第216話目次第218話
「ここですね」
「たしかにここですが……」

合宿が盛り上がっている午後のひびきの合宿所。

そこに見慣れない袴姿の一団がやってきた。


「私のお目当てはこっちですね……」
「先輩、確かに宿泊棟の管理人さんに聞いたので正しいとは思いますが」


一団の先頭に立つ女の子が一番綺麗な袴姿。
背筋も綺麗に立たせており、歩く姿も何か堂々としている。


「本当にここなんですか?」
「ええ、間違いありません」
「ここ……普通の体育館ですよ。道場じゃないんですか?」
「ええ、ここでいいんですよ」


ニコニコと笑顔が絶えないこの女性。
一方周りは不安がっている様子。


女の子はその周りの不安をまったく気にせず、体育館の扉を開ける。
そこで活動しているのはバレー部。



「たのもう!」



「ここに八重花桜梨さんはいませんか!」

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その6

Written by B
体育館が突然の見知らぬ来客に驚きを隠せない中、花桜梨が冷静な顔で扉の前にやってきた。

「八重花桜梨は私だけど……何か?」
「あなたにお願いがあって参りました」

花桜梨と目の前の女の子の視線がぶつかり合う。

「たぶん、ここじゃなくて、武道場のところでの話かしら?」
「ええ、よくおわかりで」
「そんな格好で来られたら誰だってわかる……じゃあ、今から行きましょう」
「ええ」

2人の顔は笑顔だが、本当に笑ってはいない。

もし漫画なら2人の視線の間で激しい火花が散っているのは間違いない。
2人は双方の周りが固まっているなか、花桜梨は女の子を連れて武道場に向かってしまった。

慌てて袴姿の女の子が追っていく。



慌てたのはバレー部のほう。
一年生が一斉にざわめき出す。

「あれってまさか……」
「間違いない。道場破りよ!」
「道場って、バレー部に道場破り?違うでしょ?花桜梨先輩目当てよ!」
「そうなるとやっぱり……」




「「「やばすぎる!」」」




1年生の何人かが一斉に部長の周りを囲む。


「部長!これはどこかに報告したほうが……」
「ああ、あたしもそう思ってたところだが」
「どこに行けばいいですか!私、走っていきますけど!」
「やっぱり……生徒会か」
「わかりました!じゃあ行ってきます!」
「あっ、私も!」

