第207話目次第209話
「どうもおかしいとおもったのよね……」
「………」

もえぎの市の神社境内で行われている夏祭り。
神社の目の前で商店街があり、商店街と一体で祭りが盛り上がっている。
他の夏祭りに負けず劣らず屋台がたくさんでおり、訪れる人の気持ちを高ぶらせる。


「『彼氏に誘われたけど、来て欲しい』なんて普通ないから……なるほどね」
「………」


花桜梨は芹華に誘われ、バイクでもえぎの市まで遊びに出かけていた。
ライダースーツは芹華の部屋に置いてもらい、今はジーンズにTシャツ姿。
その芹華は花桜梨の前で顔を真っ赤にしている。


「そうだったら、そうだと言ってくれればよかったのに……」
「……恥ずかしいだろ……」


芹華は黒の短パンに上半身はさらしの上に青の法被姿、そしてねじり鉢巻き。


芹華は射的場の売り子をしていた。

太陽の恵み、光の恵

第31部 夏祭り編 その6

Written by B
「い、いや、あいつが『バイトで射的屋をまかされたんだ!芹華も一緒にやらないか?』って誘われたから……」
「それにしても気合い入ってるのね」
「ま、まあ……」
「結構大きいのね」
「ま、まあ……」
「彼も喜んでるんじゃないの?」
「ま、まあ……」
「ねぇ、聞いてる?」
「き、き、聞いてるよ!」


顔を赤くして早口で返事している時点で聞いてないことは明白。
ずっと、頬をぼりぼりかきながら顔を赤くしていた。

「で、あれが芹華の彼ね」
「か、彼ってわけじゃないけど……」
「へぇ、結構かっこいいじゃない」
「そうだろ?結構かっこいいんだ」

花桜梨が指差す先には芹華を誘った彼が懸命に客引きをしている。
黒の短パンに青の法被に白のTシャツ。
芹華と並ぶとお揃いに見えるかもしれない。

「彼に負けないように芹華もがんばらなきゃ」
「おお、そうだ!さっそくだけど花桜梨もやってきなよ」
「いいの?」
「だから、大歓迎って言っただろ?」

そう言いながら、芹華は花桜梨を射的の屋台に連れ込んだ。



「3発200円だから」
「はい、200円」
「まいど!じゃあ、そこに銃が並んでいるから好きに選んでやって。これがコルク玉」
「どうも……」

芹華からコルク玉を受け取ると花桜梨はさっそく銃の並ぶ台の前に立つ。


「お、おい……」


その姿を後ろからみていた芹華はつい声を掛けそうになっていた。


(花桜梨。目がマジになってないか?おいおい、どうなってるんだ?)


芹華の言うとおり。
花桜梨の目は喧嘩しているときの目になっていた。



花桜梨が台に並んでいる空気銃を一つ一つ手に取る。
銃を撃つ構えをしたり、両手でもって軽く持ち上げてみたり、じっくりと銃を選んでいた。


「空気銃って初めてだから難しい……でも、これが良さそうね……」


銃が決まったようだ。
銃の先にコルク玉を丁寧に詰める。
花桜梨はその銃を両手で持って構える。

(やっぱり獲物は大物でないと……)

銃身と並行に視線を定め、フロントサイトを通して標的を定める。
そして、引き金を引く。


ポン!


コルク玉はいい音を出して飛んでいく。
玉は上段中央にボスのように置いてある招き猫へ一直線。


コン!


玉は招き猫の眉間の間に当たって跳ね返された。


「「「おおっ〜〜〜!」」」
「えっ?えっ?」

花桜梨が周りの歓声に気が付いて周りを見ると、周りは全員花桜梨の射的を見ていた。
見事な当てぶりに拍手がちらほらと聞こえている。



芹華が少し青ざめた顔で花桜梨に近づいてきた。

「か、花桜梨。大丈夫か?目がマジだぞ?」
「えっ?そうだった?」
「ああ、あのときの花桜梨だった。あたし少し怖かったぞ」
「そう?」
「それと……射的の打ち方って、普通の銃の撃ち方は普通しないぞ?」
「そうなの?」
「ああ、普通、台の上に乗り出すようにして、さらに片手で銃をもって腕を伸ばす。
 できるだけ標的に銃を近づけるようにして撃つんだ。
 空気銃だから、力もないしコントロールも悪いからね」

芹華が銃を持って、台から身を乗り出すようにして、普通の打ち方を教えている。
花桜梨はうんうんと頷いている。

「そうなんだ。私こっちのほうが慣れてたから」
「えっ?」
「じゃあ、今度は身を乗り出してと……」
「あっ……おい、また目が……」

花桜梨は台から体を乗り出すようにした。
しかし、銃は両手で持ったまま。
そして目はさっきの目に戻っていた。

(招き猫は重すぎて動きそうにないわね……じゃあ)

銃を構えながら標的を定める。

(さっきは少しだけ下にずれたから……)

銃を少しだけずらして位置の微調整をする。


ポン!


