第197話目次第199話
「はぁ、今日は練習が大変だったなぁ〜。早く帰って休もうっと!」

美幸は部活が終わって家へと向かう帰り道。
交差点で信号待ちをしているとき、ふと横を見てみる。

(あっ、メールしてる)

別の高校の女の子が携帯電話のボタンを何度も何度も素早く押していた。
そういうのはメールしている以外考えにくい。

美幸は反対方向を見る。

(あっ、こっちでも)

逆の隣ではサラリーマンらしき背広の男性が、携帯電話の画面をじっと見ていた。
横から文字が並んでいるように見える。
たぶん届いたメールを見ているのだろう。

「………」

美幸はポケットから自分の携帯を取り出してじっと見つめる。
アクセサリーがじゃらじゃらとついたお気に入りの携帯。


「すみれちゃんと……メールしたいけど……無理だよね……」


美幸はすこし寂しい気持ちになってしまった。



今はメールが一般的になっている時代。
ひびきの界隈でもそれは同じである。

太陽の恵み、光の恵

第30部 1学期末の学校編 その9

Written by B
放課後のひびきの高校。

「おい、早く開け」
「いちいちうるさいのだ!」

ひびきの高校の電脳部室。
今ではコンピュータルームとも呼ばれているこの部屋に響く2人のうるさい声。

ほむらとメイは一台のパソコンの前で大騒ぎしている。
椅子に座ってマウスを操作しているメイの後ろでほむらが首を伸ばして画面を見ている。

「月夜見からメールが来たんだろ?早く見せろ!」
「メールは逃げないのだ!」

ここ2ヶ月ほど返事がなかった『月夜見』から返事が来たということで、2人で見ようとしているところ。

普段は仲が悪いこの2人。
しかしこの話題になると話は別。
なんだかんだ言いながらも仲良くしている。



「今、開いたのだ」
「おおっ!なんて書いてあるんだ!」
「貴様も画面を見ろ!」

大騒ぎし、画面に食いつこうとしそうなほむらをメイが必死に押さえている。

メールにはこう書かれていた。



『こんばんは、月夜見です☆ミ
 ご心配かけたようでごめんなさい。

 実はすこしばかり入院してまして、サイトの更新もできませんでした。
 でも大丈夫です。
 無事退院しまして学校にも行ってます。

 これからはまた新曲も発表していきますのでよろしくね。

 それでは、体に気をつけてくださいね♪』



「おおっ、元気そうじゃねぇか。よかったよかった」
「入院してたのか……どんな理由だったんだろう?」
「そんなこといいじゃねぇか。治ればなんでもいいんだよ!」
「そうなのか?……そうだといいのだが……」

嬉しそうなほむらに対して心配そうな顔のメイ。
メイは入院の原因がどうしても気に掛かる様子。

「さて、用件は済んだし、帰るか!」
「こら!折角返事をくれたのに返さないのか?」
「あっ、そうだな。退院祝いのメールでも送るか!ほれ、文章書け」
「貴様も内容ぐらい考えるのだ!」

安心したところで帰ろうとしたほむらをメイが止めさせる。
そして月夜見への退院のお祝いメールを書き始めた。
ほむらは言うだけでそれをまとめるのはもっぱらメイなのだが、不思議と仲良くやっている。

どこかの母親が見ていたら「恵に対してもこう仲良くしてくれれば……」と愚痴を言いたくなるぐらい。

共通の楽しみというのは不思議なことを起こすものである。



その晩。

「うふふ。相変わらず面白いメールよね」

2人のメールを開いてくすくす笑っている女の子。
彼女が『月夜見』本人である。

「さて、次のメールは……あっ、来てる……」

彼女の頬が紅くなった。
どうやらお目当てのメールのようだ。
メールの相手は男性であることは既にわかっている。
彼女にとっては一番気が合うメル友だと思っており、一番メールが来るのをを楽しみにしている人だ。

「待ってたわ……どんなことが書いてあるのかしら……」

彼女は急いでメールを開いた。
そこにはこう書いてあった。



『月夜見さま
 退院おめでとう。

 手術も上手くいったようでほっとしています。
 「手術受けてみたら?」なんて書いちゃったから
 失敗したらどうしようと不安で不安でしょうがなかったんだ。

 ところで、事故の怪我の後遺症とかってあったけど、
 事故ってなんなのかな?
 気になるだけど、よかったら教えてくれないかな?
 あっ、嫌だったら別にいいよ。

 それじゃあ、新曲楽しみにしています』



「………」

彼女は固まった。
メールの後半を見ているときはマウスを持つ手がガタガタと震えていた。

「ふぅ……」

彼女は目をつぶり、大きくため息をつく。
そしてじっと考える。

しばらくして目をゆっくりと開き、震える手でマウスを動かす。
マウスのカーソルは「返信」ボタンへと動いている。


「彼には……知って欲しい……だから……」


ボタンを押して開いたメールに彼女は震える手で文字を打ち込んでいく。



  中3の時、スキーに行くときのバスで事故にあったこと。


  そのときに自分にとって本当に大切な人を亡くしてしまったこと。


  実は手術した怪我の後遺症はまったく治っていないこと。



誰にも言わない、いや言いたくない事実を、会ったこともないメル友に告白する文を打ち込んでいく。

「変わらなきゃ……このままじゃ何も変わらないから……」

彼女は自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、キーボードに向かっている。

このメールから彼女の何かが変わろうとしている。
このメールを引き金に彼女の周りは変わっていくのだが、それはまた別の話で。



場所は変わって、もえぎの市の住宅街。

部屋で1人パソコンのメールを見ている女の子が。

「あっ、光ちゃんからだ!」

輝美は従姉妹の光が携帯を勝ったことをきっかけにメールのやりとりをしている。
輝美はパソコン、光は携帯だが、メールのやりとりにはそれほど支障はない。

「う〜ん、携帯のメールをパソコンで読むと改行が少なくて見づらいけど仕方ないなぁ……」

とまあ、このぐらいでしかない。

今日の光からのメールはこんなもの



『輝ちゃん元気?恵も元気だよ♪夜も元気に走り回って大変なんだ。それにしても暑くなってきたよね。でももうじき夏休みだから頑張らないとね♪
 ところで、夏休みに3人ではばたき海岸に行こうと思うんだけど、お勧めのスポットってない?教えてほしいな♪
 それじゃあ、またね♪』



