第181話目次第183話
ちとせがダイエットを始めると決めた翌日。

お昼休みに優紀子がちとせの教室にやってきた。
右手にはお弁当、左手には大きな紙袋。

それをみたちとせが冷たい視線を送る。

「ゆっこ……人がダイエット考えてるのに、目の前でそんなに食べるんか……」
「な、なにいってるのよ。こっちは食べ物じゃないの」
「じゃあ、なんや?」
「これだよ」

優紀子は椅子に座るとちとせの机の上に紙袋の中身を取り出した。

取り出したのは雑誌の山。

「なんやこれ?」
「家にあった雑誌からダイエット特集の記事を探してみたの」
「おおっ、こんなのがうちには必要なんや!」
「ちとせ、お昼食べてからゆっくり見ればいいんじゃないの?」
「そうやな、ほら急いで食べよ……」

ちとせは雑誌を早くみるべくお弁当を急いで食べ始めた。

太陽の恵み、光の恵

第29部 乙女のダイエット編 その4

Written by B
「しかし、いろんなダイエットがあるんやなぁ……」
「うん、私もびっくりしちゃった」

お昼を食べた2人は優紀子の持ってきた雑誌の記事を見ている。


「雑誌のメイン記事がダイエットってのが結構あるんやね」
「そうなんだよね。中身もいろんなものがあるんだよね」

2人は雑誌をとっかえひっかえして記事をじっくりと読んでいる。


「でも、なんでこんなにダイエット特集があるんやろね?」
「痩せたい人がたくさんいるんじゃないの?」
「日本人ってそんなに太ってるんか?」
「う〜ん、そういうことは聞いたことはないけどね」
「アメリカ人のほうがえらく太ってる人が多そうな気がするけど」
「よくテレビで見るよね……」



「ところでちとせはどんなダイエットをしたいの?」
「う〜ん、楽なのがええなぁ」
「………」

ちとせの平然とした答えに優紀子は沈黙してしまう。


「ん?どうしたんか?」
「ちとせ……本気でダイエットしたいの?」
「うちは本気やけど?」
「楽しながらっていうのは上手くいかないと思うけど……」

不安そうな優紀子の言葉にちとせは雑誌の記事を机の上に広げる。


「そうか?この記事やその記事には『楽してダイエットできる!』って書いてあるよ」
「ちとせ……それ本気にしてるの?」
「本気にして悪いんか?」
「こういうのって、あまり効果がないか、実は楽じゃないのが多いんだよ」
「そうか?」
「そうだよ、だって本当にできたらもっと話題になってるはずだけど全然聞かないよこれ」
「たしかにな……な〜んだ、バッタモンか……」

残念そうにその記事のある雑誌を片づけるちとせ。
それでも諦められないらしい。


「でもな、最近楽にできるダイエットの研究が盛んらしいよ」
「本当なのそれ?」
「ほんまや、テレビで何度も特集されてるのを見たことあるんや」
「そういえば、最近のダイエットの話題だと『楽できる』というのが中心だよね」
「でもなぁ……もっと楽にできる方法はないのかなぁ……」
「………」

相変わらず楽な方向しか考えていないちとせに優紀子は呆れていた。


「ちとせ、ダイエットって、入る量を減らすか消費する量を増やすかのどちらかしかないんだよ?」
「だから、サプリとかで体質改善で……なんやったっけなぁ……カルキンとかなんとか」
「カテキンのこと言ってるの?」
「そうそうそれや!お茶の成分で最近話題やろ?」
「でも、体質改善なんて時間がかかるよ。ちとせは短期間で痩せたいんでしょ?」
「ううっ……そうや、うちには時間がないんやった……」
「今後のことを考えればやってもいいけど、それじゃだめでしょ?」
「そ、そうやな……」

がっくりと頭を垂れるちとせ。
楽ができないことが相当辛いらしい。



「ちとせ、クラスメイトにダイエットした人っていないの?」
「えっ?」
「高校生でも結構いるって話だよ。体験談を聞いてみるのもいいんじゃないの?」
「たしかに……」
「クラスにダイエットをやった人って聞かない?」
「う〜ん、話題にしなかったからなぁ……」

