第200話目次第202話
放課後の教室。
夕焼けの赤い光が教室を一面オレンジに染めている。

「………」
「………」

2年A組の教室には公二と美幸が二人っきり。
一つの机を挟んでじっと見つめ合っている。

「ふぅ……」
「………」

公二はため息をつく。
美幸は公二に見つめられて顔を赤くしている。
視線も定まっていない。
心ここにあらずという雰囲気。

「美幸ちゃん」
「は、はぃ?」

公二の言葉に美幸の返事はうわずってしまっている。




「どうしようか?……初日の夕食のメニュー」
「………」

公二と美幸は、修学旅行について頭を悩ませていた。

太陽の恵み、光の恵

第30部 1学期末の学校編 その12

Written by B
「まったく……『修学旅行の団体様へののサービスです』とか突然言われても……」
「う、うん……『初日のメニューはクラス単位でリクエストに応えます』ってねぇ」
「みんなからリクエストを取ったはいいけど、みんなバラバラだなぁ」
「カニ、とうもろこし、サケ、じゃがいも……」
「『あとはクラス委員の判断に従う!』って、みんなから言われても難しいよ……」
「そうだよねぇ〜」

2人の間にはアンケート用紙の山。
午後のホームルームで集めたものだ。

「とりあえず、集計するか?」
「そうだね」
「じゃあ、俺はこれだけやるから、あとは美幸ちゃんよろしく」
「うん。あとで美幸のとあわせようね」

公二は用紙の山の上側3分の1ぐらいを取って美幸に渡す。
美幸はそれを受け取ると、さっそく集計を始める。



教室にはシャープペンシルでカリカリ書く音だけが響くようになった。
一つの机を挟んで、アンケート用紙の山の一番上を見る。
その結果を自分のノートに正の字をつけていく。

2人とも机に向かったままで、集計に集中している。



「ねぇ、『きりたんぽ鍋』って書いてあるけど、季節的にど〜なの?」
「それは秋田だ、でも一応メモしておいて。う〜ん俺も季節的にはわからないなぁ」
「もし、きりたんぽ鍋が一番だったら?」
「いくらなんでも、うちのクラスはそんなに馬鹿ばかりじゃないだろ」
「そうだよねぇ〜」

2人とも下を向いたまま話をしている。
話の中身はアンケートの回答についての他愛のない話。



「ぬしりん。ジンギスカン鍋ってモンゴル料理なの?」
「全然。もともと満州とかの料理らしいよ」
「えっ、じゃあなんで『ジンギスカン』なの?」
「日本を広めるためにつけた名前らしいよ。イメージ的につけたらしいって聞いたことがある」
「へぇ〜、へぇ〜、へぇ〜、へぇ〜……」
「美幸ちゃん。わざわざ机を何度もベシベシ叩かなくていいよ。それほど『へぇ』なものじゃないから」

2人とも集計に集中しているので、集計作業はスムーズに進む。
しかし、それなりの時間はどうしても掛かってしまう。



「う〜ん、なんか料理の名前をいくつも見ているうちにお腹が減りそうだよ〜」
「あははは。僕もそうだよ。早く集計して帰ろうよ」
「そうだよね。早くご飯が食べないなぁ」
「それに、ちょっと暗くなってきたから、急がないとね」
「えっ?そうなの?」

美幸が顔を上げて、顔だけ後ろを向き、窓の外を見ると、夕焼けがだんだん暗くなっていくところだった。



そして美幸は顔を元に戻す。

「あっ……」

目の前には、机の紙を見てノートに書いている公二の顔があった。

(かっこいい……)

美幸は公二の顔に見とれていた。

(何だろう……ぬしりんのあの目…… 真剣な表情、キリッとした目、鋭い視線……)



キュン



(駄目だよ!……でも、視線を外せない……)

美幸は公二の顔をじっと見つめたまま。
顔を赤くし、手の力も抜け、持っていたシャープペンシルは机を転がっている。



美幸はぼーっとしている状態で、仕事が手に付かない。
それに公二が気が付いた。
顔を上げて美幸に呼ぶ。

「美幸ちゃん」
「………」
「美幸ちゃん!」
「は、は、は、はい!」
「どうしたの?大丈夫!」

(あっ、美幸を見てる!)



