第218話目次第220話
合宿所の片隅の水飲み場でひと騒動があったちょうどそのころ。

合宿所の入り口ではちょっとした人だかり。

しかも女性ばっかり。
下は中学生から、上はOLと思われる年代まで。


「「「キャァァァァァ!」」」


別になにも告知はないし、イベントがあるわけでもない。
しかしどこからか聞きつけ、車から降りようとする人物を見ようとする人で、ちょっとした人混み。
携帯電話のシャッター音があちこちで鳴る。



「「きゃぁぁぁ!珪く〜ん!」」
「「かっこいい♪」」
「「珪く〜ん、こっちむいて!」」



お目当ての人気モデル葉月 珪はそんな野次馬にはまったく関心を向けずに合宿所内に入っていった。

太陽の恵み、光の恵

第32部 夏合宿ウィーク 前編 その8

Written by B
「なぁ……なんであんなに人が集まってるんだ?」
「珪くんのせいでしょ!」
「えっ?」
「道がわからなくて、駅前でなりふり構わず、ここの場所を尋ねてたからでしょ?」
「そうなのか?」
「そうなの!」

珪の隣にはなぜか輝美がいた。


「でも、なんで私に聞いたの?」
「知ってると思って」
「確かに昔は親戚の家に遊びにいったりしてたけど、今はそれほどじゃないのよ」


実はこういう事。

今日は合宿所で写真集の撮影を行うことになっている。
場所はいつものように現地集合になっていたのだが、珪は行き方を忘れてしまっていた。
ひびきの駅前の人に道を聞きまくったあげく、ふと気がついて輝美の携帯に電話。
たまたま、近くまで出かけていた輝美は急いでひびきのにやってきて案内した次第。


「写真集なのは知ってるけど、なんで合宿所?」
「ちょっと高校生らしい写真が欲しかったそうだ……」
「はばたきだとダメなの?」
「合宿所が別々だから、いろんな写真が撮れないからだってさ」
(そういえば、光ちゃんが『うちって、全部の合宿が一緒なんだよ』って言ってたなぁ)


「ところで、輝美は今日はいいのか?」
「もういいよ。ここの近くの映画館でしかやってない映画を見た帰りだったから。それに……」
「それに?」
「珪くんが撮影されるところって一度見てみたかったから」
「つまんないぞ」
「いいの!」


そういいながら、2人と撮影スタッフは入所手続きへと向かっていた。



「だから、輝ちゃんがいるんだ」
「うん、飛び入りなんだけど……いい?」
「今週は特に部外者はダメなんだけど……撮影スタッフの1人としてならいいよ」
「ありがとう!」
「だからスタッフと離れちゃだめだよ♪」

入所手続所。要は宿泊棟のロビーで輝美はびっくり。
受付に従姉妹の光がいたからだ。
光がびっくりしてたので、輝美が事情を説明。
そのおかげで、輝美もそのまま合宿所にいることができた。

「ロビーって大変でしょ?」
「そうでもないよ。今週は部外者が限られてるからお昼は暇なんだよね」
「恵ちゃんは?」
「今、おねんねの時間。起きたら夕方からおさんぽの予定」
「そうなんだ、じゃあ頑張ってね。恵ちゃんにもよろしく」
「輝ちゃんこそね♪」

輝美はスタッフと一緒にロビーから出た。
光は見えなくなるまで輝美に手を振っていた。



最初の撮影現場、野球場のグラウンドへ向かう途中。
輝美は珪と一緒に歩いている。


「ねぇ、珪くん」
「なんだ?」
「……よかったの?」
「なにが?」



「私のこと、スタッフに……『彼女』って言っちゃって……」



「違うのか?」
「そうじゃないけど、ほら、芸能界って、そういう、ほら、その……」
「???」
「もういいよ……はぁ……」


入室手続きのすぐ後、珪が事務所や撮影スタッフに輝美の事を



『これ……俺の彼女』



と紹介したのだ。
周りもざわめきだしたが、すぐに納まってしまった、
「葉月クンだからねぇ……」という声が聞こえたから、想定内のことだったのだろうか。

慌てたのは輝美もそうだったのだが、本人は至って普通。

大丈夫か心配だったのだが、あまりに珪が平然としているので、もう聞くのもやめてしまった。



そして撮影が始まった。

撮る写真というのは、部活動に励む人達をバックにする、というもの。
珪の格好は、夏らしいラフな格好がメイン。
何枚かはばたき学園の制服でも撮影していた。

カメラマンを始め、照明スタッフ、メイク、衣装係、事務所のマネージャーとおぼしき女性。
いろんな人が撮影に関わっている。

「あ〜あ、暇だなぁ……」

撮影にまったく関係ない輝美はそれを遠くから見物しているだけ。
暑いので、撮影スタッフからもらったペットボトルのスポーツドリンクを飲んでいる。
そんな退屈そうな輝美に1人の女性が話しかけてきた。

