第194話目次第196話
「あっ、すみれちゃんからだ!」

学校から帰った美幸は机の上に置いてあった封筒を見て喜んだ。

すみれとの手紙のやりとりは今も続いていた。
新しいもの好きな美幸はそれ故に飽きっぽいところもあるが、これは長く続いている。

最初は返事をするのに1週間掛かったことはあったが、それは一度きり。
最近は返事は遅くとも2日以内にすませてしまっている。

実際のすみれにあったのはこのまえの春の2日だけ。
しかし、何度も手紙をやりとりしていて、もう昔からの友達のような感覚になっている。

そんなすみれからの手紙を美幸は制服を着替えることも忘れて封筒を開き始める。

「今日はどんなことが書いてあるかなぁ……あれ?」

太陽の恵み、光の恵

第30部 1学期末の学校編 その6

Written by B
美幸はベッドに仰向けに寝転がりながらすみれの手紙を読み始めた。
綺麗な字で便せんに何枚も書かれていた。

『美幸さんへ。
 お元気ですか?

 暑くなってきましたね。
 先週から北海道での公演を始めました。
 美幸さんだと、涼しいと思われますが、やっぱりこっちも夏ですね。
 暑く感じます』


「へぇ〜、北海道かぁ、羨ましいなぁ。
 美幸も行ってみたいなぁ〜。
 あっ、修学旅行で行くんだった、えへへ」

すみれのことを羨ましく思っていたが、自分のうっかりに気づき、
美幸は思わず自分の頭を軽くポカリと叩く仕草をする。



『夏でもお客さんがたくさん来てくれます。
 やっぱりお客さんがたくさんいるといいですね。
 デイジーもわかっているようで、お客さんがいると張り切ってるんですよ。
 思わずおかしくて笑っちゃうこともありますよ。』


「………」


手紙のここまでをみて美幸は思わず表情が固くなる。


「『お客がたくさん』って、どのぐらいのことなんだろう……」


お客の入りは相変わらずだと、手紙で何度も聞いている美幸。
それなのに『お客がたくさん』とは、どのぐらいのことを指しているのだろうか。
美幸自身がサーカスを見に行ったときの客の入りは今だに目に焼き付いている。

そんなことを考えると美幸は切なくなってしまう。



「でも、すみれちゃんもポジティブに考えているからいいよね。
 すみれちゃんが頑張ってるのに美幸が弱気になっちゃいけないよね。」


美幸はまたいつもの表情に戻って手紙を読み続ける。



便せんは2枚目になったので1枚目を後ろに回して続きを読む。
最初にはこう書かれていた。

『ところで美幸さん。
 相談したいことがあるんですけどいいですか?』


「えっ?」


思わず美幸は顔を手紙にくっつけて、最初の文章を確認する。
そして相談したいということを確認する。


「美幸に相談?どういう事なんだろう?慎重に読まなきゃ……」


美幸は軽く息を吐いて吸って、呼吸を落ちつかせた後、手紙をじっと読み続ける。



『最近、練習でうまくいかないんです。
 スランプ、というものなのでしょうか?』


「えっ?スランプ?」


美幸は驚いた。
今までそういう話はまったくなかったからなおさらなのかもしれない。
とりあえず、続きを読む。


『空中ブランコの練習は公演前に何度もやるのですが、
 最近上手くブランコのバーをつかめた事がないんです。

 最近ケガはしてませんし、病気で練習を休んでたわけでもないんです。

 だから、本番では不安で不安でしょうがないんです。
 ただ、本番は迷ってもしょうがないので、思い切ってやったのがいいのか、
 幸いにも本番で失敗はしてません。

 でも、いつか失敗するんじゃないのかって、いつも思っちゃうんです。

 この前は、本番で失敗する夢を見ちゃったんです!
 それで真夜中で目が覚めちゃったんです。
 寝汗いっぱいかいてて、その晩はもう眠れませんでした。

 もう、私はどうしたらいいのかわからないんです。』


「すみれちゃん。辛いんだろうな……」


文章自体は綺麗な文字で書かれているのだが、その内容は悲痛なものだった。
美幸にもそれが伝わっていた。



ここで美幸はふと素朴な疑問が思い浮かぶ。


「でも、なんで美幸なんだろう?
 サーカスの事なら、団員さんもいるし、それにすみれちゃんのお父さんもいるはずだし……
 あれ?何か書いてある。」


美幸は手紙の続きを読む。
そこにはすみれの悲痛な言葉があった。

『お願いします。
 私には美幸さんしか頼れないんです!

 私の練習の様子を見てパパや団員の方も、私のことを心配してくれてます。

 でも私がスランプだなんて言ったら、さらにどれだけ心配するか…
 そうなると、みんなの他の作業に影響が出る気がするんです。

 パパや団員の方にこれ以上迷惑を掛けたくないんです!