コルク玉がまたもやいい音をする。
今度の標的は小さめの猫のぬいぐるみ。
さっきよりも勢いよく玉は飛ぶ。


ボフッ


玉は胸のあたり、人間で言うと心臓の位置に当たってそのまま落ちた。
ぬいぐるみはまったく動かない。


「あっ、ついやっちゃった……」


花桜梨は狙いを間違えたことにようやく気が付いたようだ。



「花桜梨……殺すんじゃないんだから……重心を狂わせて、倒すようにしなきゃ……」
「そ、そうなのよね。さっき気が付いた……今度は絶対に倒すわ……」
「………」

顔が青くなっている芹華のアドバイスに従って3度目のチャレンジ。
今度は上の隅を狙って、見事猫のぬいぐるみを倒すことに成功した。



「ちょ、ちょっとどうしたの?」
「いいから来い」

景品を渡した後、芹華が花桜梨を屋台の裏に無理矢理連れてきた。
花桜梨は意味がわからず困った様子。
連れてきた芹華はまだ少しだけ顔が青い。

「花桜梨、誰にも言わないから正直に教えてくれ」
「えっ?」


「花桜梨……もしかして……プロか?」


「えっ?」
「あの銃の選び方、構え方。
 空気銃なのにもかかわらず、狙いの正確さ。
 そして頭や心臓への狙い方。
 あれはプロのスナイパーとかじゃないと思うんだけど……考え過ぎか?」

芹華がおびえたような顔で花桜梨の顔を見ている。
さっきの花桜梨を見て、そう思ったのだろうか。

それに対して、花桜梨は少しびっくりしたような顔をしたが、すぐに普通の顔に戻る。



「う〜ん、『プロになり損ねた』っていうのが正確かもしれないかな」



「!!!」
「まあ、そこはいろいろあって……あまり表だって言えるものじゃないけどね」
「あ、ああ……わかった……」

芹華はさっきより少しだけ顔が青かったがそれでも理解したようだ。



そのころ、屋台の前では、


「さぁさぁ、さっきのおねえちゃんに負けない腕自慢はいないかな!」


さきほどの花桜梨をみて集まって来た人に芹華の彼がチャンスとばかりに客引きをしていた。
裏から戻ってきた2人はそれを見て笑っていた。

「うふふ、彼ったら元気ね」
「あははは。あの元気なところがいいんだよな」
「本当にいい彼氏ね」
「ま、まあ……あれ?」

芹華の顔が青から赤に変わろうとしたとき、近くでなにやら騒がしい声がしてきた。

「なに〜、てめぇがぶつはってきたんらろ、ヒック!」
「うるへぇ〜、おめぇ〜がよってきはんだろう……ウィ〜!」

体格のいい男が2人なにやら言い合っている。
2人とも顔が真っ赤で、ろれつがまわってないことから、かなり寄っていることは間違いない。


「あの〜、おきゃくさ〜ん。いいあらそいはよくないよぉ〜……」


しかも、屋台の前でやっているからかなりやっかい。
屋台の売り子の女の子が止めようにも手が出せない様子。
2人とも背が高く、かなりの筋肉質。力が強そうで怖い。

2人の周りを囲むように野次馬が集まっているが誰も手が出せない。
その中には芹華と花桜梨もいた。

「あ〜あ、かずみの屋台の前だよ……かずみも困ってるだろうな」
「かずみ?」
「あそこで困ってる、焼きそば屋の子。あたしの学校で同じ学年なんだ」
「本当、困ってるようね。まったく、ああいう大人って嫌い……」
「あたしも……」

2人もいまだに言い争っている2人をじっと見つめていた。



しばらくして花桜梨が一息ついた。

「芹華」
「なんだ?」


「10秒で片づけてくる」


「な、な、なんだって……まさか……」
「あんなの右手だけで十分よ」
「み、右手だけって……」

芹華が言う前に花桜梨は人混みの中をかき分けていく。
そして、2人の真ん中にずかずかと入っていく。
周りは突然の乱入者、しかも若い女性の乱入にざわめき出す。

当然、2人は怒り出す。


「はぁ〜?てめぇ〜、をとこのけんかになにするんらよぉ〜!」
「おんなはひっこめぇ〜って、はぁ〜?おれにほれたのかぁ〜?」
「………」



花桜梨はだまってまま、しかも無表情で、右側の男に体を向ける。
そして右の拳を下からあごへ突き上げる。


ボガッ!