部長の言葉に1年生の3人が体育館を急いで出て行った。

「……さて、これじゃあ部活にならんから、休憩だ」
「「「えっ?」」」

部長の言葉に周りが反応する。

「これから、武道場で休憩だ。みんなそっちに移動!」
「「「は、はぁ?」」」

結局女子バレー部全員が武道場へ行くことになった。



15分後、武道場前。

「まったく、なんで八重の奴に……」
「知らないわよ!相手は袴姿ってことは、合気道とかそんな人ね」
「わ〜い、わ〜い、師匠の勇姿だぁ〜♪」

バレー部の1年生の報告を受けた、生徒会幹部はびっくり。

ほむらは想定外の出来事に顔が焦り気味。
吹雪は乱入者で仕事が遅れることの怒りで顔が真っ赤。
そして、夏海は飛び上がって大喜び。

三者三様で武道場の前に走ってやってきた。

武道場の周りには、部活で使っていた柔道部だけでなく、周りで部活をしており、異常事態に気づいた剣道部などの武道系部活の面々。そして花桜梨の女子バレー部の部員達。

かなりの人数が中の様子をうかがっていた。

3人はその人混みをかき分けて武道場内に入る。

袴姿の女の子は中央でそれぞれ軽くストレッチをしていた。
花桜梨は腕を組んでその様子をじっと見ていた。
花桜梨はバレー部の運動着姿のままだ。



「ちょっと、あなたは一体なにも「吹雪!落ち着け」」
「わかったわよ……まったく」

吹雪が袴姿の女の子に詰めようとしたところをほむらが止める。
吹雪は渋々壁際に退く。



「ししょ「邪魔!」」
「は〜い……」

夏海は花桜梨に向かおうとしたが、花桜梨に一喝されてしまった。
渋々夏海も、吹雪と一緒に壁際に下がる。



ほむらは花桜梨の袴姿の女の子のちょうど中間に立つ。
審判の位置といえばわかりやすいだろう。
ほむらは両手を頭の後ろに組み、袴姿の女の子に向かって尋ねる。

「さて、まずは戦いの前に名乗るのが礼儀だろ?」

「わかりました。

 わたくしはもえぎの高校2年。橘 恵美、と申します。

 今日はあなたとお手をあわせたく参りました」


今度は花桜梨が尋ねる。

「その格好は合気道?」
「ええ。そうですよ」
「何段?」
「2段です」
「ふ〜ん……わかったわ」

花桜梨も準備が出来たようで恵美に向かって立つ。
恵美も準備ができたようで花桜梨に向かって立つ。
すこしずつ緊張感が高まる。



一方ほむらに追い払われた吹雪と夏海は、同じく袴姿の女の子と話していた。

「えっ?何も知らなくて来たんッスか?」
「はい、私たちも近くで合宿だったのですが、突然『今日は遠征です!』って言って、つれて来させられたので……」


「それにしても、二段ってちょっと低い気がするけど」
「私たちの流派って、年齢制限とか日数制限とかあって、三段になるには18歳近くにならないと無理なんです」
「じゃあ、あの人の本当の実力は?」
「たぶん……五段ぐらいはありますね。あっ、普通の試験は四段までしかないんです」
「じゃあ、かなりの実力ってことね」


なるほどと感心している吹雪と夏海。
しかし、恵美の後輩達はかなり不安そうだ。
それに夏海が気がついた。


「かなり強いんでしょ?なんでそんなに心配なんっすか?」
「いや、あの相手となんで戦いたいのかよくわからないのですが……」
「が?」



「合気道に『試合』なんてないんです」



「「えっ!」」

吹雪と夏海は同時に驚きの声を挙げる。

「試合がないってどういうことッスか?」
「合気道には、柔道とかのああいう試合形式ってないんです。
 一部の流派ではあるみたいですけど……
 練習でも、もっぱら技のキレを磨く練習をするんです。乱取りなんてありません。」

「空手で言う『型』みたいなものはあるかしら?」
「う〜ん流派によって違うみたいですか……
 とにかく、ああいう実戦形式ってやったこともないし見たこともありません。
 だから不安なんです……」

「なるほどね……もしかしたら、実戦初経験かもしれない……ってことね」
「はい……」

吹雪も夏海も、不安な表情の女の子から視線をはずして中央の2人に視線を写した。



今度は袴姿の女の子が逆に聞いてきた。

「ところで、あの人って強いんですか?」
「そりゃあ!!!うぐぅ!ぐ、ぐ、ぐ、ぐるじぃ……」
「う〜ん、そっちの人がどれぐらい強いのかよくわからないけど……」
「………」



「下手したらそっちが何分持つか……ってところかしらね」
「!!!」



「う、う、ぐ、ぐる、じぃ、ぐ、ぐ……」
「不良100人を1人で無傷で片づけられる人だからね。それは私も見てるから間違いない」
「ひゃ、ひゃくにん……」
「さて、合気道の達人とは言っても相手はストリートファイト無敗の猛者……どうなるか……」
「………」
「ば、ばな、ぜ……」

吹雪は色々言いたげな夏海の口を両手でがっちりと押さえた上で冷静に話している。
袴姿の女の子は顔が真っ青。
夏海も別の意味で顔が真っ青だった。



中央ではそんな周りの声は全く聞こえていない。

「さて、八重に挑戦状をたたきつけたってことは、八重がどういう人かわかってるな?」
「ええ、友達から簡単に」


「と、言うことは、まさか合気道がしたい、なんて言わないよな?」
「もちろんです」

そういうと恵美は花桜梨に向かって左足を前に出し、左半身に構えた。
目はまっすく花桜梨に向かっている。

「………」

花桜梨もそれを見て、右足を前にだし、右半身に構える。


「じゃあ、ルールを決める。
 とはいってもルールはなし。相手がギブアップするか、KOするかのどちらかだけしか終わらせない。
 じゃあ、あとは2人で勝手に始めろ。
 あたしは邪魔しないからな」

