第215話目次第217話
合宿初日の夜。

「………」

文月誠は廊下で腕組みをしてじっと考えている。

「う〜ん……」

目をつぶり、上を向いたり、下を向いたり。
なにやらじっくりと考えてる様子。

「よぉ誠。お前、何やってるんだ?」

誠のクラスメイトが通りかかり後ろから声を掛ける。

「う〜ん、ちょっと考え事を?」
「考え事?」



「ここには浪漫がないなぁ……と」



誠の目の前には女風呂の扉があった。

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その5

Written by B
「浪漫?ってもしかして覗きか?」
「当たり前だろ?女風呂覗きは男の浪漫だ!」

「ま、まあそうだけど……できるの?」
「それがここって、全面が壁だろ?のぞける場所がないんだよ」
「あははは!それで浪漫がないってことか?」
「そうだよ!せっかくのチャンスだったのに……」

「おまえ、水無月さんがいるんだろ?」
「琴子がいても、覗きたいものは覗きたいんだ!」

「ちなみに、今まで覗きは?」
「やったことがない。だからやってみたいんだ!」
「ま、まあ……がんばれよ」

クラスメイトは呆れて部屋に戻ってしまった。




「おい」
「うわぁ!」


突然、誠の後、それも下の方から声が下ので驚いて振り向いた。

「なんだよ。化け物みたいな目でみやがって」
「いきなり背後から声がすれば驚くって!」

声の主は匠だった。

「え〜と、水無月さんの彼氏だっけ?俺はC組の坂城っていうけど」
「ああ、よく顔を見るから覚えてるよ。ちなみに俺には文月という名字がある」
「ああ、文月くんはそうそう。思い出した、ごめんごめん」

「ところで用事はなんだ?」
「ああ、浪漫について話してたから、とっておきの情報を教えようかと思って」
「ええっ?ほ、ほんとうか!」
「ば、馬鹿!大声出したらまずいだろ!」
「あっ、ごめんごめん」

誠は思わず匠の両肩に両手を置き、ぶんぶんと匠を振りに振った。
すぐに匠は止めたが、フラフラ状態になっていた。



2人は場所を女湯の前からロビーへと向かいながら内緒話。

「もう……それで、風呂場に排気口があるのを知ってるか?」
「えっ?そんなのあったか?壁中見たけど見なかったぞ」
「壁の絵で見えにくいようにしてあるんだよ。
 それで、その排気口が女湯にもある。
 排気口と言っても、下から開閉ができる単なる窓。
 そこの外から覗けば中が丸見えってわけだ」
「でも、高い場所にあるんだろ?そんなの無理じゃないか」


「噂だけどな……排気口の下に届くちょうどいい古いはしごが隠されてるって話なんだ」
「本当か?怪しいけど」
「学校の先輩で実際に覗いたって人がいるみたいなんだよ。
 『後輩のために』ということではしごを隠したって言ってたってクラスメイトが言ってた」
「ふ〜ん」
「さすがに覗きがばれたときが怖いから、俺が知ってるやつで試した人はいないけどな」
「でも、この話が本当なら浪漫は目の前だ」
「………」


「どうする?」
「考えてみる……ありがとう……えっ?」
「ちょっと待て」

誠はお礼を言うとさっそく外に向かおうとするが、匠が誠の服をつかんで引っ張った。

匠はだまって右手を誠に差し出した。



「情報料」


匠はにやりと笑った。


「………」


誠は匠の手のひらの上に渋々500円玉を置いた。



誠は宿泊棟のロビーから外へ出て、女風呂の裏へと向かった。
宿泊棟には10時という門限があるが、それまでにはまだ時間はたっぷりある。
星空が綺麗に輝き、気持ちいい風が吹いている。
涼むには絶好の気候だ。

「ふぅ、しかし、ひびきのってどこも夜風が気持ちいいんだよなぁ」

誠は夜風を感じながらゆっくりと歩いていた。
しばらくして目的の光が見つかる。

「おおっ!これが女風呂の窓か!よし……」

誠がゆっくりと目標地点へを向かおうとしたそのとき。



「あら?こんな時間にこんなところで何をしてるのかしら?」
「こ、琴子!」



振り向くとそこには琴子が立っていた。
琴子は男物の縦縞のYシャツにグレーのズボンという、いかにも普段着という格好。
素足にサンダルというのがまた琴子らしい。

誠は驚いていいわけを考えながら話す。


「あっ、いや、別に……ひ、暇なんでついフラフラと……琴子こそ」
「私も暇だからフラフラとしてたところだけど……」


それを見ながら、琴子は周りを見渡す。
そしておもむろにある方向を指差す。



「もしかして、あそこから女風呂を覗こうとしてたのかしら?」
(げげぇぇぇ〜〜!)



