第212話目次第214話
「合宿なんだ……」

大きな体育館の真ん中で花桜梨がぼそっとつぶやく。

「久しぶり……3年ぶりなんだよね……」

花桜梨の目の前には練習の準備に取りかかる1年生と軽くストレッチを行い、準備が整うのを待つ2年生。

「最後の合宿……」

去年はなにもすることがなく、ふらふらとしていた夏休み。
そんな自分はもうここにはいない。
バレー部のゲームキャプテンとしてこの合宿の練習に入ろうとしている。


合宿では部活の中心になって引っ張って行かなくてはいけない。
非常に不安だが、今では親密な友達になった去年のキャプテンからも励ましてもらった。

「がんばらないといけないね!」

花桜梨の合宿に向かって燃え上がっていた。

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その2

Written by B
全員での準備体操、体育館を10周するランニングが終わるといよいよ練習が始まる。

「じゃあ、スパイクの練習を始めるよ!」

部長の進行で練習は行われる。

レギュラー、控え、1年生と関係なく片方のコートに集められる。
反対側にいるのは2人いるマネージャーと部長と花桜梨の4人。
マネージャーは単なる球拾い。
部長と花桜梨がスパイクを打っていく。

部長のポジションはセンターなのでスパイクは得意だが、花桜梨のポジションはセッター。
スパイクを打つポジションではないが、スパイク役をまかされている。

「高い台に乗って思い切り打てば、本職にもまけないわよ」

という前キャプテンの助言もあり、このような事になっている。



スパイク役が両サイドの高い台に乗り、ボールがたくさん入ったかごが横にある。
そこからどんどんと打っていくのだ。


「はいっ!」

バシン!



「ほら!」

バシン!



「まだまだ!」

バシン!



「気を抜くな!」

バシン!



2人からの容赦ないスパイクと声が部員達に向けられる。
レギュラークラスは楽々とレシーブするが、1年生は当てるのが精一杯という感じ。
レシーブしたボールが前に飛ばずに後ろやら横やらへと飛び交う。

特に花桜梨のスパイクは全力でたたき込んでくるからたまらない。



休みなく続くスパイクに1年生ははやくもフラフラ状態。
そんな後輩に花桜梨は叱咤する。


「どうしたの!」
「は、はい……」

「こんなんじゃ、後が持たないわよ!」
「はい……」

「返事は大きな声で!」
「はい!」


1年生がビックリして後ろに下がっていく。
そんな花桜梨に向かって横から部長が止める。

「花桜梨、最初から気合いが入りすぎよ。もうちょっとセーブしないと」
「そ、そうかしら……ごめんなさい……」

どうやら花桜梨も冷静になったようで、それからの練習はいくらか落ち着いたものになった。



「はぁ、疲れた……」
「バレー部の合宿って大変だって聞いたけど、こんなに大変だったとは……」
「そう?さっき先輩達の話し声が聞こえたんだと、今日は異常だって」
「えっ?」
「キャプテンが異常に気合いが入っているからだって」
「そうなんだ……」

スパイク練習が終わり、少しの休憩に入る。
話をしている1年生の3人は体育館の壁に座り込み、スポーツドリンクをがぶ飲みしながら話をしている。

「しかし、キャプテンって最近変わったよね」
「うん、最初は静かな先輩だって思ったけど」
「いまはかっこいい先輩って感じだよね」
「ああいう先輩あこがれちゃうな……」


部活内での花桜梨の人気は高い。


バレーの技術、特にトスの多彩さ正確さは部内一。
ちょっと人付き合いが苦手なところがあるが、優しい性格。
勉強は学年でトップクラス。
バレー選手としては背が小さいが、プロポーションは抜群。
ウエストはそれほどくびれてはいないが、胸は少し大きめで形が良く、おしりもバランスよく大きい。
これでいてかなりの美人。
そしてなにより『強い』


