うるさい!」

そういうと茜の体が少し動いた。

(くるっ!)

花桜梨はちらりと下を見ると茜の右手が花桜梨の腹部向かって殴ろうとしていた。

「だから無駄だって言ってるでしょ!」


ばしっ!


花桜梨の左の膝が跳ね上がり、茜の右手を払いのけていた。



「!!!」

茜がしまった!というような表情したとたん、その表情がゆがむ。


ばきっ!


ばきっ!


ばきっ!


花桜梨の右肘が茜の顔に何発もたたきつけられる。
しかも茜の顔面は花桜梨の左手で押さえつけられている状態なので防ぎようがない。


ばしっ!


「ぐはっ……」


そして最後は右肘を振り抜くと同時に左手を離した。
茜はまたもや地面にたたきつけられる。



「ち、ちくしょう……」

茜はうつぶせの状態から何とか立ち上がろうとする。

花桜梨はその茜の前でじっと腕組みをして立ち上がるのを待っている。


「ほら?どうしたの?さっきの勢いはどうしちゃったのかしら?」

「く、くそぉ……うぉぉぉぉ!」


茜は気力を振り絞って立ち上がる。
花桜梨はその瞬間を待っていた。


「これで終わりよ!」


茜には花桜梨の左足が一瞬消えたように見えた。

そしてその次の瞬間。


ばきぃぃぃぃぃ!


「ぐわぁぁぁ……」



花桜梨の左足がうなりを上げて茜の右側頭部を直撃した。

茜の体が宙を舞う。

花桜梨にはそれがスローモーションのように見えた。



どかっ!


茜の体は受け身もせずに地面にたたきつけられた。
茜の体は動かない。


「終わったわね……」


花桜梨はそれを見届けると、茜に背中を向けた。
そしてそのまま立ち去ろうとした。



そのとき。


「!!!」


花桜梨の背筋に寒気が走った。
花桜梨は恐る恐る後ろを振り向く。


「う、うそ……」


茜はまだ動いていた。


「ま、ま……ま……だ……」


花桜梨には茜の声がはっきりと聞こえた。
必死に体を動かそうとするがなかなか立ち上がれない。


「に、にげ……る……な……」


「ど、どうして……」


花桜梨は驚きを隠せないでいた。
そしてしばらくじっと茜の姿を見ていた。



「ふぅ……」


そして花桜梨は大きくため息をつく。


「もう……やるしかないわね……」


花桜梨は茜のところへゆっくりと歩き出す。
そして茜の髪の毛を掴んで、無理矢理立ち上げる。
茜の表情はうつろだ。
意識朦朧としているのかもしれない。


「さあ、来て……とどめを刺してあげる……」
「………」


花桜梨は茜の髪の毛を引っ張って河川敷から道路に出て行く。
茜は花桜梨の言葉が聞こえているのかどうか、表情に変化がない。



そして、花桜梨はそのまま河川敷公園近くの橋の上までやってきた。

花桜梨は茜の前に立ち、茜を前屈みの格好にさせる。

次に前屈みになり、自分の頭を茜の左肩に押しつけるようにする。

そして両手で茜のそれぞれの足を掴む。

最後に茜をそのままの格好で担ぎ上げる。

ちょうど茜は二つ折りにされ、股は裂けるほど大きく開かれ、首もがっちり固定されている。

そしてその格好で橋の太く平らな手摺りの上に登る。



「………」

花桜梨がじっと真下の公園を見ていたとき、自分を呼ぶ声の方を振り向く。

「八重!止めろ!それ以上やってもしょうがないだろ!」
「会長の言う通りよ!もう決着はついたはずよ」

近づいてきたのはほむらと吹雪。
今の状況をみて、たまらずやってきたらしい。

花桜梨も2人の言いたいことはよくわかっている。
しかし花桜梨は2人の言うことは聞かなかった。


「ごめんなさい……

 もう止められない……

 だって、ここまでしないと茜ちゃんやめてくれない……

 とどめを刺さないと、茜ちゃん、降参してくれない……

 私だってここまでやりたくなかった!

 でももうだめ……

 お願いだから救急車呼んで……お願い……」


花桜梨はそう言って再び真下をじっと見つめていた。



ほむらと吹雪が何か言っているようだが、花桜梨にはもう聞こえていない。

正確に言うと真下は河川敷公園へ向かう斜面。
しかし、それでも高さは3〜4メートルぐらいある。

花桜梨の両手に力が入る。
呼吸を落ち着かせる。



「茜ちゃん……ごめんなさい……」



そうつぶやくと花桜梨は飛んだ。



「「うわぁぁぁぁ!」」



上からほむらと吹雪の叫びが聞こえる。

花桜梨と茜は地面へ一直線に落ちていく。
そして遂に地面にたどり着く。




どかっ!