琴子が指し示すのはまさに女風呂の窓。

誠の全身から冷や汗が一気に沸いてきた。


「し、しないよ!そんなこと……」
「本当?ちなみに女の子って怖いわよ。もし覗いてそれがバレたら大変よ」
「怖い?……どういうこと?」

「夕食の時に話題になってたのが耳に入ってきたのよ。
 『もし、覗きがいたらどうする?』『どう制裁する?』とか、
 もう凄いわよ。
 さすがの私も同情したわ……」


誠の顔から血の気がすこし引く。



「そ、そんなに怖いのか?」

「ええ。
 『阿修羅稲妻落とし』とか、『宙づりで一晩中』とか、『1日中電気あんま』だとか、
 『メイド服着させて、夜の新○三丁目に連行』とか……
 そんな目に遭いたくなかったら、のぞきなんてやめたほうがいいわ」

「だ、だからそんなことしない、って言ってるだろ……」



誠の顔はもう真っ青。

「うふふふ!そうだったわね。じゃあ、私はこれからお風呂に行くから覗かないでね」
「あ、ああ……」

琴子は建物の中に入っていった。



外には誠1人が残されていた。

(琴子がお風呂、琴子がお風呂……)
(竜巻地獄、獄門逆さ吊り、電気地獄、男の園……)

そして、その誠の頭の中には今、ハイリターンとハイリスクの二つがぐるぐると巡っている。
そして結論がまとまった。

(うぉぉぉ!おれは浪漫をとる!)

誠はゆっくりと女風呂の窓へと忍び足で進んでいった。



「ごくっ……」

誠が見上げるとそこには水蒸気がでてくる窓。
女風呂から漏れる水蒸気だ。

「え〜っと、たしかこの辺って噂話だけど……」

その窓の真下をごそごそと草むらをあさる。

「おおっ、あったあった!……本当にあったよ……」

そこで見つけたのは古い木製のはしご。
明らかに覗き用に隠しておいたものらしい。



「これを立てかけて登ればいいんだな」

音を立てないようにはしごを持ち上げ、壁に立てかける。
ちょうどはしごの一番上が窓の真下に来ている。

「崩れないように足場を固めてと……」

はしごの下を土に突き刺し、さらに小さな石を置いて倒れないようにする。

「これでいよいよだな……」

そしてゆっくりとはしごを登り始めた。



「いよいよ……ここの向こうに浪漫が……」

はしごの一番上まであと少し。
頭の上には窓が見えている。

「たぶん琴子がこの中に……」

両手が緊張でがたがたと震えている。
息も少しだけ荒くなってきている。


「ようし、見るぞ、見るぞ……いち、にの……さん!」

誠は一気にはしごを登り、思いっきり窓から中をのぞき込んだ。




「あっ……」




誠の全身が一瞬のうちに硬直してしまった。




その、女風呂には偶然にも琴子1人しかいなかった。



「はぁ〜……夜遅くだと、人が少ないからゆっくり入れるからいいのよね。こうして人目も気にせずにくつろげるからね」」


タオルを頭の上に乗せ、湯船の中で足をまっすぐにのばしてくつろいでいた。


「なんか、一曲歌いたくなるぐらいいいお湯だわ……」


全身をだらりと伸ばして、まさにリラックスしている様子。


「でも、さすがにのぼせたかしら……ちょっと上がろうかしら」



ザバッ!