部内でも花桜梨のファンの1年生が増えているのも頷ける。



そんな花桜梨だが、最近わかったことがある。
それは意外と『熱い人』だった、ということ。



控えめな性格だからいままで表に出てこなかったのだが、元総番長であることを公表してからは、感情を表に出すことが多くなってきた。
そのときの花桜梨は先ほどの練習のようにものすごく熱い。
某元プロテニスプレーヤーの生霊が取り憑いたのかと、1年生が怯えるぐらいにものすごく熱い。


花桜梨本人は「気合いが入りすぎて……」と照れているが、周りは誰もそう思っていない。


『あれぐらい熱くないと総番長なんてなれないよね』というのが花桜梨に近い人たちの統一見解になっている。


それはそれで、花桜梨の人気がさらに上がるのだから人間の評価はわからない。



バレー部の午前の練習も終わり、お昼休み。
ひびきの高校の生徒には食堂で昼ご飯が無料で用意されている。
合宿所内の売店でパン等を買ってすますこともできるが、たいていは食堂を利用している。

宿泊棟の隣にある大食堂に様々なユニフォーム姿の生徒達がぞろぞろと入ってくる。

たいてい部活仲間と一緒に入っている。

場所を確保すると、それぞれ食べたいもののコーナーに行ってトレイに乗せて戻ってくる。
そして食事をしながら楽しくご歓談。

花桜梨は焼魚定食を食べるべく、定食コーナーにならんでいたが、カウンターのところについて驚いた。


「茜ちゃん!」
「花桜梨さん!」


茜が定食の盛りつけをしているところにばったりとでくわした。
普段も使っていると思われる割烹着姿がとても似合っている。


「どうして茜ちゃんが」
「ボクも1週間ここで働くことになってるんだ。泊まる場所もみんなといっしょでね」
「そうなんだ」
「だから夜も一緒にいられるから……」


そういうと茜は花桜梨を鋭い目でにらみつけた。
それだけで、茜が言いたいことが伝わってくる。


「私はいつでもいいわよ。なんなら寝込みを襲ったってかまわない」
「えっ……」
「私の部屋は4階だから。扉に名前が張ってあるからすぐにわかるとおもうけど」
「………」
「そういうわけで、後ろがつかえてるみたいなんで、それじゃあ……」


花桜梨は一瞬だけ茜をにらみつける。
そして冷静に言い放つと焼魚定食を持ってテーブルへと戻っていった。


「………」


茜は何も言えず、ただ背中を見ているだけ。


「だめだ、今のボクではとてもかなわない……」


茜は花桜梨が一瞬だけ放った殺気に怖じ気づいてしまっていた。



「あれ?キャプテン、カウンターでなにかあったんですか?長かったようですけど」
「ううん、なんでもない」
「そうですか……」

花桜梨が座った席の周りには後輩の1年生が集まっていた。
事前に1年生から一緒に食べたいと誘われていたのだ。
違う学年の人と一緒に食事できるのは合宿ならではのことだ。

「キャプテンは和食好きなんですか?」
「ううん、そうでもない。洋食のほうが好きかな……」
「料理は得意なんですか?」
「う〜ん、コーヒーをつくるぐらいで、料理は全然……」
「へぇ、意外だなぁ、料理もうまそうに見えるんですけど」
「そんなことないわよ」

花桜梨を中心に話が盛り上がる。
花桜梨は恥ずかしそうにしながらも、とても楽しそうに話をしている。


(こんなこと、いままでなかったな……)


自分を慕っている後輩に囲まれている。
周りを敵ばかりに囲まれた経験は多いが、逆の経験は今までなかった。


(なんか楽しいな……)


花桜梨はまわりの後輩達の笑顔に嬉しくなってしまう。



「ししょおぉ〜〜〜〜〜〜〜!」

そんなときに突然後ろから聞こえてきた叫び声。

「………」

その声の主が嫌でもわかってしまう花桜梨は黙ってしまう。

「師匠!会いたかったですぅ!」

案の定、声の主は夏海だった。

「夏海、やめなさいよ!」
「そうだ!周りが迷惑だろ!」

しかも両腕は吹雪とほむらが掴まっているのだが、それを引きずってやってきていた。
3人とも制服姿で右腕には腕章が着けられている。


まわりの1年生達が呆然とするのを無視して、夏海は花桜梨に迫る。


「いやぁ、1週間師匠と一緒なんて夢のようっす」
「は、はぁ……」
「しかも部屋が隣なんてもうたまりません!」
「………」
「師匠!夜は総合格闘技について語り合いましょう!できればサブミッションについてのご教授も……」
「………」