ほむらはそういうと吹雪達のいる場所へとゆっくりと下がってしまった。



中央には2人だけになった。


「合気道やってるなら、私から行くから……」
「ええ、望むところです」


花桜梨はいきなり前に飛び出し、恵美の右手をつかむ。
すると恵美は一歩前に踏み込み、素早く体を回転させて花桜梨の右に回る。
そして両手を振りかぶり、思い切り振り下ろす。

すると花桜梨は簡単に投げられてしまう。

花桜梨は何回転かしてようやく止まる。

恵美は素早く花桜梨に近寄るが、花桜梨は素早く立ち上がる。
お互い右半身に構え、じっとにらみ合う。


「なかなかやるわね……」
「どういたしまして」


すると花桜梨は素早く立ち上がる。
そして今度はすこしかがみながら恵美の真正面からつっこみながら、右腕を恵美の顔面に向けて振りかぶる。
恵美はその花桜梨の腕をつかむと、素早く回転。
花桜梨の腕を振り上げたまま、体勢を整えると素早く腕を振り下ろす。

またもや花桜梨は簡単に投げられる。
投げられた花桜梨は何回転も転がる。

恵美が素早く花桜梨に近づくがすでに花桜梨が立ち上がって構えている。


「そちらこそ、なかなかですわね……」
「褒め言葉ととらえておくわ」


2人はじっと構え合ったまま動かない。



武道場内は緊迫した雰囲気が張りつめている。
だれも声を出していない。

そんななかで夏海は吹雪とこそこそ話。

「な、なんかヤバくないっすか?」
「どこが?」
「だって、あんなにぽんぽん投げられて……」
「夏海、合気道知らないの?」
「知らない、女の子がよくやる簡単な武道だという……」


「あんた、合気道なめてるでしょ?そもそもなんで女の子がやるのかわかってるの?」
「さぁ?」
「あれは力の弱い女の子や老人子供でも大男を倒せる武道だからよ」
「ええっ」
「合気道は相手の力を使い、自分は最小限の力で、相手を動かす武道なの。知ってた?」
「知らなかった……」
「極端な事を言えば、パワーなんていらない。せいぜい相手を捌けるスピードぐらいじゃないの?」
「そうなんだ……」


「それに合気道って様々な状況に対応できるようになっているし、ある意味総合格闘技の一種と言ってもいいくらいよ」
「!!!」
「だから、合気道の高段者なら、八重さんでもそう簡単には勝てないかもしれないわね」
「どうしたら勝てるの?」
「相手が対処できないぐらいのスピードを出す……まあ、八重さんには簡単かもね」
「………」