「ぐはぁ!」




着地の衝撃が茜の首、背中、足に膨張されて伝わる。

茜は一瞬叫びを上げただけで何も言わなくなってしまう。
全身から力が抜け、体がだらんとした状態になった。


「………」


どさっ!


花桜梨はそれを確認すると茜を地面へ降ろす。


目は白目をむいてしまっている。
口はぽかんと開いたまんま。
茜は大の字になってまったくうごけない。
腕も足も力が抜けたようにだらんとしている。
しかし、ときどきびくんと痙攣しているようにも見える。


「終わった……やっと終わった……」


花桜梨は完全に終わったことを確信した。



花桜梨は動けない茜に背中を向ける。
そしてゆっくりと歩き出す。
今度は先程感じた気配はまったく感じない。
それに少しだけほっとしながら歩き続ける。



30秒後。

「あっ、救急車……」

サイレンの音が花桜梨の耳に入る。
音が大きくなっていることから、茜を病院につれていくための救急車であることを確信する。

「ここの救急車は早いのね……」

そうつぶやくと花桜梨はまた歩き出す。
後ろは決して振り向かない。
ただ前を見つめている。



30分後。

花桜梨は自分のマンションに到着する。

「今日は何も考えたくない……寝たい……」

花桜梨は疲れ切っていた。
30分歩き疲れたということでは決してない。
歩いている間、ずっと茜の事が頭から離れなかったのだ。

「もう、茜ちゃんとは何も関係ないのに……」

早く寝て、今日のことは忘れたい。
それだけで頭はいっぽいだった。

だから、自宅の扉の前の人影に全く気がついていなかった。



その人影が花桜梨を呼び止めた。


「花桜梨さん」

「きゃぁぁ!」


突然の声に花桜梨は小さく悲鳴をあげる。


「ちょっと、そこまで驚かなくてもいいじゃない」
「ま、舞佳さん……」


目の前の人影は、運送屋のつなぎを着た舞佳だった。


「花桜梨さん。時間はある?」
「えっ?……一応ありますけど……」
「じゃあ、一緒に来て」

舞佳は右手で花桜梨の右腕を掴む。

「どこにですか?」


「当然よ。茜ちゃんのお見舞いよ」


びくっ!


花桜梨の体が一瞬びくっとなる。
その振動は舞佳の右手にも伝わる。



「大丈夫……私がついているから……」

「………」

「茜ちゃんを倒した相手ではなく、茜ちゃんの友達として……」

「でも、あんなことした以上、もう茜ちゃんは私のことを……」

「そんなことはない。茜はまだ花桜梨さんのことは友達と思っているわ」

「………」

花桜梨はうつむいたまま動かない。
舞佳は下から花桜梨の顔をじっと見つめる。
花桜梨と舞佳の視線が絡む。
舞佳の表情は真剣な表情だった。


「……行くよね?」

「はい……」


舞佳の真剣な目に花桜梨はただ頷くしかなかった。



ブロロロロ……

「ところで、両親に『友達のところに出かけるから遅くなる』の一言だけでよかったの?」
「いいんです……所詮、そういう関係ですから……」
「大変ね……」
「………」

花桜梨は舞佳の運転する2トントラックの助手席に乗せられていた。
「バイトは終わってるから返すついでに行くだけよん」とは舞佳の言葉。
花桜梨は不安ながらも同乗することにした。
目的地は茜が運ばれた病院。
舞佳はどこに運ばれたかわかっているらしい。


「ところで舞佳さん」
「な〜に?」
「今日のこと……知ってたんですか?」
「ええもちろん。茜ちゃんの馬鹿ったら……」
「えっ?」


「茜ちゃん。机に遺書置いて学校に行ったのよ」


「!!!」
「確かに昨日『花桜梨さんだったら茜ちゃんぐらい簡単に殺せる』って言った私が馬鹿だったけど……」
「そこまで茜ちゃん……」
「そう、本気だったってこと……もう、大馬鹿よ……」
「………」

花桜梨も舞佳も表情が暗かった。


「ごめんなさい。病院まで静かにさせて……」
「ええ……」


舞佳が珍しく自分から口を閉ざした。
花桜梨もそれに同調した。

運転している舞佳の体は少し震えていた。
そして、表情は怒っているように花桜梨には見えた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ようやく決着しました。
う〜んフィニッシュホールドをもう少し工夫したかったんですけど、
それほど格闘技に詳しくない私ではこれが限界です(こら)

今部はたぶん次で最後、
舞佳の怒り、茜の思い、そしてその後の花桜梨……と書ければいいなぁ。
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