キュン



(美幸の目をぬしりんの視線がまっすぐに……あぁ……はっ!)


ガラッ!


「だ、大丈夫です!」

美幸は公二の声におもわず椅子から立ち上がり、直立不動で返事をした。
目の前の公二は美幸の行動に首をかしげている。

「アンケートは終わったの?」
「う、うん……あと1枚だよ。ぬ、ぬしりんは?」
「いや、今終わったところなんだ」
「じゃ、じゃあ!美幸も急いで終わらせるね!」

美幸は冷や汗を流しながら、椅子に急いで座り、急いで最後の1枚の集計を終わらせた。



「おわったぁ!」
「お疲れさま。じゃあ、集計した紙をくれない?家で僕がまとめるから」
「いいの?じゃあ、お願い」

そういうと、美幸はノートから集計結果を書いた紙を破り、公二に渡す。
公二はそれを受け取ると、自分の集計結果を書いたノートに挟み、鞄にしまう。
そして、机に散らばったアンケート用紙をまとめて自分の机の中にしまう。

「じゃあ、帰ろうか?」
「うん!」

美幸も公二の隣にある自分の机の上に置いてあったリュックを持ち、立ち上がる。




「じゃあ、途中まで送ってあげるよ」



「えっ……」




美幸は硬直してしまった。



「だって、けっこう暗いよ?いくら美幸ちゃんでも危ないからさ」


「で、でも……ひ、ひ、ひ……」


「光?光は気にしないよ。それどころか、こんな暗いところで女の子を置き去りにしたら逆に怒られるよ」


「で、で、で、で……」


「いいだろ?」


「うん……」


美幸は首だけを縦に振るのが精一杯。
顔は真っ赤、口の中は乾き、両手両足は震えていた。
そして胸はキュンキュンしていた。



空はすこし暗くなっていた。

「しかし、部活休ませちゃってごめんね」
「うん……」

公二と美幸は一緒に下校していた。
校門からの坂道にはすでに街灯が光っている。
人通りも少なく、夜にはいたくない場所でもある。

「でも、夏休みが終われば修学旅行かぁ」
「そ、そうだね……」

公二は美幸の隣を歩いている。
歩調も美幸に合わせ、時々周りの様子を見て、危険な人がいないか気にしている。

「テストも終わったからもうすぐ夏休みだよな」
「うん……」

しかし、美幸は両手をリュックの肩帯をもって、顔をうつむいて歩いている。
公二がしきりに話しかけるが返事は一言二言だけ。

「早く夏休みにならないかなぁ」
「美幸も……」

それでも公二は話し続けた。
駅前を横切り、商店街を抜けてもそんな調子だった。



そして、車の往来が激しい大きな幹線道路にたどり着いた。

「美幸ちゃん。ここで帰り道が違うからここでお別れだね」
「えっ……はっ!」

公二がそういうと美幸はようやく顔を上げた。
いつの間にこの場所に着いていたのか!と言わんばかりに驚いた顔。
美幸が突然慌て出す。


「じゃ、じゃあ、み、美幸はここで帰るから!」


美幸はそう言って、急いで横断歩道を渡ろうとした。
そのとき、公二が大声を上げた。



「あぶない!」


「えっ?……うわぁぁ!」



美幸が悲鳴を上げた。
目の前に大型ダンプカーが迫ってきていた。

横断歩道の信号は赤信号だった。



キキーッ!



「……えっ?」

美幸が気が付いた時には、美幸はなにか暖かいものに包まれていた。

「ふぅ……あぶなかった」
「ぬ、し、り……ん?」
「まったく……ダンプカーに跳ね慣れてるからって言っても危なすぎだよ……」
(う、うそ!)