平然と話す吹雪に夏海は感心しきり。

「しかし吹雪って博識だなぁ。テリーマンみたいっす」
「年代の高い人しかわからない比喩はやめなさい!」



にらみ合っていた花桜梨と恵美だが、花桜梨がにやりと笑った。

「さて、そろそろ本気を出してもいいかしら?」
「えっ?」

花桜梨が最初と同じようにまっすぐに突っ込み、恵美の右手をつかむ。
しかし、今度はそのスピードがさっきよりも素早い。

恵美は焦りながらも自分の体を回転させて、花桜梨の右に体を寄せる。

今まではそのまま投げられていたが、今度は手を素早くふりほどいた。
そして、恵美の真正面に構える。
振り払われた恵美も花桜梨の攻めを待つ。



花桜梨が素早く右ストレートを放つ。

恵美は花桜梨の右によけながら、左手で花桜梨の右手をつかもうとする。

すると花桜梨は体を左回転させながら、左拳を恵美の顔面に向けて振りかざす。

恵美はその裏拳をしゃがみながらよけつつ、後ろに下がり体勢を立て直す。

そこを花桜梨が右足で恵美の左足を外から払おうとする。
しかし、これは空振り。

それをみた恵美が右足で花桜梨の左足を内から払おうとするが、花桜梨に足をよけられる。


2人はそれぞれ向かいあって構える。
素早い動きの攻防の後だけに、すこし息が乱れている。


「さすが、持たせてくれませんね」
「捕ったら負けだから……」
「ご存知ですね」
「ちょっと合気道もかじってたから……」


お互いに息を落ち着かせながらも相手の隙をうかがっている。



この2人から離れ、壁際でギャラリーが固唾をのんで見守っている。
建物の外からも大勢の野次馬がじっと観戦している。

「………」

壁際で吹雪は腕を組んでじっと戦況を見つめている。
隣で夏海も時折つばを飲み込みながら見ている。
そこにほむらが近寄ってきた。

「よぉ、えらく真剣じゃねぇか」
「ちょっと!こんなときに何かじってるのよ」
「ああ、外で知り合いが売ってたから。みんな買ってるぞ」

ほむらはアイスキャンデーをかじっていた。
色が紫だからグレープ味なのだろう。

「お前達の分も買ってきたぞ。あたしのおごりだ」
「あ、ありがとう……」

吹雪はほむらが差し出したオレンジ色のアイスキャンデーを素直に受け取り舐め始める。
夏海も受け取るがこちらは黙ったまま、中央の2人に夢中だ。

「吹雪、この勝負どう思う?」
「ええ……たぶん、一発で決まるわね」
「……?」
「どうしたの?」

ほむらは背後からなにやらひそひそ話が聞こえる。
ちらりと見ると、袴姿の女の子がこっちの話をじっと耳を傾けてる様子。
ちなみに、彼女たちは先ほど吹雪と話をしていた女の子だ。
ほむらはそんなことは知らないが無視することにして、吹雪のほうに顔を戻す。

「いや、なんでもない……その根拠は?」
「たぶん、向こうが狙っているのは八重さんの攻撃時に捕まえて、投げと関節で一気に決めること」
「うむ」
「なぜ最初の投げで決めなかったのかが不思議なぐらい。合気道は大抵は投げと関節技がセットだって聞いてたから」
「ああ、そうだな。そうなると、向こうが八重を捕まえた時点で勝負ありだ」
「ええ、さすがの八重さんでも勝ち目はないでしょうね」



「そうなると、八重は捕まえる前に仕留めるしかないな。タックルから寝技勝負でいくっていう手もあるが、それは八重のスタイルではない」
「でも、どうするの?普通に捕まえようとしても、合気道の思うつぼよ?」
「八重の構えを見てみろ」
「!!!」

花桜梨の構えがいつのまにか最初と違っていた。



恵美の構えは右足を左足からまっすぐ後ろに半歩下げ、両手を腰の高さに構えるいわゆる左半身。
今までの花桜梨は恵美と左右逆にした右半身で、恵美とは逆半身の形で対峙していた。

ところが、今まで後ろに下げていた花桜梨に左足が右足から45度後ろの位置に変わっている。
しかも両手は腰ではなく、顔の前の位置に構えている。

「ボクシングの構え……」
「夏海、あれみてどう思う?」
「たぶん、師匠は……あれ、狙ってると思うっす」
「やっぱりそう思うか?あたしもだ」
「夏海、八重さんに勝ち目はあると思う?」
「向こうが集中を少しでも切らしたら師匠の勝ちっす」
「技とかパワーとかの問題じゃないな、集中力の勝負か……」

