深夜の伊集院邸。
「いち、にぃ、さん、しぃ……」
「レイ様。もっと力強くやらないと」
地下のトレーニングルームにレイはトレーニングしていた。
やっているのはなぜかベンチプレス。
「ごぉ、ろぉく、しぃち、はぁち……」
「ゆっくりになってますよ!もっと力強く」
20キロのバーベルを必死に上げるレイの隣で、
外井が嬉しそうな笑みを浮かべながら声を掛けている。
外井の格好はいつものタキシードとは全く違う、
白の短パンに白のランニング。
ランニングは面積が小さく、筋肉が溢れている。
レイの格好もいつもと違う。
青のジャージ姿で髪の毛も後ろを束ねている。
要は学校での男の格好のような状態。
外井はともかく、レイはなぜ男の格好か?
それはレイが女であることを知られてはいけない人が隣にいるから。
「まったく、お兄様はすぐにつかれてしまっていて、妹として情けないのだ」
なぜか白衣姿のメイが隣にいた。
太陽の恵み、光の恵
第29部 乙女のダイエット編 その11
第189話〜恐怖筋肉〜
Written by B
学校でのことが父にバレてしまい、猛烈に怒られたレイ。
「ダイエットなら伊集院グループの最新のトレーニングマシンがある地下でやりなさい!」
と言われてしまった。
しごく当然の一言。
(私だって本当はここを使いたいわよ!でも……)
レイの本心も同じ。しかし、使いたくない頑固たる理由もあった。
「コーチは外井が熱心に立候補するから彼にやらせることにしたから」
(うぇ〜ん!やっぱり〜!だから家ではやりたくなかったのにぃ!)
レイがもっとも恐れていたことが現実になってしまった。
レイは心の中で号泣していた。
そしてその晩。
トレーニングルームでのダイエットはいきなり始まった。
「さて、レイ様。トレーニングならこの外井にお任せを!」
「だからその胸の筋肉を強調するポーズはいいから!」
やる気満々の外井にレイは押され気味。
「さて、レイ様が手を抜かないように、コーチをもう一人呼んであります」
「えっ?」
「では、どうぞ〜」
外井が呼ぶと、少し離れたドアから、白衣姿のメイがやってきた。
眠そうな顔をした小さな眼鏡を掛けたメイがあくびをしながら2人の前に立つ。
「メ、メイ!」
「ふぁ〜あ、お兄様も太ったとは情けないのだ」
「あ、あ、あぁ……」
「でも、もう大丈夫なのだ。メイがお兄様のために最適なトレーニングスケジュールを計算してきたのだ」
「な、な、な……」
(どうりで男の格好をさせると思った……これじゃあ手が抜けないよぉ〜)
動揺しているレイを横目に外井はメイの耳元でささやく。
「メイ様。ただ痩せるだけではもったいないと思いませんか?」
「えっ?それはどういうことなのだ?」
「やはり、レイ様には素敵なお兄様になって欲しいと思いませんか?」
「たしかにそうなのだ」
(そ、外井?何をメイに言っているのだ?)
動揺が収まったレイは外井がメイにささやいているのにようやく気がついた。
外井の嬉しそうな顔にかなりの不安を感じた。
「だったら、レイ様にはもっとたくましくなったほうがいいと思うのですが」
「う〜ん……確かにお兄様はちょっと細くて弱そうと思っていたのだ」
この会話を聞いてレイの顔がすこし青くなる。
気がつけば2人の会話はどんどんと進む。
「メイ様も力強いレイ様がいいとは思いませんか?」
「そうなのだ!お兄様はもっと力がつけばもっと格好良くなるのだ!」
(メイ!外井の言うことを聞いちゃだめ!)
レイの心の叫びはもう届かない。
「そのためには筋肉です!」
「おおっ!筋肉はパワーの源なのだ!」
「天性の才能をお持ちのレイ様に足りないのは筋肉なんです!」
「そうなのだ!お兄様に筋肉がつけば天下無敵なのだ!」
「レイ様に筋肉を!」
「筋肉なのだ!」
「「筋肉!筋肉!筋肉!筋肉!……」」
(メイちゃんが洗脳されちゃった……もうだめかも……)
外井とメイの筋肉コールにレイはがっくりと膝をついてしまった。
そういうわけで始まったレイのダイエットのためのトレーニング。
しかし、そのカリキュラムは外井とメイの意向により、急遽変更された。
(ちょっと!ダイエットだって言ってるのに!)
レイがそう思うほど、カリキュラムは滅茶苦茶だった。
本来なら、脂肪を燃焼させるため、ランニングとかバイクとか全身を動かすものが中心になると思われるのだが、
やっていることと言えば、腕の筋肉を鍛えたり、大胸筋を鍛えたり、腿の筋肉を鍛えたり……
(ダイエットじゃなくて筋トレになってるじゃない!)