美幸は驚いた。
美幸は公二に強く抱きしめられていた。

どうやら美幸が跳ねられる前に公二が美幸の腕を引っ張り自分のところに引き寄せたらしい。
その勢いで公二が抱きしめている格好になっていた。



(ど、ど、ど、どうしよう……)

美幸はあまりの状況にパニック状態で硬直していた。
しかし、公二が無意識に少しだけ力を入れた瞬間。



キュン



「あっ……」



美幸の何かが切れた。
美幸の顔はうっとりした表情に。
パニックで固まっていた体から力が抜けていく。
美幸の両手が公二の背中に回った。
そして美幸は体全体を公二に預けた。



「えっ?」

しかし、その瞬間、公二は美幸の両肩を掴み、自分の体から引き離す。
美幸はぼーっとしたまま。

「美幸ちゃん。なにやってるんだい?帰らないとでしょ?」
「………」

「じゃあ、僕は帰るから。気をつけて帰るんだよ!」
「………」

「それじゃあ、また明日!」
「………」

公二は慌ててる様子で美幸に手を振ると、幹線道路から脇道へと走っていった。



「………」

そこには美幸がただ1人。
美幸はぼーっと立ったまま。


「……?……」


すこしして、美幸の顔が普通の顔に戻ってきた。
徐々に事態を把握していく。


「……!……」


突然美幸の顔が青ざめていく。
両手両足がぶるぶると震えている。


「うっ……うっ……うっ……」


そして美幸の顔が崩れていく。


「うわ〜〜〜〜〜ん!」


とうとう美幸は泣き出してしまった。
美幸は涙を拭くことなく、泣いたまま走り出した。
美幸は泣いたまま家路についた。



その夜。

「ちょっと、それってヤバくない?」
「ああ……あの様子はちょっと変だと思ったから……」

恵がベッドですやすやと眠りについた後、
公二は光に今日の出来事を話していた。
丸テーブルの横に並んで座り、おそろいのパジャマの肩と肩をくっつけながら話している。


2人が気になっていたのは、別れる前の美幸の行動。

「必要以上に美幸ちゃんに近づかない方がいいよ」
「ああ、俺もそう思って急いで別れたんだ」
「私、あなたしか経験ないから、そういう瞬間ってわからないから、色々言えないけど……」
「俺は……まあ、そのぉ……それなりに……だから……」

不安な光に大して、それなりに前科があり、ばつが悪そうな表情の公二。

そんな公二の表情を見て光がむっとしている。

「あなた。何度も言ってるでしょ。優しいだけなのは罪作りだって」
「ごめん……」
「だから、今晩はぎゅ〜〜〜〜っとしてくれないと許さないからね」
「ど、どうしてそんなことで……」
「いいの!」

プンと公二と反対方向に振り向いてしまう光。
どうも、嫉妬しているようだ。
公二もそれがわかる。

「わかったよ。じゃあ、夜も遅いし寝るか?」
「うん♪」
「ベッドで嫌っていうほどぎゅ〜〜〜〜ってしてやるからな」
「うれしい♪」

公二がそういうだけで嬉しそうな顔に戻ってしまう光だった。



一方の美幸。

「………」

美幸は2人の想像以上に深刻だった。

「どうしよう……」

美幸の部屋は真っ暗。
自分のベッドの隅で体育座りをしながら震えていた。


「もうだめ……」


家に帰って部屋に飛び込むとずっとその状態で震えていた。


「あのとき……体が自然に動いちゃった……」


美幸の声はいつもの明るい声ではない。
暗く、ゆっくりと、重い口調でつぶやいていた。





「本気で……公二くんが好きになっちゃった……もう引き返せない……」





美幸のつぶやきはは声とは裏腹に悲鳴にも近いものだった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
前回の甘々な話とは正反対になりました。
しかも、内容が内容だけに、あははは。

今回は、美幸が本気になってしまう様がわかって頂ければと思います。

次話は試験終了後のちょっとした事件。30部の最後になります。
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