茜がいる病室に舞佳と花桜梨が到着していた。
(……どうしたのかしら……)
扉の前に2人がいるが、花桜梨は舞佳をみて違和感を感じていた。
(舞佳さん……何か変)
明るいイメージのある舞佳だが、今の舞佳はかなり思い詰めたような表情をしている。
どうしたのか聞こうとしたそのとき。
「花桜梨さん……ちょっと、この場で待っててもらえるかしら?」
「え?いいですけど……」
「ごめんね……私のみっともないところを見せたくないからね……」
「え?……そ、それって……」
バタン!
花桜梨が返事をする前に舞佳は部屋に入っていった。
そしていきなり打撃音が聞こえてきた。
ボカン!
「ふざけんじゃないわよ!」
扉越しに舞佳の怒声が聞こえてきた。
太陽の恵み、光の恵
第28部 "乱れ桜"花桜梨・開花編 その10
第178話〜因縁精算〜
Written by B
(ま、舞佳さん……茜ちゃんを殴ってる……)
花桜梨はその音から中の状況を察知した。
急いで、扉に耳を当てて中の様子を探る。
中では舞佳の怒声が続いていた。
「あんたねぇ、死ぬなんて気安くいうんじゃないわよ!
薫がどれだけあんたを心配したのか知ってるの?
あんたが薫がいなくなるのが嫌なのと同じぐらいに、
薫だってあんたがいなくなるのが嫌なんだよ!
………
たのむから、もう無茶しないでよ!
ごめん……言葉にならないから帰るね……
早くなおしてね……」
(あっ、こっちに来る!)
舞佳の足音が大きくなってきたのを確認した花桜梨は扉から耳を離し、横に立つ。
バタン!
舞佳が廊下に出てきた。
表情は暗い。
「……どうでした?」
「……元気そうだったわよ」
花桜梨は中の事は知らないかの振りをして尋ねると、舞佳は笑って答えた。
しかし、それは無理していることがバレバレであった。
「でも、もういいんですか?」
「私はいいわよ。今度は花桜梨さんが付き添ってあげて?」
「いいんですか?」
「いいわよ。私はこれからトラック返さないとだから」
「じゃあ、今度は私が行きます」
「お願いね。私はトラック返したら迎えに来るわ。家まで送ってあげるから」
「ありがとうございます……それじゃあ……」
花桜梨は扉のドアノブに手を掛ける。
ノブを回そうとしたとき、舞佳の声がする。
「花桜梨さん」
「えっ?」
「今日は茜ちゃんのためにありがとう……あと……ごめんね……」
「………いいえ、とんでもないです」
「じゃあ、あとでね……」
舞佳はくるっと半回転するとそのまま廊下をつかつかと歩いていった。
花桜梨はその背中をじっと見送っていた。
「………」
茜は頭上に見える窓の外をじっとみつめていた。
左手で左の頬をじっとさすっている。
茜はベッドで横になっている。
体のあちこちが包帯でぐるぐる巻きになっている。
ガチャ!
扉の開く音がする。
「あっ……」
茜は振り向いて絶句した。
「花桜梨さん……」
花桜梨は部屋に入るとそのまま茜が寝ているベッドの横にある椅子に座る。
茜から見て右側に花桜梨が見える。
そして穏やかな表情で茜の顔をじっと見つめている。
「………」
「………」
茜もじっと見つめ返す。
2人の視線がじっと絡み合う。
そしてそのまま時間が過ぎていく……。
何分たっただろうか。
沈黙を破ったのは茜だった。
「ねぇ、今わかったことがあるんだ」
「なに?」
「ボク……花桜梨さんと友達になれない」
「!!!」
「ボクはお兄ちゃんのことで、花桜梨さんのことがまだ許せない。
花桜梨さんはそれについて絶対に謝るつもりはないよね……
これがある限り……ボクたち、絶対に友達になれない……」
「………」
「でも……」
「でも?」
「仲良くは……できるよね?」
「えっ?」
「もうひとつ気がついたことがあるんだ……
ボク、花桜梨さんのことをもっと知りたい。
まっすぐにボクのことを見てくれる花桜梨さんのことがもっと知りたい……
許せないけど、憎みきれない、恨みきれない……
こんなボクだけど、一緒にいていいかな?」
茜は布団の下から右手を差し出した。
その手は包帯でぐるぐると巻かれていた。
花桜梨はじっとその手を見る。
そして軽く深呼吸する。
そして右手を差し出す。
「わかったわ……改めて……なかよくしましょう」
「うん……」
がしっ!