さすがのレイでもわかるぐらい、カリキュラムが筋トレそのものになっていた。
これではレイもたまらない。
最後にはへろへろになってしまっていた。
「ほら。レイ様、なにへばっているのですか?」
「これでは先が思いやられるのだ」
(もうだめ……疲れた……)
外井とメイの文句も耳に入らないぐらいだった。
その翌日。
レイは全身筋肉痛になっていた。
学校にいる間はずっと痛く、ようやく収まった状態で学校から戻ってきた。
部屋への戻るところでメイとすれ違った。
メイは既に白衣姿だった。
「いたたたた……」
「お兄様は筋肉痛なのか?」
「そ、そうだ……」
「それはいいのだ、すぐに現れるのは若い証拠なのだ」
「メイ、ちっとも嬉しくないのだが……」
メイはなぜかご機嫌な様子。
そんなメイが予想外のことを言う。
「いい調子なのだ。そういうわけで今日はトレーニングはなしなのだ」
「えっ?」
(今日もやるんじゃないの?)
レイは予想外の一言でちんぷんかんぷん。
そんなレイの様子にメイが気がついた様子。
メイは理由を説明する。
「お兄様。こんなことも知らないのですか?」
「えっ?」
「筋肉は一旦細胞を壊して、新しい細胞ができないと鍛えられないのだ」
「細胞?」
「連続のトレーニングでは細胞を壊して再生する時間がないのだ」
「再生?」
「壊して、再生して、壊して、再生して……この繰り返しで筋肉が鍛えられるのだ」
「き、筋肉?」
「そうなのだ。だから今日はゆっくり休むのだ」
「は、はぁ……」
「それではメイは自分の部屋に戻るのだ」
そういうとメイはすたすたと廊下を歩いていく。
(や、やっぱり筋肉なんだ……)
レイはその場でまたがっくりと膝をついていた。
その晩。
レイは自室のベッドで考え込んでいた。
(だめ……メイは筋肉に洗脳されている。
このままだと本格的に筋トレをなっちゃうよぉ〜
そうなったら痩せるどころか筋肉で太っちゃう……
まずい!
筋肉がつく前に痩せないと!)
レイは危機感でいっぱいになっていた。
(もし、失敗すると……)
レイは思わず、外井並みの筋肉がついてしまった自分を想像してしまった。
(いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
あまりの姿にレイは頭を抱えてのたうち回ってしまう。
(筋肉怖い、筋肉怖い、筋肉怖い……)
レイはその日は寝付きがかなり悪かった。
その次の日からレイは熱心にトレーニングをするようになった。
外井とメイは大喜びだが、レイとは思惑は全然違っている。
(うむ、この調子ならすばらしい筋肉が……)
(早く痩せないと、早く痩せないと……)
一方は前途洋々、もう一方は前途多難な感じだ。
(さて、予定を早めてウェイトを重くしましょう)
(筋肉ヤダ、筋肉ヤダ、筋肉ヤダ……)
調子に乗る外井、危機感いっぱいのレイ。
こんな感じでトレーニングは進んでいく。
結局、レイの必死の努力の結果、思った以上に早くレイは元の体重に戻ることができた。
そして、もうたくさんとばかりに。
「もう痩せたからトレーニングはもうしない!」
と大々的に宣言した。
当然、外井とメイは不満いっぱいだったのだが、レイが頑なにトレーニングを拒否しているのでどうしようもなかった。
こうしてレイのダイエットの成功のために、外井の筋肉計画は失敗に終わったのであった。
これで一件落着かと思われるがそうではなかった。
レイはこの一件で「肉」と言う言葉に過敏になってしまったようなのだ。
食堂のメニューから一時肉料理が消えたり、
保健体育の授業で筋肉に関する授業が後回しにされたり、
階段に飾ってある牛の絵が取り外されたり。
学校でちょっとした話題になるほどのレイの錯乱ぶりだった。
これだけはない。
レイ自身も「肉」という言葉を聞くだけで倒れそうになってしまうようになっていた。
しかし、こういうときにレイの耳に入ってくるのは「肉」だらけ。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃないよ。沙希が『根性よ!頑張って!』って言うから、筋トレのしすぎて筋『肉』痛なんだよ」
「夕子さん。こんど〜、うちの若い衆と〜、焼き『肉』なんかいかがでしょうか〜?」
「ゆ、ゆかりとならいいけど、わ、若い衆とは……」
「「「鏡さん!どうしてそんなにすばらしいスタイルなんですか?」」」
「おほほほほ!聞くまでもないわね。この贅『肉』のない体は天性のものなのよ!」
「公人、なんで何で男って『肉』奴隷って言葉で興奮するの?」
「し、詩織……こんな場所でなに言ってるんだ……」
(もうやめてぇぇぇぇぇ!)
バタン!
「レイ様!大丈夫ですか!」
「もう筋肉はヤダ……」
レイはとうとう倒れてしまった。
結局レイは2日間寝込んで、ようやく肉恐怖が収まったのであった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
レイちゃんのラストです。
こっちのほうがひどいですね(汗
レイちゃんはトラウマ寸前になってますからねぇ
しかし、ちぃちゃんもレイちゃんも痩せられてよかったですねぇ。
周りは大騒動だったのですが。
そういうわけで、次部は1学期末の学校編になります。
ひさびさに本編ストーリーが進みそうです。
次回は「アレ」を着た恵ちゃんの話です。