「なるほどね、海かぁ……光ちゃん、彼とラブラブに過ごしたいんだろうなぁ、あははは」

輝美は光の海でのはしゃぎっぷりが何となく想像できて思わず笑ってしまう。

「スポットは明日尽に聞いてみて返事をするかな……はぁ〜、私も珪くんと海に行きたいなぁ……」

輝美は両肘を机につき、両手の上にあごを乗せ、しばし考える。

「珪くん。夏休みは海外で撮影の仕事だって言ってたからデートにも行けない……は〜あ」

輝美の彼??の葉月珪は人気急上昇の高校生モデルだから、夏休みにどさっと仕事が入る。
彼も嫌がらずに受けるから、夏休みはフリーの日がほとんどない。
それが輝美にとって大いに不満だが文句も言えない。

「仕方ない、夏休みは友達と遊びまくろう……ふぅ……」

輝美は大きくため息をついた。
気を取り直して次のメールを読むことにする。



「あっ、今度は千晴くんだ」

1年以上メル友をしている千晴からのメールがきた。
つい最近まで女の子と思っていたが実は男の子だったことが判明。
輝美はすぐに誤ったおかげで今もメル友は続いている。


「いやぁ、男の子だからって思わず『彼女いる?』って聞いちゃったけど……怒ってないかな?」

千晴からのメールはとても丁寧に書かれていた。



『彼女って、steadyのことですか?
 そうですね。steadyはいませんが気になる女性はいます。

 去年の夏ぐらいですね。
 私があなたに送ったように、私にまちがいメールがきました。
 高校生の女性で今でもメールを続けています。

 彼女はとてもprettyな女性です。
 それにとてもintellectualで素敵な女性です。

 最近、私は彼女のことが気になってきています。
 できれば会ってみたいと思うのですが、どうすればいいでしょうか?』



「………」

輝美はふくれっ面だ。

「なんか、私がかわいくなくて、頭が悪そうに見えるんだけど……考え過ぎか」

千晴が彼女のことを褒めちぎるので少し嫉妬していた。

「でも、千晴くん。彼女のことが好きになったのかな?
 いいなぁ、メールでの恋かぁ……こういうのもロマンチックだよねぇ」

輝美は画面の前で腕組みして、うんうん頷き、1人で納得している。
しかし、すぐに困った表情をしてしまう。

「千晴くんには色々教えてもらってるから、お礼になんとかしたけど……
 ちょっとわからないなぁ。
 尽に聞いても方法なんてわかんないだろうな」

それでも輝美はキーボードに向かう。

「え〜と『メールをつづけてもっと仲良くなったらどうですか?』っと……
 あ〜あ、こんな事しか書けないのって嫌だよねぇ……」

輝美は愚痴を言いながら千晴へアドバイスの返事を書いていた。



これまた同じ頃。

「よしっ!返事が書けた!」

美幸はすみれへの手紙を書き終えたところだ。

「メールは便利だけど、手紙もいいよね」


美幸の手紙はこんな事が書かれてあった。



『お元気ですか?
 すみれさんも見ていると思いますけど、街で携帯メールを使っている人が多いよね。
 美幸も携帯持ってて、メールも使ってる。

 携帯のメールって便利だよね。
 いつでもどこでもすぐにメールが出せるから。

 でも、こういう手紙もいいよね。
 メールだとすぐに返事を出さなきゃ!ってあるから、慌てちゃうんだよね。

 でも、手紙だとじっくりと考えることができるからいいんだよね。
 美幸の言いたいことをじっくりと書くことができるから。

 手紙を待つ時間っていうのもいいよね。
 最近、一日に何もメールが来ないだけで精神不安になる人が多いんだって。
 それって嫌だよね。
 手紙なんてゆっくりとやっていきたいよね。

 だから、これからもずっと手紙を続けていこうね♪』



ちなみに美幸の携帯メールは返事が遅いが丁寧なメールだと好評だ。



手紙でもメールでも大事なのは伝える心であることは今も昔も同じである。
なにより、長い時間を掛けて手紙で愛を育んだ人がここにいるのだから。


「ねぇあなた、久しぶりにあの手紙見ない?」
「そうだな。俺達の愛の記録だもんな」
「もう、ばかぁ〜、恥ずかしいじゃない」
To be continued
後書き 兼 言い訳
メールについて書いてみました。

メインは話が進んでいない月夜見ラインです。
しかし、「文通」となると、千晴ラインと美幸ラインがどうしても外せなくなり、
こんな感じになりました。

うまく、まとまっているでしょうか?
いくらかネタ振りも入れてますので、そこは突っ込まないでください。

ええ、月夜見の手術の時期が1年遅れていますが、無理矢理です。
そうしないと、この重要なポイントが書けなくなってしまいますから。
(今頃1年生編に入れるのは無理ですからねぇ)

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