第219話目次第221話
「………」

カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!

「………」

カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!

「………」

カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!カキーン!



野球部が練習しているグラウンドでは異様な光景が広がっている。

いつものようにノック地獄。
これはもはや異様ではない。

異様なのはノックをしている楓子。


いつもはお気楽な顔でお気楽に残酷なノックをするのだが、
今日は暗い顔でだまったまま。

しかもノックがいつも以上に残酷。



「先輩どうしたんですか?」
「………」

後輩の友梨子が聞いても楓子はなにも答えない。

太陽の恵み、光の恵

第33部 夏合宿ウィーク 後編 その1

Written by B
疲労が溜まらないうちに行われるノックで選手はへとへとになり、午前中はそこから体力を回復することに時間を掛けるのでそこで練習が終わる。

マネージャーは用具入れのロッカーの日陰で休んでいる。


友梨子と楓子はその日陰でスポーツドリンクのペットボトルを飲みながら涼んでいる。


「先輩、合宿始まってからずっと暗いですよ?どうしたんですか?」
「………」

「それにずっと黙ってばっかりじゃないですか!」
「………」

「黙ってばっかりでは何も解決しませんよ!」
「……いいもん……」

「えっ?」
「もう……無理だから……」


楓子はそうつぶやくと、グラウンドから出て行ってしまう。


「ちょっとどこへ……って、もうお昼か……」


気がつけばお昼の時間。
楓子は友梨子を避けるのと同時にお昼を食べにいったと思った友梨子は食堂に行くことにした。



「あれ?先輩いなかったな?どこなんだろう?パンでも買って外で食べてるのかな?」

食堂には楓子はいなかった。
仕方ないので、友梨子はスパゲティミートソースを食べてから楓子を捜し始める。

「こんな時に太陽の当たる場所なんかにいるわけないからなぁ」

大きな体育館等、日陰の場所が広そうな場所の目星をつけて歩いてみる。
この時間帯はみんな食堂とかにいるので、人影がまばら。

だからすぐに見つかる。


「あっ!先輩だ。なんでここにいるんだろ……」


楓子は武道場の近くの大きな木の下で小さなパンにかじりつきながらじっと一点を見つめていた。


「何見てるんだろう……あっ、あの人は……」


友梨子は楓子の視線の先をたどると、そこには竹刀を懸命に振っている男性が。
純一郎である。


「あっ、あれは確か先輩の彼氏……なんで寂しそうにみてるんだろう?」


楓子は寂しそうに純一郎を見つめていた。
友梨子にはなにも理由がわからない。


「練習が終わったら、絶対に聞いてやるんだから!」


友梨子はそう決めると午後の練習の準備のためにグラウンドに戻ることにした。



そして午後の練習が終わり、片づけも終わる。

友梨子はそそくさと立ち去ろうとする楓子を捕まえて、宿泊棟の自分の部屋に連れ込んだ。
扉には鍵を掛け、すぐに飛び出せないようにする。
そして楓子をベッドの端に座らせ、その前に友梨子が立つ。




「友梨ちゃん……どうしたの?」
「どうしたもこうもありません!今日こそ吐いてもらいますよ!」
「吐く?こんなところで汚いよ!それに友梨ちゃんそんな変態趣味……」
「そっちの『吐く』じゃありません!先輩の事情を話してもらいますよ!」
「事情?」
「隠したって無駄ですよ!何かあるんでしょ!」
「………」


楓子は黙っている。


「黙っている限りだしませんからね!」


友梨子は楓子の顔を両手で無理矢理上げさせ、自分と視線を合わせる。


「言わなきゃ……だめ?」
「だめです!」


友梨子は手を楓子から離し、楓子の前で仁王立ち。
背丈は楓子と変わりなく、顔も可愛いほうだが、怒ると厳しい顔つきになる。
楓子はそんな友梨子にとうとう観念した。



「あのね……私ね……転校するの……」
「ええっ!どこに!」


「ほ、ほ……北海道……」
「せ、先輩……そんな大事なことなんで言わなかったんですか!」



友梨子は膝立ちの状態になり、楓子と視線の高さをあわせる。
友梨子はまったく予想外の答えに慌てながらも理由を問いつめようとする。


楓子はぽつりぽつりと話し始める。

「だって……先に言ってもいいことないから……
 みんな辛くなるだけ……

 いつもそうだったもん。
 みんな私をはれ物を触るように扱いだしたり。
 仲良くしてたのに急に距離を置きだしたり……
 まだ転校してないのにもうひとりぼっちだった。

 もうやだ……

 だったら、誰にも言わないでパッといなくなったほうがいい……」




「そんなわけないじゃないですか!」


ドンッ!


「キャッ!」


いきなり友梨子が怒りにまかせて楓子を突き飛ばした。
楓子はベッドに倒れ込む。


「そんなのその人が薄情なだけです!
 私はそんな人じゃありません!
 私は先輩を良い先輩だと思ってましたし、尊敬してました。

 先輩が転校なんて嫌です!

 たとえ転校しても縁なんて切りたくない!