ちとせがクラス全体を見渡す。
優紀子もそれにつられて見渡す。
でも、知らない顔も結構あるので、優紀子はただ見ているだけ。

そのうちにちとせが誰かを見つけたらしい。

「おおっ!最適の人がおるやんか!」
「えっ?誰々?」
「いま呼ぶわ。お〜い、まりり〜ん!」

ちとせが廊下側の隅に向かって手を振る。


「相沢さん!そんなに大声ださなくてもわかるわよ」

振られた女の子は迷惑そうに椅子から立ち上がってちとせの席へと向かう。
そしてその女の子は机の横に立ち、優紀子とちとせの真ん中に位置する。


「こんにちは。牧原さんでしたわね?」
「え〜と、御田さんですよね?」
「そうそう。こっちがうちの心の友のゆっこで、こっちがうちのクラスで女優の御田さん」
「あら、女優なんてレベルじゃないわよ。相沢さんったらお世辞がうまいわね」
「そんなことあらへん。うちの本音や」

ちとせのクラスメイトの御田万里は今は普通の学生だが小さい頃は子役で映画にも出ていた。
しかし、父が映画監督、母が舞台女優という生まれ持っての女優だ。
確かにスタイルのことは人一番気にしているかもしれない。

ちなみに優紀子と万里はそれほど顔なじみではない。



「ところでいきなりだけど、まりりんってダイエットしたことある?」
「ダイエット?……そうねぇ、一度だけしたことあるわ」
「ほんまか?」
「ええ、小学校の時の映画の撮影で『役のために痩せろ』って言われて……」
「しょ、小学校のときにダイエット?」

びっくりする2人。
まさか小学校のときにダイエットしたとは思わなかったからだ。


「ど、どんな方法でや?」
「単純よ。おやつ我慢して、ご飯も量を減らして、あとは早朝と深夜にランニングね……」
「そうか……」

案の上、一般的な方法で少し期待はずれな表情をするちとせ。
そんなことに気づかず万里は話を続ける。


「でも、子供の頃にそれは辛かったわ。さすがにもうダイエットなんてしたくないって思ったわ」
「そうなんだ……」
「だから、それからはスタイルには特に気をつけるようにしてるわ」
「そうやな……」

2人は無意識に万里の全身を見ている。
たしかに万里のスタイルは抜群だ。
グラマーという言葉がとても似合う。


(まりりんって、めっちゃスタイルええからなぁ)
(どうすればそんなに大きくなれるんだろう……)

日頃の積み重ねが大切だということを実感し、思わずため息をつく2人だった。



それでもちとせは尋ねてみる。

「まりりん、今後映画に出たときに『役のために痩せろ』って言われたらどないする?」
「もちろんやるわよ」
「どうやって?」
「わからないわ。でも体をこわさない方法を選ぶわ」
「体?」
「相沢さん。無理なダイエットは危険よ。下手すると死んじゃうことってあるのよ」
「え?え?え?し、死んじゃうって?」
「ほ、ほんまか?」
「ええ、新聞記事にもなったことがあるらしいわよ」

2人のとっては予想外の話に驚いている。
一方の万里は「あら、知らなかったの?」とでも言いたげにほんの少し驚いている。


「例えば、食べたものをすぐ吐く方法とかよく知られてるけど、それって内蔵にものすごく打撃を与えるのよ」
「確かに体によくなさそうね……」
「やっぱり、遠回りかもしれないけど、じっくりと痩せた方がいいと思うわ」
「………」

しっかりとした意見を言われて、やっぱり楽ができないと感じちとせはがっくりと肩を落とした。


「でも、相沢さん。やろうと思えば何キロでも痩せられるわ」
「えっ?」
「昔のハリウッドの俳優が役作りで何十キロも痩せたって話を聞いたことがあるわ」
「な、な、何十キロやてぇ?」
「ええ、役者根性ってものかもしれないわね」
「すごい……」
「だから、やる気と根性があればきっとやせられるわ……」
「まりりん、それ慰めにならへん……」

