第205話目次第207話
きらめき市のとある一軒家の2階。

「う〜ん……」

女の子が体全体が見える大きな鏡の前で浴衣姿をチェックする。
黒に赤や白の朝顔が描かれた、とても大人っぽい浴衣。帯は濃い紫。
長い髪をアップにまとめ、色気が漂う。

彼女の名は藤崎詩織と言う。

「浴衣よし!
 団扇よし!
 うなじよし!
 胸元よし!
 生足よし!

 公人に喜んでもらえれば、待っているのは祭りのような熱い夜!
 詩織、がんばる!」

拳を強く握り、鏡に向かってり詩織からは、昼間はおしとやかな女性で通っているとはとても想像できない。
詩織は気合いを入れて部屋を出て、愛する公人の待つ玄関に赴く。


「公人、お待たせ♪」
「詩織……気合いの入った声が窓から聞こえまくり」


公人は満面の笑みを見せる詩織に向かっていつものごとく呆れていた。

太陽の恵み、光の恵

第31部 夏祭り編 その4

Written by B
神社までは少し時間がある。
2人で仲良く歩いている。

「なぁ、詩織……」
「なあに?」

公人も濃い青色のシンプルな浴衣、帯は濃い緑。
そんな公人の腕に詩織が抱きついている。
もう少し詳細に言うと詩織が公人の腕を自分の胸の間に位置するように抱きつき、自分の胸を押しつけている。

公人は詩織の持っている団扇に目をつけた。

「その持ってる団扇なんだけど……」
「えっ?これ?夏には団扇だけど?」
「そうだけど、駅前商店街の裏にあるオ○ク向け本屋のだろ?それはいくらなんでも……」
「いいじゃない。タダでくれたんだから」
「……はぁ……」

かわいらしい女の子がたくさん描かれた団扇を持って平然と答える詩織。
公人はため息をひとつついてから愚痴をこぼす。

「あのなぁ、一応雰囲気ってものも考えてくれよ。
 俺だって、『浴衣がとても似合ってるよ』とか『うなじが色っぽいね』とか言ってあげたいのに。
 それみて、気分が萎えちゃったよ」
「ええっ〜〜?私は公人が隣にいれば、いつでもどこでも、いい雰囲気になれるのに……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、基本的なところは押さえておこうよ」
「う〜ん、まぁ、持ってきたものはもうしょうがないよね」
「もういいよ……はぁ……」

相変わらずの詩織に公人はこれ以上の愚痴もやめた。



そして神社前の夏祭りの会場。

きらめき市の夏祭りはひびきの市より規模が大きい。
付近の町から遊びに来る人も多い。
当然ながら屋台も多種多彩でとても多い。

さっきまでくだらない会話をしていた2人だが、屋台の明かりが見えるうちに目が輝いてきた。

「さて、詩織。どこに行く?」
「夏祭りと言ったら遊びよ!思いっきり遊びまくるわよ」
「遊びか……まさか、景品目当てってことじゃないよな?」
「うっ……」
「やっぱり……でも、やっぱり景品がないと燃えないもんな」
「でしょでしょ?さぁ、気合い入れてやるわよ!」
「まずは射的だな」
「もちろん!」

詩織の言っていることに呆れながらも、結局乗ってしまう公人。
こういうところが2人の気の合うところなのだろう。

2人は目の前にあった射的の屋台に人垣をかき分けて入っていった。



「おじさん。2回分お願いします」
「あいよ。うまく狙いな」

さっそく、3発100円でコルク玉を買った2人。
空気銃に玉を込める。

標的は4段の棚にきれいに並べている。
お菓子にライター、貯金箱や小さな人形。
そして、特等ともいうべき、すこし大きめの招き猫が上段の中央にずどんと置いてある。

今参加しているのは公人と詩織の2人だけ。
2人並んで狙いを定める。

「うふふ……愚民はこの銃でくたばるがいいわ……」
「詩織、お菓子に向かってなに言ってるんだ?」
「雰囲気よ!もう、公人だって雰囲気が大事だって言ってたでしょ?」
「ごめんごめん。俺もまじめに狙うか……」

2人は銃を構え、打つ体勢に入る。
2人とも真剣な表情。
詩織が小さな声で公人にささやいた。

「公人、何狙ってるの?」
「あのZipp○のライターを」
「えっ、公人、まさかタバコを……ダメよ!この年でタバコなんて……」
「詩織に言われたくない!ただ、倒れやすそうだからってだけだよ……」
「ふ〜ん、じゃあ、私はその隣のタバコを狙うね」
「……いくぞ……」
「……うん……」

2人は口を閉ざす。
そして、ほぼ同時に玉を撃つ。



ポン!