「あら?暇そうね?」
「え、ええ……私は偶然ついてきただけですから」
「そういえば、そうね。うふふ!」

この人は珪のマネージャー。珪本人からさっき紹介されている。
青系統のスーツをびしっと着こなしている、眼鏡姿がとても知的でしかも輝美から見ても美女だ。

「ところで、珪クンとはつきあってどのぐらい?」
「え、え〜と、高校に入ってからですねぇ」
「ふ〜ん、それでねぇ……」
「それで?」



「珪クンとはセックスしたの?」



ブブッ!



輝美は思わず口に含んでいたスポーツドリンクを噴き出した。

「……どうやらまだみたいね」
「い、いきなりなんですか!」
「じゃあ、ご予定は?」
「そ、そんなの……ありません!」
「じゃあ、珪クンに迫られたらどうする?」
「う、う〜ん……」

輝美は顔を真っ赤にして考え込んでしまう。
それを見てマネージャーはくすりと笑う。

「まあいいわ。楽しみにしてるといいわ」
「???」
「うふふふ……」



完全にからかわれてばっかりな輝美は話題を変えることにする。

「と、ところで珪くんは仕事はどうなんですか?」
「そうねぇ、モデルとしてはもう大成功していると思うわ」
「そうですよねぇ……」
「今度は、ドラマの仕事の依頼とかも来たわ、それも主役クラスの」
「ええっ!すごいじゃないですか!」
「そうでしょ?でもねぇ……」
「でも?」
「珪クン……全然やる気じゃないの」
「えっ?」

驚く輝美の隣でマネージャーは少し悩んでいるような顔をしていた。

「ドラマで有名になれば、もう人気俳優の道は開かれたも同然よ。
 人気俳優へのスタートは、アイドル・モデル・お笑いのどれかからしかないも同然よ。
 それなのに、珪クン、まったくやる気がない。
 それどころかなんか嫌がってるみたい。
 これまでそんなことはなかったから、その仕事断っちゃった」

「あらら……もったいない」
「そう思うでしょ?
 珪クン、これからどうするのか、私にはよくわからないの。
 いくら人気・実力があっても何十年とやれる職業じゃないのよ?モデルって」

「そうですよね……将来か……私も聞いたことないんです……」
「ふ〜ん、もし教えてくれたら私にも教えて?」

マネージャーは輝美に一枚の名詞を渡した。
輝美はそれを見ると、綺麗な装飾に事務所とマネージャーの名前。
要はマネージャーの名刺だ。

「なにかあったら私に連絡して」
「は、はい……」



「そうそう、東雲さんだっけ?あなた、肌も綺麗そうだし、スタイルもよくない?ねぇ、身長とスリーサイズ教えて?」
「えっ?え〜と……ごにょごにょ……ですけど……」
「ふ〜ん、なかなかいいじゃない!
 ねぇ?うちの事務所でモデルやってみない?結構いいところいけると思うけど……」
「わ、わたしは……え、遠慮しておきます……」
「あら残念。でも、もし気が変わったらいつでもOKよ」

どうやら撮影が一段落ついたようだ。
マネージャーはそのままスタッフのところへ戻っていった。


「はぁ……芸能界の人の頭の中ってわからない……」


輝美の素直な感想だった。



どうやら次の撮影のために場所の移動があるらしい。
スタッフ全員で移動しているとき、輝美は周りの様子を見てみる。
周りは部活真っ盛りだ。

「うわぁ!女の子がノックしてる!……選手もへとへとだ……」
「この建物、何だろう?『研修中!山猿はいるべからず!』って、猿でもでるのかな?」
「なんか、バレー部なのかなぁ?なんか凄い声が聞こえてくるけど……」
「なんか奇妙な格好でランニングしてるけど……演劇部なのかな?」
「あっ、光ちゃん。恵ちゃんとお散歩だ……どこに行くのかな?」
「あっ、マネージャーさん、アイスキャンデー売りの女の子に迫ってる!もしかしてスカウト?」

