第208話目次第210話
「さて、行こうか」
「わん♪」


自宅の前。
公二と光が腕を組んで再度出かけようとしている。

疲れて熟睡してしまった恵をおんぶして家に帰った二人。
浴衣を脱がせ、パジャマを着せる。
布団に寝かせる。
そして、ぐっすりと眠っている恵に何度も何度も謝った後、母に恵の面倒をお願いして玄関を出た。


「さて、恵には悪いけど、二人で楽しもうな」
「オトナの時間だね」
「祭りに子供も大人もあるか?」
「あ・る・の♪」


光はすでに甘えモードに突入していた。

太陽の恵み、光の恵

第31部 夏祭り編 その7

Written by B
夜8時。
再び夏祭りの会場。

「うわぁ、結構混んできたね」
「本当だ。家族連れは減ってるみたいだけど、カップルとかが増えたな」

夕方から遊んでいる小さな子供達は減ってきていた。
その代わり、大人が増えてきた。

「たしかに大人の時間かもしれないな」
「でしょ?あ・な・た♪」

腕組みしている力が少しだけ強くなっている。

「でも、酒飲んでも醜態をさらけだすだけだからな。普通に楽しみますか」
「そうだね」
「まずは、あのたこ焼きでも食べるか?」
「うん、いいね!なんかいいにおいがするね」
「じゃあ、買ってくるよ」

公二はさっそくたこ焼き屋の屋台に入っていった。



「すみませ〜ん!たこ焼きひとつ!」
「あいよ!今焼いてるから待ってな!」

ちょうど、今ストックがなく、急いで焼いているようだ。
鉄板にたくさん並んだタコの列は食欲をそそる。

公二はたこ焼きが焼けていくところを、店の人の串裁きをじっと見ながら楽しんでいた。
気が付くと、隣で待っている人がおり、その人も焼けるところを見ているようだった。
公二がその隣を見ると、隣の人もこっちを向いた。

「匠!何やってるんだ?」
「公二こそ、ここでなにしてるんだ?」

隣にいたのは匠だった。



「匠、白雪さんは?」
「たぶん、そこで待ってると思うけど。公二こそ、光ちゃんと恵ちゃんは?」
「光はそこで待ってると思うよ。恵も連れてきたけど眠っちゃったから、一旦家に帰した」
「へぇ〜、子供って大変なんだな」
「ああ、それが楽しいけどな」

焼きたてのたこ焼きを一つずつ持った男二人が屋台から出てきた。
匠は浴衣ではなく緑のがら入りの半袖シャツに綿パンというシンプルな格好だ。
二人はお目当ての人を捜す。

「え〜と、光は……あっ、あそこにいた。あれ?白雪さんと一緒だ」
「本当だ。じゃあ、一緒に行くか」
「嫌でもそうなるよ」

公二と匠は二人がいる場所に向かっていく。

「へぇ〜、美帆ちゃん、かわいい浴衣だね」
「光さんこそ、大人っぽい浴衣が似合っててうらやましいです」

光と美帆はお互いの浴衣を褒め合っているところだった。



それぞれさっそく買ったたこ焼きを食べている。

「匠さん。やっぱり、屋台のたこ焼きっておいしいですね」
「そうだよな、普段は興味がないけど、屋台のたこ焼きっておいしいんだよね」
「そういえば、駅前にたこ焼き屋があったように思ったのですが」
「ああ、あそこね。あそこはたこ焼きよりもたい焼きがおいしいよ」
「そうなんですか?知らなかった……」
「今度出かけるときに食べてみようよ。きっと気に入るよ」

匠がたこ焼きのパックを持ち、美帆はそこから丁寧に爪楊枝にさして食べている。
食べながら匠の顔をみて美帆が気が付いた。

「あれ?匠さん、唇に青のりがくっついてますよ」
「えっ?そうなの、早くとらないとって……あっ……」

ピンクのかわいらしい浴衣の裾からでた白い指が匠の唇をそっとなでる。
そして、指についた青のりを舐めてとる。

「あっ、あっ、あっ……」
「うふふ……食べちゃいました……」
「………」
「は、恥ずかしい……」

匠も美帆も顔を真っ赤にして立ちすくんでいる。



「ねぇねぇ、あの二人。初々しいよねぇ〜、うらやましいなぁ……もぐもぐ……」
「そんな事でうらやましがるなよ……もぐもぐ……」
「私もやってみようかな……もぐもぐ……」
「おいおい、恥ずかしいからやめろよ……もぐもぐ……」

