第198話目次第200話
「ししょぉ〜!」
「………」

「鞄お持ちしま〜す!」
「………」

毎朝、夏海が花桜梨の登校を校門で出迎えている。
そして、花桜梨の有無を言わずに鞄を持って行ってしまう。

夏海は花桜梨が許可したわけではないのに、花桜梨の弟子を自認している。
夏海には恩がある花桜梨はそれをひどく嫌がらず、何も言わない。

「それじゃあ、教室でお待ちしま〜す!」
「………」

今日も元気な夏海の声が校門前に響く。
そして今日もさっさと校舎に入っていく。

「ふぅ……」

夏海が見えなくなったところで花桜梨がひとつためいきをつく。

あれから、つき合い自体はたいした変化はない。
花桜梨の事を「師匠」と呼ぶ以外はこれまで通りの普通の友達づきあい。
しかし、花桜梨はかなり気にしていた。


「やっぱり、師匠らしいことしないといけないかも……」

太陽の恵み、光の恵

第30部 1学期末の学校編 その10

Written by B
その日の放課後。

「夏海さん」
「はい、なんでしょうか?」

終業のベルが鳴り終わり、鞄を持って急いで教室を出ようとする夏海を花桜梨が廊下で呼び止めた。

「今日の放課後ひま?」
「う〜ん……なんですか?」

夏海は花桜梨が何が言いたいかわからない様子。
花桜梨は夏海の目をじっと見つめる。


「……察してくれない?」


すると夏海がわかったようで、突然目が爛々と輝きだした。

「えっ?師匠!とうとうあたしに北斗四千年の奥義を!」
「わ、わたしでも、さすがにそれは……」
「ああっ……白鳥のように舞い、毒蜂のように刺す、花桜梨さんの技を教えてくれるなんて……」
「か、か、かなり比喩が間違ってるんだけど……」

花桜梨の両肩を掴んで思いきり花桜梨の体を揺らす、オーバーに感激にふける夏海に花桜梨も思わず苦笑してしまう。



「ちょっと待ちなさい!」
「ぐへっ!」

そんな夏海の背後から怒りの声と同時に妙な夏海の声が。

花桜梨が気がついたときには吹雪が夏海にチョークスリーパーを掛けていた。

「はだじでぇ……」
「夏海!今日は生徒会があるでしょ?」
「でぼ、じじょうがべっずんぼじでぐでるどびぃ……」
「う〜ん、それは我慢しなさい!」
「ばだぁ!ばだぁばだぁ!」

スリーパーを掛けられ、首を絞められ息が苦しい夏海だが、会話はできているようだ。
吹雪の力業の説得に必死に嫌がる夏海。



そんな夏海に吹雪が折れてしまう。

「はぁ〜……わかったわよ!」
「ぷはぁ……死ぬかと思ったっす……はぁ、はぁ」

スリーパーを解いた吹雪は、乱れた眼鏡を人差し指でなおしながら呼吸を整える。

「しょうがないから、少しだけにしなさいよ!」
「やったぁ!」

廊下で大声を出す夏海に対し、吹雪が「風紀委員の自覚が足りない!それに…」とたっぷりとダメ出しをするのはこれから10秒後のことである。



そして場所は変わって、ひびきの高校の武道系部活のための道場。

畳が敷き詰められた建物内の壁には柔道部員や剣道部員などが張り付いて中央に視線を集めている。

その中央にはバレー部のユニフォームの花桜梨。

「師匠、なんでそんな格好なんっすか?」
「教え終わったら、そのまま部活に行くから……」

花桜梨の真正面には運動着姿の夏海。
となりには、制服姿の吹雪。

「……なんで吹雪がいるんっすか?」
「夏海の監視よ……それに、私も興味があるから」
「またまたぁ、そんな事言って、吹雪も弟子になりたいんじゃないっすか?」
「夏海と一緒にしない!」

怒っている吹雪はすたすたと道場の壁に移動した。

真ん中には花桜梨と夏海の二人っきり。



「ところで師匠。なんの練習っすか?」
「夏海……それつけててわからないの?」
「これって、キックミットですが……」

夏海の右手にはキック練習用のミットが取り付けてある。
空手部から借りた物で、厚みが一番あるものをつけてある。

「とりあえず、キックの防御の練習でもさせてあげようかと……」
「ええっ!あの師匠のハイキックを間近で見られるんっスか!」
「あ、あのちょっと違……」
「いやぁ、あたし、あのキックに魅了されちゃったんっスよ!」
「そ、そこで熱く語られなくても……」
「師匠!あたし感激ッス!」
「こら!八重さんが困ってるでしょ!早く始めなさいよ!」

吹雪が怒鳴って夏海を止めなければ、夏海はいつまでも喜び飛び跳ねながら熱く語り続けた勢い。
花桜梨は冷や汗を少しだけかいた。



夏海が落ち着いたところで指導を始める。

「蹴りの基本は上段、中段、下段ね」
「ふむふむ」

「私の場合は上段は側頭部、中段は脇腹、下段は足の筋肉を狙ってる」
「ダメージがでかそうっすね」

「そう、とにかく、素早くダメージが強いところに当てられるかがポイント。
 逆に受けるほうとすれば、いかに避けられるか。いかにダメージを少なくするか。
 わかる?」
「ええ、とてもわかるっす!」

