第210話目次第212話
神社前。
公二達が戻ってきた。

「ねぇ〜♪こうじちゃ〜ん!ちゅ〜しよぉ〜♪」
「………」

光が公二の肩に担がれてふらふら状態。

「ねぇ〜♪さっきのべろべろのれろれろのちゅ〜♪」
「………」

一方の公二はまったく普通の表情。

(まったく水無月さんは……俺がトイレにいる間に光にビール飲ませることはないだろ……)

どうやら光はかなり酔っぱらっているらしい。
光は公二の体にべったりとくっついて離れない。

(まあ、文月くんのほうが大変なんだろうな……あれだけの酔いっぷりだから……あれ?)

そんな公二の前に見知った顔が通り過ぎる。

「よう、純。どうしたんだ?」
「あっ、公二か」

純一郎が鳥居の柱に立って待ちぼうけの様子だった。

太陽の恵み、光の恵

第31部 夏祭り編 その9

Written by B
チェック柄の緑の半袖シャツに黒のズボンの純一郎の格好。
男同士なので服の話はせずに話に入る。

「あれ?陽ノ下さんは?」
「ごらんのとおり、酔っぱらってる」
「えっ〜、よってないよぉ〜、ひどいよこうじちゃ〜ん」
「……だろ?」
「ああ……」

顔を真っ赤にしてろれつが回らない光を2人は呆れた顔で見ている。
2人はそんな光を無視して話を続ける。

「ところで、楓子ちゃんは?」
「ああ……まで来てないんだよ」
「えっ?」
「さっき、自宅に電話したら『ちょっと遅くなる……』って、なんか暗そうな声だったな」
「珍しいな」
「公二、何か知ってるか?」
「いや、俺は何も知らないぞ」
「そうか、なんだろうな?」
「う〜ん、今度の合宿の事で忙しいとか、そんなんじゃないのか?」
「そうか?それだったらいいんだけど」

楽観的な公二に対して、純一郎はちょっと不安そう。



「じゃあ、俺は光をなんとかしなくちゃだから、帰るから」
「ああ、俺はもう少し楓子ちゃんを待ってるから」
「ばいば〜い〜♪」

公二はいまだに酔っている光を肩に担いで家路へと向かっていった。
2人の姿が見えなくなったときに、待っていた人影がやってきた。

(ようやく来たな……でも足取りが重いなぁ)

楓子がようやくやってきた。
ピンクの浴衣が人目を引く。
それだけに彼女の足取りの重さが純一郎には目に付いたのだろう。

ようやく楓子が純一郎の前までたどり着く。

「やあ、待ってたよ」
「うん……遅れて……ごめんね」
「いや、別に気にしてないよ」

(う〜ん、元気ないなぁ)

楓子はうつむき気味で純一郎の顔を見ようとしていない。
様子がおかしいことに純一郎も気づいている。

(あまり深くつっこまずに普通に接するか……)

純一郎の考えがまとまったようだ。



「ところで、合宿の準備は終わったの?」
「………」
「今年の野球部はどうなの?」
「………」

神社の境内の中を並んで歩く。
純一郎がなにかと話しかけるが楓子は返事をしない。
うつむき加減で反応が薄い。
それでも純一郎は話しかける。

「夏休みはどういう予定なの?」
「!!!」
「ん?どうしたの?」
「な、なんでもないよ……」

純一郎には、一瞬楓子の体がびくっとしたように見えたが楓子本人は否定してしまっている。

(あれ?『夏休み』でなんでびくってするんだ?)

普通ないリアクションに純一郎は違和感を感じていた。

(う〜ん、このままじゃ、らちがあかないぞ……そうだ)



「楓子ちゃん。ちょっとここで待っててくれない?」
「う、うん……」

純一郎は楓子に待っているように言うとすぐに近くの屋台に飛び込んでいった。

しばらくして、純一郎は2本の綿あめを持ってきた。
そして一つを楓子に渡す。

「はい、どうぞ」
「………」
「何悩んでるか知らないけど、祭りを楽しもうよ。気分が晴れるかもしれないよ?」
「ありがとう……」

楓子はお礼を言うとすぐに綿あめにかぶりついていた。

(元気ないなぁ、俺じゃなんとかできないのかなぁ?)