一部、合宿と関係ない場面も目に入ってきたが、施設全体が合宿で燃えている、という印象を受けた。

「いいなぁ、ああいう『燃える合宿』って。でも大変そう……」

手芸部の輝美にはとうていできない合宿なのだろう。



いつの間にか、撮影場所に着いているのだが、どうも様子がおかしい。
スタッフがなにか慌ててるみたいだ。
輝美は珪のマネージャーに聞いてみる。

「あのぉ、どうしたんですか?」
「いやね、珪くんがいなくなっちゃったの」
「ええっ!」
「たまにあるのよ、いつの間にかいなくなっちゃうのって」
「どこに行っちゃうっちゃうんですか?トイレじゃないですよね?」
「そうね、大抵昼寝してるところを見つけるのだけど……」
「………」

輝美は思わず頭を抱えてしまう。

「ねぇ、東雲さん。珪くんってどこをさがせばいいかわかる?」
「たぶん、珪くんは昼寝のことしか頭にないと思います……」
「やっぱり」
「だから、昼寝スポットを探せばすぐにでも見つかります……学校でもそうですから」

そういうわけで、スタッフは近くの昼寝スポットを探すことに。
しかし、この炎天下でいい昼寝スポットなんぞ本当に限られている。

「たぶん、屋内ってことあります?」
「そうね!近くの建物の中を探しましょう!」



ちょうどそのころ、近くの会議室棟では。

「ん?なんか外が騒がしいけどなんだ?」
「そういえば、今日はなにかの撮影が来るとか陽ノ下さんが言ってたわね」
「えっ?誰なんっすか?」
「そこまで聞いてなかったけど……」

生徒会がのんびりと会議中。
そこで窓から何か騒いでいるのが見える。

「ちょっと聞いてみるっす!」
「あっ!私も行く!まわりの迷惑になるとこっちが困るから!みんなも行くわよ!」
「いってらっしゃ〜い!」

吹雪と夏海が慌てて後輩達を連れてでていくどさくさに紛れてほむらは1人お留守番。

「さぁて、ぶらぶら散歩だ」

1人残ったほむらは部屋からゆっくりと出て行った。



そしてすぐ隣の会議室をちらりと見てみる。
そこでほむらがあることに気がついた。

「ああっ〜!あたしの枕を使ってやがる!」

隣の会議室。こちらも生徒会が作業用に確保している会議室だが、そこで誰かが寝ている。
しかも、なぜか置いてあるほむら専用の昼寝用枕を思い切り使っている。

上半身裸、青の半ズボン姿の背の高い男が気持ちよさそうに眠っている。
ほむらが枕元に来てもまったく気付いていない。

「この野郎……起きろぉぉぉ〜!」

ほむらが大声をだして、ようやくその男が目を覚ました。



「ええっ?ここの建物に入ったのを見た人がいるって!」
「そうみたいなんです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ここはうちしか使ってないから別にいいですよ」
「すみません、ご迷惑おかけします」

一方の吹雪、夏海一行。
会議室棟から出てきたところで、先ほどの大騒ぎの一行に遭遇。
話を聞くと、撮影していたモデルがいなくなってしまったとのこと。
周りの人の話を聞くと、この建物に入っているところを見たとのこと。
ちなみに、パニックになると困るので珪の名前は出してない。

「夏海、そんな気配あった?」
「全然なかったっす」
「そうよね……まあしょうがないわね……他の建物じゃなくてよかったわ」
「なんで?」
「あたりまえでしょ!モデルとか言ったら女の子が大騒ぎでしょ!」
「あっ、そうか」

スタッフを会議室棟に入れながらも自分たちも建物に戻って探すことにした。
しかし、ここで吹雪がようやくあることに気付いた。

「ところで、会長は?」
「さぁ?」
「さてはさぼったな……夏海!本部に戻るわよ!」
「ちょっ、ちょっと、吹雪だけでいいじゃないっすか!」
「1人よりも2人!」

こっそりとさぼっているほむらを捕まえるべく、2人は会議室に戻る。



「さて、会長はどこにいるのやら……」

メインの会議室の隣まで戻ってきた吹雪と夏海だが、そのメインの部屋にはまったく気配がしてこない。
どこにいるのか考えているところで、夏海が気付いた。

「吹雪!そこ見るっす!」
「ここ?ここはたしか誰もいないは……ええっ!」

少しだけ開いている扉から見えた光景に吹雪はびっくり。



「えへへ、いいだろ?このそば殻がよく眠れるんだよ」
「ふ〜ん……俺はクッションのほうがいいけど……」
「そうか?あんな厚いの、夏は暑くてしょうがないだろ?」
「たしかに、涼しいな……」