「だから、これから私が蹴りを入れるから、それをミットで受けてみて?
 あっ、下段の防御は足でやるから、今日は上段と中段だけね。
 ポイントはミットの受ける位置。
 たとえ読みが外れて蹴りを受けても、なんとか腕とかに当ててダメージを小さくすることが大事」
「は、はい……」

「試合なら1本で終わりだけど、実際の戦闘はそれからが勝負だからね。
 殺すか殺されるかの分かれ目になることだってあるから……」
「師匠!それ以上はあたしには話についていけないっす!早く練習しましょう!」
「そ、そうね……ごめんなさい」

話がシャレにならないところに行こうとしていた直前に夏海が止めた。
花桜梨が話を止めたところで、道場の壁際にいた人たちはほっとしていた。



花桜梨が話を終えると、右足を前に出し、構えを見せる。

「じゃあ、まずは上段蹴りを見せるから、ミットを構えて?」
「こ、こうですか?」
「足はもっと踏ん張って」
「は、はい……」

夏海は顔の右横にミットを構えた。
足をミットの方向に向け、身構える。

「じゃあ、いくわよ!」
「えっ?!」

花桜梨の顔が瞬時に真剣になる。
それを見た夏海は現状を掴む前に腕に激痛が走った。



バシン!



花桜梨の左ハイキックがミットをたたきつける音が道場に大きく響きわたる。



シーン……



その大きさ、鋭さに周りの人たちは誰も声を発しない。


「うわぁ〜……痛いっすよぉ……」


夏海の泣き言がでて、ようやく周りがざわざわとし始めた。



ミット越しとはいえ、あまりの痛さに泣き面寸前の夏海に対して、花桜梨は冷静な表情をしている。

「ししょ〜ぉ、見えませんよぉ」
「最初から上段蹴りって言ったでしょ?」
「言っても速すぎて見えませんよぉ」
「あら?あれでも手は抜いてるわよ」
「………」

夏海は絶句した。
それは道場の周りの人たちも同様だった。
「手を抜いている」という言葉の直後にさらにざわざわし出す。

そんな周りに関係なく、花桜梨は夏海の持っているミットの位置を脇腹のところに移動させる。

「じゃあ、今度は中段蹴りね。ミットの位置はここね」
「こ、今度はもっとお手柔らかに……」
「わかったわ……じゃあ、行くわよ!」
「えっ!」



バシン!



今度は花桜梨の中段蹴りがミットに決まり、鋭い音が建物内に響き渡る。



シーン……



また静寂が走る。


「全然手抜きじゃないですよぉ……」


夏海は半泣きの声が響いてようやく静寂が収まった。



花桜梨が右手をさすっている夏海の近くに寄りそう。

「ごめんなさい、次は痛くないようにするから」
「お願いしますよぉ〜」
「じゃあ、今度は連続で行くわよ」
「えっ?」
「上段と中段、ランダムで狙うから、それを手で受け止めてみて?
 私の動きを見て、どっちを狙うか読んで受け止める。
 あっ、本当に痛くしないから大丈夫よ」
「は、はぁ……やってみます」

そういいながら、花桜梨は夏海のキックパットを外す。
一方の夏海はパットを外されてかなりおびえている。

「そんなに不安にならないで!次は寸止めにするから!」
「お、おねがいします……」

花桜梨の説得でなんとか夏海は納得したようだ。



「その前に防御の構えを教えなきゃね、まずは上段の防御ね。ちょっとやってみて」
「え〜と、こうっすか?」

夏海は花桜梨が言われるままに右からの上段蹴りを防ぐように右手を顔の右に立てる。
それをみて花桜梨が夏海の右に寄る。
そして夏海の右腕をつかむ。

「それだと、方向が違うわよ。腕を横に振る感じで止めるほうがいいはずだから」
「こういう感じですか?」
「そうそう。右腕を足にぶつけ返す、っていう感じかな?」

花桜梨のアドバイスで夏海の防御の構えの修正をしていく。
道場の周りの人たちも花桜梨の指導をじっと見つめている。
3年生の中には腕を組んでうんうんうなづいている人もいる。



上段の防御を教えた後に続いて、中段の防御も教え、いよいよ練習に入る。

「じゃあ、いくからね。しっかり防御してね」
「は、はい!」
「……いくわよ……」
「……はい……」

花桜梨は表情が再び引き締まり構える。
その気迫に夏海も構えを取る。



「はいっ!」

シュン!