2人の手が固く結ばれた。
そして2人ともほほえみあう。
「でも、手加減は絶対にしないわよ……」
「ええ、かまいませんよ……いつかきっと……」
「それは無駄な話ね……」
敵でもあり仲間。
花桜梨と茜の奇妙な友情が成立した瞬間だった。
花桜梨は、舞佳の車で家に送ってもらうときに、茜の怪我の具合を舞佳から教えてもらった。
茜の怪我はたいしたことがなかったらしい。
打撲が数カ所であとはかすり傷程度。
明日には退院できて、その翌日から学校に行くことができるようだ。
「やっぱり薫の妹だからね」
というのは舞佳の感想。
「でも、花桜梨さん。やっぱり手を抜いたでしょ?」
「えっ?……いや、あの、その……」
「言わなくてもわかるわよ。茜ちゃんの状態を見ていればね」
「………」
「あははは……花桜梨さんらしいわね……」
笑いながら運転する舞佳の表情はいつもの明るいお姉さんの表情に戻っていた。
そして翌日。
花桜梨は遅めに学校に向かっていった。
朝練はあったのだが、今日だけは休んだ。
そして校門前の坂の下につくと、花桜梨を待っている人がいた。
「花桜梨さん。おはよう」
「キャ、キャプテン……」
花桜梨の元部下だった、バレー部の前キャプテンだったが、その格好は花桜梨を驚愕させた。
スカートは地面すれすれ。
今まで肩にかかるぐらいの長さの髪の毛にはパーマが掛けられている。
これは別に校則違反ではないのでたいしたことはない。
一番花桜梨を驚かせたのはタバコを吹かしていたことだった。
「た、タバコ……」
「あははは……何年ぶりかなぁ……タバコって……」
「何年ぶりって……」
「これだけなんだよね……花桜梨さんができなくて、私ができることって」
「………」
「あははは、カミングアウトって気持ちいいよね」
「!!!……それって、まさか……」
「部員に言っちゃったよ。私も花桜梨と同種だってこと」
「そ、そんな……キャプテンまで言うことないのに……」
呆然とする花桜梨。
一方のキャプテンは吸っていたタバコを道路に落とし、足で踏み消している。
「しょうがないわよ……
私、気になって昨日の放課後の部活にこっそり行ってみたの。
やっぱり、花桜梨さんのこと軽蔑している人だらけだった。
『おちこぼれ』とか『不良』とか、色々ひどいこと言ってた。
私許せなくてね……
朝、部員集めて締め上げちゃった。
わざわざ昔の格好をして、タバコを吹かせながらね。
『あれだけで、花桜梨さんを軽蔑するのは許せない!』って言ってあげたわよ。
『花桜梨さんを軽蔑するのは、私を軽蔑することよ!』なんても言ったな。
でも、わかってくれたみたい。
放課後、謝りにくると思うけど、許してあげて?」
「………」
キャプテンがそこまでやってくれていたとは思っていなかった。
花桜梨は嬉しくてなにも言えなかった。
「ありがとうございます……」
「そんなこと言わないで……やっと花桜梨さんに恩返しができただけだから……」
「………」
「でも、キャプテン。その格好……」
「あははは。もうやらないよ、こんなの。パーマって手入れが大変だからね」
「………」
「でもスカートは気分転換に着てくるかもね。あははは」
「うふふふ……」
キャプテンの屈託のない笑いに花桜梨も思わずほほえんでしまう。
「じゃあ、一緒に行きましょ?」
「ええ、そうですね」
キャプテンと花桜梨は一緒に坂を登り始めた。
ゆっくりと並んで歩く2人。
ちらちらと2人を見る人がいるが、たいていは横を抜き去っていく。
「ねぇ、こんどVリーグの試合が近くであるんだけど一緒に行かない?」
「えっ?そうなんですか?」
「そうなの。パパが試合のチケット2枚くれたの。だから花桜梨さんと……」
「私でいいんですか?彼とか」
「あははは。彼なんていないわよ。花桜梨さんこそいないの?」
「私もいませんよ」
なんでもない、普通の会話。
花桜梨もキャプテンもそれが嬉しかった。
それは2人の笑顔が示している。
しかし、そんな時間もある声が止めてしまう。
「師匠〜〜〜!」
「ちょ、ちょっと!声が大きいわよ!」
夏海の声だった。
振り向くと、走りださんとする夏海とそれを必死に押さえる吹雪の姿があった。
「逃げないと……キャプテン!私、先に行きますから!」
「あっ……じゃあ、またね……」
状況がつかめていないキャプテンを尻目に、花桜梨は猛ダッシュで校門を過ぎ去っていく。
「師匠!鞄お持ちしま〜す!」
「だからやめなさいって!」
そのキャプテンの横を2人の女の子が猛スピードで通り過ぎていく。
「……花桜梨さんは休まる時間がなさそうね……いろんな意味で大変ねぇ……」
キャプテンは花桜梨の背中を見送りながら、ぼそっとつぶやいた。
こうして花桜梨の新しい生活の幕が上がった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ようやく花桜梨の大長編が終わりました。
茜ちゃんがどういう結論に達するかが一番のメインでしたが、
これが結構難しい。
いろいろパターンがあったんですが、こういう形にしました。
今後の花桜梨さんは、これがベースとなります。
あの人との激突とか、あの人との話とか……ネタは結構あるかなぁ
さて、かおりんの話が長くなりすぎて、今後の予定を少し忘れております(こら
一旦これまでの話の整理と今後の展開方針を固めるため、次部の開始が遅れるかもしれませんがよろしくお願いします。
とはいっても、次部はアンケートの結果によるお話になると思いますが。