3人はアイスキャンデーをくわえ、黙ったまま中央に集中することにする。



技の掛け合いがしばらく続いていた。


花桜梨が右ストレートや右からのボディを高スピードで打つ。
それを恵美は右や左へよけると同時に花桜梨の腕をつかみ、投げを狙う。
しかし、恵美が捕まえようとする前に、腕を振り払い、恵美に対して横向きになっている立ち位置も花桜梨の真正面に向き直る。

花桜梨が右足で恵美の左足を振り払いを狙う。
恵美は足をすり足で引っ込め、花桜梨の足を素通りさせると、花桜梨との間合いを詰めようとするが、花桜梨がそれを嫌って下がる。

また花桜梨が少しかがんだ姿勢を見せる。
両手を腰の高さに降ろしていることから、タックルを狙っているのは明らか。
すると恵美は同じぐらいにかがみ、タックルの隙を与えない。


花桜梨が攻め、恵美が避けながら反撃を狙うが花桜梨がそれを許さない。
花桜梨はとにかく右から攻めているが、


技がまったく決まらないが、あまりに素早い攻防にギャラリーからは何も声が上がらない。
それだけ攻防が激しかった。


両者全くノーダメージのまま、20分が過ぎようとしていた。



「………」
「………」

2人がじっとにらみ合う。

視線をぶつけ合いながら、じっと相手の様子を見る。
しかし、休みなしの攻防で2人とも肩で息をしているところも見える。

どちらかというと恵美の顔に疲労の顔が見える。
肩の上下の動きが花桜梨よりも激しい。
しかし、鋭い視線をじっと花桜梨に向けている。

一方の花桜梨も少し疲れたような顔を見せているが、動きはまったく鈍くなっていない。



「ふぅ〜……」

ここで恵美が大きく息を吐いた。
恵美の眼光が一瞬鈍った。



花桜梨の目がきらりと光った。



花桜梨は素早く右足を斜め前に踏み込むと左足を思いきり振り上げた!



恵美は驚いた顔を見せるが動けない。





バギッ!!!




「「キャァ〜!!!」」

袴姿の女の子の悲鳴が響き渡る。



花桜梨の渾身の左ハイキックが恵美の首の右側から延髄に絡むように決まった



恵美は目を見開き、口が開いたまま、ゆっくりと前へと倒れ込む。


「勝ったぁ!」
「決まったな」
「そうね……これで終わりって……ええっ!」



これで終わり。
周りの誰もがそう思った。

しかし花桜梨はやめなかった。
花桜梨は倒れる恵美の背後に周り、両脇から腕を差し込み、意識がうつろな恵美を持ち上げる。
立たせると、花桜梨はその両手を恵美の首の後ろに組む。



「ま、まだやるんっすか?」
「まさか!八重さん、フルネルソンで投げるつもりじゃ!」
「どうしたんだ!あれで決まったと思ってないのか!」



花桜梨は吹雪の予測通り、恵美を後ろに投げた。
両手を固定され、防御ができない恵美はそのまま頭から床に直撃した。

花桜梨はそれでもやめない。

仰向けに倒れた恵美の横に立ち、恵美の右腕を自分の体に密着させるようにつかむ。
そして、床に座り込み、両足を恵美の体をまたぎ膝を締めると、一気に床に倒れ込んだ。


その瞬間、恵美のうつろだった恵美の目がかっと見開いた。



「あああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!」



恵美の絶叫が館内に響いた。



「う、腕ひしぎ逆十字……極まったっす……」
「完全に極まったな。あれは外れねぇな……」
「でも、やばいわよ!あれは完全に腕を破壊しようとしているわ!」



ようやく周りのギャラリーがざわめきだした。

恵美の絶叫がきっかけなのだが、それだけではない。
花桜梨の極め方が異常なのだ。
普通の格闘技なら、ある程度で止めてギブアップを待つのだが、それがまったく見えない。
やばい雰囲気に気がつきだしたのだ。
袴姿の恵美の後輩はもう両手を顔で覆って見ていない。
両目を閉じ、両耳を押さえている人もいる。



その間も花桜梨は恵美の右腕をぎりぎりと極めていく。
恵美は苦痛に顔を歪め、唇をかみしめて必死に腕をふりほどこうとするがまったく動けない。

「ほらほら!ギブアップしなさいよ!」
「な、なんの……こ、れ、し……き……」
「このまま右腕を破壊しちゃうわよ!」
「絶対に……や、め、ない……」


「甘いこと言ってなさいよ!
 私がやった喧嘩は壊すか壊されるかなのよ!
 ギブアップなんて本当はないんだから!
 だから壊す……完全に潰れるまで徹底的にやる!