「うがぁ!」


男が宙を舞って飛んでいく。
花桜梨はすかさず後ろを向き、驚いて立ちすくんでいるもう片方の男に向かって、右拳を右から振りかぶる。


ドカッ!


「うげぇ……」

もう片方は左に吹っ飛んでいった。

2人の男も床にたたきつけられると、そのまま口に泡を吹いて気絶していた。



「「「おおっ〜〜!!!」」」

パチパチパチ……



花桜梨の秒殺ぶりに野次馬達から大きな歓声と拍手がわき上がった。



「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「いえ、私はなにもしてませんから……」
「とんでもない!とっても助かりました!」

野次馬達が立ち去り、いつもの祭りの風景に戻ったころ。
焼きそば屋の屋台の女の子が何度も何度も花桜梨にお礼を言っていた。
その子は芹華の同級生でもある渡井かずみ。ツインテールがちょこまかと動く元気な女の子だ。
花桜梨の隣にはその芹華がいた。


「しかし、かずみも災難だったな。売り上げは大丈夫か?」
「それは大丈夫!今年はいい天気だし、お客さんも多いし、場所もいい場所がとれたからね!」
「へぇ、でもこれからが稼ぎ時かな?」
「うん!芹華には負けないからね!」
「おいおい、かずみに勝とうなんて思ってないよ。でも、がんばるよ」
「よぉ〜し!負けないよ!」


さっきまではかなり困っていたかずみだったが、芹華と話しているうちにいつもの元気がでてきたようだ。


「ねぇ、お礼にうちの焼きそばをおごるよ!あっ、芹華の分も一緒ね!」
「えっ、そんな……」
「えっ?あたしも?」
「うん!だって芹華の友達でしょ?芹華のおかげでもあるからね!」


2人とも遠慮しようかと思っていたのだが、かずみの勢いに押されて申し出を受けることにした。
かずみのつくった焼きそばはとてもおいしかったようだ。



「じゃあ、私は他を見てみるね」
「ああ、楽しんできなよ。9時ぐらいにはまたここに来てな」
「ええ、わかった」

かずみの焼きそばを堪能したあと、花桜梨はひとまず芹華から離れて1人で回ることにした。
芹華も射的の営業に力を入れることにした。

「あれ?芹華、さっきの友達は?」
「他を回るって。それにあんたばかりに店を任せてられないからね」
「あははは。いいっていいって、俺が勝手に誘っただけだから、でも嬉しいよ」
「それじゃあ、こんな格好の意味がないだろ?あたしも店を抜けた穴を埋めないと」
「じゃあ、俺は客引きやるから、芹華は射的の案内やってよ」
「わかった」

そういうと彼は屋台の前に出てきて客引きを始めた。
芹華は彼が連れてきたお客の対応をやり始める。



さっそく小学生2年生ぐらいの男の子がやってきた。

「おねぇちゃん!これ!」
「ああ、じゃあ、これが玉な。あそこにある銃を好きなのを選びな」
「え〜と……これ!」
「よぉし!じゃあ、そこの前から好きなのを狙いな」

芹華は男の子を手前の台に連れて行き、銃の持ち方や狙いやすい景品を教える。
しかし、教えられたからといってすぐに打ち落とせるわけがない。
その男の子は結局3発とも当てられなかった。

「あ〜、しっぱい〜!」
「残念だったな。じゃあ、おねえさんからこれをプレゼントするよ」

そういって芹華は子供への残念賞として用意したお菓子をプレゼントする。

「おねえちゃんありがとう!」

男の子は嬉しそうにお菓子をもって屋台から出て行った。


「『おねえちゃん』か……なんか言われ慣れないから照れちゃうな……」


男の子が両親と思われる大人のところに戻っていくところを見ながら芹華はつぶやいていた。



「うふふふ。芹華ったらとてもお似合いですよ」
「!!!……え、恵美!」

後ろからの声に驚いて振り向くとそこには大親友の恵美がにこにこと立っていた。
白地に朝顔がちりばめられた浴衣は彼女の清純さがとても表れている。

「でも、お店はとても盛んですね」
「ごめんな。せっかくなのに誘えなくて」
「いえいえ。私も1人で来ていたのですが、先ほどは後輩と一緒にいました」
「そうなんだ」
「しかし、彼と一緒にお店をやっているんですか。とてもいい感じですね」
「ま、まあ……」
「夫婦の共同作業ってところですか?」
「ば、馬鹿!ち、ちがうよ……」