それでも元気を取り戻さない楓子に純一郎は不安になっていた。



「ところでテストはどうだったの?」
「………」
「2年になってテストが難しくなってるよね」
「………」

再び歩く2人。
隣で純一郎が話を続けるが、楓子の反応はあまりない。
綿あめにかぶりついているだけで、純一郎の顔を見ようとしない。

(なんか、無理にいさせても、元気にならないかもしれないな)

さすがの純一郎も今日はダメそうだということを悟り始めた。

(楓子ちゃんが傷つかないように、適当に理由をつけて今日は切り上げるか……)

そう決めると、純一郎は境内の入り口に方向転換して歩き始めた。
楓子は何も言わずについて来ていた。



境内の入り口から出たところで、純一郎は足を止める。
楓子の前に回り、少しかがんで楓子の顔の前に自分の顔がくるようにする。

「楓子ちゃん。今日は調子悪そうだから、ここらでやめようか」
「………」
(あれ?……おかしいぞ)

ここで純一郎が楓子の全身がなにか震えているのに気が付いた。
うつむき加減に見える口が特に震えている。
そして突然楓子が純一郎の顔を見ずに話し始めた。


「あの、私、私ね……。私……」
「えっ?」


「私ね……わ、わた……」
「楓子ちゃん!?ど、どうしたの?」


楓子の声が震えている。
言いたいことが口からでてこない様子。
純一郎は思わず両手を楓子の両肩においてしまう。


「……ごめんなさい!私……」
「楓子ちゃん……泣いてるの?」


純一郎にはうつむいた楓子の目元から流れているものが見えた。
いや、見えたどころではない。
はっきりと泣いているのがわかるぐらいに涙が明かりに照らされていた。


「な、泣いてなんてないモン!」
「泣いてないって……楓子ちゃん」


しかし、楓子は強く否定すると純一郎の両手を振り切った。
そして、今日楓子が初めてはっきりと言った言葉が、




「さよなら!」




だった。

「楓子ちゃん!」

純一郎が唖然としながらも、楓子を呼び止めようとしたが、楓子はすたすたと走り去ってしまった。



「……行っちゃった」

残された純一郎はただ呆然とするばかり。
純一郎の足なら走っても追いつけるはずだが、あまりの突発的な状況に足が動かなかった。

「楓子ちゃん、どうして泣いてたんだろう……」

純一郎は今日の楓子の行動がさっぱり理解できない。
特に最後は純一郎の頭の中を『?』でいっぱいにしてしまった。

「公二に相談してみるか……」

純一郎はとぼとぼと家路についた。

楓子に話しかけるのに精一杯で、なにも口をつけていなかった綿あめはかなりしぼんでいた。



「ふぅ〜、やっと眠ったよ」

公二は自分の部屋でどっかりと足をのばして座り込んでいた。

酔って帰ってきた光の対処がいま終わったところだ。


人目を気にしながら酔いどれの光のおねだりをききながら、自宅に到着。
自分たちの部屋に連れて行くと、光の着替えを始める。
浴衣を脱がすという行為と、酔ってほんのり赤く染まった光の体に思わず興奮してしまうが、
そこを理性でなんとか抑え、光にパジャマを着させ、ようやくベッドに寝かしつけたのだ。