二人でパックの両側を持ち、仲良く並んで食べている。

「あ〜あ、家でもたこ焼き食べたくなっちゃった」
「なぁ、光の家にはたこ焼き器ってないのか?」
「えっ?」
「関西では一家に一台って聞いたことがあるけど」
「う〜ん、引っ越しの時に捨ててないはずだから、押入の奥に眠ってるかもしれないな」
「今度、夜にたこ焼きでもする?」
「いいねぇ!おとんとおかんも呼んでたこ焼きパーティーや!う〜ん、懐かしいわぁ」
「今度母さんに頼んでみるよ」

こっちは恋人という会話ではない。
普通の家庭の会話になっている。

「しかし、おいしいけどキャベツが入っているのが気になるなぁ……もぐもぐ……」
「そうか、別に気にならないけど……もぐもぐ……」
「本場大阪のはキャベツなんて入ってないからね……もぐもぐ……」
「へぇ、知らなかった……もぐもぐ……」

これはこれで仲睦まじい夫婦の会話である。



「じゃあ、俺たちはもう少し食べ歩きしているから」
「食い倒れ♪食い倒れ♪」
「光、そこまで食べられないだろ?……じゃあ、俺たちはここで」

「それじゃあ、またな」
「それではまた……」

公二達は匠達と別れて、屋台巡りをすることにしたようだ。

「じゃあ、俺たちもお店巡りしようか」
「はい」

匠は美帆の手をつかむ。
そして、すこし引っ張るように少しだけ先導する。

美帆は恥ずかしながらもしっかりと匠の手を握って歩いている。


「美帆ちゃん。どこか行きたいところはある?」
「ええ、小物売りの屋台なんかあれば……」
「ああ、それならあそこら辺にあったはずだから行くか」
「はい、お願いします……」


匠の引っ張る手が強くなる。
美帆はしっかりと握ってついていく。



小物売りの屋台。
指輪、イヤリング、時計にネックレスなど、小物がずらりとそれぞれ箱に入って並べられている。
質はそれほどいいというわけではないが、手が出そうなリーズナブルな値段なので客も多い。
女の子のグループやカップル連れが主な客だ。

匠は一番見えやすい場所に美帆を立たせ、匠はその隣に立つ。

「綺麗なものがたくさんありますね」
「本当だ、ちょっと出かけるぐらいならこれでも十分だよ」
「そうですね。どれか買ってみようかな」

そういうと美帆は端からじっくりと商品をじっと見ている。

(美帆ちゃん真剣だなぁ……)

横で匠が美帆の真剣な横顔をじっと見つめている。

(ん?)

ふと匠の目に美帆の形のいい耳が飛び込んできた。

(なるほど……いいねぇ)

匠はうんうん頷くと自分も商品の列に目を配り始めた。



「う〜ん、どれにしようかしら……」

美帆はまだ選んでいた。
帯に短したすきに長し。どれもよさどうだが、決定打がなく、困っている様子。
そんな美帆の横から匠の声が。

「美帆ちゃん」
「えっ?」
「これなんかどう?」

そう言って匠が指差したのは小さなピンクの貝殻がついたイヤリング。
美帆はあまり見ていなかったところだったのでびっくり。

「イヤリング……ですか?」
「たしか、イヤリングってしたことなかったと思ったけど」
「ええ、真帆はいくつか持ってるみたいですけど……」
「美帆ちゃんも似合うと思うよ?買ってみたら?」

匠の勧めてくれたイヤリングをじっと見つめている。
美帆も確かによさそうだとは思っていたが、それほど気にしていなかった。

「とてもよさそう……」

しかし、匠に言われて見ると、見れば見るほどとても良いものに見えてくるから不思議なもの。

「これにします」

10分以上迷っていながら、匠が勧めてくれてから15秒ほどで決まってしまった。



「浴衣にイヤリングって変じゃありませんか?」
「あははは、確かに。じゃあ今度のデートのときにつけてきてよ」
「ええ、イヤリングに似合う服を用意しますね」

買ったイヤリングを早速着けてみた美帆。
美帆が気にしているように、浴衣にイヤリングはちょっと違和感がある。
しかし、イヤリング自体は安物とは感じさせない上品な感じがある。

美帆も匠もご機嫌だ。

「じゃあ、次はどこに行く?」
「そうですね……わたあめなんてどうでしょうか?」
「わたあめか、最近何年も食べてないなぁ。久しぶりに食べるかな」
「じゃあ、大きいのを買って二人で食べましょう」
「そうだな」

