第213話目次第215話
「あ〜あ、昼間って暇なんだよなぁ……」

匠は合宿施設の周りをぶらぶらとレンタルの自転車で回っていた。
合宿所はものすごく広いため、全体を回るためにレンタル自転車も用意されている。

匠は帰宅部なので、昼間の予定はなにもない。
ほとんどの生徒は部活の活動真っ最中であるため、施設の外にはほとんど人はいない。

初日の匠の午前中は宿泊棟に入室手続きを終えると、自転車で施設を一通り回っただけで終わってしまった。
そして午後はいよいよ練習見学を楽しもうとしてたところ。

そんな真っ昼間になぜか人垣ができている。

場所は各種体育館が集まっているエリアの中央にある噴水の近く。

「なんだ?いろんな格好の奴が集まってるぞ?誰か来てるのか?」

匠も噴水まで移動し、人垣をかき分けてその中央に入る。
入ってみてビックリ。


「真帆ちゃん!」
「あっ、坂城さん!」


人垣の中央には真帆がいた。

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その3

Written by B
「何やってるの?」
「バイトでアイスキャンデー売り……」

ちょっと照れくさそうにしている真帆。

「何でこんなに集まってるの?」
「えっ?や、やっぱり暑いからじゃないかしら……」

真帆はなぜかちょっと恥ずかしそうだ。

(うわぁ、こりゃ人が集まるわけだ……)

匠は真帆の格好をみて納得した。



アイスキャンデー売りなのに、なぜかキャミソール姿。
丈が長いタイプで、遠目からみればワンピースと言っても別に遜色ない。
ピンク地にカラフルな花が描かれた華やかなキャミソールなのだが、なぜか胸元の空きが大きい。
そのため、真帆の胸の谷間がばっちりと見えてしまっている。


(でも、変だな?美帆が『あんないいものを持っているのに隠そうとしてるんですよ!』って憤慨してたような……)

匠は失礼だと思ったが一応聞いてみることにした。

「なんで、そんな格好を?」
「あの、まえ……バイトのお姉さんが『この衣装なら売り上げ3倍間違いなしよん♪』って言われて買ってもらって……」

(やっぱり……かわいそうに)

匠は真帆がいうお姉さんおすすめのセクハラまがいの衣装に同情してしまった。



「ところで売り上げはどうなの?」
「すごいすごい!2回も商品が売り切れちゃったんだよ!」
「へぇ、歩合給なの?」
「もちろん!だからよけいに張り切っちゃうわよ!」

売り上げの話に切り替えたらいつもの元気な真帆に戻っていた。
匠との話の間でも、お客をさばいている。

そんなお客の中に匠のクラスメイトがいた。
剣道部の袴を着たその男子は左側から匠を呼んだ。

「おいおい匠。かわいい子にナンパしたら白雪さんが怒るぞ」
「えっ?ナンパ……そんなわけないだろ!」
「でも仲良さそうに話してるじゃないか?」
「……この子は美帆の妹だよ」
「えっ……ええっ!」
「ど、どうも、双子の妹やってます……」

恐縮しながら挨拶する真帆。
びっくりのクラスメイト。

「ど、どうりで白雪さんに似てるなぁ……って思ったんだよ」
「そういうこと。俺は浮気なんてしないよ」
「なるほど、義妹さんとお話ってわけか!」
「なっ、なっ……」
「じゃあ、また夜にじっくり話を聞くぜ!それじゃあ!」

そのクラスメイトはアイスキャンデーを2本買って剣道場へと向かっていった。

「………」

匠も真帆も顔が真っ赤になってしまった。



気がつくと部活の休憩時間が終わったらしく、客は誰もいなくなっていた。
真帆は腕時計をちらりと見る。

「さて、そろそろ文化系が休憩時間だから、キャンデー補充して移動しなくっちゃ!」
「えっ?よく知ってるね」
「うん、さっきのお姉さんがひびきののOBで『昔から休憩時間をずらしているのよん』って教えてくれたの」
「へぇ〜」
「『全員が一斉に休むと売店とかトイレとか大混雑でしょ?』だって」
「へぇ〜、俺も知らなかった……」

そういう匠は真帆の横に置いてある自転車を見てみる。
後ろはアイスキャンデーが入っている大きなクーラーボックスが置いてある。
そして前にはなにやらたくさんのチラシが置いてある。

「なんだこのチラシ……」
「あっ、見ちゃだめ!」

匠は素早くチラシを取って見る。

「『海の家、えるに〜にょ。来週から値引き!』なにこの宣伝」
「じ、実は、来週からここで泊まり込みでバイトなの……今日のもここのバイトで……」
「アイスキャンデー売るついでに海の家の宣伝……ってわけ?」
「そういうことなの……」
「大変だね……あれ?」

