第211話目次第213話
「ふぁ〜あ」

琴子が目を覚ましてベッドから起きあがる。

ひびきの合宿所で行われる、ひびきの高校名物、全部活参加の大合宿。
茶道部も例外なく参加している。

月曜から活動開始なので、日曜日の夕方に合宿所に入り、その夜はそこで泊まっている。
各自個室の宿泊棟の一つでゆったりと眠っている。

そんな時に部屋にあるスピーカから、声が聞こえてくる。



「おはよう!今日から合宿がんばろうね♪」



「あれ?今の声、光だったような……」

あまりに聞き慣れた声だったが、寝ぼけ眼の琴子は理解できない。


しかし、そんな琴子の目さえも覚ます一言がスピーカから聞こえてきた。




「あのね。この合宿所の全個室に隠しカメラがついてるんだって。
 そのカメラにタイマーがついていて、寝坊している人の画像を、
 ネット中継で全世界に公開しているページがどこかにあるんだって!
 だから、早くしないとひどい寝姿を全世界に公開されちゃうよ♪」




そのとき、合宿所のすべての個室があわただしくなったのは言うまでもない。

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その1

Written by B
「ちょっと!嘘ですって!」
「うん、嘘♪」




琴子が慌てて身だしなみを整えて、食堂に言ってみると、声の主が夫と愛娘と仲良く食事をしてるのを発見。
問いつめたところが光の『嘘♪』という一言だったため、激怒しているところだ。

「そんな嘘なんてつくのよ!」
「いや、管理人のおじいさんが『一度でいいから、言ってみたかった』っていうから、代わりに言ったの」
「『生徒達が慌てるのが見たかった』けど、都合が悪くてできないから、後で報告しようと思って」
「………」

平然と堪える夫婦に琴子は反論すらできない。



ここで、琴子が当たり前の疑問に気づく。


「ところで光、なんであんたが放送やってたのよ。そもそもなんでここにいるの?」


「だって、私たち、2週間ここの宿泊棟の管理人やることになったから」
「ええっ!」


ここで公二が説明を入れる。

「校長先生が紹介してくれたんだ。
 今の宿泊棟の管理人夫婦が今週から2週間の夏休みなんだって。
 今年で定年だから、その後の準備でもしてるんじゃないかな?
 それで、その間の2週間の管理人の仕事を任されたんだ。
 管理人室で泊まりがけの仕事で、俺と光の2人分の給料ももらえるし、
 訓練の1週間とあわせて3週間、バイト代が結構な額なんだ」

「しかも親子3人水入らず♪」
「いらじゅ!」

嬉しそうな光と恵。

確かに、仕事しながらも恵と一緒にいられる、というのが光にとっては魅力だったのだろう。


「まあ、ちゃんとやってよね……」


琴子にはこう言うのが精一杯だった。



「はぁ、まったく、慌てて損したわよ……」

琴子はいくつか用意された朝食から納豆定食を食べ終え、部屋に戻るところ。

たまたま宿泊棟を管理するロビーの掲示板の前を通りすぎようとしていた。

「あら?」

そこで琴子はあるものを見つけた。
写真入りの掲示物だった。

「あれ?……これ、光じゃない?」

よく見ると、公二と光、それに恵の3人の写真が写っていた。
桜が満開の校門で、制服姿の恵を2人で抱きかかえている写真。
3人ともとても幸せそうな表情を浮かべている。