力強い空気銃の音が響く。
玉は標的に向かって一直線。



シュッ……



しかし、二つの玉もそれぞれの標的をかすめただけで倒すことはできなかった。



「ああっ……もう少しだったのに……」
「悔しい!今度こそ!」


2人はすぐに銃を構える。
狙いはさっきと同じ。



ポン!



シュッ……



しかし、今度も少しかすめただけ。標的は少しだけ動いたが倒れない。


「う〜ん、難しいな……」
「こうなったら、倒れるまでやってやるわよ!」
「俺もすごく悔しくなってきた。絶対に倒す!」

結局2人とも、使いもしないタバコとライターを倒すのに500円ほど投資することになってしまった。



その後、とうもろこしやかき氷を食べて休んでいた2人だが、突然、

「今度は失敗しないわよ!」

とばかりに詩織が公人を引っ張って入っていったのは金魚すくいの屋台。
公人が何か言う前に2人分のポイを買った詩織はすぐに水槽の側に座る。
隣にすわった公人はとても不安そう。

「詩織、俺が記憶している限り、詩織が金魚をすくった記憶がないんだけど」
「……だから、今日すくうのよ!公人もやるのよ!」
「俺もすくったことがないんだけど……まあ、やってみるか」



こうして始めた金魚すくい。
しかし、今まですくえた事がない人がテクニックを身につけずにやっても同じ事の繰り返しになるのが関の山。

「うわぁ!また失敗したぁ!」
「あぁん!どうしてうまくいかないの!」

2人とも失敗の連続。
惜しいというのも全くないほどの惨敗の連続。

「やっぱり、ちゃんと金魚すくいのテクニックを勉強しないと無理だな……」
「ううっ……なんて屈辱……」

落胆する2人。
たいていの素人が陥る落胆の光景だ。




「2人ともだめじゃん。それじゃあ、あたしに勝てないよ」
「そうそう。それにおまえたち騒がしいぞ」



そんな2人に横から突然の声。
びっくりして横を見るとそこにはかなり見知った顔が二つ。
その顔を見てまたびっくり。

「よ、好雄!」
「夕子ちゃん!」

そこにはすでに7匹も金魚をすくい上げてご機嫌の夕子と隣にいる好雄がピースサインを見せて笑っていた。
どうやら2人も夏祭りデートのようだ。
ちなみに、2人とも浴衣ではなく普段のお出かけ着だ。
2人の姿、というよりもたくさんの金魚を見て口をあんぐりの2人に自慢げに言う。

「あたし、小さいときからこういうの得意でね。まあ、ゲーセンに近いからかな」
「金魚すくいって結構テクニックがいるんだぞ。全国金魚すくい選手権大会ってものもあるぐらいだからな」
「しかし詩織ちゃんに勝てるなんて気分いいなぁ」