チラシをよく見ると、チラシの一番下に「バイト募集!男女問わず体力勝負!」と書かれている。

「真帆ちゃん。このバイトってまだ募集中?」
「うん、まだみたいだけど……何か?」
「う〜ん、ちょっとデート代とか借金返済とか……」
「よかったら紹介するよ。泊まり込みじゃないけどいい?」
「頼む!こんなにいい時給って滅多にないから!」
「わかった、今晩入れておくね」
「ありがとう!うわぁ、助かったぁ〜」

思わぬところでこの夏の収入源が見つかりほっとする匠だった。



真帆と別れた匠はさっそく、本来の目的に入る。

「さてと、まずは剣道部からと……」

匠は剣道場の壁に自転車を停め、剣道場に入る。
合宿では邪魔をしなければ自由に見学してよいことになっているので、何も伺いもせずに入っていく。

「おお、熱気が伝わってくるな……」

匠は剣道場の端に立つ。
そして持ってきた小さなバックからデジカメを取り出す。
ちなみにこのデジカメは新品を買っていらなくなった古いデジカメを水無月さんに頼んで安値で売ってもらったもの。

「さっそく、撮るかな」


カシャ!カシャ!カシャ!カシャ!


匠はデジカメのレンズから熱心に撃ち合いをする部員達をたくさん撮っていく。
シャッターチャンスなんて難しいことは考えずにとにかく写ったものをばしばしと撮っていく。

「これだけ撮れば十分かな」

匠は残りの枚数を確認すると撮るのをやめる。

ちなみに、これらは学校に一枚に買い取ってもらう。
学校で作る新聞に使われたり、さらには卒業アルバムにも使われる可能性もある。
採用された写真を撮ると買い取り額も多くなるしくみだ。
学校に新聞部がないので、この仕組みを採用している。


このちょっとしたバイトのために合宿に参加している帰宅部の生徒も何人かいる。

「みんないい顔だったな……」

ただ、匠はそれだけでなく、みんなが熱中している姿を見ているのが楽しいために撮っていることもある。



ここで匠はあることに気づいた。

「あれ?純は?」

部活の中心でがんばっているはずの純一郎の姿が見えない。
匠は剣道場全体をじっくりと眺めてみる。

「あっ、いた、けど……」

純一郎はいたけど、どうも様子がおかしい。
ひたすらに鏡に向かって1人で振り込みをやっている。
その表情はなにか思い詰めているような顔をしていた。

「なんか辛そうだな……どうしたんだろう?」

前々から匠は純一郎に「部活大丈夫か?」って聞いているが、「まあ、なんとか…」という返事しかしてなかった。
ただ、楓子から「もしかしてスランプとかかなぁ……心配だよぉ」とも聞いていた。

「でも、俺もどうしていいかわからないからなぁ」

心配だが自分では何も出来ない。
後ろ髪引かれる思いだが、純一郎にはなにも声を掛けずに剣道場から出て行った。



それから、運動系の部活を中心に写真撮りを兼ねた部活見学をしていった。

「今日の野球部のノックは異常だったけど、大丈夫かなぁ?」
「八重さんがものすごい表情のを撮っちゃったけど、いいのか?」
「みんな、真剣でいい表情しているなぁ……」
「いいなぁ……」

撮った絵を見ながら、すこしうらやましく思っている匠だった。
時刻はもう4時過ぎ、そろそろ終わりも近づいてきている。

「最後はテニス部か……」

匠はテニスコート場へと自転車を向かわせていた。



「よかった。まだまだ練習中だな」


匠はテニスコートの中に入る。フェンス越しでは金網が邪魔になってしまうからだ。
そして隅へと移動して、デジカメを取り出す。
そして撮ろうとするときに匠のクラスメイトが前を通りかかった。
学校では普段見ないテニスウェアなのでちょっと新鮮だ。

