第178話目次第180話
「うわ〜ん、ゆっこぉ〜」
「ちょ、ちょっと!いきなり抱きつかないでよぉ」

ひびきの市から電車で1時間ほど離れた場所にあるもえぎの市。
そこにあるもえぎの高校の廊下の片隅で女の子の叫びが聞こえてくる。

「なにゆうとんのや。うちがこれだけ悩んでいるのにその言いぐさはないやろ」
「そんなこといっても、悩んでるなんて知らなかったし」
「ううっ、ゆっこはひどい女や。うちが毎晩部屋の片隅で体育座りしてシクシク泣いてるのを気づかないなんて」
「うそ。昨日だって、電話でゲラゲラ笑ってたくせに……」
「わからんのか〜、声で笑って心で泣いてたのを……」
「少なくともシクシク泣いてなかったけど……」
「ううっ……そんなこと言って、うちの悩みを聞いてくれないんや……」
「そんなこと言ってないでしょ?ちとせの悩みぐらい聞いてあげるわよ」
「おおっ!さすがゆっこや。うちの心の友や……」

朝からこんな会話をしているのは。2年生の牧原優紀子と相沢ちとせ。
2人は中学からの友達だ。
ちとせは小学校までは関西にいたこともあり、関西弁で話まくる。

「あのな……実は……」

そのちとせが優紀子の耳元でこそこそささやく。


「ええっ!ちとせ太ったの!」
「ゆっこぉ!声がおおきい!」

太陽の恵み、光の恵

第29部 乙女のダイエット編 その1

Written by B
お昼休み。
教室で家から持ってたお弁当を食べている優紀子とちとせ。
ちとせの教室に優紀子がやってきている。
窓際のちとせの席にお弁当を広げて、話の話題は朝の続き。

「もう、ゆっこのおかげで、うちの乙女のプライバシーが……」
「ちとせ〜、もう、いつも大げさだよぉ」

涙を拭く真似や泣く真似などしているが、ご飯はちとせのほうがさくさく進んでいる。
優紀子のほうがゆっくり食べている。



「ところでどうして太ったの?」


「……メロンパン食べ過ぎた……」


「またぁ?」

呆れて箸をくわえたまま固まる優紀子。
ちなみにメロンパンはちとせの好物だ。


「ショッピング街を歩くとなメロンパンが呼んでるんや。

 『美人のちぃちゃん。
  かわいいちぃちゃん。
  ボクを食べて。
  おいしいよ。
  ボクは綺麗なちぃちゃんに食べて欲しいなぁ』

 なんていうんや。
 もう、そうなったら食べてあげなきゃかわいそうやんか」


「それ、ただ食べたかった言い訳じゃないの?」
「ひど〜い!
 ゆっこはそんなに薄情なんや。
 ゆっこにはメロンパンの声が聞こえないんか?」
「聞こえないよ」
「はぁ〜、これだからゆっこはあかんのや……」

顔を見上げ、右手で両目を覆い、大げさに嘆く仕草をするちとせ。
優紀子は呆れて見ているだけ。



「ちとせ。それで、どうしたいわけなの?」

さすがに聞いているだけではどうしようもなくなったのか、優紀子は本題を聞いてみる。

「なんや?これだけ言ってわからへんのか?」
「ダイエットなの?」
「そうや!うちはこれからダイエットするんや」
「ふ〜ん」
「この夏にうちのナイスバディを見せられないのは日本の損失や!だから今からやるんや」
「………」



「そういうことでゆっこ、ダイエットにつきあってな」


「ええ〜!」

いきなり言われて驚く優紀子。



「なんや?ゆっこは親友の心からの頼みを断るっていうんか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「そうか、ゆっこは人が苦しんでダイエットしているところを高見の見物をしようというんやな……」
「だから、違うって……」

こんどは両手の人差し指をつんつんして、いじける仕草をするちとせ。
一方の優紀子はきっぱり断れず、答えにまよっておろおろしている様子。
ちなみに2人とも既にお弁当は食べ終わっている。



「じゃあなんや?友情を壊してでもダイエットをしない理由なんてあるんか?」
「友情を壊してもってわけじゃないけど……そのぉ……」
「なんや?」


「私は……もうちょっと太りたいんだけど……」


「な、なんやてぇ……」


「こことか、こことかに……」

優紀子は両手で胸とお尻を当てて、場所を示す。

「みんなから『子供体型』とか『つるぺた』とか言われて悔しくて……だから太りたいなぁって」
「………」
「うちのクラスにもスタイルのいい子がいるんだ、だから、私もナイスバディになりたいなぁって……あれ?」



「この〜、はくじょおものぉ〜!」



ちとせが優紀子の発言にキレた。
突然、優紀子の首を絞めはじめた。

「ち、ちとせ〜、やめて〜」
「う、うちが痩せたい痩せたいゆうとるのに太りたいやとぉ〜!」
「く、くるじぃ〜」
「そんな、失礼なことを言うのはこの口かぁ〜」
「ち、ちとせ、くび……」

