第201話目次第203話
期末テストも終わり、回答が戻ってくる。
そうなると気になるのは学年内の順位。

そんな時期の放課後。
突然、2年A組の横の廊下に大きな声が響く。


「ちょっと来ぃや!」
「光、いきなりどうしたの?」
「どうもこうもあらへん!」


クラスの人たちが一斉に廊下を見ると、光が琴子をぐいぐいと引っ張っているのが見えた。

それを見た公二が慌てて立ち上がり、鞄を持つ。
友達とくだらない話をしているところだったので、当然友達が訳を聞く。

「おい公二。いきなりどうしたんだ?」
「やばい、光がキレてる」
「えっ、本当か?」
「ああ、あの関西弁が証拠だ。あのキレ方は俺が止めないとまずい」
「そうか、それじゃあ仕方ないな」
「途中で止めてごめんな。それじゃあまた明日」
「ああ、また明日」

公二はそういうと廊下を飛び出して、光の後を追いかける。

公二が追いついた場所は、廊下の掲示板。
光はそこの片隅に張ってあるA4サイズの紙を指さして、琴子に怒鳴りつけていた。


「琴子!いったいこれは・ど・う・い・う・こ・と・や!」


その紙は期末テストの結果による補修の通知であった。


そこに琴子の名前があった。

太陽の恵み、光の恵

第30部 1学期末の学校編 その13

Written by B
意外なことに琴子はいたって普通の表情。
腕を組み、冷静な顔で見ていた。

「どうって?見てのとおりよ」
「そんなことわかっとるわ!なんで今もこんなことしとるんや!」
「昔も今も同じ。光に言われる筋合いはないわ」
「なんやて!」

光は琴子の胸ぐらを掴み、背伸びして琴子の顔に顔を寄せようとしている。
しかし、琴子はまったく動じない。

「いくら光でもこればっかりは譲れないわ」
「あかん!こんなあほらしいことすぐにやめんか!」
「いやよ。あんな先生達におべっかなんて使いたくないわ」
「琴子!」

光は顔を真っ赤にして怒り、今にも琴子を投げ飛ばそうとさえしている状況だった。



「光、落ち着け。大人げないぞ」

そこで、公二が光を後ろから抱きかかえた。

「やかましいわ!」
「大声出すなって」

それでも大暴れする光を必死に後ろから抱きしめて抑えようとする。

「いったい何があったんだ?」
「琴子のあほんだらが「はいはい、生徒達の迷惑だぞ。別の場所にしたらどうだ?」」
「えっ?」
「あっ、赤井さん」
「おまえらうるさいぞ、まったく……」

いつの間にかほむらが2人の後ろに立っていた。
両手を頭の後ろに組み、呆れた表情で2人を見ていた。

「水無月のこの件はあたしも少々詳しくてな、生徒会室で話すか?」
「ああ……お願いするよ」
「ぶ〜……」

ほむらの言葉に従い、3人は生徒会室に向かった。

琴子はいつの間にかいなくなっていた。





「えっ?水無月さんって白紙回答の常習犯だったの?」



生徒会室。
長机に公二、光とほむらが向かい合って座っている。
その場で公二は光とほむらの話を聞いて驚くばかり。

「そう、しかも小学校の頃からずっとだよ!高校に入って治ってると思ったのに……」
「あたしも驚いたよ。1学期の時に、補修を受けたらあいつがいたんだから。勉強できない奴だとは思わなかったからな」

「光、水無月さんって勉強できないの?」
「とんでもない!私よりも、たぶんあなたよりもできるよ!」
「ええっ!本当なの?」
「やっぱりな。だって、補修でも合格点ぎりぎり分だけ答えて後は居眠りだから」
「それなのになんで……」

ほむらはもうあきれ飽きたといいたげなぐらいのあきれ顔。
一方の光はふくれっ面で不機嫌なまま。



「……先生が嫌いなんだって……」



光がぼそっとつぶやいた。
それを聞いた公二とほむらが驚いた顔で光を見る。

「先生が嫌いって?」
「あたしの記憶だと、水無月が授業をさぼった記憶はないぞ」
「授業はまじめに聞いてるの。でも授業以外ではまったく言うことを聞かない」
「なんだそりゃ?」