 それなのにどうして先輩は自分から縁を切っちゃおうとしたんですか!」


友梨子は涙目になっていた。
そして楓子も涙目になっていた。


「だって……無理だもん……

 純くんとこれからつきあうなんて……

 これから告白しても……遠距離恋愛なんて……

 私、光ちゃんみたいに何年も遠距離なんて耐えられない!

 せっかくいい人が見つかったっていうのに……」


「………」


楓子は両手で顔を覆って泣き始めた。
友梨子はなにもいえない。


「先輩……まだだったんですか?」

「そうよ!
 だって、ようやく踏ん切りがつきそうで……ようやく気持ちを変えられそうで……
 そんなときに……」

「………」

「わかって……お願い……」




タッタッタッ……


ガチャ


バタン!



楓子は友梨子が動けない隙にベッドから飛び降りた。
そして急いで鍵を開けると扉を開け、部屋から出て行った。



夕食も終わり、夜になっていた。



「はぁ……どうしよう……」

ベッドに寝転がりながら、友梨子は1人で考え込んでいた。


「先輩が転校なんて……
 どうりで練習であんなに荒れてたんだ……

 たぶん部員はだれも知らないよね。

 これからどうしよう……

 このままだと、何もいいことがないよ。

 誰か相談できる人はいないかなぁ?
 ゆっこじゃだめだよね……」


友梨子は知ってる限りの楓子の交友関係を思い出す。
しかし、学年が違うのでそんなに知ってるわけではない。

「あっ、そうだ!
 あの強い人が先輩と昔からのつきあいだって言ってた!
 あの人ならなんとかなるかも!

 でも部屋の場所がわからないな……

 管理人室に行って聞いてみよう」

そう思い立つと、友梨子も部屋から出て行った。



宿泊棟のロビー

「すみませ〜ん!」


友梨子はロビーで管理人を呼んでいた。

「なんだい?何かあったの?」

出てきたのは管理人の男性のほう。


「あの〜、八重って先輩の部屋を教えてくれませんか?」
「いいけど、なんで?理由もなしに部屋番号は教えられないよ?」
「うちの野球部のマネージャーのことで相談してほしくて……」
「えっ?楓子ちゃんがどうしたの?」
「えっ?先輩の事知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、中学の頃からの友達だよ」


(ええっ!知らなかった……それにしてもなんか頼りがいのありそうな人だな……決めた!)


「じゃあ、八重先輩の代わりに、相談に乗って頂けませんか?」
「はぁ?」


友梨子は相談相手を強い先輩からこの管理人に急遽変更した。



「ええっ!部活の人にも言ってなかったの!」
「はい……」

管理人室。

友梨子はそこに入れてもらって今日の経緯を話したところ。

友梨子は最初部屋に入るよう言われたときはちょっととまどった。
それはそうだ、男性と二人っきりと思っていたからだ。
しかし、管理人の奥さんと娘さんも一緒にいたので安心して入ることにした。
奥さんと娘さんはお風呂に行こうとしていたのだが、楓子の事ということで話を一緒に聞くことにした。

娘さんは奥さんに抱きかかえられ、不思議そうな顔で友梨子の顔を見ている。


「ところで先輩はなんで転校のことを……」
「俺の家に電話が来たんだよ、相談事があるからってことで……」
「彼氏のことですか?」
「そうなんだよ。牧原さんはそのことで何か聞いてない?」
「さっき問いつめたら、『もう無理。遠距離なんて耐えられない』って」
「………」

管理人夫婦は顔を見合わせる。

「わかった、俺から楓子ちゃんを説得してみる」
「お願いします!」
「ひとまずは部屋に戻って別のことしてていいよ。たぶん時間がかかりそうだからね」
「こっちはひとまずおいといて、みんなと楽しくすごしたら?」
「わかりました、お言葉に甘えます」

友梨子は何度も頭を下げて管理人室から出て行った。

「今は……見守るしかないよね……」

そういうと友梨子は部屋に戻っていった。



一方の管理人室。

「………」
「………」

管理人夫婦こと公二と光は深刻な顔になっていた。
2人の顔を交互に見ている恵の天真爛漫な顔とは正反対。

「完全に引きこもり状態だな……」
「深刻そうだよ?どうする?」

「もうしょうがない。楓子ちゃんの不安を取り除く以外方法はないだろ」
「そうだよね……私も一緒に話を聞くから」
「ああ、お願い」



「ママ〜、おふろ〜?」



「あっ、恵。今行くからねぇ〜♪……じゃあ、お風呂からあがったら……」
「その間に楓子ちゃんを呼んでおくよ」
「お願い……恵、じゃあ、ママと一緒にお風呂入ろうねぇ〜♪」
「おふろ♪おふろ♪」

光は恵を連れて大浴場へと出かけていった。


「さて、楓子ちゃんを呼ぶか……あとは……」


そういうと公二は内線電話の受話器を取った。
To be continued
後書き 兼 言い訳
後編です。
まあスローな始まりってとこですかね。

次から段々と話が深くなる予定です。
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