このキレぶりは、優紀子の顔が青くなるまで続いた。



「し、死ぬかと思った……」
「いやぁ、ごめんごめん。ついうっかり……」
「うっかりじゃないでしょ!周りが止めなきゃずっと続けてたでしょ?」
「もう気にするなって!」
「ごまかさないでよぉ!」

息をぜいぜい吐きながら怒っている優紀子。
一方のちとせはけらけら笑っている。
いや、笑ってごまかしている、というのが正しいのだろう。

「でも、ちとせのためだからダイエットに協力してあげるよ」
「ほんまか!いやぁ、さすが心の友や」
「一緒にダイエットはしないけど、ダイエットはいくつか探してあげるよ」
「そうかそうか、う〜ん、持つべきものはやっぱりゆっこや」
「ちとせ……大げさで信憑性がないんだけど……」

泣いて喜んでいるということを表現したいのか、右手で涙をぬぐう仕草をするちとせ。
そんなのを何年も何十回も見ている優紀子は冷たく反応している。



「それで、ちとせ。目標はどのぐらいなの?」
「そうやなぁ……夏休みまでに3キロぐらいは痩せたいわぁ」
「1ヶ月もないのかぁ……それじゃあ食事制限が必要かなぁ?」


「しょ、食事制限やてぇ〜!」


「ちとせぇ。いきなり立ち上がらないでよぉ」


優紀子の言葉でおどろいて急に立ち上がるちとせ。
優紀子は慌ててちとせを座らせる。

「しょ、食事制限って、食べるのを少なくするってやつやろ?」
「う〜ん、3食は食べるんだけど、とりあえず間食をなくすことかな?」


「か、間食をやめるやてぇ〜!」


「お願いだから立ち上がらないで!恥ずかしいから!」


間食と聞いてまた立ち上がるちとせ。
優紀子は周りの目を気にしながらちとせを座らせる。



「あかん!間食を抜いたらうちは生きていけへん……」
「そんなことないでしょ?3食は食べるんだから……」
「おやつはうちの生き甲斐や、それを止められたらショックで立ちなおらへん……」
「ショックっておおげさな……」


「頼む!間食だけは止めないで!このとおりやから!」


「もう〜!お願いだから土下座もしないでよぉ〜!」

今度はちとせは土下座を始めた。
優紀子はまたも慌ててちとせを止める。



「そうかそうか。間食はOKなんやな……」
「本当は止めた方が……もういいよ……食事は好きにしていいから……」
「おお!さすがは心の友や」
「……食べ過ぎはだめだよ……」
「わかっとるわかっとる」
「心配だなぁ……じゃあ、明日から実行だよ」
「わかったわかった。じゃあ今日は決起集会ということでケーキの食べ放題に……」
「ちとせ!」
「冗談やて、もう……」

不安な表情の優紀子と、冗談が通じなくて不満のちとせ。
こうしてちとせのダイエット作戦の実行が決まった。



「あははは!ちとせちゃんらしいね」
「もうちとせったらオーバーだから、もう恥ずかしくて恥ずかしくて……」

放課後の野球部室。
優紀子は中学からの友達の男の子と話をしている。
ちなみにこの男の子とちとせも友達の間柄だ。
優紀子はテーブルで今日の練習日記をつけていて、男の子はスパイクを磨いている。

「それで、ダイエットのおつきあいということ?」
「うん、ちとせは一緒にやらせようとしてたけど、必死に断っちゃった」
「あははは」
「私は太りたいのに……」


「そう?優紀子はそれでいいと思うけどなぁ」


「えっ?」


「いや、あの、まぁ……優紀子って俺好みのスタイルだなぁって……あははは……」


「………」


「そ、それじゃあ、また投げ込みしてくるから!」

男の子は顔を少し赤くしながら部室から出て行った。



「………」

一方の優紀子は顔が真っ赤して固まっている。
しかもどうもおかしい。


「………」


バタン!


あまりの衝撃に椅子ごと真後ろに倒れてしまった。
目は回っており、口から泡まで吹いている。

どうやらあまりにインパクトがある発言だったらしく、おもわず気絶してしまったらしい。

その日の野球部は気絶した優紀子で大騒ぎだったらしい。
To be continued
後書き 兼 言い訳
そういうわけで新部です。

お約束どおり、アンケート上位メインのお話です。
書いている時点で1位は確定してませんが、どうせ同じぐらいだし、後半ではあからさまに一人で多数投票してるし。
まあどっちも同じようなもんということで、ダブルヒロイン的にすることにしました。

テーマは「ダイエット」。
メインの2人を中心にダイエットの苦悩する人々を書いてみようかと思います。

しかし、これで3のメインキャラは全員登場となりましたね。

そういうことで次回はレイちゃんです。
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