ニコニコ顔で夕子と好雄に自慢されて、詩織が黙っているはずがない。

「ぐ〜や〜じ〜い〜!わ、私だって絶対に負けないから!」
「詩織、無理だ。ここは素直に負けを認めろ」
「う〜〜……うぇ〜〜ん……なおとぉ〜」

悔しくて再チャレンジしようとしたところを、公人に止められた詩織。
もう、公人の胸にとびこんで嘘泣きするしかなくなってしまった。



「やっぱり勢いではダメなのね」
「そうだよ、詩織ちゃん。ちゃんとやり方があるんだから」

「好雄、優美ちゃんはどうした?置いてきたのか?」
「友達と行く様子だったから置いてきた」

金魚すくいの屋台から出た4人は、隣の屋台で売っていたたこ焼きをつまみながら並んで歩いている。
ただし、女同士、男同士で並んで話をしている。

「ところで夕子ちゃん。そのたくさんの金魚どうするの?」
「紐緒さんに売っちゃう。遺伝子実験とかなんとかでたくさん欲しいんだって」
「………」

「あれ?好雄はさっきの金魚すくい、やらなかったのか?」
「無駄な投資はしないのがスマートな俺のやり方だ」
「………」

くだらない話の連続だが、それはそれで楽しいもの。
それでも、それぞれ別行動をとることになり、夕子と好雄としばらくして別れた。



「なんか、のど乾いちゃったね」
「そうだな、射的と金魚すくいで盛り上がりすぎちゃったからね」
「ちょっと飲み物買ってくるね」
「ああ、お願い」

公人は詩織に500円を渡した。
それを受け取った詩織はすぐに近くの屋台に向かっていった。
ここで公人が今更ながらに気が付いた。

「しまった……詩織を野放しにしてしまった……」

その直後に近くの屋台から聞こえてくる詩織の声。


「おじさ〜ん!ビールふたつ!」


「やっぱり……って、ふたつ?!」


笑顔で両手にビールを二つ持ってくる詩織をみて公人はとても後悔するがすでに遅かった。



「あ〜っ!やっぱりビールはおいしいわね」
「確かにおいしいけど……大丈夫か?」

屋台が並ぶメインの通りをビールを飲みながら歩く2人。
おいしそうに飲む詩織はもちろんだが、公人も結構ぐいぐいと飲んでいる。

「大丈夫よ。見つかっても逃げるだけだから」
「それ根本的に解決になってないけど」
「どうせ先生たちもアルコール入ってるから大丈夫よ」
「………」

こんな会話をしているものの、すでに2人ともビールを半分以上飲んでしまっている。
顔も少し赤くなっており、もはやごまかしようもない。

「まあ、いいか」

さすがの公人も開き直って飲むしかない。

「でも、なんか酔ってきちゃった……」
「弱いのに飲むからだよ……でも、おれもちょっとやばい」
「帰る?」
「このままだと、とんでもないことになりそうだから帰るか」

一気にビールを飲んだために酔ってしまった2人は早めに帰ることにした。



「それでも今日は楽しかったな」
「そうね。とっても楽しかったわ」

2人での帰り道。
2人とも少しふらつきながらも腕を組んだ状態で歩いている。

「でも、景品とはいっても、結局ライターとタバコだけか……」
「えっ〜〜〜?もっといい景品があるじゃない!」
「はぁ?どこに?」
「公人の目の前!」

詩織がむすっとした顔で公人の顔を自分の顔の方向に向けさせる。
そしてじっと公人の顔を見つめる。



「景品って……詩織のこと?」
「もちろん!これからお持ち帰りして、好き放題にしていいのよ♪」



そういって、詩織は公人の右腕に抱きついた。
公人はその腕の感触に違和感を感じていた。

「なぁ詩織、もしかして下着……」
「下着?浴衣だから肌襦袢を着ているわよ」
「……薄い肌襦袢『だけ』ということか……」
「もう中身想像したんでしょ?エッチ!」

普段なら、詩織の言葉にさらに頭が痛くなる公人。
しかし、今日の公人は酔っていた。


「わかった!今日は景品の詩織を持ち帰る!好き放題にする!」
「うれしい♪さすが私の公人♪」

「ほら!すぐに行くぞ!」
「は〜い♪」


公人は詩織が抱きついている腕を引っ張るように詩織を引っ張っていく。
そしてそのまま自分の家に連れてかえってしまった。



その後の2人についてはあえて書かないが、少なくとも詩織の野望?は達成できた様子らしい。
To be continued
後書き 兼 言い訳
詩織さん大暴れ?の回でした。

それ以外?……なにがあるんだ?(苦笑)

調べてみると、下に何か着ないと汗が浴衣についてしまってまずいようです。
Tシャツとかでいいとか書いてあったようですが、詩織さんは明らかに狙ってますね(笑)

次はこの流れで真帆ちゃんのバイト話でも。
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