その写真の下には、『今週は僕たちが宿泊棟の管理人です。合宿で何かあれば以下の番号にご連絡を』の一言と、
管理人室の内線番号が書かれていた。

「うふふ!とっても幸せそうな顔ね」

琴子はさっきの事を忘れてその写真をほほえましく見つめていた。



「あら?よく見ると早速お仕事ね」

振り返りロビーを見ると、光が誰かの対応をしているところだった。
光の明るい声が、遠くの琴子にも聞こえている。

広いロビーの台の上に恵がちょこんと座って光の様子をじっと見つめている。


「一応、学生証を見せてくださいね……え〜と、偽物じゃないね」

お客のだした学生証の表と裏を何度も見てみる。



「え〜と、部屋はたしか……5階の536号室だね」

学生証を返すと予約名簿をチェックし、空き部屋のチェックを行う。
どうやら問題はなさそうだ。
光は後ろの部屋に入ると、すぐになにかを持って現れる。



「鍵はこれです。オートロックだから忘れないようにね」

光が持って来たのは部屋の鍵。
お客に鍵を渡すと同時に、A4サイズの薄い小冊子を添えて渡す。



「パンフレットはこれです。部屋の使い方とか、合宿所内の地図とかあるから、ちゃんと読んでおいてね」

手続きはすべて問題なく済んだようだ。
はきはきとした態度で、お客との対応ができている。


その光の動きに合わせて頭が動いている恵の様子もなんかほほえましい。

「しっかりしているわね。やっぱり光ってこういうのに向いているのかしらね」



ここで琴子にちょっとした疑問が。

「しかし、あのお客って、誰なのかしら?今週はうちの学校の生徒以外泊まれないはずだけど……」

琴子はお客の背中をじっと見てみる。
格好はすり切れたジーンズに青のTシャツというかなりラフな格好。
よく見るとお客の足下には画板やらスケッチブックやら、画材道具が大きなスポーツバッグと一緒に置いてある。
よくよく見てみたら、その背中はかなり存じている背中だった。



「誠!あんた何やってるのよ!」

「あっ、琴子か、奇遇だなぁ」


そのお客とは文月だった。
琴子はすぐに文月の前に駆け寄り問いつめる。


「なんで、合宿に来てるのよ?帰宅部でしょ?それにお父さんはどうしてるのよ!」
「帰宅部でも、申請すれば1週間タダで豪華施設に泊まれるって聞いたから」
「ま、まあそうだけど」

「それに親父は今週はスケッチ旅行とか言って今朝から京都に行ったから、世話の必要がない」
「あら、そうなの……」

「1週間暇だから、絵でも書いてみようかな、って思って急いで泊まりに来た」
「そ、そういうこと……」

「そういうわけで、またどっかで会うことになるけどよろしくな!」
「え、ええ、こちらこそ……」


しかし、普通に答える文月に琴子は何も反論できない。




「それじゃあ、荷物を部屋に置いて、さっそくスケッチでもしようと思うんで、それじゃ!」
「ええ、それじゃあ……」


文月は琴子に手を振るとさっさと、エレベータに乗り込んでしまった。
それを琴子は後ろからじっと見つめているだけ。
そしてその後ろで光がニヤニヤと笑っている。

「ことこ〜、愛しのダーリンが来て嬉しくないの〜?」
「まったく嬉しくありません!」

光にからかわれて、琴子はこう言うのが精一杯だった。



「じゃあすいません。よろしくおねがいします」
「あいよ。しかし、若いのに大変だねぇ」
「いえ、そんなことありませんよ」

そのころ公二は宿泊棟の外で、清掃業者との打ち合わせ。
清掃を行う場所と時間の確認を行っている。
今週は生徒がたくさんいるため、ゴミも多いし、トイレもいつもよりは汚れている。
生徒達が部活動に参加して、宿泊棟に人がいない時間を指定しながらやっている。

合宿のある週はいつもと違うため、そこの打ち合わせは毎年やっているそうだ。

清掃業者の人は定年過ぎた地元の人が中心に働いている会社だ。
気さくな人が多いみたいで、公二も初対面なのにすぐに親しくなれた。

「でも、ここのじいさんは今年で定年なんだって?」
「ええ、そうみたいですね」
「あはは、俺たちの仲間がまた増えるってわけか」
「そうですね」


「若いの、どうだい?じいさんの跡を継ぐのは?」


「えっ?」
「卒業したら働くつもりなんだろ?せっかくだからそのままここに納まっちまったらどうだ?」
「う、う〜ん……」

公二は腕組みして考え込んでしまった。

「あははは!冗談だよ。まあ、あんたの人生だ。無理することはない」
「は、はぁ……」
「さてと、そろそろ時間だからいくとしますか!それじゃあ、今日からよろしくな!」
「は、はい。お願いします……」