「『教師は授業だけやってればいいの。他のことで色々言われたくない』だって」





公二とほむらが思わず顔を見合わせる。
お互いに理解できないと言いたげな表情。

「変な理屈だなそりゃ」
「なんでかって、聞いたことあるの?」
「そんなの昔から聞いてるよ!でも琴子は何も言ってくれない」
「そうか……」
「琴子って美人で、ナイスバディで、頭もよくて、器用で好きなんだけど、これだけは大嫌い!」

光が苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ。
よほどむかついているのだろう。

「でも、あんたがそこまでしても変えないなら、もう信念だな」
「俺もそう思う。よほど昔なにかあったんじゃないかと思うよ」
「そうだとは思うんだけど……」

公二とほむらはもう諦めろ、といいたげに光に言うが光は納得いかない様子。

「まあ、時期になったらきっと話してくれると思うよ」
「そう?」
「よほどになったら相談してくると思うぜ」
「う〜ん……」
「今日は遅いから、帰ろう?また恵が不機嫌になったらまずいだろ?」
「そうだね……じゃあ、帰る」

光は不満な表情がありありと見えるが、ここ何か解決するわけでもないことに気づいたのか渋々立ち上がる。

「じゃあ気をつけて帰れよ!」
「ああ、じゃあまた明日」

ほむらが二人に向かって手を振って見送る。
公二はほむらに手を振ると、頭を垂れ、元気がない光の肩を横からそっと抱きながら教室をでていく。
後ろから見ていると、公二が光にいろいろ話しかけているように見える。



「………」

一人きりになった生徒会室。
ほむらは腕組みをしてじっと考える。


「陽ノ下があそこまで言うなら、よほどの重症なんだな……」


そしてゆっくりと立ち上がる。


「先生たちも問題にしてるからなぁ。なんせわざとで3度目だから……和美ちゃんに言っておくか……」


そして生徒会室の扉へと向かう。


「やれやれ。やっかいの種が増えたってことか。ほんと、種っていうのはろくでもないなぁ」


一人で愚痴をつぶやくとそのまま家路へとついた。



そして、翌日の朝。



ドンガラガッシャンガシャーン!


2年F組の教室から机ががらがら言う音が突然響いてきた。


「な、なんだ一体!」


朝早く来ていたほむらが驚いて飛び込んできた。
扉の前でほむらは驚いた。


「お、おい!これはなんなんだ!」


乱雑に倒された机や椅子の山。
その山の中に琴子と誠が埋もれていた。

どうやら取っ組み合いのけんかの末、こんな状況になったらしい。
そして当の二人はと言うと。

「私のやってることだから関係ないでしょ!」
「うるさい!俺は琴子のその態度が納得いかない!」

未だに、つかみかかったまま、口論を続けていた。



「あっ、会長!あの二人なんとかしてくださいよ!」

ほむらの姿をみたF組の女の子がほむらの手を引っ張り止めさせようとお願いする。

「なんとかって、いつものことじゃないのか?」
「こんな取っ組み合いの喧嘩は初めてなんですよ!」
「ほう、取っ組み合いするほど仲が親密になったってことか?」
「そんなのんきな事言わないでください!授業になりませんよ!」
「にゃはは!冗談、冗談。さて、止めるとするか」

冗談も通じないほど焦っている女の子の横をほむらはすたすたと通り過ぎると二人の前に立つ。
二人はいまだにお互いの顔を見合わせたまま。ほむらの存在に気づいていない。
そして息をすぅっと吸い込み、思い切り声を張り上げる。