 それが私の宿命だから……」



花桜梨の腕に力が入った。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!」



恵美の絶叫が再び響き渡る。
ミシミシ、という音もかすかに聞こえてきた。





「やめろぉ!!!」




そのとき、武道場の扉から飛び込む黒い影。
その影は花桜梨めがけて一直線。




どかっ!!!




影に体当たりされた花桜梨は恵美の腕を放して倒れ込む。
恵美は腕は放されたがそのまま動かない。
その黒い影は床に倒れたまま。
そして花桜梨は怒りの表情を見せて立ち上がる。



「ちょっと!一体だれって……芹華!」


「はぁ、はぁ……か、間一髪だった……」



飛び込んできた黒い影は、黒いライダースーツを全身にまとった女の子……芹華だった。


「どうして芹華が!」
「事情は夜話す!それよりも、この勝負。このまま終わりにしてくれないか?」
「えっ?」
「花桜梨の言いたいことはわかる!でも恵美を壊したくないんだ!」
「しかし、これは向こうから!」
「わかってる!だから頼むんだ!このとおり!」

芹華は花桜梨の真正面に正座すると、額を床につけた。
花桜梨は土下座の芹華の前にじっとたちつくす。

「わかった……これで終わりにする」
「本当か!」
「ええ……芹華の頼みだから……」
「ありがとう!」
「じゃあ、さっさと彼女を片づけて……」
「わかった」

芹華は倒れた恵美の上半身を起こそうする。
そこに花桜梨が恵美の耳元でそっとささやく。



「命拾いしたわね」



そして花桜梨は周りがざわめくなか、武道場からでていってしまった。



女子バレー部の部員達は慌てて花桜梨の後を追う。
ギャラリーの武道系部活の人たちもそれぞれの練習場に戻る。
場所を取られていた柔道部も中に入って練習再開の準備に入る。
ほむら、吹雪、夏海の生徒会幹部は恵美の後輩達と後始末について話をしたら活動拠点に戻っていった。



そして残った、恵美と合気道部の後輩達、そして芹華は合宿所の外へと向かった。
恵美は左腕を芹華の肩に乗せ、芹華の力を借りながら歩いている。
恵美の右腕はかなり痛めたらしくだらんと垂れ下がっている。


恵美はぽつりぽつりと話し始める。

「どうして芹華が……」
「嫌な予感がしたんだよ……だから、恵美の合宿所に連絡したら『ひびきのに行く』って聞いて……」
「まさか、もえぎのから?」
「ああ……必死にバイクで……もう気が気でなかったよ」
「芹華、ごめんなさい……」
「馬鹿、あたしはあれほど無理だ、と言ったはずなのに……」
「………」
「恵美、無茶はやめろ。わかったな」

恵美はだまって首を縦に振った。


そんな2人の後ろで1年生の後輩達がこそこそ話。

「あの人だれ?」
「知らないの?一時期、橘先輩とレズの噂で盛り上がった、え〜と……神条先輩よ」
「ああ!そうそう!あれ?そうじゃないの?」
「違うでしょ?神条先輩に彼氏がいるってことで噂が消えたんでしょ?」
「思い出した。かっこいい先輩……名前忘れちゃってけど……その人とラブラブだったんだよね」
「わかった?だから「こらぁ!お前達いろいろ言ってないで恵美を助けろ!」