矢継ぎ早に語りかける夏海に花桜梨は閉口するばかり。



「それでは昼ご飯があるので、またぁ〜!」

一通り言いたいことが言い終わると、吹雪とほむらに引っ張られてしまった。
残されたのは呆然とする1年と、閉口したままの花桜梨。

「キャプテン、今の誰なんですか?」
「一応、私の弟子……」
「一応って?」
「察してくれないかしら?」
「はぁ、わかりました……」

ようやく1年生がおそるおそる聞いてみたところ、花桜梨の返事がつれない。
それをみて、1年生はそれ以上の質問はしてこなかった。

その代わりに別の話を持ちかける。

「キャプテン。今晩、みんなでパジャマパーティーを企画してるんですけどどうですか?」
「えっ?1年生だけなんでしょ?」
「いいえ、先輩達も誘ってるんですけど、どうですか?」
「そうね……私でもよければ、いいけど」
「そうですか!キャプテンなら大歓迎です!」

大喜びする後輩達。

(本当に嬉しそう……夏海ちゃんには悪いけど、お呼ばれしちゃうわね)

それを見るだけで花桜梨も嬉しくなってしまう。

(本当、合宿って楽しいな……)

花桜梨はこの1週間がとても楽しくなる予感がしていた。



気分がのりにのってきた花桜梨。
午後の練習はかなり気迫が入っており、部長が何度も制止するほどの熱さだったようだ。

そのせいなのか、午後の練習が終わったときには全員がへとへとになってしまっていた。
あまりのへとへとぶりに練習の終了時間を1時間早く切り上げるほど。

だからといって、その1時間で遊ぶ体力も気力もなく、ほとんどの部員達はシャワーを浴びてベッドで休むことに1時間を費やしてしまっていた。



その夜。
時間は夜の9時。
場所は1階のロビーと直結している宿泊棟の管理人の部屋。
1DKでそれぞれ8畳の畳部屋。生活するには十分な大きさだ。


「はぁ〜、忙しかったよなぁ」
「そうだね。でも楽しかったよね」
「そうだな」


一通りの仕事が終わり、ようやく自分たちの時間ができた公二と光。
眠くなっていた恵をベッドに寝かしつけ終わったところだ。

2人はテレビの野球を見ている。
公二があぐらをかき、その上に光が足をのばして座っている格好だ。

「あなた、なんか新婚生活って感じがしてどきどきするね♪」
「あははは、でも恵がいるから新婚って感じとはちょっと違うけどね」
「う〜ん、でもいいじゃない。こういうあま〜い新婚生活ってしてみたかったんだぁ〜♪」
「おれもそういうのって悪くないな」
「でしょ?この仕事の話を聞いたときに、これを期待してたんだ」

光は公二に寄りかかり、公二は光を軽く後ろから抱きしめる。

「………」
「………」

何も言わなくても、気持ちは伝わっている。
まったりとした甘い時間がゆっくりと流れている。



このまま床に倒れ込めばもっとあま〜い時間に突入するのだが、そうはうまくいかない。


♪♪♪♪♪♪♪♪


突然、部屋の電話が鳴った。
電話は少し古いタイプの電話だが音が大きい。
部屋に備え付けの電話はロビーの電話と同じ番号になっており、夜の緊急時にでも電話がとれる体制になっている。