「お〜い!授業の邪魔になるぞ!そういうのは外でやれぇ!」


「えっ?」
「あら」


「……はぁ」


ようやく気づいた二人にほむらは思わずため息をついてしまった。



5分後。

琴子と誠は生徒会室に連れられていた。
ほむらは、机の両側に二人を向かい合わせるように座らせた。

「なぁ、授業は?」
「そうよ。私に授業をさぼらせる気?」

授業がもうすぐだというのに連行された二人は不満な表情。
そんな二人にほむらが横から答える。

「あのなぁ、おまえらがあんな事やってて授業になると思うか?
 他の連中、完全に引いてたぞ。
 まったく、他の奴のことも考えてやれよ。
 それに、ここに連れたのは喧嘩の内容もある。
 どうせ水無月の白紙回答のことだろ?」


「「………」」


二人は黙って頷く。
ほむらは両手を腰にあて、座っている二人を見下ろすように話し続ける。

「この件は、陽ノ下からも聞いた。小学校からだってな、驚いたぜ。
 あと、水無月、この理由を陽ノ下にすら言ってないそうだな。
 誰にも言わないのは水無月の悪い癖だ。
 こいつに正直に話したらどうだ?
 1時間目はあたしが先生に事情を説明してやるから、90分じっくりと二人で話し合え。
 生徒会長命令だ」


「「………」」


二人は黙って頷くしかなかった。
それをみるとほむらは黙って生徒会室から出て行った。



「「………」」

二人っきりになった生徒会室。

「琴子」
「なによ」
「話してくれるよな?」
「………」

ぽつりぽつりと二人が話し始める。

「俺は琴子がテストを全部白紙回答したことなんてどうでもいいんだよ」
「えっ?」
「さっきから言ってるだろ?『理由が気にくわない』って」
「理由?さっきから言ってるでしょ?『先生が嫌い』それが何が悪いの?」
「これもさっきから言ってるだろ『なんで、先生が嫌いなんだ?』って」
「………」
「それを言わない限り。それは絶対に納得しないからな」
「なんで、そんなに理由にこだわるのよ!」

お互いに感情を押し殺しながら淡々と話し合う。
そして琴子が声を張り上げたところで、誠が逆にゆっくりと答える。


「単純だ……俺の親父が先生だ……そういうこと」




その答えに琴子が目を丸くして驚く。

「ええっ?先生だったの?」
「そうだよ」
「何の?」
「美術。今は中学の臨時講師」
「何でそれを早く言ってくれないのよ!」
「琴子だって聞いてないだろ!」
「あら、そうね!」
「あら、そうね!じゃないだろ、まったく……」

そんなときにお互いが視線があう。

「………」
「………」

さっきの張りつめた雰囲気はどこへやら。
自然にこの状況がおかしくなってくる。

「……うふふふ!」
「……あははは!」

二人とも思わず笑い出してしまう。



「うふふふ……なんかおかしいわね」
「あははは……俺もだ」

もう二人の間には張りつめたものは何もない。
いつもの二人に戻っていた。
笑いながら誠は話を続ける。

「まあ、親父が教師だから、俺も教師の大変さはそれなりにわかってるつもりだよ。
 それを、琴子が一言『嫌い』で片づけるから怒ったんだよ。
 まあ、つかみかかったのは謝るけど、理由はまだ教えてくれないとね。
 別にいいだろ?誰にも言わないからさ」


その一言を聞いて琴子がにこっとほほえむ。


「わかったわ。教えてあげる。誠なら話せそうな気がするから……」


そして琴子はゆっくりと話し始めた。



「私、小さい頃からお稽古ごとをたくさんやってたのよ。
 もちろん、立派な先生がついて技術を教えてくれた。
 運がいいことに習った先生がその道で有名な人だった人が多かったの」

「ほう、いいじゃんか。それがどうして?」
「稽古事の内容は文句ないのよ」
「じゃあ何が?」

「よけいな事をたくさん言うのよ。
 『人生とは……』とか『女性のあるべき姿は……』とか『心技体とは……』とか。
 私はそんなことを聞きたくて稽古事をしたわけじゃないのよ!」