背中越しに軽く手を振る業者のおじいさんたちに深々と頭を下げて見送る公二。



「将来か……」

1人取り残された公二はぽつりとつぶやく。

「卒業したら……俺たちどうなるんだろう……」

ふと考えると、卒業してからの自分たちの姿が見えていないことに気づく。

「そろそろ、考えないといけないのかなぁ……まだ卒業まで長い気はするけど……」

腕組みしながら考え込む公二。
公二はしばし考えながら、光と恵が待つ宿泊棟のロビーへと戻っていく。



「あなた、なに考えてるの?」

ロビーに戻ってからも公二は椅子にもたれながらずっと考えている。

「いや、将来どうしようかって……」
「めずらしく真面目なことを考えるんだね」
「光、一言余計だ」
「ごめんごめん」

舌をぺろりとだす光。
それをみて恵も舌をぺろりとだしてみる。

それをみてニコリと笑うが公二は再び真面目な顔に戻る。

「いや、さっき業者のおじいさんに冗談で、卒業したらこのままここで働いたら?って言われたんだ。
 それで考えたら、卒業したらどうしようかって何も思い浮かばないんだ」

「そう?私は恵をもっとお淑やかでかわいらしく……」

「それは恵の話だろ?俺も恵をどう育てようかって色々考えてる。でも自分たちはどうするって何もないだろ?」

「う、うん……」

「なんか、このままだといけないような気がするんだ」

「そうだよね……まだまだ先のような気がするけど……」

「大事な大事な未来への選択がじわりじわりと近づいてるんだって、すごく感じちゃったんだよ」

「そうだね。あと1年半しかないんだよね」

「………」

「………」

2人とも黙ってしまう。
そして宿泊棟の玄関をじっと見つめる2人。




「あなた、これから少しずつだけど……一緒に考えよう?……私たちの未来」
「そうだな……恵ではなく、俺たちの未来をな……」



しんみりとしている2人。
恵はロビーの台の上から2人を不思議そうに見つめていた。




そんな2人の目の前にお客がいることに気づいていなかった。

「お〜い、公二。なにぼぉ〜っとしてるんだ?」
「そうだよ。ボク気長に待っている暇はないんだよ」

その声に2人がビックリして椅子から飛び上がる。

「あっ、匠!何しに来てるんだ!」
「あれ?茜ちゃん。どうしたの?」

驚く2人を呆れた顔をする2人。

「あのなぁ、予約名簿を見てくれ。帰宅部名義で登録してあるぞ」
「ボクは今日から1週間ここの食堂でバイトすることになってるんだ」
「ちょうど玄関で茜ちゃんとばったりあって、入ってみたらお前達がぼぉ〜っとしてるから」
「なんか、真剣な顔してるからちょっと声掛けずらかったけど、あまりにそのままだったから」


「ご、ごめん……」
「ごめんなさい……」

平謝りするしかない2人。
恵もそれをみてちょこんと頭を下げる。
意味はわかってないらしい。


「まっ、とにかく、さっさと受付やってくれよ。あちこちの部活へ冷やかしに行きたいからさ」
「ボクも昼御飯の準備に遅れちゃうから早くしてね」


「光、早く名簿のチェックを、俺はベンダーの業者が来るから対応しないと」
「わかった。え〜と、坂城くんは……」


2人は大あわてで受付作業を始める。
よく見ると、後ろで待っている人がちらほらと見える。
公二と光、それに恵と一緒の3人での管理人生活はまだ始まったばかりだ。




ひびきの高校の部活の入部率は90〜95%ぐらい。
しかし、夏合宿の参加率は98%以上になるほどの一大行事。

今年も夏合宿は一波乱ありそうだ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
さて、夏合宿編にようやく突入です。
去年は酔いどれ話の前半後半で終わりましたが、今回は長いです。

去年は新婚旅行?で別行動の主人夫婦ですが、今年は話に入ってもらうためにこんなバイトを用意しました。

前半はそれぞれの部活の様子が主で、
後半は前話の振りからのあんなことやこんなこと、という感じです。
楓子ちゃんのあの謎にも突っ込みます。

ちなみに今部はひびきのオンリーで行きます。
普通は間に1,3,GSを挟みたくなるのですが、今回は話につながりがある関係でやめます。
(別途、部を作って、話を書くかはまだ決まってません)
ただ、他校キャラをどんどん乱入させようかとは思ってます。

そういうわけで、次は……誰書こうかな(まだ決まってないらしい)
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