花桜梨の左足が振り上がる。
夏海が頭の上に構える。



ぽふっ



しかし、花桜梨の左足は夏海の右脇腹に軽く当たっている。



「残念でした、外れね」
「ううっ……」
「今度は連続で行くから、しっかり見るのよ」
「はい!」


花桜梨は左足を元に戻して構える。
そして再び足を振り上げる。
夏海は蹴りを受けようと構える。


「はいっ!」

ぽふっ



「はいっ!」

ぽふっ



「はいっ!」

ぽふっ



「はいっ!」

ぽふっ



「はいっ!」

ぽふっ


(速い!見えない!全然防げないっす!)

花桜梨の蹴りに夏海はまったく防げていない。
百発百中で花桜梨の蹴りを食らっている。
夏海も花桜梨の動きを読んだり、勘で防御するが花桜梨の足は予想と反対の場所に必ず行っている。

(うえ〜ん、もうだめですぅ〜)

夏海はあまりの状況に心の中で号泣していた。



そして花桜梨の蹴りが突然止まる。

「これでちょうど100回ね」
「はぁ……はぁ……はぁ……疲れた」

終わったとたん、夏海は畳にへたりこんでしまっていた。
反対に花桜梨はいたって平然としている。

「どうだった?」
「上段蹴りと中段蹴りの見分けがつかないッス。それに速くて、あたしにはついていけないっす」
「そう……」
「ぐすん……あたし、自信なくしちゃった……ぐすん……」

とうとう夏海は半分泣いてしまっていた。

(う〜ん、夏海ちゃんの動きが遅くて構えの場所がわかっちゃったから自然に避けちゃった……
 やっぱり手加減してわざと防御させたほうがよかったかしら……)

花桜梨はやりすぎの練習に少し反省していた。



そんな2人につかつかとやってくる制服姿の女の子。
吹雪が夏海の腕を掴んで夏海を無理矢理持ち上げた。

「さっ、練習は終わったから生徒会室に行くわよ!」
「ぐすん……」
「何泣いてるのよ!これが夏海の現実よ!事実を受け止めなさい」
「ぐすん……」
「ほら!これからどうするのかは部活が終わってから考えなさい!」
「ぐすん………」
「あっ、八重さんありがとう。今日はこれで終わりにさせてもらうから」
「ええ、私もそう思ってたから」

そう花桜梨が言うと、吹雪はすっかり力が抜けている夏海の肩を担いで、無理矢理生徒会室に連れて行った。
それを見送ると花桜梨も道場を出てバレー部の練習に行った。


こうして、花桜梨の初指導は終わった。



翌日。

花桜梨は1人で登校していた。
夏海が来る気配がまったくない。
他の生徒達が早足で学校に向かう中、花桜梨は1人ゆっくりと坂道を上っていた。

「昨日はやりすぎちゃったかな……精神的にだいぶ参らせちゃったかも……」

花桜梨は昨日の夏海への指導について考えていた。
夏海には肉体的ダメージは与えなかったが、その分、精神的にダメージを与えてしまったと考えていた。



「今日夏海ちゃんに謝ろうかし「ししょ〜〜〜〜ぅ!」」


花桜梨が振り向くと夏海がなぜか直立不動で立っていた。


そしていきなり夏海がその場で土下座をした。


「師匠!
 不肖、藤沢夏海。昨日の練習で自分の未熟さを思い知りました。
 今日から一から出直すつもりでやってきました。
 師匠、これからは基本から教えてください!
 お願いします!」


突然の行動に花桜梨は顔を赤くして慌てる。
周りも2人に視線が集まっており、花桜梨はとても恥ずかしいようだ。


「ちょ、ちょっと!恥ずかしいから顔を上げてよ!」
「だめっす!師匠が教えると言うまで動かないっす!」
「だから、別に私は嫌だとは言ってないから……」
「お願いします!」
「だから、とにかく立って!」

結局、花桜梨が今後は基礎から指導すると夏海に約束させられてしまった。


(はぁ〜あ、これで本格的に師匠決定ね……ふぅ……)



その日に花桜梨は夏海になぜ今朝あんなことをしたのか聞いてみた。

昨日の放課後、生徒会室に連れられたあと、吹雪がほむらに練習の状況を話したようだ。
そして、その生徒会の時間は仕事そっちのけで、夏海にダメ出し。

「基礎ができてない」だの「八重とレベルが違いすぎる」だの「所詮素人のやること」だの、
2人から強烈にダメだしを食らったらしい。

コテンパンに叩かれた夏海は2人に見返したくて、あのような行動を取ったと言うことらしい。


(もう、余計なことしなくていいのに!)


花桜梨は思わず脱力してしまった。


その日の放課後、ほむらと吹雪が「夏海に火をつけてしまった」と花桜梨に謝りにきたのは言うまでもない。
To be continued
後書き 兼 言い訳
ふぅ、ようやく199話が書けました。
いやいや、今までで一番難産でした。

最初はゆっき〜の話にしようと思ったが、途中がなかなか思い浮かばず、琴子さんの話に変更。
しかし、これも終わらせかたに手間取って、結局これを持ってきました。

花桜梨と夏海の関係について書いてみました。
これについては花桜梨の話を書けば自然にくっついてくる話なので、今後も書くかもしれません。

これでようやく200話が書けます。
とにかく甘々の話を書く予定です。

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