芹華がしびれを切らしたところで、こそこそ話は終わった。

恵美はそのまま芹華のバイクで近くの病院へ直行。
幸い大きな怪我はなかったが、1週間安静は必要と診断された。
そのため、その後の合宿を棒に振ることになってしまった恵美。
それでも合宿中の恵美はどことなく満足そうだった。



その夜。

芹華の携帯から花桜梨の携帯に電話がかかってきた。
自分の部屋で一人きりの花桜梨はすぐに電話にでた。
花桜梨の表情は硬かった。

「あたしだけど……」
「………」
「今日はごめん……」
「……話してもらおうかしら?」



芹華は丁寧に事情を説明した。

芹華の親友の恵美は合気道の達人。
学校の部活でもレベルが格段に違う。通ってる道場でも師範代クラス。
その恵美が最近深く思い悩んでいたそうだ。
『私は本当に強いのだろうか?』と。

そこで恵美の目に飛び込んできたのは、縁日での花桜梨の勇姿。
芹華の友達ということもあり、聞いてみたところ、ついつい名前から何まで色々しゃべってしまった。
『元総番長』『格闘技全般に精通』『自分よりも遙かに強い』等々……。

それに恵美が飛びついてきた。
名前から花桜梨の高校等を調べ上げ、夏合宿時に花桜梨に挑戦する計画をこっそり立てていたのだ。

『私の本当の力を知りたい。そして本当の戦いを経験したい』と。



「恵美はあたしにとってかけがえのない大事な大事な友達なんだよ……
 そんな恵美から聞かれたことが嬉しくてついついベラベラ話しちゃって……
 まさか恵美がそこまで悩んでいたとは思ってなくて……」

「………」

「恵美は本当にいい奴なんだよ。こんなあたしの友達になってくれるぐらいだから……。
 だから、恵美を許してくれ。悪いのは花桜梨の事を話したあたしだから……」

「………」
「………」

しばらく沈黙が続く。

「芹華、誰にも言わないで欲しいんだけど……」
「いいよ。何だい?」


「今日の正直な感想……怖かった……
 
 武道の達人と戦ったのも始めてだったけど、こんなに攻撃ができなかったのは始めてだった。

 持久戦に持ち込んで……左への注意をそらすために右から攻め続けて……
 ようやく決まった左ハイで本当は終わらせるつもりだった。

 でも……彼女は倒れながらも受け身を取ろうとしてた……

 本当に怖かった!

 全身がゾクゾクとしたのは久しぶりだった……
 もう、潰すしかない。
 本気で潰そうと思ったのはこれで2度目……6年ぶり……

 芹華が来なかったら右腕どころか、左腕も破壊してたと思う……
 だから芹華にお礼を言わないといけないと……」


「………」


「時間と関係なく、こんなに苦戦したのは始めてかもしれない……
 大丈夫、彼女はとても強い人だと思う」

「そうか……ありがとう……」

ようやく花桜梨の顔もほころび、いつもの花桜梨の表情に戻っていった。



「花桜梨、ついでだけど、相談に乗っていいか?」
「いいけど、何?」


「あの後、恵美から強く言われちゃって……

 『芹華。あの人を合気道に誘えませんか?
  合気道を少しかじっていたとお聞きしました。
  今からでも遅くありません。
  きっと開祖植芝盛平にも負けない、合気道の達人になれます!
  芹華、お願いだから、説得して頂けませんか?
  ついでに芹華も合気道をやりましょう!
  袴の準備はすぐにできますから!』

 なぁ、あたしどうしたらいいと思う?」

「………」

花桜梨は頭を抱えてしまった。

花桜梨の合宿のハプニングはこうして幕を閉じた。
To be continued
後書き 兼 言い訳
花桜梨vs恵美 無制限1本勝負の話でした。
無駄にシリーズ最長クラスの長さになってしまいました。

いや、このぐらい書かないと展開がわからなくなってしまうから……


いやはや疲れました。


シャレにならない戦いの次はシャレにならないあの娘の恋愛話でも。

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