「しかしこの枕……薄くないか?」
「薄いというか、変形しやすいのがいいんだよ」
「そうか?形が崩れない方が頭が固定できると思うが」
「このぐらいが、頭にいいように変形できるんだよ」
「なるほどな……」


「ところで、おめぇは昼間はどこで寝てるんだ?」
「俺は静かなところならどこでもいい……」
「だめだなぁ!昼寝をするなら場所にこだわらないと!」
「……そうか?」
「ああ、そうだとも!固いところとかは痛くてためだ、起きてからもいてぇだろ?」


「確かに……でも、こういう場所では?」
「そういうときは椅子と机だな。本当は横になるのが一番だけど、机もいいものだろ?」
「そうだな、ついつい寝たくなる……」
「そうだろ?学校の机なんて、寝てください、って言ってるようなものだろ?」
「それ、同感」
「いやぁ、あんたいいやつだぜ!」


「この辺りで寝られる場所ってあるか?」
「ああ、あそこに大きな樹があるだろ?あそこは外でも日陰が広くて寝られるぞ」
「そうか……さっそく寝てみる」
「ああ、それがいいぜ!」

ほむらが大声を出して、話をしている。
その相手が、今探している人。それも、超人気モデルである葉月珪なのだ。



「探している人って葉月珪だったの?」
「えっ、えっ、えっ!あの雑誌とかで載ってる人っすよ!」
「それはともかく何で葉月珪が会長と話してるのよ!」
「わからないっすよ!」

吹雪と夏海がパニックになっているところで、扉が突然開き、珪が出てきた。



「ふぁ〜〜、よく寝た……」



珪はそういいながら、2人を全く無視して、廊下を歩いていく。

「ちょっと!珪くん!なにやってるの?」
「何って……寝てた」
「寝るなら誰かにいってからにしてよ!みんな探してるよ!」
「ごめん、つい……」
「もう、珪くんったら……ほら、戻るわよ」

どうやら撮影スタッフが珪を見つけたようだ。
自分たちと同じ年ぐらいの可愛い女の子がおかんむりの様子だ。
そして、その女の子に手を引っ張られながら、建物から出て行った。



「………」
「………」

さすがの吹雪と夏海も呆然。

「なんだ?どうした?問題は解決したのか?」

そんな2人の前に両手を頭の後ろに組んだほむらが現れた。

「……解決もなにも……」
「……そうっす……」

まだ呆然としている2人に対して、ほむらは至って普通。



「いやぁ、驚いたぜ。
 いきなりあたしの枕を使って寝てるんだから。

 それで、起こしたら『この枕いいな……寝やすい』って褒めてくれたんだよ。
 そこで話をしたら、いいやつでさ。話が合うんだよ。
 あいつ、昼寝が大好きみたいだな。

 やっぱり昼寝はいいってことだな。

 ところで……あいつ、誰だ?」



「……葉月珪だけど……」


「葉月?そんな生徒いたか?」


「………」

ファッションやモデルに興味がまったくないほむらにとって、葉月珪はただの昼寝好きの兄ちゃんだったようだ。
そのほむらに吹雪と夏海は完全に力が抜けてしまい、しばらく会議ができない状態になってしまった。



一方の珪はなにごともなかったかのように撮影を再開。
無事合宿所での撮影が終わった。

「珪くん、いつもこんな風なの」
「そうだけど……何か?」
「………」

輝美は珪のマイペースぶりを改めて思い知らされた撮影だった。



合宿所はこんな事件も起こりながら後半に入っていく。
To be continued
後書き 兼 言い訳
こんな馬鹿話を書くだけで1ヶ月かかってしまった。

いや、輝美と珪のラブラブを書きたかったわけではありません。

ただ、ほむらと珪の「昼寝談義」が書きたかっただけなんです!

だから、輝美のところで書くのが止まってしまった(汗


そういうわけで、前編はおしまい、次から後編です。
後編は、楓子・純カップルが中心になります。
ノック小悪魔楓子についての話が全体の半分以上ぐらいかな?

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