万里の慰め?に全く慰められなかったちとせだった。



さらにがっくりとするちとせの隣で万里があることに気がついた。

「相沢さん。泳ぐのが好きだったんですよね?」
「ええ、めっちゃ好きやけど?」
「水泳はどうかしら?」
「水泳?」
「全身を使うから効率よく痩せられるし、スタイルもよくなるって聞いたわ」
「聞いたって?……御田さんはやってないの?」
「な、な、なっ……」
「???」

何気ない優紀子の一言。
しかし万里は突然顔を赤くして慌てだした。
おろおろする万里に優紀子は訳がわからない。
ちとせは頭を抱えてしまった。



理由は本人がすぐに白状した。

「わ、わ、私は……お、泳げないから……」
「えっ?」
「ご、ごほん!そ、それじゃあ失礼するわね!」

万里は急ぐように自分の席に戻ってしまった。
その場には天を仰ぐちとせと少し冷や汗を垂らした優紀子の2人の姿があった。

「ゆっこ……人には言ってはいかんことがあるんや……」
「い、いや……そうだとは知らなかったから……」



「でも、ちとせ。御田さんも言ってたけど、水泳やってみたら?」
「う〜ん、水泳ねぇ……」
「楽ってことはないけど、好きなことして痩せられるんならいいんじゃないの?」
「そやなぁ……」
「明日から室内プールに行ってみない?あそこなら部活後でも行けるからいいんじゃない?」
「よっしゃ!明日から行くか!」
「私も一緒に行くから頑張ろう」
「おおきに。じゃあ、今日は明日からの鋭気を養うためにケーキの食べ放だ……」
「ちとせ!」
「じょ、冗談やて、まったく……」

相変わらずお気楽なちとせに、優紀子は本気なのかどうか疑いたくなってしまっていた。



そして、その日の夜。
優紀子のところにちとせから電話がかかってきた。

「ちとせ、どうしたの?」
「ゆっこぉ〜、ゆっこのせいやでぇ」
「???」

いきなり文句を言われても優紀子にはまったく覚えがない。


「ゆっこのせいで、うちの乙女の尊厳がぁ〜」
「ちとせ、意味がわからないけど……」
「あれからうちはさんざんな目にあったんやで……」
「???」
「実はな……」



ちとせの話をまとめると、お昼休みのあと、ちとせはクラスメイトから、

「ちとせって太ったの?」
「ダイエット成功するといいね」
「あれ?太ったの?そう見えなかったけど」

と言われまくったそうだ。
しかも男女問わず。
さすがのちとせには相当こたえたらしい。



「そりゃ、お昼にあれだけちとせが大声出せばわかるよ……」
「ゆっこがあそこで話をするからや……」
「はぁ……」

あいかわらずのちとせに優紀子は思わずため息がでる。



しかし、優紀子は少し考えた。

「でもちとせ」
「なんや?」


「これで、ダイエットをさぼれなくなったよね♪」


「うっ……」


「クラスメイトに『ダイエットする』って知られたから、失敗したら恥ずかしいよぉ〜」
「ううっ……」
「みんな期待しているみたいだから、頑張ってね」
「ゆっこのはくじょうものぉ〜」
「それじゃあ、明日、水着忘れないでね」
「ゆっこ〜……」


がちゃ


ちとせの反論を聞くまでもなく、優紀子が一方的に電話を切った。



「まったく……これでちとせも本気になってやってくれるかな?」

優紀子はほっと一息をついた。


「さて、私もあそこまで言ったから頑張らないとね」

優紀子は電話機の前で腕を組んで、一人でうんうんと頷いていた。


「さてと……お風呂入ろっと♪」

優紀子は上機嫌でお風呂場に向かったのだが、




「うぇ〜ん!また痩せたぁ!なんでぇ!」




優紀子の叫びが聞こえたのはそれからしばらくしてのことだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ちぃちゃん2回目です。

なんかゆっこの気苦労ぶりがメインっぽい感じになってしまってますね。
ダイエットって色々方法が昔からあるし、最近もたくさん新しい方法が出てきています。

でも、どんな方法でもやる気だして生活態度替えないと効果ないと思うんですけどね。

そういうことで次回はレイちゃんですね。
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