恵美は笑顔を絶やさずに芹華と話している。
その恵美が芹華をからかっているが、芹華は顔を真っ赤にさせておろおろするだけ。
そのおろおろぶりをみて恵美はくすくすと笑っていた。



「ところで、さっきの人は誰だったんですか?」
「えっ?さっきのって?」
「芹華の隣にいて、酔っぱらいをパンチでやっつけた人です」

どうやら恵美は花桜梨の事を言っているらしい。
芹華はすぐに答える。

「ああ、あたしの友達なんだ。八重花桜梨って名前で、ひびきのに住んでるんだ」
「ボクシングでもやってるんですか?」
「う〜ん……詳しくは知らないけどいろいろかじってたみたい。少なくともあたしよりはすげぇ強いよ」
「芹華よりも?」
「ああ、なんかすげぇ番長とかやってたとか言ってたよ」
「そうなんですか……へぇ〜……」
「もしかして、恵美よりも強かったりして、あははは……」
「ふ〜ん……そうなんですか……それはいいことを聞きました……」
「えっ?何かいったか?」
「いえ、何も……」
「ふ〜ん、まあいいか」

芹華は最後の恵美の言葉を聞き漏らしていたが、たいしたことはなさそうなので流すことにした。

「恵美、せっかくだから射的、やってきなよ」
「そうですね。せっかくなので挑戦してみますね」

恵美も芹華に誘われて射的に挑戦することにした。

しかし、芹華は恵美がドのつくぐらいの機械オンチであることをすっかり忘れていた。
その結果、恵美は射的場で銃を爆発させ大騒ぎを起こすことになるであった。



そんなこんなで、夏祭りは無事終了。
芹華の射的屋もかなり稼ぐことに成功した。

「うわぁ、結構もうかったな」
「そうだね。あたしも嬉しいよ」
「やっぱり自分で働いて稼ぐっていいよな、芹華?」
「そ、そうだよな……」

嬉しそうな彼。
しかし、芹華は自分も裏稼業をしているなどとは言えず、ちょっと顔が引きつっていた。

「これだけあれば、結構バイト台は大きいだろうな」
「楽しみだな」
「そうだ!稼いだお金で来月の花火大会で遊ばないか?」
「えっ?花火大会?」
「いいだろ?」
「も、もちろんだよ!」
「今度は働かずに、二人でじっくり花火を楽しもうよ」
「そ、そうだね……」

さっそく来月のデートを受けた芹華。
『二人で』という言葉に顔を真っ赤にしていた。



「うふふふ。よかったじゃない」
「そ、そうだけど……恥ずかしい……」
「浴衣とかあるの?」
「一応あるよ。でも喜んでくれるかな……」
「大丈夫よ。芹華さんならスタイルもいいから」
「………」

芹華の住むマンション。

祭りが終わり、片づけが終わったときに花桜梨と合流して帰ってきた。
今日は花桜梨は芹華の部屋に泊まる予定だ。

時刻は夜の12時。
帰り道で買ってきた缶コーヒーを飲みながら雑談をしていた。

「花桜梨、今日思ったんだけど、やっぱり祭りっていいよな」
「そうね。祭りって私も行きたくなるからね」
「そう、騒がしいところって苦手なんだけど、今日はそう思わなかったな」
「それ私も一緒」
「そうなんだ、これが祭りの魅力ってやつなのかもしれないな」
「そうね。祭りは男と女を引きつける力もあるものね」
「えっ?えっ?えっ?」
「そうでしょ?」
「………」
「うふふふ!」

芹華にとっては、からかわれっぱなしで顔が真っ赤。
しかし、とても充実感にあふれた顔をしている。
花桜梨も夏祭りを堪能できたようで満足な表情をしている。

二人の夏祭りはこうして終わることになった。





「じゃあ、来月の花火大会は、間違いなく私はデートのお邪魔なわけね」
「………」
「うふふふ」
To be continued
後書き 兼 言い訳
もえぎの市の夏祭りでした。

花桜梨が目立ちすぎとか、3キャラが全然でてないとかいうコメントは全く聞こえません(苦笑)

いや、花桜梨がこっちに来た以上こうなってしまうとは想像してましたが、予想通り(汗
他のキャラは花火大会で登場してもらうことにしましょう(汗汗汗

次はひびきの市へもどります。
主役夫婦+2カップルぐらいを書きたいですな。
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