琴子は立ち上がり、湯船の端に腰掛ける。
琴子の目の前には大きな富士山の絵。

「最近、銭湯でもこんな絵あるかしら……やっぱり日本人には富士山よね……
 去年来たときも見たけど、やっぱり大きなお風呂に富士山って似合うわね……」


その富士山の絵に隠れるように一つの排気窓があった。




「………」


誠は絶句していた。
今、誠は琴子の裸を上側真正面からばっちりと見えてしまっていたのだ。



髪をアップしていることから、ちらりと見えるうなじ。

すらりと伸びている細い手足。

きめ細かで柔らかそうな白い肌。

そして、意外だったのは、かなり豊満で形もいい胸。
実は琴子は着痩せするタイプ、ということに初めて気がつかされる。

綺麗なカーブを描いているウエスト。

そして、ちょうどいいぐらいの大きさで丸みもあるお尻。

足を閉じて座っているため、肝心な所は見えないが、誠にとっては十分なアングル。



「……綺麗だ……琴子ってこんなに綺麗だったんだ……」



絶句して、初めて誠の口から漏れた言葉はこれだった。



「綺麗だ……」



誠はこれしか言わなくなっていた。
琴子の姿に吸い込まれるようにじっと窓から見つめていた。



そして、5分ほどのぞき込んでいたとき。


「なにしてるの?」
「!!!」


真下から女の子の声が突然聞こえてきた。
誠はビックリし下を向く。


「し〜〜〜〜っ!大声出したらまずいでしょ!」


そこには懐中電灯を持った、宿泊棟の管理人の女の子……光が立っていた。

誠は慌ててはしごから降りる。
汗はだらだら、顔は真っ青だ。

「たしか、あなたって琴子の彼氏の文月くんだよね?」
「あ、ああ……」

誠は首を縦に振るのが精一杯。
しかし、光はそんな誠から視線をそらし、はしごの上を見てみる。



「ねぇ、琴子がお風呂に入ってるの?」
「!!!」



誠の顔から汗がどばっと流れ出す。



「ふ〜ん……」
「えっ?」

ここで誠は驚いた。
光がはしごを登り始めたのだ。

「あ、あのぉ……」
「一度覗きってやってみたかったんだ……」
「は、はぁ?」
「でも、男の裸なんて公二だけで十分だから、いい機会なんだよねぇ……」

光はあっという間に上にたどり着いた。
そして何も躊躇なくのぞき込む。

「うわぁ……ばっちり丸見えだぁ……」
「………」
「琴子って、上から見てもナイスバディってわかるよねぇ」
「………」
「これなら、彼氏も大満足だね♪」
「………」

光は満足した様子ではしごから降りてきた。
誠は恐る恐る聞いてみる。

「あ、あのぉ……」
「駄目だよ!覗きなんてしちゃ!」
「は、はい……」
「私が夜の見回りで見つけたからよかったけど、他の人だったら精神破壊されちゃうよ?」
「!!!」


「だいたい彼氏なんでしょ?直接アタックしたら?」
「はぁ?」
「琴子なんて、男らしく真正面から強気に押せば簡単にメロメロになるから」
「そ、そうですか……」
「そうそう!琴子はいいモノ持ってるから早く味わっちゃいなさいよ!」
「………」
「それじゃあ、早く退散してね!はしごも片づけるように!」

光は強い口調で誠を説教すると、足早に宿泊棟へと帰ってしまった。



「はぁ〜〜〜〜〜」

また1人になった誠はその場にへたり込んでしまう。


「見つかって、処刑されるかと思った……」


今の誠はかなり焦っている状態。
そのため、光の最後の辺りの言葉はもうほとんど脳を突き抜けて頭に入っていない。


「か、帰ろう……」


誠は呆然としたまま、はしごを降ろし、草むらに隠すと自分の部屋へと帰った。
それでも、窓から見た琴子の姿だけは、強烈に頭のなかに残っていた。




「状況はよぉ〜〜くわかったわ」
「うん」



「だったら、なんでそんなことわざわざ言いに来たのよ!」


「だって、2人の仲が進展するかなぁ?っておもって」

ここは琴子の部屋。
覗き現場から戻ってきた光は迷わず琴子の部屋へ直行。
ちょうど1人で日記をつけていたところに入り込み、密告?したのだ。


「あのね。琴子の彼って変わってるね。
 普通覗きって、男の子はハァハァして興奮してると思ったんだけど、全然違ってた。
 『綺麗だ……』『綺麗だ……』ばっかりつぶやいてた。
 最後のほうでは『天女のようだ……』って言ってたよ」

「………」

「さすが、琴子の裸だね。彼、うっとりと見つめてたよ」

「……だから、何が言いたいのよ……」

光はソファに座り、テーブルに置いてあったおせんべいを勝手につまみ食い。
いつもと変わらない口調で話す光に対して、琴子はいらだちを隠せない。


「私が言うことじゃないんだけど……

 いい加減、しちゃったら?