「あっ、匠くん!写真撮ってるの?」
「ああ」
「綺麗に撮ってね♪」
「も、もちろんだよ」

にっこり笑うクラスメイトに匠はプレッシャーを受けてしまう。


「あっそうそう。部長の姿をたくさん撮ってよ」
「部長?そういえば、女子テニス部の部長って、噂でも名前聞かないけど誰なの?」


「A組の寿さん」


「へぇ、寿さんか……寿さん?……ええっ!」

匠はびっくりして思わずデジカメを落としそうになってしまった。

「な、なんで美幸ちゃん?みんな血迷ったの?」
「失礼ね!部活を見てない人は知らないかもしれないけど、一番がんばってるのは美幸ちゃんなんだよ!」
「そ、そうなんだ、知らなかった……」
「美幸ちゃんは『美幸じゃ無理だよぉ〜』って言ったけど、みんなの説得で引き受けてくれたの。
 でも『恥ずかしいから、言いふらさないで〜』って言ったから、広まってないの」
「そういうことだったんだ」
「美幸ちゃんの努力はものすごいよ。
 今日からの合宿も率先してやってくれてる。
 美幸ちゃんはみんなから頼りにされてるんだよ。
 結果がついていってないのが可哀想だけどね。
 そんな美幸ちゃん。部員以外はみんな知らないと思うから、撮ってあげて?」
「へぇ、美幸ちゃんって変わったんだ……」
「関心しているなら、撮ってね。それじゃあね!」

クラスメイトは手を振って練習に戻っていった。

「美幸ちゃんってすごいんだ……見かけで判断しちゃいけないな……」

さっそく、匠はデジカメで写真を撮り始めた。
もちろんクラスメイトのはいい格好の写真を撮るように苦心した。



「たしかに、美幸ちゃんの顔はいい顔してるな……」


向こうからのサーブに構えている美幸。
賢明にボールを追いかける美幸。
ネット近くに飛び込んでスマッシュを打つ美幸。
1年生にサーブについて丁寧に指導する美幸。
コート全体に声を掛けて激励する美幸。


匠にとっては初めて見る美幸の真剣な姿だった。

「美帆も『今年になってから美幸ちゃんってものすごく変わったんですよ!』って言ってたな。
 確かにびっくりだよ。いったいなにがあったんだろう?」

匠にとっては去年までの24時間ずっとお気楽な美幸の印象しかないため驚きの連続だった。



「あれ?」


ふと顔を上げると、美幸が突然猛ダッシュで金網のところに走っていった。


「どうしたんだ……あっ、公二がいる!」


よく見ると美幸の目の前には公二がなぜかいた。
匠はすこしずつ近寄りながら2人の会話を聞いてみる。


「ねぇねぇ、ぬしりん!どうしたの?」
「お、俺は自動販売機の業者との打ち合わせが終わって、帰りついでに寄っただけだけど……」
「ねぇ、美幸のさっきのサーブみた?」
「み、みたよ……」
「凄かったでしょ?」
「あ、ああ」
「嬉しいな!よかったら明日も来てよ!美幸がんばっちゃうから!」
「………」
「時間があったら、夜も遊びに来てよ!みんなで遊ぼう!」
「か、考えておくよ……」
「じゃあ、楽しみにしてるよ〜」


美幸はそういうと嬉しそうに元の場所に戻っていた。
ただ、周りの部員達は全員硬直してしまっていた。

「………」
「………」

匠も公二も同じだった。

(うかつだった……美幸ちゃんがいることを忘れてた……)
(やばい……あれはマジだ。本気になってるぞ……)

2人とも冷や汗だらだらかいてしまっていた。



「あっ、もう5時半か……」

最後はちょっと問題だったが、無難に今日の部活見学を楽しんだ匠は宿泊棟に戻ってきた。
レンタル自転車を返していたりしていたら、こんな時間になってしまっていた。


「さて、晩ご飯になる前に買い物買い物っと!」

匠はすぐに宿泊棟の隣にある購買棟に入り、たくさんのジュースとお菓子を買いに行く。
もしろんそれらは夜の宴会に使われるものだ。

匠は夏休み前にクラスメイトの友達と飲む約束を交わしていた。
酒、という話もあったが、匠が猛烈に反対したためにそれはなくなっていた。

「いろんな話をしてみたいよな……」

いくら高校生でも夜中まで友達と語り合う機会というのは修学旅行以外ではあまりない。
だからこそ、匠のような帰宅部でも合宿に参加する意義があるのだ。

「彼女も来てるんだろ?一緒にいなくていいのか?」とも言われたが、
「友達とじっくり語り合う機会はないからね。美帆とはデートでいつでも話せるから」と答えた。



「俺は、俺なりに楽しい合宿にしたいな……」


部活に熱中する合宿もいいが、こういう合宿の楽しみ方で青春を満喫する人もいてもいいだろう。
To be continued
後書き 兼 言い訳
次は誰だろう?帰宅部あたりを書こうかな?
と書いてみたものの、本編キャラで帰宅部は匠と真帆だけなんですよね。
そういうわけで匠を中心に据えて書いてみました。

落ちも何もないですが、何気ない合宿の様子と思っていただければと思います。

さて、運動系はこれまでにして、次は文化系のお話へと。
たぶんあの人とあの人のくだらない争いの話を書こうかな。
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