「う〜ん、極めた人が言いそうなことだよなぁ」

「小学生の私にそんなこと言われてもわからないわよ!
 それにそもそも聞きたくない!何度も何度も聞いていくうちに段々と先生が嫌になってきたのよ」

「なるほどなぁ、でもそれはお稽古ごとだろ?」
「学校でもそうだったのよ。『あれしちゃいけない』とか『将来はこうなりなさい』とか。余計なのよ」
「………」

「決定的だったのが、小学校の生徒指導の先生が痴漢で捕まったこと。あれだけ偉そうにいろいろ言っていた人が痴漢で捕まるのよ。尊敬したくなくなるわよ」

「ありゃりゃ。それはわかるな」

「段々と新聞とかで『大学からすぐに教師になるので社会経験がない』だの『精神的に幼稚なのが多い』とか『テクニックだけで教育の真意がわかってない』だの教師批判の記事ばかり目について……」

「それで嫌いになったと」
「そう。でも先生に反抗しても何もいいことがないから、白紙回答が私なりのせめてもの反抗」
「そうか……」
「わかったでしょ?」
「ああ、わかった」


琴子の話が終わった。



「琴子、一言だけ言っておくぜ」
「何?」

「教師は全員が全員、琴子が思っているような人じゃないと思う。
 少なくとも俺の親父はそんな人じゃないと思う。
 授業以外の指導もするけど、うわっぺらの言葉じゃないはずだと思うよ」

「そうなの?」
「ああ、約束する」
「でも、私の周りにそんな人はいないわ。せいぜい校長ぐらい」
「きっと、琴子の前にもそういう先生が現れると思うよ」
「そうだといいけど」
「大丈夫だって」

二人ともすっかり納得した表情で向かい合っている。


琴子は誠が納得してくれたことに。
誠は琴子の本心がわかったことに。


誰がなんと言おうとこの二人は恋人同士。
気持ちがわかればこれほど安心することはないのであろう。



そんな会話で1時間目終了。
二人は横に並んで教室に戻る。手はつないでいない。

「しかし、あんな取っ組み合いしちゃって、みんなに迷惑かけたよな」
「私もむきになって誠を投げちゃって……」
「あれは痛かった……それも習い事か?」
「ええ……合気道を……」
「なんでもできるんだな……まあいいや、入るぞ」
「ええ……」

目の前にはF組の教室の扉。
誠が扉を思い切り開ける。


「「「おおおっ〜〜〜〜〜!!!」」」


すると大きな歓声が教室全体からわき上がる。


「えっ?」
「えっ?」


「「「おめでとう!!!」」」


そしてなぜか祝福の言葉。


「えっ?えっ?」
「えっ?えっ?」


とまどう二人。
その二人に男女がそれぞれ囲む。


「いやぁ、とうとうおまえも男になったか」
「は、はぁ?」
「誠、学校では大胆すぎだぞ!」
「ちょ、ちょっと!」
「どうだ、脱童貞の感想は!」
「俺はまだ童貞だ!」



「琴子さん!とうとう結ばれたのね」
「えっ?」
「でも琴子さんって学校でしちゃうなんてエッチよねぇ」
「え、エッチって、ちょっと!」
「これからもお幸せに!」
「誠とは何もないわよ!」


話が想像外のことになっており、戸惑いに戸惑う二人。
結局休み時間は、何もなかったことを必死に説明するだけに費やさせた。




なぜこうなったのか?
その原因がほむらの代理でF組の授業中に報告に行った光の一言が元凶であった。。




「先生!
 琴子と文月くんが、1時間目は生徒会室で『御休憩』するんだって!
 ほむらが『二人にとって重要なことだから見逃してくれ』って言ってたから怒らないで。
 あと、『こっそりと見たり聞くとやばいから』生徒会室には様子を見に行っちゃいけないって!
 あ〜あ、ラブラブでいいよなぁ……」





こんな騒動が起こりながらも1学期はようやく終わりを告げることになる。

楽しい夏休みがやってくる。
To be continued
後書き 兼 言い訳
200話の前に書ききれなかった話第2弾。
試験後のちょっとした事件です。

突発的な琴子の設定話ですが、琴子のこれまでと今後に大きく関係してきます。
とだけ、書いておきます。

さて、ようやく第30部が終わりました。
これでいよいよ夏休み!


ちょっと待った!
何か忘れていませんか?


そういうわけで第31部は夏祭り編です。
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