公二が慌てて受話器を取る。

「もしもし、こちら管理人室」
「あっ、すみません!3階の〜〜〜室なんですけど」

幼い感じの女の子の声が聞こえてきた。
よほど慌てている様子だ。

「何かあったんですか?」
「キャプテンがえ〜と、その〜、あの〜……と、とにかく来てください!」
「キャプテンって誰?君は何部なの?それを教えてくれないと僕も対処に困るんだけど」
「あっ、そうですね、すみません。私バレー部でキャプテンは2年のクラスどこだっけ……八重花桜梨っていいます!」
「えっ?八重さん?」
「いいから来てください、扱いに困ってるんです!」
「わかった、今行くから」

そういうと受話器を切った公二。
慌ててパジャマからジャージに着替える。

「あなた、どうしたの?」
「ああ、バレー部の1年生らしい女の子が八重さんの扱いに困ってるとか」
「花桜梨さん?何で?」
「わからない。とにかく行ってみる」
「うん、お願いね」

公二は部屋からロビーに出て、宿泊棟の3階へと入っていく。



「………」

そして3階の部屋に入った公二は絶句した。


部屋の周りには、かわいらしいパジャマ姿の女の子が7人ほど壁に張り付いて怯えている。
部屋のテーブルの周りにはジュースやお菓子もあるが、よく見ると果物の絵が描かれたアルミ缶やシルバーの缶が見える。

そしてそのテーブルの上では、


「ふみゃ〜〜……」


テーブルの上に丸くなり、手を舐めるようにしている花桜梨の姿が。
薄い青の縦のストライプの男物のパジャマの花桜梨だが顔が赤く、目が普通の目ではない。




それを見て公二はすべてを察した。

「八重さんにお酒飲ませたね?」
「ごめんなさい!」
「未成年のお酒は禁じてるはずだよ?」
「本当にごめんなさい!」

電話を掛けたと思われる女の子が何度も頭を下げていた。

「でも、どうして八重さんがお酒を?確か、好きじゃなかったはずだが」
「実はみんなでこっそりと買ってきて飲もうとしたんです、それでキャプテンも誘ったら二つ返事でOKして……」
「二つ返事?意外だな……」
「私たちも驚いたんです、それで嬉しそうにお酒をぐいぐいと飲んで、倒れたと思ったらこのありさまで……」
「嬉しそうに?」
「ええ、飲む前からキャプテン本当に嬉しそうだったんです。いいことがあったのだと思いますが……」
「……事情はわかった」

何度も頭をさげる女の子の説明で公二も状況は把握できたようだ。


「みゃ〜……みゃ〜……」

公二が事情を聞いている間、花桜梨はテーブルから降りると、四つんばいのままテーブルの周りを回っていた。



「わかった、今日は見逃してあげるから」
「ありがとうございます!」
「ただし、アルミ缶は見つからないようにゴミ箱に捨てるように」
「はい!」
「あと、八重さんに刺激を与えないように、下手に扱うと引っかかれるよ」
「えっ?そうなんですか?」
「ああ、顔に傷を付けられたくなかったらそのままほおって置くのが一番だね」
「はぁ……わかりました」

公二は対処法を言うと部屋から出て行ってしまった。




「ふみゃ〜……」


ベッドの上で丸くなっている花桜梨。
その顔は酔っているものの、かわいい後輩達に囲まれてとても幸せそうな顔をしていた。




ちなみに周りの後輩達はというと。

「だめよ。これで萌えたら元に戻れない……」
「酔ったのかしら……キャプテンに猫耳が……」
「これは猫なのよ。キャプテンじゃないと思えばいいのよ……」
「私はノーマル、私はノーマル……」

花桜梨の姿を見て、アブナイ世界に入らないように必死になっていた。
次の日から、さすがの1年生もこっそりと酒を持ち込むことはきっぱりとやめたようだ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
夏合宿編は前編後編に分けることにしました。
前編は純粋に合宿の様子。
後編はあのカップルの話が中心になります。
(内容が大幅に変わるので分けることにしました)

まずは花桜梨さんとその周辺についてのお話を書きました。
花桜梨さんには別の話も用意しているのですが、高校生活初めての合宿でもあるので、その感激みたいなところも書きたいと思って書きました。

次は誰だろう?帰宅部あたりを書こうかな?
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