 なんでもいいんです!
 アドバイスなんかでもなんでもいいので頂けませんか。

 お願いします!』


手紙はそこで終わっていた。




「………」


美幸は手紙を持ったまま固まっていた。


「すみれちゃん……追い込まれてる……」


手紙をみて、美幸には今のすみれの辛さが痛いほどに伝わっていた。
それもかなり重症であることも。
頼る人が美幸しかいなくなっていることがそれを物語っていた。


「美幸が……なんとかしなきゃ……」


美幸は今ものすごいプレッシャーを感じていた。
すみれは自分に藁にもすがる思いで手紙を書いたに違いない。
今も不安に悩んでいるかもしれない。
内容が内容だけに、早くしないと手遅れにもなりかねない。


「早く返事書かなきゃ!」


美幸は起きあがり、ベッドから飛び降りると急いで机の前の椅子に座った。
そして返事を書こうとするのだが。


「ああっ!どうしてこういうときに限って便せんが切れてるの〜!もう馬鹿!」


美幸は制服姿のまま、急いで便せんを買いに部屋を飛び出した。
ちなみに、実は両親が便せんを持っていたことを知るのはその日の晩だった。




コトン


ポストの入口の板が閉じる音がした。


「ふぅ……」


それを聞くと美幸は大きくため息をついた。


時刻は夜の8時。
美幸がすみれのことを考えて書いた手紙を出したところだ。
翌朝入れてもそれほど差はないのだが、早く出したい、という気持ちが強く、こんな時刻でも出しに行ったのだ。


とにかく、すみれのことだけを考えていた。
服はまだ制服姿のまま、着替える時間も惜しんで返事を書いていた。
お風呂もまだ入っていない。手紙を出してから入るつもりでいた。



こうして書いた手紙はこんな内容。


『すみれちゃんへ。
 美幸です。

 北海道も暑いですか?
 こちらはとても蒸し暑くて夜も眠れないほどです。

 手紙を読みました。

 すみれちゃん。大変なんですね。
 でも、気にしすぎちゃダメだよ?

 だって、すみれちゃん。今までずっと練習したじゃない。
 ずっと本番でブランコを成功させてきたじゃない。

 あと、「失敗したらどうしよう」なんて考えちゃだめ。
 「失敗してもいいや」ぐらいの軽い気持ちをもって、思い切ってやればいいんだよ。
 (実は美幸のテニス部の顧問の先生が言ってたことなんだ。)


 それに、こんなこと言っても頼りないかもしれないけど…


 すみれちゃんには美幸がいるから大丈夫だよ。
 いつも美幸はすみれちゃんのブランコが成功するように祈るから。

 すみれちゃんは一人じゃない。美幸がついているから安心していいよ。


 だから、ずっと悩まないで。


 美幸ができることは少ないけど、すみれちゃんの力にはそれなりになれるから。』


美幸なりの言葉で、美幸なりにすみれを励ます内容だった。



美幸は今までで一番気持ちを込めて書いた手紙を入れたポストをじっと見つめていた。


「明日……すみれちゃんのためにお守り買ってこうようかな……」


美幸はポストに背中を向けると家路へと向かった。



そして1週間後。


「はぁ……今日は来るかなぁ?」


美幸の帰り道への足取りは重い。
実はすみれからの返事がまだ来ていない。
普段は遅くても3,4日で来ていた返事が来ていないからだ。


「やっぱり美幸のアドバイスじゃだめだったのかなぁ……はぁ……」


美幸は家に帰ってすみれの返事が来ていると楽しみにしていたら、来ておらずがっくりした、という毎日を送っていた。
美幸は日が経つにつれて、すみれの事が心配でしょうがなかった。



「ただいまぁ……」


美幸は力無く、部屋のドアを開けた。
そして机に鞄を置こうと近づいた。


「あっ……ああっ!」


美幸が机の上にあるものに気がついて叫んだ。


「すみれちゃんからだ!」


美幸は鞄をベッドに放り投げ、机の上の封筒を破るように開くと中の手紙を急いで読み始めた。



『美幸さんへ!
 返事が遅くなってごめんなさい。

 まずはお礼を言わせてください。


 私、スランプが治りました!


 美幸さんからの返事をもらって、気持ちを楽にしようとしました。
 実はそれでも不安のままでした。

 でも、美幸さんからの手紙の最後に書いてあった言葉を思い出しました。

 私には美幸さんがついている。

 そう思ったら力百倍でした。
 おかげで、本番の不安もなくなって、練習でも成功するようになりました。

 これも美幸さんのおかげです!
 ありがとうございます!』



「………」


美幸は手紙を持ったまま動かない。


「ううっ……ううっ……」


美幸は泣いていた。


「よかったね……すみれちゃん……よかったね……」


痛いほどわかる辛い手紙から立ち直った嬉しさ。
自分のアドバイスが効果があったことの嬉しさ。
そして嬉しそうなすみれからの手紙から伝わる嬉しさ。


それらが一度に沸きあがり、美幸は感激していた。


「よかった……本当によかった……」


今まではすみれに頼ってばっかりだった。
しかし、今回は初めてすみれの力になれた。


美幸はこの手紙が今までで一番嬉しい手紙となった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ひさびさの美幸&すみれの文通話です。

前々から書きたかった「美幸がすみれを助ける」話を書いてみました。

展開がありきたりで、簡単に解決しちゃった気がしますが、それはご勘弁ください。
さて、次はどうしようかな。
ほむら、メイあたりでもしようかな?
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