 みんな言ってるよ?
 『あのバカップル。らぶらぶなのに何でHしてないんだろう?』って。
 わたしもビックリだよ。だってキスもしてないんでしょ?
 もう何度もしちゃってると思ったのに!

 琴子って、人にはあれだけ言っておいて、自分のこととなると消極的なんだから……

 琴子も変わったら?
 彼もまんざらじゃないようだし。

 じきに『琴子の裸を描きたい!』って言ってくるんじゃないかな?」


「だから、光に言われたくないわよ!」


「琴子はそういうけど、実際はどうなの?彼氏に体を求められたら断るの?」


琴子は目をつぶり、黙って首を横に振る。


「でしょ?
 だったら、大丈夫じゃん。
 私はなんで関係が進まないのかわからないんだけど……」

「だって、それは誠が『プロセスを大事にしたい』って言うから……」

「それだけ?
 琴子は何も問題ないの?私にはそう見えないんだけど……」

「………」

「あるんだね?」

琴子は黙って首を縦に振った。



「何かあるの?私でよかったら相談に乗るよ?」
「………」

「琴子、教えてよ?私は琴子と今晩じっくり話をするつもりで来たんだから」
「えっ?恵ちゃんは?」
「恵はもう寝てる。公二が『留守番しているから、好きなだけ話してきな』って言ってくれたから」
「………」
「こんな機会ないでしょ?最近琴子と話ししてないから、色々話したくて……」

「ありがとう……光」
「お礼なんていらないいらない。だって友達でしょ?」
「そうね……ありがとう」

そういうと琴子は自分の気持ちを光に打ち明け始めた。
光はそれをじっと聞き、自分なりのアドバイスを琴子に与えた。



そして話は様々な方向に。

幼少時代の思い出。

神戸の小学校時代の思い出話。

離ればなれでお互いに知らない中学のときの話。

部活の事、勉強の事、バイトの事。

趣味の話、おしゃれの話、食べ物の話。

そして将来の話。



世間話を交えながら、2人のおしゃべりは日付が変わっても続いた。

「琴子、私たちこんなに語り合ったのって初めてだよね」
「そうね。本当に楽しいわ」

「なんか、この時間がこのまま続いたらいいなって思ってる」
「私もなんかわくわくしてる……」

話を終わらせるのが嫌なのか、おしゃべりはずっと続いた。



結局2人とも、一睡もしないまま朝を迎えることになった。

「ふぁ〜あ、残念だけどもう帰らなきゃ……」
「ふぁ〜あ、そうね。朝ですからね……」
「琴子、いつでもいいから、家に泊まりに来てよ。また色々話そう?」
「いいわよ。また話しましょうね」

徹夜してしまった2人。
次の日は猛烈な睡魔が2人を襲い、気力だけで起きていたため、まったく精細がなかった。



一方、誠は朝から元気で、合宿所のあちこちを精力的にスケッチしていたとさ。
To be continued
後書き 兼 言い訳
男の浪漫の話でした。
私もやったことはもちろんないですけど、若い今の高校生はこんなこと考えてるのでしょうかねぇ?
覗かなくても、見る手段はたくさんありますからねぇ。

さて、今回の主なキャラは一通り書いたかな?(いや、美帆ぴょんがまだですけど、彼女は文化祭があるので、合宿ではあまり書かないことにします)
書ききった、と思ったら、結構イベントがあるぞあるぞ(汗
げっ、この年だとまだ5つもある!
これらを消化するとなると……3個は後編でもつかえるからそっちに回して、1個を前編で書かないと……
あと関係なく書きたい話もあるから……

前編はあと3話ですね。

次は八重さんの話でも。
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