そういうわけで次の屋台はわたあめに決定した。



そして二人はわたあめの屋台に着いたのだが。

「あらあら……」
「おいおい、ここでもやってるよ……」

二人は屋台の前に光景に呆れて入れない。

「相変わらずですね」
「まあ、あれだけやっても仲がいいのが不思議だよ」

匠や美帆をはじめ、周りでちらちらと視線が集中していることにまったく気づかない二人。
その二人は綿あめ屋の前で顔を付け合わせて怒鳴り合っている。


「だから、このスター○ォーズのでいいだろ!」
「そんなの邪道よ!やっぱりこの金剛力士像の絵のにすべきよ!」
「邪道で結構!俺は俺の好きなのを選ぶ!」
「開き直るんじゃないわよ!少しは古来の日本を感じなさいよ!」
「俺は十分に味わっている!」
「どこが!」


綿あめを入れる袋のデザインで大声で喧嘩している琴子と誠はちょっと変わった見せ物になっていた。

匠は嫌々ながらも間に入って止めるしかなかった。



「しかし、袋なんてどうでもいいんじゃないの?」
「そうですよね。袋を食べるわけじゃないですから」

匠は止めた後、自分たちのと琴子たちのを2つ買って屋台から出てきた。
デザインは二人から文句がでないように匠の独断。
匠は、半ば嫌がらせまじりで、幼稚園児向けアニメのキャラが描かれた袋を二人に渡していた。

「ま、まあ、そうだけど、いつもの癖で、俺……」
「わ、わたしもつい、かぁっとなっちゃって……」

自分たちが見せ物にされていたことにようやく気づいた二人はうつむき加減で恥ずかしそうに立っている。
匠から渡された綿あめの袋は二人で仲良く持っていた。

「しかし、琴子さん達はさきほど来たんですか?」
「ああ、俺がバイトだったから、琴子に無理を言って遅くにしてもらったんだ」
「そういうことなの」
「ふ〜ん」

喧嘩が終われば、腕を組んで仲良い二人。
琴子は白地に紺の縦縞模様が綺麗でシンプルな浴衣を着ている。
一方の誠は古いジーンズに、黒のTシャツ。ただし、Tシャツには昔の英字新聞の記事が柄として白く書かれている。

(しかし、琴子さんは浴衣がとても似合ってますねぇ)
(うわぁ、チャレンジャーだよ……そのTシャツ)

匠と琴子はしばし二人の格好をみて色々考えていた。



「それじゃあ、時間も時間なんでお先に〜」
「それでは失礼します」

「別に気にしないで。それじゃあまた」
「じゃあなぁ〜」

出会って間もないが、時間も遅くなってきており、匠達はこの時間で引き上げることにした。
二人は並んで境内を後にした。



「さてと……本当、遅くなって悪かったな」
「別にいいわよ。さっきの綿あめの件で余計に遅くなったけどね」
「……もうその話はやめよう」
「……そうね」

琴子と誠は並んで屋台が並ぶ境内の中を歩き始めた。

「さて、次はどこに行くか?」
「そうね、ちょっと小腹がすいたから何か食べようかしら」
「じゃあ、俺が好きなの選んでいいか?」
「ええ、辛いのだけは勘弁してほしいわね」
「はいはい」

誠は琴子にそういうと、左右の屋台をキョロキョロ眺め始める。

「じゃあ、焼きそばでもいいか?」
「ええ、いいわよ」
「大盛り買って来るからな」

そういうと誠はすぐさま屋台前の人混みの中に入っていった。



「ねぇ、紅ショウガが多すぎない?……もぐもぐ……」
「俺が頼んだらたっぷり乗せてくれた……もぐもぐ……」
「調和がとれてないわよ……もぐもぐ……」
「そうか?ショウガって健康にいいんだぜ……もぐもぐ……」
「それはわかってるけど……もぐもぐ……」

誠が買ってきた大盛りの焼きそばを二人で歩きながら食べている。
二人で一緒に焼きそばのパックを持ち、それぞれ割り箸で食べている。


「………」
「………」


二人が焼きそばをすする。
口元の焼きそばが口の中に滑り込んでいく。
すると、二人とも長い焼きそばが1本混じっていたようで、それだけが残る。


「???」
「???」


残った1本をすするがどうもおかしい。
何か焼きそばが変な引っ張られる感覚がする。
二人ともその引っ張られる方向を向く。

向いた方向はお互いの顔。


「!!!」
「!!!」


二人とも硬直してしまう。
それはそうだ。
1本の焼きそばの両端を二人でくわえていれば、ウブなカップルなら顔を真っ赤にするにきまってる。


(うわぁ!すげぇことになってるよ!)
(ちょ、ちょっと!こ、この格好って)

(このまま吸ったら……まずいって)
(このまま吸ったら……ちょっと!)