「しかし、浴衣というのは色っぽいなぁ。さっきはかなり危なかった……酔った光を襲いそうになったよ」


公二は落ち着いて光の寝顔を見る。
そして反対方向を向き、もう一つの寝顔を見る。


「こうしてみると、やっぱり恵って母親似だよな。寝顔がそっくりだよ」

2人とも満足そうな寝顔を浮かべてすやすやと眠っている。

「たぶん、今日のお祭りの夢でも見ているんだろうな」

公二もとても嬉しそうな顔で2人の寝顔を見つめていた。



♪♪♪♪♪♪

突然、公二の携帯電話が鳴り始めた。
すぐに携帯を開き、画面を確認する。

「誰だ……あっ純だ!いったいどうしたんだ?」

祭りであった純一郎のことを思う浮かべた公二。

「嫌な予感がするな……」

そうぼそっとつぶやくと携帯のボタンを押す。


「もしもし、純か?」
「ああ、俺だが……」

受話器の向こうの純一郎の声が暗いように聞こえた。

「こんな時間にどうした?」
「いや、楓子ちゃんのことなんだけど……」
「楓子ちゃんが来なかったのか?」
「いや、来たんだけど、おかしいんだよ……」

純一郎は出会ってから別れるまでのことをかいつまんで公二に説明した。



「それは、おかしすぎるな」
「なぁ公二。本当に思い当たることはないのか?つきあい長いだろ?」
「ない。それに最近全然会ってないからね」
「そうか……」
「あえて言えば、そんな楓子ちゃんは俺は見たことない。少なくとも中学のときは」
「う〜ん……」
「しかし、俺も心配だなぁ……」

2人とも途方に暮れてしまう。
そのとき。


♪♪♪♪♪♪


今度は光の携帯が鳴った。

公二は片手で光の携帯を捜しながら話を続ける。


「あっ、光に携帯が来てる、今寝てるから止めないと」
「そうか、じゃあ俺は切るから」
「純!ちょっと待て!」
「えっ?」



「楓子ちゃんからだ!」



「何だって?」
「何か聞けるかもしれない!ちょっとそのまま待ってろ!」
「わ、わかった」



公二は自分の携帯を置くと、光の携帯のボタンを押す。
ちなみに、2人の携帯は同じ機種の色違いなので、操作はわかる。


「もしもし、公二だけど」


「えっ?光?光は寝ちゃってるよ」


「こんな時間にどうしたの?純と出かけてると勝手に思ってたんだけど」


「ちょっ、ちょっと楓子ちゃん!」


「泣いてるだけじゃわからないよ!」


「なぁ、俺がなにかできるかわからないけど、どうしたの?教えてよ」


「えっ……嘘……」


「突然だって……そ、それは……」


「ところで純には言ってるのか?」


「それで光に相談しようと思ったのか……えっ?純には言わないでくれって、なんで!」


「自分から言うって……できるのか?」


「まあ、そこまで言うなら、任せるけど……早くしたほうがいいよ」


「それじゃあおやすみ……」



ピッ!



「ふぅ……」

長い電話がようやく終わった。
公二は再び自分の携帯を持つ。



「おお、結構長かったな。どうだった?」
「純……大変な事になった」
「えっ?」






「楓子ちゃん……夏休み終わったら北海道に転校するって」






「なんだって!」

「急に父親の転勤が決まったそうだ……今までもそういうパターンはあったって聞いたけど……」

「………」

「自分から純に言うって、電話では言ってたけど、あの様子だと言わずに転校しかねないぞ……どうする?」

「………」


結局、その時間では解決策は生まれなかった。



楽しい夏祭りは最後の最後に公二達に大きな爆弾を落としてしまっていた。
しかし、悩んでいても時間は刻々と過ぎていく。

しかも来週はひびきの高校名物の大合宿ウィークだ。




事件は神社でも学校でも会議室でもなく、合宿所で起ころうとしていた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
最後が後味が悪いですけど、これで夏祭り編が終わりです。
はぁ、ようやく終わった。
いや、他のゲームやら仕事やら私用やらで、書く時間が全然ない状態でした。
自分でも「いつになったら終わるんだ!」ってやきもきしましたが、ようやくできました。

さて、楓子イベントですが、普通は花火大会で気が付いたら転校してた。というのが本編ですが。
今回はまだ時間があります。
…ということは?
もうわかるでしょ?あからさまな予告も最後にあるし。

そういうわけで、次は夏合宿編です。
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