(でも、噛み切るのもなんか……)
(噛み切ったら……嫌ってると思われたらどうしよう……)

二人とも頭の中がパニック状態。
そのままの格好で2分ほど固まってしまっていた。


この二人はまた、いい見せ物になってしまっていた。



「あははは!ラブラブだねぇ〜。ねぇあなた、私たちもする?」
「俺は恥ずかしくて無理だ」

「………」
「………」

お気楽な夫婦の前で顔を真っ赤にしてうつむいている二人。
この二人を止めたのは光だった。
二人の様子をじっくりと堪能したあとで、ようやく二人に声を掛けたのだった。
ちなみに、二人を結んでいた焼きそばは、そのときに二人とも驚いて口からこぼしてしまっていた。



「しかし、琴子も懲りないねぇ」
「そ、そんなこと言われても……」

4人は境内の奥へ進んでいた。
公二と光は目的があるらしく進んでいるらしい。
二人はとりあえずついて行くだけ。

「ところで光、どこ行くの?」
「えっ?決まってるじゃない」
「???」

そう言いながら到着したのは神社のお社。

「光、どういうこと?」
「決まってるじゃない。お参りだよ」
「そういうこと」
「はぁ?どういうことだ?」

意味がわからない琴子と誠はなにがなんだかの表情。

「お祭りだもん。せっかく神社に来たからお参りしないとね」
「はぁ……」

立ちつくす二人をよそに、光と公二は賽銭箱の前に立つ。


チャリン!チャリン!


硬貨が賽銭箱に落ちる金属音が響く。


パン!パン!


「………」
「………」


二人は柏手を打ち、目をつぶりじっと何かを祈っていた。



「ほらほら!二人とも!」
「そうそう、せっかくだからさ!」

戻ってきた光と公二は、琴子と誠の背中を押して無理矢理賽銭箱の前に立たせる。
そしてニコニコとして二人がお参りするのを待っている。
一方、立たされた二人は戸惑い気味。
誠が琴子にそっと耳元でささやく。

「……どうする?」
「……お参りするしかないでしょ?」
「……まあそうだな」

二人とも渋々とお財布を取り出し、賽銭箱に入れる硬貨を探し始める。
それでも二人とも真面目な表情でお参りをした。



お参りも終わり、ご機嫌で腕を組んで歩く光と公二の後ろを琴子と誠がついて行く。
光がおすすめのたこ焼きの屋台を紹介するというのでついて行くところ。

「なぁ……琴子、さっき何祈ったんだ?」
「……誠と同じ……って言ったら?」

誠が耳元でそっと尋ねてみると、琴子が少しだけ顔を赤くなった。
それを見て誠は腕を組んでじっと考えた上で耳元でそっとささやく。


「スケベ」


「なっ、なっ……」
「ふ〜ん、琴子ってそんなこと神様に祈ってるんだ……」

ニヤニヤ笑う誠の隣でさらに顔を赤くする琴子。
誠にからかわれている琴子は必死に反論する。

「じゃ、じゃあ誠はいったい何を祈ったのよ!」
「琴子と同じ……って言ったら?」


「変態!」


「なっ、なっ……」
「誠もひどいわよ!そんなはしたないこと神様に祈るなんて……」
「そ、そういうなら琴子こそ!」
「うるさいわね!」


いつの間にか声を出しながら言い合っている二人。
それが後ろから聞こえてきて苦笑いする光と公二。
それぞれがいつもの二人に戻っていた。


ちなみに、琴子と誠がお祈りしたこととは。

「もっと琴子と親密になれますように」
「もっと誠が好きになれますように」

というごく普通の事であった。
To be continued
後書き 兼 言い訳
らぶらぶ夫婦→ウブなカップル→バカップル→らぶらぶ夫婦
というお話です(なんだそりゃ)

夏祭りというと屋台がメインですから、こんな感じになってしまいますな。

さて、次の舞台ははばたき市。
あの男がようやく初登場することになります。
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